2019年6月19日 (水)

雑草はなぜそこに生えているのか/稲垣栄洋

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「雑草は踏まれても踏まれても、必ず花を咲かせて種子を残す」。
 大切なことは見失わない生き方。これこそが本当の雑草魂なのである。


雑草と呼ばれる植物には、さまざまな共通した特徴がある。

その中でも、もっとも基本的な特徴は、「弱い植物である」ということだ。

「雑草が弱い」というのは、「競争に弱い」ということである。

自然界は、激しい生存競争が行われている。

弱肉強食、適者生存が、自然界の厳しい掟なのだ。

それは植物の世界も同じである。

光を奪い合って、植物は競い合って上へ上へと伸びていく。

もし、この競争に敗れ去れば、他の植物の陰で光を受けられずに枯れてしまうことだろう。

植物は、太陽の光と水と土さえあれば生きられると言われるが、その光と水と土を奪い合って、激しい争いが繰り広げられているのである。

雑草と呼ばれる植物は、この競争に弱いのである。

弱い植物である雑草の基本戦略は「戦わないこと」にある。

強い植物がある場所には生えずに、強い植物が生えない場所に生えるのである。

言ってしまえば、競争社会から逃げてきた脱落者だ。

例えば、タンポポが「夏眠」をするのには理由がある。

夏になれば、他の植物が生い茂る。

こうなれば、小さなタンポポには光が当たらない。

そこで、タンポポは、他の植物との戦いを避けて、地面の下でやり過ごすのである。

つまり、日本タンポポは、他の植物が生い茂る日本の自然環境では戦略的なのである。

雑草魂とは踏まれても踏まれても立ち上がることをイメージすることが多い。

しかし、雑草を観察していると、雑草は踏まれても立ち上がるというのは、正しくないことがわかる。

雑草は、踏まれたら立ち上がらない。

よく踏まれるところに生えている雑草を見ると、踏まれてもダメージが小さいように、みんな地面に横たわるようにして生えている。

「踏まれたら、立ち上がらない」というのが、本当の雑草魂なのだ。

雑草にとって、もっとも重要なことは何だろうか。

それは、花を咲かせて種子を残すことにある。

そうであるとすれば、踏まれても踏まれても立ち上がるというのは、かなり無駄なことである。

そんな余分なことにエネルギーを使うよりも、踏まれながらどうやって花を咲かせるかということの方が大切である。

踏まれながら種子を残すことにエネルギーを注ぐ方が、ずっと合理的である。

だから、雑草は踏まれながらも、最大限のエネルギーを使って、花を咲かせ、確実に種子を残すのである。

踏まれても踏まれても立ち上がるやみくもな根性論よりも、ずっとしたたかで、たくましいのである。

雑草は踏まれたら立ち上がらない。

生物の世界の法則では、ナンバー1しか生きられない。

これが、厳しい鉄則である。

同じような環境に暮らす生物どうしは、激しく競争し、ナンバー1しか生きられない。

しかし暮らす環境が異なれば、共存することができるのである。

ナンバー1しか生きられない。これが自然界の鉄則である。

それでも、こんなにもたくさんの生き物がいる。

つまり、すべての生き物が、どこかの部分でそれぞれナンバー1なのである。

そして、ナンバー1になれる場所を持っている。

この場所はオンリー1である。

つまり、すべての生物はナンバー1であると同時に、オンリー1なのである。

かつて、ダーウィンは、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」と言った。

条件が悪いときは悪いなりに、条件が良いときには良いなりにベストを尽くして最大限の種子を残す。

これこそが、雑草の強さなのである。

人の生き方にも共通する考え方ではないだろうか。

2019年6月18日 (火)

池田勇人ニッポンを創った男/鈴木文矢

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「経済をよくする」というお題目は、今でこそ政治家ならば猫も杓子も口にするようになったが、池田の時代には珍しく、戦後総理の中では池田が初めてそれを全面に押し出したといえる。

