トップページ | 2010年4月 »

2010年3月の25件の記事

2010年3月31日 (水)

勉強について、私たちの考え方と方法/小山政彦、羽生善治

Img971

大局観は、全体を判断する力であり、本質を見抜く力といっていいでしょう。そして、そのときにカギとなる思想が「直感」ということになります。

対局の要所要所で判断する中での直感ですが、これはただ単にその場の思いつきでランダムにぱっと浮かび上がってくるものではないと思っています。やっぱり自分自身が今まで積み重ねてきたものであり、さらにその中のエキスから生まれるものだと考えています。(P32)

直感は大事だが、そのためには直感が生まれるための普段の積み重ねが大切だということだろう。

とかく、直感というと、普段の地道な積み重ねと真逆の概念として受け止めがちだ。

羽生名人は、そうではなく、直感とは普段の努力や積み重ねの延長線上にあるといっている。

ただし、その線は直線ではないような気がする。

つまり自分でできるだけの努力をして、どこかのタイミングでギアチェンジをし、その中で直感が生まれるような状態を自分の中に作り上げることが必要ということではないだろうか。

おそらく、直感力の優れている人とは、直感の生まれるような状態に自分を持って行くコツを知っている人なのだろう。

2010年3月30日 (火)

コンサルティングマインド/野口吉昭

Img963

カウンセリング能力については、精神分析医とその患者の家族との間で、実際にあった笑い話のような会話がある。

「先生、これでこの子も学校に戻れます。本当にありがとうございました。先生のおかげで・・・と申したいところですが、実際のところ、先生は何もしてくださらなかったように思うんです。2時間のカウンセリングの間も、先生は毎回ただじっと息子の話を聞いているか、ずっと沈黙しているか、のどちらかでしたよね」

「おっしゃる通り、私は何もしませんでした。お子さんが自分で直したのですよ。本当に良かった。おめでとうございます」

「・・・・・?」

家族としては、これで治療費を払うのは腑に落ちない、と思うかもしれないが、実はこういう評価を得る医師ほど、精神分析医としては良い先生なのだ。(P177)

人は自ら変わる力を持っている。それに気づかせ、自ら行動に移せるように支援するのが、カウンセリングやコーチングといったものだ。

その意味で、何もしないことが最高のカウンセリングだということなのだろう。

だだし、それは積極的な意味で「何もしない」ということである。

人に対して無関心であってよいということではない。

しかし、この「何もしない」ということは意外と難しい。

とくに自分と近い関係にある者に対してほど難しい。

つい口を出したり手を出したりしてしまう。

人間の可能性に対する深い信頼という土台がないからなのだろう。

2010年3月29日 (月)

織田信長の経営塾/北見昌朗

Img959

信長が行った組織改革の目玉は兵農分離だった。それまでの武士は土地に張り付いていて、農業も兼業していた。だから田植えや稲刈りの時期になると戦に参加することができなかった。戦国時代の戦が農閑期に行われているのは、それが理由だ。

これに対して信長は、家臣を土地から切り離して城下に住まわせた。武士が主君の城下に住むというのは当たり前のことのような気がするが、実は初めてこれを試みたのは信長だった。(P79)

当時当たり前とされていた兵農分離を改革したところに信長の非凡さがあるのだろう。

兵農分離は、今で言えば、パートや派遣社員を正社員にしたということになろう。

パートや派遣社員を正社員にするということを最近企業は社会的にも求められるようになってきている。

しかし、これを社会的な要請があるからという消極論ではなく、積極的な側面を見いだし取り入れることも必要であろうし、そのような企業も一部出てきている。

どんな場合にも物事は多面的に見ていくことが必要だということだ。

2010年3月28日 (日)

組織力を高める/古田興司、平井孝志

Img944

リーダーシップ力の一つの側面に、人の心を動かし、共感を呼び、求心力を高める力があるが、それはどのように高められるのか。人は単なる事実の羅列ではなく、それらが一つの「物語」になったときに感銘を受け、心を動かすものだ。マネージャーがリーダーシップを発揮するためには、常に「物語性」を意識しておくことは非常に有効である。(P204)

