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2010年4月の26件の記事

2010年4月30日 (金)

50代からの選択/大前研一

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日本でも同一職種内の収入格差は大きく拡大してきている。たとえばプログラマーという職業は、単にプログラムを書くだけなら、徹夜を繰り返して納期に間に合わせるような重労働であっても、年収300万円程度の仕事とみなされる。中国やインドのプログラマーにいくらでもまかせることができる作業なので、競争環境は厳しく、がんばっても年収の上昇は期待薄だ。

ところが、顧客企業と話をし、業務内容を理解した上で、コンピューターのアーキテクチャーを考えるプログラマーであれば、一気に年収3000万円となる。こういう仕事は、他国のプログラマーにまかせることは難しく、優秀な人材は常に不足しているという状態だ。年収数千万円プラス報奨金付きででもできるヤツを獲得したい、これが経営者の本音だろう。(P178)

同じ職種であっても、付加価値をつけることによって年収ベースで10倍以上の開きが出てくる。

今の世の中、個人のキャリア開発や様々な資格への関心が高まっているが、目指す資格を獲得すればバラ色の未来が開けると考える人が多いような気がする。

資格を取ることが悪いわけではないが、問題は資格にどのような付加価値を付けるかということであろう。

経営者がどんなにお金を払ってでも獲得したいと考えるのは、どのような人材なのか?

この視点が大切だ。

2010年4月29日 (木)

個人主義とは何か/西尾幹二

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おそらく日本には、西洋とも韓国ともまったく異なった個人の強さがあるのではないだろうか。日本の個人のあり方は韓国のように密着的でもなければ、ヨーロッパのように攻撃的でもない。人と人とがほどよい距離と快い安定感を保ちながら、同時に暗黙のうちに心を通わせている。そのようなかかわりが、日本なりの個の存在様式として存在するように思えてならない。

日本人は自分を出さず、他人と距離を保って控えめにする性格が確かに強い。国際政治においてはそんな姿勢ばかりでは困るのであるが、われわれ日本人の社会においては、日本的な人間関係をネガティブにだけ考えることはできない。むしろそこにある種の積極性を認める必要があるのではないか。善し悪しの問題ではなく、日本人の特性、「特性なき特性」とでもいうべきものの伝統が存在するのであって、自分がないというよりはむしろ我を抑制するもっと力強い我があるのではないだろうか。(P235)

日本人は個が弱いのではなく、欧米とは違った個の強さがある。つまり我を抑制するもっと力強い我があると著者は言う。

確かに自分の出し方は、国によって違う。

その国の歴史的背景や文化や価値観等によって違ってくる。

そして日本には日本独特の美意識というものがある。

例えば、小津映画を見ると「抑制の美学」とでもいうべきものを感じ取ることができる。

小津映画の登場人物は感情がないのではなく、極端に感情を押し殺した演技をする。

そしてその中に、登場人物の感情の抑揚を感じ取ることができる。

「日本人の中には我を抑制するもっと力強い我がある」というのは、面白い見方だ。

2010年4月28日 (水)

部下を動かす人事戦略/金井壽宏、高橋俊介

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現実は、目標を設定し、その目標を達成することに喜びを感じる人はそう多くないのである。そういう上昇志向のない人たちというのは、決して能力がないわけではなく、ただ上昇志向タイプの人たちとは違う価値観で生きているだけなのだ。そんな彼らに、イチローのような生き方を紹介し、やればできるんだ、頑張れと煽っても、もともと上昇志向がないわけだから、やる気が出るどころか、「あんな努力、自分には無理だ」と、逆に自信を失ってしまうということにもなりかねない。(P45)

一頃、日本の大企業を中心に導入された成果主義がうまくいかなくなった大きな原因のひとつがこのことであろう。

つまり、全ての人が上昇志向ではないということ。

この現実をしっかりと受け止めなければならない。

また上昇志向がないからダメだと決めつけることも間違っている。

人それぞれ、価値観が違うし、その人を動かす動機も違う。

要は、このような人間の多様性をきちんと受け止めていくことであろう。

2010年4月26日 (月)

考えよ!/イビチャ・オシム

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日本の選手たちは、状況を変えようとするときに、相手のプレーに応じて1人で反応し、対応することを学んでこなかった。確かに、いつも何かを言われなければ行動ができない。「どうすればいいのか」と、いつもコーチにアドバイスを求めないと行動に移せない。「いつ」「どこで」「どうやって反応するか」。そういう考える力に欠けているのである。(P98)