池田が日本を指揮した4年半は、高度経済成長の第2期にあたる。

前任の岸信介首相の60年安保闘争の〝疲弊〟が日本国内に充満していた時期だった。

すでに高度経済成長は興っていたが、日本人の多くはそれが〝頭打ち〟になると感じており、現に中小企業の倒産が目立ち始め、経営苦から自殺する企業家も少なくなかった。

総裁選を制した直後、池田は官房長官に内定していた大平正芳に、「わしは経済でいくぞ」と宣言した。

池田は組閣に際して、いくつかのキャッチフレーズを考えていた。

内閣の基本姿勢としては「寛容と忍耐」を掲げた。

そして、もう一つが、池田の代名詞になっている「所得倍増計画」だった。

所得倍増計画、10年で国民の所得を倍増させるという〝イケノミクス〟は、実は官僚の猛反対に遭っていた。

大蔵省や経済企画庁の幹部は眉根を曇らせ、「所得倍増を口にして失敗したら、政権の命取りになるのではないか。成長率は年に5%が現実的な線。どんなに譲歩しても7%少々。それが上限だ……」と反対した。

官僚の猛反対があっても、所得倍増計画を主張したのは池田にある信念があったからだ。

・戦後の焼け野原からモノづくりに励んで日本は復興した。

・それに伴い国民の所得も向上し、所得が増えた分は貯蓄に回された。

・貯蓄は銀行を通じて企業に貸し出され設備投資に回ることで、生産が増大した。

・企業の生産が増大したことで、国民の所得が向上した。

こうしたプロセスを繰り返すことが、経済拡大の循環である。

政府はこの循環を促進するために、

「減税と公共投資、社会構造の変化によってもたらされる弱者への社会保障を行う」

というのが、池田の信念だった。

当時、日本が生き残る道はお家芸の軽工業をさらに発展させ、観光と酪農で立国するという〝東洋のスイス〟構想が一般的だった。

これは、戦後まもなく、片山内閣が提示したビジョンだった。

日本経済の急伸を信じて疑わなかったのは、池田本人と、所得倍増計画の理論的支柱を務めた異端の経済学者、下村治を除けば、ごくわずかだっただろう。

経済なくして、国民生活の向上なし。

あらゆる分野での成長を実現するには、経済の発展こそが肝要だと考え、それを愚直に実行したのが池田政権だった。

10年で所得を倍増するとした池田の公約は、10年を待たず7年で達成される。

1967年のことだ。

その2年後には、日本は西ドイツを抜いて世界第2位のGNP大国に躍進を遂げた。

「私は嘘は申しません!」池田のダミ声が日本を創ったのだ。

池田の所得倍増計画は現在のアベノミクスと多くの共通点があるという点で、本書は非常に興味深い。

2019年6月17日 (月)

移動力/長倉顕太

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 私たちの行動をコントロールするのは意思ではなく環境だ。環境が行動を決める。意思は関係ない。だとすれば、環境をコントロールすればいい。人生を変えたければ環境を変えればいい。

著者は人生を変えたければ環境を変えればよいと主張する。

そして環境を変えるには移動することだという。

確かに、やりたいことが見つからない若者、会社の奴隷となっている会社員、やりがいが見つからない主婦、そして人間関係に悩む人たちに共通しているのは、移動していないということ。

同じ家に何年も住んでいたり、同じ職場にいたり、海外旅行に行ったこともなかったり。

一方、成功している人たちは移動が多い。

結局、私たちは環境の生き物だ。

環境によってすべてが決まる。

人生を変えるというのは環境を変えるのと同じ。

楽しい人生に変えるというのも、楽しい環境に変えるのと同じ。

定住するということは、環境が定まるということであり、人生が定まるということ。

定住とは人生を固定することにほかならない。

過去に縛り付けることにほかならない。

例えば会社員という生き方。

「選択肢を増やす」ということを考えたときに会社員が最悪である。

なぜなら、「誰と働くか」「どこで働くか」「いつ働くか」が自分で選べないからだ。

これは地獄以外の何物でもないだろう。

何が怖いかというと、日本社会では「誰と働くか」「どこで働くか」「いつ働くか」が選べないから。

冷静に考えれば、この3つが選べない時点で人生を奪われたようなものだ。

まず考えるべきは、「どうありたいか」だ。

そのときに「誰と働くか」「どこで働くか」「いつ働くか」という視点で考えるのがいい。

私たちがやるべきは、環境を選ぶ自由をいつも持っておくことだ。

自分の生きる環境に関する選択肢を持つことで、人生をコントロールできるようになる。

と、これらが著者の主張である。

著者は別に持ち家を否定しているわけではない。

ただ、同じ環境に安住することを戒めているに過ぎない。

成長するためには、意識して環境を変える取り組みをすべきだろう。

2019年6月16日 (日)

奇跡の営業/山本正明

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 紹介で営業に出向くということは、登山にたとえるなら五合目、六合目から登れるようなもの。営業先に困らなくなるだけではなく、契約率も格段にアップするのだから、仕事に関しては五合目から登らない手はありません。

著者は「紹介率80%」を誇る、ソニー生命のライフプランナーだ。

なぜ、技術者あがりの口下手な著者が営業の世界で成功できたのか?