人は理性によって動くのではなく、感情によって動く。

事実の羅列ではなく、その事実の背景に物語を感じ、それを頭の中にイメージし、それに共感したときに人は動く。

そのためには、相手の頭の中にイメージとして残るような言語表現能力が必要ではないだろうか。

優れたリーダーは、言葉によって人を感動させ、鼓舞し、思いを一つにさせることによって人を動かす。

以前、セールスの仕事をしていたとき、よく「言葉によって絵を描け」と言われたことを思い出す。

「物語性」、これはリーダーシップを考えるときの一つのキーワードになってきそうだ。

2010年3月27日 (土)

ものづくり魂/井深大

Img936

私も本田さんも、この技術があるから、それを生かして何かしようなどどいうことは、まずしませんでした。最初にあるのは、こういうものをこしらえたい、という目的、目標なのです。それも、二人とも人まねが嫌いですから、いままでにないものをつくろうと、いきなり大きな目標を立ててしまいます。この目標があって、さあ、それを実現するためにどうしたらいいか、ということになります。(P31)

よく目標を立てる場合にはストレッチ目標を立てろと言われる。

自分のもてる力を余すところなく出して、やっとできるかできないかという高い目標を立てることが大切だとよく言われる。

その場合、意外とじゃまをするのは、自分の過去の経験や専門性だ。

つまり「自分の過去の経験から言うと」とか「自分の専門的なスキルから考えると」という発想で考えてしまう。

それを乗り越えるのは、「こんなことをやりたい」とか「こんなものを作りたい」という強烈な動機だ。

日本を代表する経営者である本田宗一郎や井深大には、その強烈な動機があったのだろう。

2010年3月26日 (金)

人が輝くサービス/黒石和宏

Img919

スターバックスには、目指している目標やビジョンがあり、そのために「俺はやるべきことをやるんだ」「自分が任されている責任をちゃんと果たすぞ」と思いながら日々の業務に取り組んでいく。すると、ふとしたときに、やるべきこととやりたいこととが一緒になってくることがある。自分の「やるべきこと」を、心から「やりたい」と思えるようになってくると、本当の意味で強い自分になれる。(P59)

「やるべきこと」と「やりたいこと」とが一緒になってきたとき、本当の意味で強い自分になれるということだが、ここに至るまでのアプローチがポイントだと感じた。

「やるべきこと」をやっているうちに「やりたいこと」が見えてくるということだが、多くの人は逆なのではないだろうか。

自分のやりたいことは何なのかということばかりを考え、結局一歩も前に踏み出すことのできない人があまりにも多い。

よく言われる「自分探し」などはこの類だと思う。

それよりは目の前にある「やるべきこと」に全力で取り組むことだ。

やりたいことは、この先に見えてくる。

2010年3月25日 (木)

組織マネジメントのプロフェッショナル/高橋俊介

Img907

結論的に言えば、序列そのものが重要だという考え方をやめることだ。序列がどうかということではなく、誰が何をやるかという機能を問題にする。部長や課長の役職は序列ではなく、機能だと考える。(P57)

一昔前の日本の企業の特徴は、年功序列、終身雇用と言われていた。もちろん、現在でもこれは残っている。そして年功序列の是非についてはよく議論の対象になる。

だた、ここで見落としてしまいがちになるのは、会社という組織の中の役職イコール序列という考え方そのものがおかしいのではないかという視点である。

平社員よりも課長が偉い、課長よりも部長が偉い、だから課長は部長の言うことを聞き、平社員は課長の言うことを聞く、これが序列である。

しかし、組織の機能という視点で見ていくと、誰が偉いのかということは重要なことではない。組織には目的があり、その目的を達成するためには、組織の構成員がそれぞれの機能を果たす必要がある。

会社という組織では現場で働く人も必要だし、それをまとめる人も必要だ。

ある人は営業の最前線に立ち、お客様と接するという機能があり、ある人はそれをまとめる営業課長という機能がある。

そして、それは、営業マンをまとめる人が偉いからではなく、営業マンをまとめる機能の人が必要だからである。そうでなければ組織の目標を達成することはできない。そう考えるのが自然であろう。