何かを言われなければ行動できない、自分で考えて行動する力に欠けている。

これは、何もサッカーの日本代表だけでなく、日本人全体に言えるのではないだろうか。

日本の会社で起こっている問題も真にこのことである。

この本のサブタイトルは「なぜ日本人はリスクを冒そうとしないのか」となっているが、この点が日本の企業が近年、グローバルな競争で他国に負け続けている原因ではないだろうか。

リスクを冒さなければ、勝利は手に入らない。

2010年4月25日 (日)

行動経済学/友野典男

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感情の働きは大きい。感情が物質と同様に怪をもたらすゆえに、人は行動するのである。

利他的行動は、他者に与えるそれ自体が、また他者が喜ぶことに対して、あるいは「他者と協力する」という規範を守ることに喜びを感じることで生じる。この意味では、自己の満足を追求する結果として利他的な行動が生じるのであるから、言葉の厳密な意味では利己的な行動ということができよう。

要するに、人間は利己的に効用最大化を目指しているということになる。

結局、人間は、自分を取り巻く環境や生態に適した決定を行うという意味での合理性を持っていると言うことができよう。(P380)

人間は感情で動いている。

たとえ、利他的な行為であっても、それは自分の快を求める一つの形であって、厳密な意味では利己的な行動だと言える。

そしてその集合体としての経済も感情で動いている。

感情で動くということと、合理性とはまったく逆の概念であるかのように考える向きもあるが、そうではない。

感情で動き、その感情によって得られる快という利益を最大化させようとして行動する、という意味では、人間は極めて合理性をもって生きていると言える。

つまり感情と合理性は、相反するものではないということであろう。

2010年4月24日 (土)

勝間式「利益の方程式」/勝間和代

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「万能利益の方程式」

利益=(顧客当たり単価-顧客当たり獲得コスト-顧客当たり原価)×顧客数

原則1 顧客単価を1円でもバカにせずにコツコツと引き上げ、戦略のない値下げはしない

原則2 しっかりと顧客獲得コストを計算して、口コミ等、なるべく顧客獲得コストが安くなるチャネル・手法を活用する

原則3 コスト改善を地道に行って、かけるべきところにはコストをかけながら、全体コストを引き下げる

原則4 顧客の普及率に伴ったステージを意識し、市場と対話しながら、施策のメリハリをつける(P260)

上記「万能利益の方程式」はそれほど斬新なものではない。

むしろ当たり前のことである。

しかし、その当たり前のことを、よりシンプルにまとめて書籍にし、ベストセラーにしてしまうところに、著者の非凡さがある。

難しいことを難しく語ることは普通の人にでもできる。

しかし、難しいことを、よりシンプルに分かり易く語ることは意外と難しいものだ。

2010年4月23日 (金)

全脳思考/神田昌典

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サッカーの名将が、私に語ってくれたことを思い出す。

「ゲームの途中で、観客は絶望的になってブーイングを始めるのですが、そのとき、私はまったく気にしないのです。ネガティブな出来事が起こっても、『あれ、どうしてかな?』と思うだけです。『勝つことは決まっているのだから、シナリオを読み違えたかな』と考えて、勝つまでのシナリオを調整するのですね」

つまり名将は、未来に勝利することから逆算して現在の事象の意味を自分に問う。それに対して、凡人は、現在の事象の成否を延長して未来を調整してしまう。(P262)

成功する人と失敗する人の思考・行動パターンがあるとすれば、上記の点だろう。

つまり失敗する人は、あらかじめ立てたシナリオにちょっと狂いがでると、あわてて修正するのだが、そのことが逆に負のスパイラルへのスピードを加速させてしまい、結果、失敗してしまう。

逆に成功する人は、成功したイメージから現在を見ている。そのため、少しシナリオに狂いがでても、慌てず、正しい修正をすることができる。

違いは現在から未来を見るのか、未来から現在を見るのかの違いである。

ちょっとした違いだが、結果は大きく違ってくる。

2010年4月22日 (木)

「素頭」で1億円稼ぐ仕事塾/小山政彦

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高校野球の名門・池田高校を率いていた蔦文也監督は、毎年200人以上も入部してくる野球部員に対して、中学時代までの球歴の違いなどにかかわらず、まずはみんなに等しく球拾いを命じることにしていたそうです。

なぜなら蔦監督は、球拾いをしている様子を見ていれば、その子が良い選手になるかどうかがすぐわかるというのが持論だったらしいのです。

緩慢な動作で球を拾う者、テキパキと動いて拾う者、拾ったらこびりついた泥をきちんと拭って返す者。見ていると、ボールの拾い方も人によって様々なのだと言います。

蔦監督によれば、ボールの泥を丁寧に落としたり、縫い目がほころびたボールを別に選り分けて集めて置いたりするような選手は、まずボールに対する愛着を持っているから練習の一つ一つにも真剣に取り組むので、ほとんどが良い選手育つというのです。