結論から言うと、「紹介」に焦点をあてた独自の営業スタイルを確立したからだ。

紹介営業というと多くの営業パーソンがやっている。

決して新しい手法でもない。

重要なのは紹介を「最重要視」しているかどうかだ。

その意味で、契約をとることより、本気で紹介をもらうことを重視して営業している人は、残念ながら、ほとんどいない。

著者はこのような紹介を最重要視する営業を〝山本流〟と呼んでいる。

〝山本流〟では、話し上手かどうかは関係ない。

むしろ口下手な人ほど紹介をもらいやすいという側面さえある。

実際にやることといえば、極めてシンプル。

①アンケートをつくる

②商品の説明後、アンケートを書いてもらう

この二つである。

人は誰しも「自分が知っていることを教えてあげたい」「相手を喜ばせてあげたい」という奉仕の精神をもっている。

その気持ちに沿うように商談を進めていけば、ごく自然と紹介は生まれる。

そしてそのためには「うまく聴く」こと。

相手にしゃべりたいことを存分にしゃべっていただき、「話したいことはすべて話した」という達成感をもってもらう。

それが「うまく聴く」ということ。

そして、アンケートでは「よかったところベスト3」を書いてもらう。

なぜか?その理由は、

①お客様からほめてもらうことで営業マンの自己肯定感を高める

②お客様が喜ぶポイントを知ることで自分の強みを発見する

③お客様に「いい商談だった」と認識していただき満足度を高める

④紹介をお願いする際の切り口とする

以上四つである。

著者は紹介というのは日本の文化だという。

お互いがお互いを気遣い、助け合う。

いいものをみんなに紹介して共有する。

そして、幸福の輪が広がっていく。

それは日本の文化そのものだと。

そして、そんな文化が根づけば、人々の絆は深まり、ずっと安心して暮らせる国になるはずだと。

恐らく著者のこの紹介営業への熱意が著者をトップ営業マンにしたのだろう。

何事も一つのことを極めることが大事だということを本書は教えてくれる。

2019年6月15日 (土)

人に困らない経営/森本尚孝

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 企業を構成する要素はさまざまだが、社員はその中でも次元の違う存在である。社員一人ひとりは会社そのものであり、社員一人ひとりの一挙手一投足が会社を代表している。


