2012年5月24日 (木)

凡人が一流になるルール/齋藤孝

Photo   次々に斬新なアイデアを打ち出してきたフォードだが、発想の源は、いったいどこにあったのだろうか。フォードは、自分はたった一つのアイデアにずっとこだわってきたという。
  「このアイデアは、些細で、誰でも思いつきそうなものだったが、それを発展させることが私のつとめとなったのである。小型で、丈夫で、シンプルな自動車を安価につくり、しかも、その製造にあたって高賃金を支払おうというアイデアである」(「藁のハンドル」)
  実際は斬新なアイデアを数多く世に送り出してきたのに、だれでも思いつく一つのアイデアに愚直にこだわってきたというフォードの回顧に首を傾げる人もいるだろう。
  その違和感も、日本語の「アイデア」と英語の「idea」の違いを考えれば解消するはずだ。
  日本語では、ちょっとした思いつきや具体的な工夫を「アイデア」と呼ぶ。しかし、英語の「idea」は少しニュアンスが違う。思いつきや着想という意味もあるが、一方で理想や理念という意味も持つ。フォードが指していたのは後者の意味合いを含むアイデアであり、企業の存在理由となる考え(コンセプト)に近い。

日本語の「アイデア」と英語の「idea」は違う。

ナルホド、と思ってしまった。

フォードのideaは、だれでも買える自動車を大量に作り、人々の暮らしを豊かにすることだった。

これが木の幹ならば、食肉工場からフォード方式を思いついたり、労働者の賃金を上げて未来の消費を生み出したりといった、個別のアイデアは、木に実った果実。

フォードはひたすら幹を太く育てることで、これらの果実を実らせたということであろう。

なかなか新しいアイデアがでてこない、と、苦しむことがある。

こんなときは、幹となるコンセプト、つまり「idea」に立ち返ることが必要なのではないだろうか。

一見遠回り感じても、そのほうが結果的には良いアイデアが生まれるのかれしれない。

もちろん、そのためにはまず幹となるideaを明確にする必要がある。

「自分は何のために、今、この仕事をしているのか?」

こんなことを考え、はっきりとした言葉にすることが必要なのではないだろうか。

フォードのideaは、社会に大変革をもたらす壮大なものだった。

私のような凡人には、そんなideaは生まれてこないだろうが、自分なりに、等身大のideaはあるはずだ。

これを考え言葉にすることは決して無駄なことではない。

2012年5月23日 (水)

聯合艦隊司令長官 山本五十六/半藤一利

51nbiuzkul__sl160_ そして、このあとに到着するいちばん肝腎な第十四部を解読し、アメリカ政府へ通告するまでの経過が無残この上ないものとなります。タイプ打ちが間に合わず、ついには、開戦通知がアメリカ国務長官のもとにもたらされたのは、日本の機動部隊が真珠湾を爆撃してから一時間後という失態となってしまったのです。それは誤判断と気のゆるみ、そして怠慢によるとされているのですが、じつは日本外交の本質にかかわる問題でもありました。
 なんとなれば、日米交渉は野村吉三郎と来柄三郎の仕事として、大使館員たちのほとんどは無関心を装いつづけていたというのです。これぞ官僚的といえそうなセクショナリズムでした。憎っくき野村の手助けなど御免蒙るというケチな料簡があったにちがいない。親身ならざるがゆえに、東京から送信されてきた長文の対米覚書が最後通牒となる可能性など、かれらは思ってもみなかった。となれば、最後の第十四部がなにを意味しているかを理解することなく、どうせ今夜は来そうもないから、明日の仕事にしようと勝手に判断して土曜の夜を楽しむことに、あいなったのです。
 その結果は、東郷外相がその著書に悲憤をもって記しました。「通告時の怠慢は国家の非常なる損失、万死に値する」と。まさにそのような失態でした。