「役職は序列ではなく機能」、この認識を変えることは非常に重要なことだと思う。

2010年3月24日 (水)

上機嫌の作法/齋藤孝

Img888

上機嫌は、訓練によって身につけるものです。

運動と同じで、訓練を続けると、上機嫌の筋力がついて、こころの可動範囲が広がり、上機嫌が生活に占める割合が増えるのです。(P84)

人間誰しも機嫌のいいときもあれば、悪いときもある。

当たり前のことである。

しかし、著者はそれではまだ素人だと言う。

機嫌にも、素人、玄人があるというのである。

そして「本当のできる人は上機嫌」だということだ。

それは「上機嫌にも技がある」からだというのである。

上機嫌もまた訓練によって身につけることができるとしたら、是非身につけたいものだ。

2010年3月23日 (火)

経営者、15歳に仕事を教える/北城恪太郎

Img876

物事は、ひとつのことを極めるとそれにちかいことは類推で、すぐに理解できるようになります。これは道理がわかるからです。逆にくわしい分野がなくて、広く浅い知識しかない人は応用ができません。自分が寄って立つ土台がないからです。

私は常々、日本IBMの社員にも「一芸に秀でよ」といっています。どんな分野でもいいから、一つの分野でもっとも詳しい専門家になる。日本で一番でなくても、「部門で一番」「会社で一番」でもかまいません。自分が所属する組織のなかで「自分が一番」の分野をもつことが重要なのです。(P25)

「一芸に秀でる」「極める」ことがいかに大切なことであるかをここでいっている。

確かに何かを極めた人は魅力がある。

逆にただ単に頭が良いだけの人は、人間的な魅力をあまり感じない。

頭が良いのに、話していて何か薄っぺらに感じる人がいる。

それは理屈ではなかなか説明ができない、皮膚感覚に近いものである。

しかし、それは意外と当たっていることが多い。

何故なのか。

それは、私たちの中に本物と偽物を見分ける 「何か」があるということではないだろうか。

2010年3月22日 (月)

エスキモーが氷を買うとき/ジョン・スポールストラ

Img863

常識破りのマーケティングをする企業が持っている最も重要な財産を、その重要度の順にあげてみると

①従業員

②顧客

③株主

従業員にもし活力があれば、もし自分の仕事に対して情熱をもっていれば、もし絶えず(自分の時間も含めて)学習しているなら、彼らはさらに優秀な従業員に成長するだろう。顧客の要求に対して、はるかに真剣に取り組むようになり、その活力と情熱、そして知識を総動員してさらに顧客を増やし、離れていった顧客までも引き戻すことだろう。売上高は増加する。利益が伸びる。株主は微笑み、大喜びし、そしてこの立派な企業の株を持たせてくれた幸運の星にに感謝することだろう。(P269)

この本にサブタイトルをつけるとすれば「常識破りのマーケティング」ということになると思う。

そのための重要な財産は、①従業員②顧客③株主ということだが、ある意味当たり前ことのような気がする。

どう考えても常識破りとは言えない。

だが、「本当に実行できているか」ということを問うてみると、これを本当の意味で実行でいている企業は少数派であろうと考える。

ESという言葉は今は誰でも知っている。

後は実行することである。

常識破りのマーケティングは当たり前のことを当たり前のこととして実行することから生まれる。

2010年3月21日 (日)

ネクスト・ソサエティ/P.F.ドラッカー

Img813

イノベーションという言葉をよく耳にする。ほとんどの人にとって、それは技術的な革新のことである。ところが今日もっとも求められているイノベーション、特に日本において求められているものは社会的な革新である。その典型の一つが、いかにして雇用と所得を確保しつつ、同時に、転換期に不可欠の労働力市場の流動性を確保するかいう問題である。(Pⅱ)

ドラッカーは日本において求められているイノベーションは社会的な革新だと言っている。

今、日本で起こっていることの問題はまさにこのことである。

高度成長期、日本の成長を支えてきた日本独特の社会的な制度や慣行がある。それは系列であり終身雇用であり官民協調であった。

それらがある意味日本の成長を後押ししていたということができる。

しかしいまやこれらは完全に制度疲労を起こしてしまっている。

ドラッカーは7年前にこのことを言っているわけだが、実際一刻も早い改革が求められる。

2010年3月20日 (土)