著者が社長を務める三和建設は、1947年に創立された創業70年を超える中堅ゼネコンである。

社員数は125名。

三和建設の経営理念は「つくるひとをつくる」というもの。

経営理念でうたっていることは嘘でなく、まさに人を大切にする経営をしている。

重要なことは、個別の取り組みの有効性や独自性ではなく、それらを貫く基本理念にこそある。

企業経営における基本理念を明確化し、その経営理念について個別の施策の一貫性を担保する経営手法は理念経営と呼ばれる。

著者は「つくるひとをつくる」という経営理念をつくるにあたり、三つのことを考えたという。

第一に、「誰もが簡単に諳んじることができるほどにシンプル」な経営理念にしたいと考えた。

第二に「全社員にとって共感でき、かつ等距離に当事者性がある」言葉にしたいと考えた。

第三に、「時代を超えた普遍性がある」ものにしたいと考えた。

そして経営理念を具現化するために、次のことを行っている。

一つは、ひとたび社員として迎え入れたら、その人に能力があろうがなかろうが、なんとしても活躍の可能性を追求するということ。

もう一つは、社員の新規採用は、会社のためではなく、既存社員のために行うということである。

経営理念の策定以上に重要なのは、その運用である。

重要なことは、①経営理念の意味づけ、②経営理念と実際の取り組みとの整合性確保、の2つである。

まず①経営理念の意味づけについてであるが、経営理念は単なる言葉に過ぎないので、そこに意味をもたせ、その概念を広げていく努力が必要である。

そのためには、経営者自身の責務として、とにかく理念を繰り返し伝えていかなければならない。

同じことを繰り返し伝えることを面倒くさがる人は多いが、誰にどう思われようとも必要なことは何回でも繰り返すべきである。

そして、②経営理念と実際の取り組みとの整合性確保については、経営理念をあらゆる取り組みや事象と無理やりにでもくっつけていく。

実際、三和建設の取り組みはすべて「つくるひとをつくる」という経営理念と直結している。

例えば、多くの会社は、売上・利益を拡大したいという目的がある。

それを実現するために社員一人ひとりの活躍が必要だと考える。

これは社員の活躍を、売上・利益という目的を達成するための手段と考える経営の思考プロセスである。

もちろん、これが悪いといっているわけではない。

しかし、三和建設の場合は、まったく逆の順番になる。

すなわち、「つくるひとをつくる」という理念にもとづいて、社員を活躍させるという目的がある。

そして、すべての社員が活躍するために売上と利益が必要となる。

つまり、売上と利益は手段なのである。

売上のために社員が必要なのではなく、社員活躍のために売上が必要であるというのが三和建設のスタンスである。

それが「人に困らない」経営という結果につながっている。

経営理念が飾り物となっている企業が多い中、三和建設の理念経営の取り組みは、多くの気づきを与えてくれる。

2019年6月14日 (金)

常識の壁をこえて/ダン・S・ケネディ

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 思考は、体制をくつがえす。革命を起こす。秩序を打ち壊す。まったく、恐ろしい代物だ。思考は、特権や、既存のシステムや、快適な習慣には容赦しない。そして平気で地獄の淵をのぞき、恐れることを知らない。
 思考は偉大であり、迅速であり、自由である。それは世界を照らす明かりであり、人間のもつ最も偉大な能力である。
 バートランド・ラッセル(哲学者)


成功を阻む最大の障害は、実はみずからの心のあり方にあったりする。

ある人間が「できること」と「できないこと」を決めるのは、その人のセルフイメージだ。

意識的に目標を定めて、意識的に考え方を変えても、それが無意識のセルフイメージや信念と合致しなければ、効果は乏しく長続きもしない。

どんなにポジティブ思考を心がけても、どんなに強い決意と自制心をもとうと努めても、ネガティブなセルフイメージを打ち消すことはできない。

言い換えれば、セルフイメージと矛盾する決意を立てても絶対にうまくいかないということだ。

ダイエットが長続きしないのも、新年の誓いが三日坊主に終わるのも、これで納得がいく。

無理してポジティブに考えようとしたり、モチベーションを高めたりするのは効果がない。

むしろ、しっかりしたセルフイメージの土台をつくり、綿密な目標を立て、現実的なプランとノウハウをもつように心がることだ。

そうすれば、おのずと将来を楽観できるようになり、ポジティブに考え、行動できるようになる。

成功者は成功者というセルフイメージを持っている。

いつも失敗する人は、いつも失敗する人間というセルフイメージを持っている。

まずはよいセルフイメージを持つことが大事だということだろう。

2019年6月13日 (木)

アベノミクスが変えた日本経済/野口旭

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 白川日銀はリーマン・ショック以降も、量的緩和のような非伝統的金融政策については、きわめて消極的な態度を貫いた。それは結果として、日本経済に深刻な円高とデフレ、そして失業をもたらした。民主党は結局、政権に就いた2009年9月以降、その状況に大いに苦しめられることになる。しかし、民主党はそれを誰のせいにもすることができなかった。というのは、白川日銀の事実上の生みの親が民主党であったことからすれば、それは民主党自身の責任でしかなかったからである。