日本の開戦通知がアメリカ国務長官のもとにもたらされたのは、日本の機動部隊が真珠湾を爆撃してから一時間後だった。

これがもとでルーズベルト大統領はこの奇襲を「だまし討ち」だと議会演説やラジオの談話でまくし立てるようになる。

アメリカ国民はいまだかつてないほどに団結を示し、報復を誓う声が方々から起こってくる。

この大失態の原因は大使館員の怠慢に他ならない。

しかしその奥にはセクショナリズムと感情的な反発があった

組織は感情で動くとよく言うが、まさにそれが最悪のタイミングで起こってしまった。

もちろん、開戦通知が予定通りアメリカ政府に届いたとしても、戦況が変わったとは思えないが、この失態が火に油を注ぐような結果になってしまったことは確かだ。

今も昔も、官僚のやっていることは、国のことを考えているようなポーズはするものの、実際は自分たちのことしか考えていないようにしか思えてならない。


2012年5月22日 (火)

人の力を信じて世界へ/井上礼之

Photo 「自由」すなわち英語のフリーの語源はゲルマン語のプリーという言葉です。これは「自分の属するもの」という意味であり、心に染む同類と一緒にいたいと思う気持ち、自ら進んである所に帰属したいという気持ちです。すなわち、自由とは一面では確かに「個」あるいは「私」ですが、同時に「帰属」という面があって初めて本当の自由が存在するのです。人は一人では生きられない生き物。だから人間である以上、何らかの集団に帰属することを避けられない。むしろそうすることが最も自然です。個人主義や自由主義が確立していると思われている欧米社会でも、国家や家族、企業以外に多くの人が地域のコミュニティやボランティア団体や教会などの集団に帰属し、社会の隅々にわたって「帰属意識」が大切にされています。

「自由」と「帰属」とは反語としてとらえがちだが、そうではない。

むしろ、本当の「自由」を得るためには、何らかの集団への「帰属」が必要。

こう考えると、どうも日本人は「自由」を間違ってとらえているのでは?という疑問が沸いてくる。

今の日本人は、帰属意識が希薄になっている感を免れない。

国家への帰属意識が希薄になっているので、社会的にも様々な問題が起こるのではないだろうか。

企業への帰属意識が希薄になっているので、企業は競争力を失い、衰退の途をたどっているのではないだろうか。

そして、家族への帰属意識、これが希薄なので、家庭の崩壊が起こる。

そう考えると、「帰属」があって初めて「自由」を得ることができる、というのはよく分かる。

「人は一人では生きていけない」

当たり前のことだが、このことを忘れてしまった自由論は意味がないということだろう。


2012年5月21日 (月)

プロ野球にとって正義とは何か/手束仁

Bt000017324400100101 落合は、もしかしたら時代の流れに対して早すぎた監督就任だったのかもしれない。それが監督としての仕事を完遂したにもかかわらず、その評価を「会社」から100パーセント満足した形で得られなかった原因ともいえるのではないか。

昨年のシーズン途中の落合監督解任劇は、多くの人が「なぜ?」と思ったことだろう。

就任8年間でリーグ優勝4回、日本一1回。

采配を振るったすべてのシーズンでAクラス以上という文句のない実績。

しかも優勝を果たしたシーズンに周囲の目から見ても不可解な監督解任。

結局は、本書のサブテーマとなっている「プロの流儀」vs「会社の論理」という構図が表面に出た結果ではなかったのだろうか。

プロ野球球団は親会社から見れば、単なる宣伝の手段なのかもしれない。

マスコミへの露出が増え、人気が上がり、観客が増え、結果として親会社の新聞の販売部数が増えればそれで良い。

極端に言えば、無理に優勝しなくても良いのである。

これが親会社の本音の部分であろう。

しかし、少なくとも優勝するために監督として招聘された落合としては、あくまでも勝利を最優先させるのは当たり前のこと。

すべてはチームを優勝させるために考え行動するのが監督というもの。

それが優勝させた結果、解任ではやはり筋が通っていないように感じるのは普通の感覚だと思う。

落合監督になって中日の観客動員数が減り、中スポの販売部数が減ったというが、それも落合監督だけに原因があったのかどうか、真偽のほどはわからない。

特に、落合監督が解任後出した著書「采配」がベストセラーになったことから考えても、隠れたファンは随分いたのでは、ということが推測される。

確かにプロ野球は、親会社から見れば宣伝の一手段なのかもしれないが、プロスポーツという勝負の世界に会社の論理を持ち込むのはやはり問題があるような気がする。

2012年5月20日 (日)