つまり球拾いという(本音を言えば面白くもない)役割に対するスタンスがしっかりしている選手は、練習やプレーに対するスタンスもしっかりしているというわけです。(P78)

才能のある人間が伸びるかというと、どうもそうはならないところに物事のおもしろさがある。

これらはスポーツの世界、ビジネスの世界、その他、あらゆる世界で共通に言えることのようだ。

自分の役割に対するスタンスがしっかりしている者が長い目で見れば成長する。

そして、それを見抜く目を持っている人が優れたリーダーなのだろう。

2010年4月20日 (火)

人生で大切なことはすべて映画で学んだ/竜門冬二

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「民主主義下における公務員の在り方・生き方」を学んだのは、多くの法律書ではない。むしろ黒澤明監督の二本の映画だった。

特に「生きる」は最後までぼくの公務員としての生き方を左右した。(P24)

元公務員であり、その後、作家として、多くの著作のある竜門氏の言葉だ。

私も自分の人生にとってエポックとなった本や映画というものがある。

自分のこれまでの人生を振り返ってみても、決して論理的に考えて、自分の人生を選んできたとはいえない。

感情や感動といった、非論理的なものによって人生の大切な選択をしてきたように感じる。

そして多くの人がそうなのではないだろうか。

でもだからこそ人生は面白く、深い味わいが出てくるのではないだろうか。

2010年4月19日 (月)

法律より怖い「会社の掟」/稲垣重雄

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日本人の自我は対人関係を基礎としており、さらに相対的であり状況に対応して変化するということになる。自分の自我は相手によって支えられているのだから、関係を切らないように努め、できるだけ摩擦を避けようとする。これが思いやりとか、互譲の精神とか言われるものを生み出す。反面、「あの時、きちんと断っておけばよかった」とか、「もっとはっきり主張すべきだった」という後悔を、人生で一度も経験したことのない日本人は少ないだろう。(P42)

日本人の自我が対人関係を基礎としているということの一つの現れは「空気を読む」ということばに現れているように感じる。

おそらくこれほど、「場の空気」というものを気にする国民はいないであろう。

いや、日本人の意味するところの「空気」という概念さえない国民が大多数ではないだろうか。

ただ、良きにつけ悪しきにつけ、これが日本人なのである。

このような日本人独特の他者との関係性の中に自らの自我を形成するあり方が、日本人の行動様式になっているのは確かなようである。

そして、そのような日本人として、日本の中で形成された社会、会社、共同体、家族の中でこれからも生きていかなければならない。

日本人としてどのような生き方をすべきか、日本人として組織と個人の関係性はどのようなものがもっとも良い形なのか、これからも模索していく必要がある。

2010年4月18日 (日)

企画脳/秋元康

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ヒラメキとは、ある瞬間、神の啓示を受けるようなものでは決してない。

料理と同じように、冷蔵庫の中に「食材」がそろっていて、はじめてヒラメキが生まれるのである。

日々の生活のなかで、面白いと思えるような「食材」を、どれだけ多くため込むことができるか。

それが、発想力であり、企画力というわけだ。(P86)

多くのクリエーターが共通して言っていることがある。

それは、情報の仕込みだ大事だということ。

しかし、秋元氏は基本的にはメモを取らないという。

理由は、メモしなければ忘れてしまうようなことは、遅かれ早かれ忘れてしまうから。

反対に、メモしなくても何となく心の中に引っかかるものがある。

それは、自分が面白いと感じたからこそ引っかかる。

自分の中で自然淘汰することによって、本当に必要なものだけが残ってくるという。

ある面、「食材」をどのように熟成させるか、秋元氏なりの方法論をもっているということであろう。

問題は、自分なりの発想の方法論をもつということだと思う。

2010年4月17日 (土)

コンサルタントの「解答力」/野口吉昭

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経営悪化に陥っていた山一證券が2600億円を超える巨額の簿外債務による粉飾決算の上に破綻したのは、1997年11月のことである。このわずか3ヶ月前の8月に、野澤氏は山一證券の社長に就任した。社長就任まで簿外債務のことは知らされておらず、彼に責任はなかった。いわば、尻ぬぐいの役割を仰せつかったわけである。

野澤氏は社長就任後、すぐさま経営の立て直しに着手する。しかし時すでに遅し。ついに監督官庁である大蔵省から「自主廃業を選択してほしい」と最後通牒を突きつけられたのである。

自主廃業を発表した記者会見の場で、最後に野澤氏は男泣きに訴えかける。

「私たちが悪いんです。社員は悪くありません。優秀な社員がたくさんいます。どうか力を貸していただいて、一人でも二人でも社員が再就職できるように、路頭に迷わないように応援してください」