日本は長い間デフレに苦しんできた。

デフレの厄介さは、それが人々の心理に定着すると、それがデフレをさらに強化してしまう点にある。

物価が今後とも下落し続けると人々が予想するなら、人々はモノの購入をなるべく先送りしようとする。

その結果、企業は将来への投資をなるべく手控えようとする。

それらは、経済をさらに収縮させる。

つまり、デフレはデフレを呼ぶわけである。

1990年代以降の「日本の失われた20年」とは、何よりもデフレ、すなわち継続的な物価下落とともに日本経済が収縮し続けていた時代であった。

にもかかわらず、その間の歴代政権は、デフレをどのように把握し、それにどう対処すべきかを、十分に明確にすることはなかった。

第二次安倍政権が成立した後に示された経済政策指針、いわゆる「アベノミクス」は、はじめてのデフレに対する具体化された対策だった。

アベノミクスは、第一の矢=大胆な金融政策、第二の矢=機動的な財政政策、第三の矢=民間投資を喚起する成長戦略という「三本の矢」からなる政策戦略である。

こうした政策戦略の基本的な枠組みを提供していたのは、リフレ派と呼ばれていた一群の経済学者およびエコノミストたちであった。

リフレ派とは端的にいえば、日本経済の再生のためにはまずはデフレ脱却が必要であり、そのためには金融政策の転換が必要と主張していた論者たちの集団である。

リフレ派によれば、デフレは不況の結果であると同時に、それ自身が不況の原因となる。

というのは、総需要不足によって物価が下落すれば、単に企業の収益が減少するだけではなく、金利が実質的に高くなる。

あるいは債務が実質的に増加することによって、総需要がより一層減少してしまうからである。

したがって、仮に財政政策などによって総需要を一時的に増加させても、デフレが続く限り、それは穴の空いたバケツの水のように減り続ける。

リーマン・ショック後の日本経済は、円高とデフレの相乗効果によって、まさにもがき苦しんでいた。

円高は輸入品価格を割安にし、輸出品価格を割高にすることから、デフレをより一層厳しいものにする。

その円高とデフレは、企業の収益を減少させ、株価を下落させ、雇用を減少させ、失業を増加させる。

端的にいえば、それが白川日銀時代の日本経済に生じていたことである。

この状況を変えるために行うべきことは、きわめて明らかであった。

それは、「日銀が他の主要中央銀行に負けないくらい十分に金融緩和あるいは量的緩和を行う」ことである。

黒田日銀の「異次元金融緩和」とは、それに尽きている。

それでは、インフレ目標政策の目的とは何か。

それは直接的には「2%インフレ率の達成」そのものである。

しかし実は、インフレ目標政策の本来的な目的は、物価それ自体にあるのでは必ずしもない。

より重要なのは、望ましい雇用と所得の達成および維持である。

中央銀行が2%程度のインフレ率を目標とするのは、それ自体が望ましいからではなく、それによってより低い失業率とより高い所得が実現できるからである。

黒田日銀は当初、2%インフレ目標すなわち2%の消費者物価上昇率という目標を、異次元金融緩和を開始して2年後の2015年度には達成すると宣言していた。

実際、消費税増税が実施される2014年4月時点では、消費者物価に関するいくつかの指標は、1%代半ばの上昇率に達していた。

その上昇の流れを止めたのは、2014年4月の消費増税であった。

その後の展開は、日銀にとってはまさに苦難に満ちたものとなった。

消費税増税によって生じた民間消費の落ち込みは、駆け込み需要の反動減では説明できない想定外の大きさであっただけでなく、その長さもまた異例であった。

しかし、その後、経済は回復傾向にある。

その恩恵をもっとも受けているのは若者であろう。

今、新卒は完全に売り手市場である。

新卒の就職市場がこのように改善してきた基本的な理由は、まったく明らかである。

それは、企業がこれまでのように単に正規雇用を非正規雇用に置き換えるのではなく、積極的に正規雇用を増やし始めたからである。

そしてそれは、日本の労働市場が徐々に完全雇用に近づきつつある。

そこで労働市場に何が生じるのかは、ほぼ予見可能である。

まず、非正規労働市場での従業員確保が、企業にとって次第に困難なものになっていく。

その結果、企業は労働力の確保のためには、正規雇用を増やす以外には選択肢がなくなる。

それは、これまで一方的に拡大し続けてきた不本意非正規労働者が、ようやく減少し始めることを意味する。

要するに、これまでの正規雇用から非正規雇用へという労働市場のトレンドが、明確に反転し始めるということである。

そのトレンドの反転は、既に2016年頃から、徐々に現れ始めている。

このように振り返ってみると、アベノミクス様々な問題はあるものの総体的に機能しているといってよい。

懸念材料は、今年10月に予定されている消費税増税である。

個人的には中止してほしいと思っているのだが、どうだろう。

また、同じ過ちを繰り返さねば良いのだが。

2019年6月12日 (水)