田中角栄に今の日本を任せたい/大下英治

4047315621_2 文部大臣、労働大臣、法務大臣、総務大臣、内閣府特命担当大臣(地方分権改革担当)などを歴任した衆議院議員・鳩山邦夫によると、田中角栄は、役人の使い方も抜群であったと言う。
 鳩山の政界スタートは、田中角栄総理秘書からだった。
 秘書として総理官邸に詰めていると、『日本列島改造論』を執筆した一人の堺屋太一からの電話を受けることもあった。当時は、本名の池口小太郎として通産官僚だった。
 堺屋太一をはじめ、優秀な役人たちを使いこなす力にずば抜けていたのが田中角栄だった。
 総理になる前も、総理になってからも、田中角栄が「これ!」と見込んだ役人の数は相当なものだった。鳩山が知っているだけでも、100人、200人……、もっといたかもしれない。(中略)
 田中は、強いリーダーシップで役人を使いこなせる政治家だった。一方、役人たちも田中を慕っていた。政治家と役人は、敵味方の関係にある。それでも、9割の役人は田中を慕っていた。

日本は今、危機的な状況にある。

そして、危機が訪れる度に必ず出てくるのが田中角栄待望論である。

「もし角さんがいたら、どのような大胆な政策を打ち出すだろうか」という田中角栄待望論が強まる。

今回、国難と言える東日本大震災に見舞われ、いっそう田中角栄待望論が聞こえてくる。

なぜか。

田中角栄なら、それまでの政策の延長線でなく、大胆な政策を打ち出し、日本をガラリと変えてくれるのではないか。

そう思わせるからであろう。

そして、田中角栄のやり方で今の政権与党の政治家と決定的に違うのが、役人の使い方である。

角栄は、役人と対立するのではなく、役人をうまく使っている。

おそらくこれが本当の「政治主導」なのだろう。

2012年5月19日 (土)

知的経験のすすめ/開高健

Photo 現代人は頭ばかりで生きることをしいられ、自分からもそれを選び、それだけに執して暮らしていますが、これでは発狂するしかありません。発狂か。自殺か。または、たとえそうでなくても、それに近い状態で暮らすしか・・・・・・
 心で心をきたえることは必要だし、避けられないことだし、誰しもそうせずには生きていけますまい。しかし、そのとき、自身の手と足で何事かを教えこんだ心をどこかに参加させておかなければ、無限の鏡の行列を覗きこんだのとおなじ結果になるのではありますまいか。心を覗く心がある。その心を覗く心がある。そのまた心をべつの心がどこからか覗いている、といったことになる。頭だけで生きようとするからこの凝視の地獄は避けられないのです。手と足を忘れています。分析はあるけれど綜合がない。下降はいいけれど上昇がない。影を見ているけれど本体を忘れている。孔子のいうようにバクチでもいい。台所仕事でもいい。スポーツでもいい。畑仕事でもいい。手と足を思いだすことです。それを使うことです。私自身をふりかえってみて若くて感じやすくておびえてばかりだった頃、心の危機におそわれたとき、心でそれを切りぬけたか、手と足で切りぬけたか、ちょっとかぞえようがありません。落ちこんで落ちこんで自身が分解して何かの破片と化すか、泥になったか、そんなふうに感じられたときには、部屋の中で寝てばかりいないで、立ちなさい。立つことです。部屋から出ることです。そして、何でもいい、手と足を使う仕事を見つけなさい。仕事でなくてもいいのですが、とにかく手と足を使う工夫を考えてみては?

特派員として戦時下のベトナムへ行き、生死の狭間を味わったり、熱心な釣師としてブラジルのアマゾン川など世界中に釣行し、様々な魚を釣り上げたり、開高健と言えば、「行動」という二文字が思い浮かぶ。

本書は、その著者のエッセイだが、ここでも「行動」することの大切さを記している。

現代人は、手足を動かすことを忘れている、と。

しかし、このエッセイが書かれたのは1987年。

つまり、ここで言う「現代人」とは、1980年代に生きた人たちのこと。

今から20年以上前の「現代人」が手足を動かしていないというのであれば、

2012年に生きる今の「現代人」はどうであろう。

あの当時よりもっと手足を動かさなくなっている。

ITの進化によって、現地にいかなくても疑似体験することができるようになっている現代。

「鬱」が増えるはずだ。

2012年5月18日 (金)