スタバではグランデを買え!/吉本佳生

Img651

本当に同じモノがちがう価格で売られているケースでは、その理由はひとつしかありません。取引コストと呼ばれるコストの存在です。(P22)

現在の企業にとって一番問題になっているのは、人間関係を作る上での心理的負担という取引コストが上昇していることではないだろうか。

目に見えるモノのコストはどんどん下がってきている。しかし、人と人との関係を構築するための心理的負担というコストはインフレ気味だ。

トヨタの米国におけるリコール問題も、この取引コストの上昇と無関係ではないように感じる。

2010年3月19日 (金)

会社は倒産体質/木下晃伸

Img834

こんな逸話がある。ノーベル経済学賞を受賞した、カーネギー・メロン大学のハーバート・サイモン氏が、73年、同僚の心理学教授、ウィリアム・C・チェース氏と共に研究したチェス・プレーヤーの認知力というものだ。

具体的には、チェスのプレヤーを、世界ランキングに入る程の名人を3人、中級者を3人、そして初心者を3人、被験者に選んで記憶力を試す実験を行った。

最初に実験者たちはゲームをはじめる。そして途中でやめてしまう。その途中の盤面を被験者全員に見せ、それぞれにチェス盤を渡し、いま見た通りに駒を並べるように支持する、というものだった。もちろん、途中経過はもう見ることはできない。

答えは当然と言えば当然だった。名人3人の平均正解率は81%となった。一方初心者の平均正解率は33%にとどまってしまった。

ところが、今度は、ゲームを行った上での盤面ではなく、コンピューターによってランダムに駒を並べた上で、さきほどと同じ実験を試みた。すると、意外なことに名人の正解率は大きく落ちてしまった。しかも、なんと初心者よりも低くなってしまったのだ。

ルールが変われば、名人であってもただの人。名人はあくまでもゲームというパラダイムの中で、ゲーム展開を予測していたからこそ、記憶と結びついたのだ。しかし、パラダイムが変わってしまったら・・・・・。(P191)

今、私達の周りで起こっていることは、まさにこのパラダイムの転換である。ということは、これまでの自分の強みだと思っていたものが、今後も強みになるとは限らないということである。

それどころか、逆に自分の足を引っ張ってしまうかもしれない。

だからこそ、大切なことは「変化適応力」だと言える。

変化にいかに早く適応していくのか。企業も個人も、今後生き残り、勝ち続けるためには、これが求められるのは確かだ。

2010年3月18日 (木)

バカとは何か/和田秀樹

Img826

問題を発見したら、例えば「なぜ、この手のものがまだないのだろう。あればきっとみんな使うし、売れるだろう」と思ったら、それを空想として膨らませるとか、人に発表するのではなく、実際に試してみるということがないと成功にはつながらない。

これについて、私は試行力という言葉を使っている。要するに、頭の中で考える思考力より、実際に試してみる試行力のほうが大切になるということだ。(P169)

著者は現代人に求められるのは「試行力」だといっている。

別の表現をすれば仮説を立て、それを試してみる、そしてうまくいかなければさらに別の仮説を立て、試してみる。これを何度も繰り返す能力が必要だということである。

仮説を立てて、それを試してみて、それが1回で自分で思い描いた成果が得られることはレアケースであろう。通常はこれを何度も、場合によっては何十回も繰り返す必要が出てくる。

これを支えるのは精神的タフネスさだと思う。知的体力といってもいい。しかし、これこそ、現代人に最も欠けているものではないだろうか。

安直に何でもすぐに答えを知りたがる、正解を知りたがる傾向がある。

確かに一昔前に比べれば、情報は得やすくなってきている。しかしそれは正解ではない。正解らしいものでしかない。

本当の意味での正解は、自分でいろいろ試してみて、「これだ」というものを会得する以外にないように感じる。

確かに「試行力」は大事だ。

2010年3月17日 (水)