日本人の勝算人/デービッド・アトキンソン

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 アメリカの生産性は1990年代に飛躍的に向上しました。一方、日本の生産性は、まったくと言っていいほど上がりませんでした。なぜこの違いが生まれたのでしょうか。それは、アメリカでは多くの企業が技術革新の効果を最大限に引き出すために、組織を大幅に刷新し、仕事のやり方を大胆に変えたのに対し、日本では技術導入はしたものの、組織や仕事の仕方に手をつける企業が少なかったからです。そのため、日本は生産性を上げることができなかったのです。


日本で今まさに起きているパラダイムシフトの原因は、人口減少と高齢化だ。

日本では、これから、人類史上いまだかつてない急激なスピードと規模で、人口減少と高齢化が進む。

人口が右肩上がりで増えるというパラダイムが、右肩下がりに減るというパラダイムにシフトしたのである。

日本は少子高齢化と人口減少問題を同時に考えなくてはいけない、唯一の先進国である。

これが重要なポイントだ。

高齢化が進めば進むほど、介護などの需要が高まり、人を多く要する生産性の低い仕事が増え、ひいては格差が広がることも考えられる。

このことは、生産性向上に悪影響を与え、所得の上昇をさまたげる。

総括すると、日本は社会保障のためにGDPを維持する必要があるが、人口減少と高齢化によって需要が構造的に減る。

日銀は銀行に流動性を供給しているが、民間のニーズがないため、このままでは流動性が市中に流れない。

そうであるならば、個人消費を増やすための別の政策が必要になってくる。

それが「賃上げ」だ。

通貨量をきちんと増やしながら、賃上げを継続していく。

それができれば、総需要は縮小せず、モノとサービスの均衡が回復して、インフレを実現することも可能だ。

このパラダイムシフトは、デフレ圧力を吸収し、日本経済を活性化する。

日本でGDPを減らすのは自殺行為だ。

結局、何をどう検討しても、人口減少・高齢化による総需要減少を、賃上げによって相殺するしかない。

それには生産性を向上させ、付加価値を高めていくしかない。

論理的に分析すればするほど、結論はここに辿り着く。

「いいものをより安く」という戦略は、人口が増加している時代には非常によい戦略だった。

いいものをより安くすると新しい需要がどんどん生まれるので、単価は下がるが、それ以上に売上が増える。

最終的には利益額も増え、皆が得をする戦略だった。

よりたくさん売ることによって、規模の経済も働く。

しかし、「いいものをより安く」という戦略は、厳しい言葉で言うと、優秀な労働者さえいればどんなバカな経営者にも可能な戦略だ。

その分、労働者に大きな負荷がかかる。

2016年の World Economic Forum のランキングによると、日本の人材評価は世界第4位だ。

本来であれば、ここまで人材の評価の高い国であるならば、人材を上手に活かしさえすれば、大手先進国で最高水準の生産性と所得水準を実現するのも可能なはずだ。

にもかかわらず、現在の体たらくに、長年の人口増加が生み出した日本の経営者の無能さや国民の甘えが如実に表れている。

日本以外の国では、生産性と人材評価の間に強い相関関係がある。

また、人材評価と最低賃金にも深い関係がある。

しかしながら、日本だけは人材評価が高いのに、最低賃金が低く、生産性も低い。

低い生産性の問題、国の借金の問題、財政再建の問題、福祉制度の問題、ワーキングプアの問題、女性活躍の問題、子どもの貧困の問題、少子化の問題、消費税の問題、地方創生の問題。

日本には実にたくさんの深刻な問題がある。

しかし、これらの問題の根っこはたった1つ。

最低賃金が低いこと。

ここにすべての問題の根源がある。

と、これが著者が本書で訴えていることだ。

正確な分析に基づく主張なので、説得力がある。

問題は、経営者をどう動かすかだろう。

2019年6月11日 (火)

目標達成フレームワーク39/手塚貞治

Photo_74 フレームワークとは、「物事を認知して思考するための枠組みのこと」です。

目標達成するために、フリーハンドで考えることもできる。

しかし、それだとどうしても時間がかかるし、またバランスを欠いたものになりがちだ。

そこで登場するのがフレームワークだ。

フレームワーク思考の背景にある考え方が、「MECE」だ。

「MECE」とは、「Mutually(相互に)Exclusive(重複なく)andCollectively(集合的に)Exhaustive(モレなく)」のそれぞれ頭文字を取ったもの。