プロフェッショナルの働き方/高橋俊介

4569801870 フランク・ミュラーは世界的に有名なスイスの高級時計メーカーです。そして、この社名及びブランド名は、創業者の名前でもあります。
 ミュラー氏は時計職人になるにあたり、技術だけでなく、時間の概念や人間にとって時間とは何かという、哲学的テーマを徹底的に勉強しました。フランク・ミュラーの時計は独創的なデザインが特徴ですが、それは単に奇をてらっているのではなく、「時間とはこういうもの」「時計はこうでなければならない」というミュラー氏の哲学を形にしたものなのです。
 ミュラー氏には確固たるキャリアの背骨があった、だからこそ、あのデザインは生まれたといっていいでしょう。そして、世界中のセレブに、類まれな価値を提供することに成功しました。
 フランク・ミュラーが、瞬く間に世界的ブランドに成長することができたのには、そういう理由があったのです。

本書では人事・キャリアの第一人者である著者が、プロフェッショナルな生き方を提唱している。

想定外の変化が当たり前のように起こる今日、

長い間第一線に立ち、やりがいを感じながら、価値を提供し続けるにはどうしたらいいのか。

そのひとつの答えが、生涯プロフェッショナルという働き方である。

そのためには、若いときに背骨となるものを身につける必要がある。

社会人となり、まさにこれからキャリアをつくっていこうという人にとって、大事なことは何か?

専門性を身につける、有利な資格を取る……

おそらくほとんどの人の頭には、こういったいわゆる雇用され得る能力に関することが浮かぶのではないだろうか。

たしかに現在のような厳しい環境下で、この先何十年も競争社会を生き抜いていかなければいけないことを考えたら、そういう発想になるのもわからなくはない。

しかし、本当はもっと重要なものがある。

それは、「キャリアの背骨をつくる」ということ。

働くうえでこれだけは絶対に譲れないという哲学や思想、自分の価値提供のスタイル、アイデンティティー。

こういうものを総称して「キャリアの背骨」という。

若いうちは、なによりもまずこれをしっかりつくっておくこと。

さもないと手足は器用でも、背骨のない軟体動物になってしまう。

これでは満足いくキャリアは築けない。

今、書店に行けば、ノウハウ物であふれている。

いかに短期間で、最小限の努力で、必要な知識やスキルを身につけるか、

即効性を求めるものばかり。

しかし、もっと本質的なものに目を向ける必要があるのではないだろうか。

一見、何の役にも立ちそうにない哲学や歴史の本を読んだりすることは、即効性はないが、将来の背骨をつくるために、重要な役目を果たすものである。

急がば回れと、いうことである。

2012年5月17日 (木)

ディズニーランド「キャスト」育成ノウハウ/小松田勝

Photo  東京ディズニーランドのマニュアルは当初大変騒がれ、まるで“機械仕掛けで全体が動いている”ように思われ、キャストの-挙手一投足が事細かに記述されているかのように噂されていました。そのため、キャストは何も考えず、取りあえずマニュアルに書かれているとおりにオペレーションを行えば良いと見られていたのです。
  しかし、どんなに完壁に作られていると思われているものであっても、決して100%のものなどありませんし、そのようなマニュアルなどどこにも存在しません。だからマニュアルは重要なのです。
  つまりマニュアルは“生き物”で、その時々に最高な対応を図らなければならず、常に追加、訂正、修正、削除などをしながら高め続けなければならない“代物”であることを理解しておくことが重要なのです。
  東京ディズニーランドのマニュアルは、70~80%の状況でしか書かれていません。残りの部分は、その時点に対応しているキャストが試行錯誤し、最高な状況でオペレートすることを求めているのです。つまり、職位や職種の、その時点における最高レベルの仕事ができるように、“標準”がシステム化されているだけなのです。

マニュアルという言葉から連想されるのは、マニュアル人間、という言葉。

マニュアル人間とは、マニュアルがなければ何もできず、また融通がきかない人種を指す。

だから、マニュアルなどは必要ない、となる。

しかし、私自身、多くの中小企業に関与していて感じるのは、マニュアルどころか、標準化されたものがなにもなく、社員は行き当たりばったりの行動しかとれていないということ。

だから問題が次から次へと起こる。

だから逆に、マニュアルの必要性を痛切に感じることが多い。

マニュアルがあると、本当に融通がきかなくなるのだろうか?