何のために働くのか/北尾吉孝

Img803

企業は正しいことを行わなければ行けないのです。ピーター・ドラッカーは「経営とは人を通じて正しいことを行うことだ」と言い、論語には「利を見ては義を思う」「君子は義に諭り、小人は利に諭る」とあります。

利益というものは大事だけれど、それは正しいことを行った結果として出るものでなければならないのです。(P127)

正しいことを行う。当たり前のことである。

しかし、この当たり前のことをできる人も企業も意外といないものである。

ことに最近の度重なる企業の不祥事を見るにつけ、「正しいことを行う」ということがいかに難しいことなのかということを覚えさせられる。

トヨタのリコール問題にしても、確かにそこにはいろんなアメリカの思惑が働いているにしても、以前のトヨタであれば、こんなことは起こらなかったのではと思えてならない。

企業は利益を求めるもである。ことに最近は株主の力が強くなってきており、企業は利益を出すことを株主から強く求められるようになってきている。

しかし、そのような中にあっても正しいことを行う。利益はその結果として出るものだという、この一点にたち続ける事。

これが今求められているのではないだろうか。

そして、それを可能ならしむるものは経営者としての、また人間としての覚悟ではないだろうか。

2010年3月16日 (火)

「わからない」という方法/橋本治

Img785

この本で私が繰り返し言うことは、「なんでも簡単に”そうか、わかった”と言えるような便利な”正解”はもうない」である。(P226)

現在は答えのない時代と言われている。

21世紀はイデオロギーの時代であり、進歩を前提とする理論の時代だった。「その”正解である理論”をマスターしてきちんと実践できたら、すべてはうまくいく」という思い込みが、世界全体に広がっていた。

しかし、これは思い込みであろう。

「自分の知らない正解がどこかにあるはず」と多くの人が思い込んでいたにすぎないのではないかと思う。

21世紀になって、多くの人々はこの思い込みから目覚め、「もしかしたらもう正解はないかもしれない」という不安感が漂うようになった。

問題は、「正解がないかもしれない」と思ったとき、そこで立ち止まってしまうか、それとも、そのなかで試行錯誤を繰り返し、一歩、また一歩と、正解に近づいていけるかだと思う。

そのためには頭でわかることではなく、身体でわかることを求めることであろう。

わからないから何もやらないのではなく、わからないからこそ、動いてみることである。

それが「わからないという方法」ではないだろうか。

2010年3月15日 (月)

クロネコヤマト顧客満足主義経営/淵澤進

Img701

岡田の商売熱心さとある種の鈍感さにはすさまじいものがある。同時に「倫理的正しさ」に反することを徹底して嫌う小倉の態度、これもすさまじいものがある。長いインタビューのなかで、この問題(岡田三越との決別問題)に触れたのは30分ほどである。その間に小倉は「人間として許せない」という言葉を3回繰り返した。

宅急便の根底に流れているのは、この義憤だ。権力を笠に着て私利私欲へ走ることに対する憤りが、一民間企業によるユニバーサルサービスの実現という快挙をなさしめたといっていい。(P173)

「岡田茂の三越」は1978年に独禁法違反容疑で公取委による立ち入り検査を受けたのを皮切りに、1979年2月には、「ニセ・グッチ」事件、1982年には「古代ペルシャ秘宝展」偽物事件を引き起こすなど、次第に、ずさんな経営実態を暴かれていく。そしてついに1982年9月22日に開かれた定例取締役会で、岡田社長の解任が16対0で決定される。

ヤマト運輸が当時大口顧客であった「岡田茂の三越」と決別宣言を行ったのが、岡田社長解任より3年半前であることに注目したい。

これは先見性があったいうより、むしろ当時の小倉社長の「正しさ」に対する愚直なまでの姿勢がそのような決断を可能にしたと見るべきだろう。

現代は「先の見えない時代」とよく言われる。

どんなに詳細に環境分析をしてもそれで正しい方向性が示されるほど甘くない。

では、このような時代で何を基準に進むべき道を決めればよいのか?