いわゆる「モレなくダブリなく」というもの。

それによってゼロから考えるより、より早くゴールにたどつくことができるようになる。

例えば目標を達成するためにはそのための手段が必要となる。

その場合、全ての選択肢を検討できる思いつきで考えると、思いついた順番で決めてしまいがちだ。

せいぜい2つか3つ目までの選択肢で決めつけてしまうことになる。

フレームワークで考えると、優先順位がつけられる全ての選択肢を網羅的に検討できるので、優先順位もつけやすくなる

実現の可能性が高まる全ての選択肢を網羅的に検討するというと、一見まどろっこしい作業に思えるかもしれない。

しかし、「急がば回れ」だ。

単に思いつきで始めた場合は、確信が持てないため、ちょっとうまくいかないことがあると、そのままなし崩しになってしまいがちになる。

結局、目標を達成できないということになる。

例えばフレームワークの一つとしてSWOT分析という手法がある。

強み・弱みを分析するSWOT分析というものも、使われ出してから半世紀が経とうとしており、相当ポピュラーなものとなった。

これは、自社の強み(Strength)と弱み(Weakness)、外部環境の機会(Opportunity)と脅威(Threat)の4項目で分析するという手法で、その頭文字をとって、SWOTと呼ぶ。

経営戦略の世界ではもはや古典の部類に属するフレームワークといっていいわけだが、にもかかわらず今でも使われているということは、それだけフレームワークとして秀逸だからということだろう。

私自身も企業の戦略を経営者と一緒に考えるときによく使う。

本書ではこのようなフレームワークが39紹介されている。

全てを身に付ける必要はなく、いくつかを使えるようになればよいのではないだろうか。

2019年6月10日 (月)

なかなか自分で決められない人のための「決める」技術/柳生雄寛

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 決め方のノウハウとは何か。それは、次の11項目をすべて具体的に埋めることです。
 ①誰が/②なぜ/③何を/④誰に/⑤誰のために/⑥誰と/⑦いつからいつまで/⑧どのように/⑨いくらで/⑩いくつ/⑪どこで

決められないことにはいくつかの原因がある。

例えば、目的がはっきりしないこと。

何かを決断するうえで、目的はとても重要だ。

目的が明確になっていれば、その目的に合っているかどうかでその決断の正しさを判断することができるからだ。

目的とは決めるときの判断軸になる。

軸があいまいだと、当然判断ができない。

結果、決められない。

これはよく起こること。

また、慎重になりすぎても決められない。

多くの決められない人は、失敗しないために、正しい決断をしなければいけないと思い込んでいる。

そして、その思い込みが強い人ほど、なかなか決断できない。

また、一度失敗したら落ち込んでしまう。

そして、負のスパイラルに陥ってしまう。

決断できない人は、このタイプだ。

更に、決断できる人は、常に「自分が決断している」ということを意識し、明確な意思を持って決めている。

一方、決断できない人は、強く意識することなく、「なんとなく」決めていることが多い。

では「決める」とはどういうことか。

それは「行動する」こと。

「決める」と「行動」はセット。

行動までできてはじめて、本当に「決めた」といえる。

ではどうして行動できないのか。

それは上記11項目が不明確だから。

あるいはその中のどれかが欠けているから。

11項目をすべて埋めることができなければ、「決める」にはならない。

ただ単に「思っている」だけで終わってしまうことになる。

「思う」と「決める」の境界線はここにある。

たとえば、「どこで」が欠けている人は「どこで」を考えられない。

「いくつ」が頭にない人は「いくつ」のことが考えられない。

キーワードがないから、考えることすらできない。

このように、これら11項目のどれか一つが欠けるだけで、人は動けなくなるものなのだ。

さらに、自分が決めるだけでなく、相手に決めさせるときにも、この11項目はとても重要だ。

会議や打ち合わせでも、この11項目を一つひとつ検討していけば、速く決めることができるし、すぐに行動に移せる結論が出せるようになる。

この11項目、決めるためのチェックリストにしても効果的なのではないだろうか。

«最高のコーチは、教えない。/吉井理人