そんなことはない。

そもそも、どのようにマニュアル化されていても、例外的なことはいくらでも発生するものである。

人や状況によって、そのバランスも変わる。

したがって、どんなに詳細に書かれているマニュアルがあったとしても、その時点時点の状況をケアしながら、残りの部分を自分で考えなければならないようになるもの。

それが考える力をつけることにつながるのであって、マニュアルがあるから何も考えなくなるものでは決してない。

マニュアルに対する大きな誤解である。

2012年5月16日 (水)

「戦う組織」の作り方/渡邊美樹

Photo リーダーは本当に「部下を育てる」ことなどできるものなのだろうか?これについて、私ははなはだ疑問だ。
 人は勝手に育つもの。伸びる人間は、白分で考え、挑戦して失敗し、また挑戦して壁を乗り越えながら、自分で成長していくものだ。
 だから経営者や上司が「俺があいつを育ててやる」などと考えるのは、大きな自惚れだと私は思っている。

人は「育てる」ものなのか、それとも「育つ」ものなのか?

よく言われることである。

私の実感としては「育つ」のであって、「育てる」ものではない、というもの。

私自身、誰かから育てられたという感覚はもっていない。

もし、そんなことを思っている人がいるとしたら、すごく違和感を感じるであろう。

多くの場合、自分の限界を超える仕事を与えられ、ギリギリのところで頑張ってやっとそのミッションを達成したとき、本当に成長実感を感じるものだ。

ただ、人は育つものだ、といって、放置してよいということではない。

育っていける環境を整えたり、育つきっかけを提供することは必要だ。

スポーツ選手が、試合を重ねるごとに能力を開花させていくように、いくら高い資質を備え、伸びようとする意欲を持っている人でも、環境ときっかけを得なければ、育つことはできない。

だが逆に環境さえ与えてあげれば、伸びるべき人物は勝手に伸びていくものなのだ。

上司の仕事とは、「おれがコイツを一人前に育ててやる」と大上段に構えることではな、育つ環境を整え、チャレンジングな仕事を与え、サポートすることではないだろうか。

2012年5月15日 (火)

デフレの正体/藻谷浩介

Photo たとえて言えば、景気の波は普通の海の波、それに対して生産年齢人口の波は潮の満ち引きです。浜辺で砂の城を作って遊んでみると実感できますが、同じ高さの波でも満ち潮の時には威力が増しますし、逆に引き潮の時にはどこか元気が欠けていますね。生産年齢人口の潮も、満ち寄せているときには好景気は底上げされますし、不景気といっても余りダメージが生じない。逆に生産年齢人口の潮が引き始めれば、好景気でもさほどの盛り上がりは生じず、不景気のダメージは深刻になります。あるいは、生産年齢人口の減少というのはゆっくり下るエスカレータのようなものです。元気に歩いて登っていっても、なかなか上に着けない。逆にちょっとでも休めばみるみる下に落ちて行ってしまう。

本書の言っていることを一言で言えば、「経済を動かしているのは、景気の波ではなくて人口の波、つまり生産年齢人口=現役世代の数の増減だ」ということ。

だから、単なる生産性の向上や景気が良くなればすべてが解決すると言った単純な話ではない、

もっと根本的、かつ、構造的な問題なのだという。

では、解決策は何なのか?

①生産年齢人口が減るペースを少しでも弱めること。

②生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やすこと。

③(生産年齢人口十高齢者による)個人消費の総額を維持し増やすこと。

そして、そのためにやるべきことは、

第一は高齢富裕層から若い世代への所得移転の促進。

第二が女性就労の促進と女性経営者の増加。

第三に訪日外国人観光客・短期定住客の増加だという。

様々な統計数値を使ってこのこと説明しており、「生産年齢人口」という切り口から論旨を展開しているところに新鮮さを感じた。

«日本でいちばん社員のやる気がある会社/山田昭男

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