それは「正しさ」ではないだろうか。

2010年3月14日 (日)

モチベーション・リーダーシップ/小笹芳央

Img767

リーダーは、「新たな言葉」にこだわるべきである。新たな言葉とは、独自のネーミング、独自の概念を生み出すひとに他ならない。そして、それは「独自の世界観」を構築することと同義なのである。(P235)

かつてサッカーの日本代表監督をしていたオフト監督が、プレー中に選手同士で行われていた目を目を合わせる行為を「アイコンタクト」と表現した。

そして、監督自身がその言葉を繰り返し強調したことで、チームのプレーに「アイコンタクト」が定着した。

残念ながら、「ドーハの悲劇」によりあと一歩のところでワールドカップの切符を握ることはできなかったが、結果としてチームの技術力が飛躍的に向上したのは確かだ。

これは新しい言葉や概念の威力を示す好例である。

歴史的に見ても、優れたリーダーに共通する点は、「言葉」に対する感性の鋭さであり、こだわりである。

本質をついた独自の言葉は人や組織を動かす力があることを知っているからだろう。

では、その言葉はどこからくるのか。

それはその人自身の内的経験からくるものではないだろうか。

それまで歩んできた人生の中で、様々な喜怒哀楽を経験し、内側で昇華しそれを言語化していく。その積み重ねが、「新たな言葉」を生みだす力になるのではないだろうか。

リーダーは「言葉」にこだわるべきである。

惚れられるサービス/クリスティン・アンダーソン、ロン・ゼンケ

Img751

「あらゆる仕事はそれをした人の自画像だ。最高の仕事をして自分の名前を刻もう。」

ある自動車整備工場のポスターより(P199)

自分のしてきた仕事は、自分の自画像だという自覚はあっただろうか。プロとして最高の仕事をしてきたと心の底から言えるだろうか。

最高の仕事をする、それがプロというものだ。

プロは言い訳をしない

なぜなら、仕事は自分の自画像だから

その自覚があるから

プライドがあるから

まだまだ自分は甘い

もっと仕事に真摯に向き合うことが必要だ。
   

2010年3月12日 (金)

CEOから高校生への96通の手紙/ダグラス・バリー

Img739

何よりも印象に残ったのは、CEOたちがみな同じアドバイスをくれたことだった。自分の好きなことを見つけなさい。努力しなさい。他人を尊重しなさい。失敗を恐れるな。威厳を保ちなさい。夢を追い求めなさい・・・・・。(P7)

1人のアメリカの高校生が150人以上の大企業のトップに手紙を送ったところ、ほとんどのCEOが自分で返事を書いてくれたという。

しかもそれらの返事は、誠実で、心がこもっていた。

そしてほとんどのCEOがみな同じアドバイスをくれたという。

確かにアドバイスの内容を一つ一つ読んでみると、いわば当たり前のことばかりだ。

しかし、そこにこの手紙の価値がある。

大企業のCEOと言えば、成功者といえる

そのアドバイスの内容は当たり前のことばかり

つまり、「当たり前のことを、当たり前にできる人が成功者」ということではないだろうか。

「当たり前のことを、当たり前にできる人」

意外といないものだ。

2010年3月11日 (木)

ヒューマン・リソース・マネジメント/高橋俊介

Img715

人事部門には「日本型人事制度」という人がよくいる。そういう人たちには、人事制度に唯一絶対の正解をもとめようとする人が多い。事業ビジョンとは、その会社の差別性であり、優位性の源泉である。日本には星の数ほど会社があり、事業ビジョンもそれぞれ異なっている。業界が違えば事業ビジョンはおのずと違ってくるが、同じ業界であっても会社ごとに事業ビジョンは異なる。その事実を考慮せずに、日本の会社を全部横断的にとらえて、日本人に合った(正しい)人事制度があると考えるのが、そもそもおかしな話なのである。(P20)

確かに「日本型人事制度」ということが論じられることは多い。

かつて大企業が成果主義を次々と導入し、それが思ったような効果が得られず、それどころか、さまざまな弊害が現れてきたときがそうだった。

そのときまことしやかに語られたのが「やっぱり成果主義というのは個人主義が根付いているアメリカの制度であって、日本人のメンタリティーには合わない」「日本には日本人にあった日本型人事制度があっていいはずだ」といったものだった。

確かにいろんな人と話していてもこの「日本型人事制度」という言葉はよく出てくる。

しかしこれこそ人事制度に唯一絶対の正解があるという思い込みであり、その行き着く先は思考停止である。

そもそも人事制度に限らず、どんなことにおいても唯一絶対の正解などというものはない。

あるのは「仮説」だ

むしろ正解がないという前提の上に立って仮説と検証を繰り返すことにより、少しずつあるべき姿に近づいていけるのではなかろうか。

変化の激しい現代では、このことが求められている。

2010年3月10日 (水)

よい上司ほど部下をダメにする/ジャン=フランソワ・マンゾーニ、ジャン=ルイ・バルスー

Img687

部下の成績が伸び悩む原因の大半は上司にある。上司は知らず知らずのうちに一部の部下に「できないヤツ」というレッテルを貼り、その部下を失敗に導く仕組みを作り出していることが少なくない。私達はこの現象を「失敗おぜん立て症候群」と呼んでいる。(P14)

「失敗おぜん立て症候群」

面白いネーミングだが、本質をついている

最初に上司が部下に「できないヤツ」というレッテルを貼ると、後は知らず知らずのうちに双方が負のスパイラルの中に巻き込まれてしまうというのだ。

例えば、上司がいったん部下のことを「できないヤツ」とレッテルを貼ってしまうと、まじめなよい上司ほど「俺がなんとかしてやろう」と思い、「手厚い指導」をするようになる。

「できない」部下の仕事は不安なので、頻繁に報告を求め、細かくチェックし、場合によってはやり方まで具体的に指示をする。

部下は上司がこれだけ口うるさく指導するのは、おそらく自分がダメ社員だからだろうと思い込み、仕事にも自分にもますます自信がもてなくなってしまう。そうすると上司はますます手厚い指導をするようになる。

こうして部下をダメにする仕組みが形成される

まさに負のスパイラルである。

面白いのは、上司ばかりか部下もが共同でその仕組みを作りあげてしまうということ

しかも当事者は、そのことにほとんど気づいていない

これに似た状況は私の周りでも掃いて捨てるほどある。

結局人間が人間を変えることなどできないのではなかろうか?

この人間に対する謙虚さからスタートすべきではないだろうか?

2010年3月 9日 (火)

イノベーションを生みだす力/竹内弘高、楠木建

Img673

私の好きなホンダの話だが、ある社員がゴキブリを取り出して、「車が目指す将来は、このゴキブリである」と言ったという。

彼いわく、ゴキブリの危険察知能力を学べば、車は事故を起こさない。事故が起きる前に、車が危機を回避するというのだ。

雨が降り出したら動きだすワイパーなど、こうしたゴキブリの発想が、ホンダの車には随所に生かされている。(P19)

アイデアや発想は、何もないところから降って湧いたように突然生まれるのではない、

既に持っている知識の組み合わせの妙による

いかに異質のものを組み合わせるか、これができるかどうかだ。

「ゴキブリ」と「車」を結びつける。そしてゴキブリの中に車の未来を見る。この自由な発想のできる風土がホンダの強さなのだろう。

新しい商品やサービス、そしてイノベーションはここから生まれる。

いい仕事の仕方/江口克彦

Img659

「働く」という字は、「はたらく」と読み、「傍を楽にさせる」という意味である。仕事は自分のためだけでなく、人のためにするものである。そうと分かれば、働く意味が明確になってくる。(P14)

人は食べるために働く

自分の生活のために働く

自分の家族がより経済的に豊かになるために働く

しかし、それだけだろうか?

もしそうだとすれば、働くことは虚しい

働いた結果、何が残るというのか?

働くことに「傍を楽にさせる」という意味を持たせることにより、人はその虚しさから一歩、脱けることができるのではなかろうか。

はじめまして

ブログをはじめました!
コメント大歓迎です。
これからどうぞよろしくお願いします!

トップページ | 2010年4月 »