野澤氏が立派なのはここからだ。なんと失業中の社員が再就職できるように、自らが彼らの履歴書を手にして求職活動を行ったのである。こうした甲斐もあり、ほとんどの社員が再就職を果たすことができた。(P55)

「私たちが悪いんです。社員は悪くありません」と当時の山一證券野澤社長が頭を下げたのは、テレビでも度々放映された。

世の中、「私は何も知りませんでした。社員が勝手にやったことです」と自己保身に走る経営者が多い中で、野澤氏の言葉は今でも強く印象に残っている。

結局、自分の解答が、人々から信頼され、支持を受け続けることができるかどうかは、野澤氏のようにぶれない信念とぶれない姿勢を貫き通せるかどうかにかかっているのだろう。

自分もそうありたいと思う。

2010年4月16日 (金)

会社がイヤになった/菊入みゆき

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モチベーションは、それを意識するだけで上がることが多い。

モチベーションとは、やろう、がんばろうという気持ちであるが、それは、ペンやノートのように、「はい、これです」と言って、形で見せられるものではない。気持ちの動きそのものに、モチベーションという名前を付けたに過ぎないのだ。したがって、自分のモチベーションを、これがモチベーションかと意識するだけでも、その形をくっきりとさせる効果がある。(P41)

近年モチベーションが問題になっていることが多くなってきている。

モチベーションなんてことは気にしないで、とにかくやるべき仕事をしっかりやればいいのではないか、という考え方もある。

しかし今、多くの会社で起こっている問題を考えると、このモチベーションという問題は避けて通れない問題になっているようだ。

この本の著者は「モチベーションはそれを意識するだけで上がることが多い」と言っている。

嘘か本当か、実行してみることだろう。

2010年4月14日 (水)

立ち上がれ日本人/マハティール・モハマド

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マレーシアは、日本が成功した要因をひとつひとつ発見していきました。

それは愛国心、規律正しさ、勤勉さであり、能力管理システムでした。政府と民間企業の密接な協力も見逃せません。私たちはこれらのやり方をまね、文化も吸収しようとしたのです。そして自他共に認めるように、マレーシアは他のどの発展途上国より大きく発展しました。マレーシアの急成長が「ルック・イースト政策」を導入したこの20年と重なることは間違いありません。(P32)

マハティール元首相が言っている、日本が成功した要因である、愛国心、規律正しさ、勤勉さ、能力管理システム・・・

これらは近年の日本がことごとく失ってきたものばかりのような気がする。

今こそ日本は、原点に立ち返るべき時にきているのでなないだろうか。

2010年4月13日 (火)

サラサラの組織/富士ゼロックスKDI

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誰もが、自分自身の独自の経験をもっている。そこから得られた知識の多くは、自分でも意識せず、言葉で伝えることもできないため、他の人から認知されることはない。しかし、改革に導く本質的な知識は、こういった一人ひとりの暗黙知に埋もれていることが多い。

暗黙知は、うまく引き出してあげる必要があり、さらに「それは大事な知識ですね」と、誰かが言い当ててあげなければ、すぐに引っ込んでしまうのだ。暗黙知は本人も意識していないため、必要な時にのみ立ち現れる。人が生きるということは、経験を積み重ねることであり、それは暗黙知を蓄積するプロセスと考えることもできる。暗黙知は、自分の人生そのものなのだ。だから自分の暗黙知が他人に役立つことで、人は喜びを得る。生きててよかった! と。(P39)

「人が生きるということは、経験を積み重ねることであり、それは暗黙知を蓄積するプロセス」

このフレーズを読んで、「なるほど」と思わされた。

確かに、生きるということは、無意識のうちに暗黙知を蓄積しているのだろう。

問題はその暗黙知をほとんどの場合、そのまま埋もれさせてしまっていることである。

そうならないためには、できるだけ、言語化することだ。

自分の経験を言葉にしてまとめる。

この日々の作業を続けることだ。

2010年4月12日 (月)

いじめを粉砕する九の鉄則/谷沢永一

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民族がらみの劣等感、国を挙げての劣等感、それも神話時代から二一世紀まで、ほとんど絶えることなく大河のごとくとうとうと流れてやまぬ筋金入りの劣等感、この心性は世界中で日本においてのみしかみられない。

しかし、日本人の劣等感のみは格別である。異例である。品質の組成に栄養素がかくされている。マイナスのはずの劣等感が、必ずプラスに転化する。われ劣れり、ゆえに、われ立たん。劣れり、ゆえに、われ行かん。劣等感の自覚がただちにたちまち、前向きの積極的行動の駆り立てるバネとなる。(P183)

日本人のDNAの中には劣等感が組み込まれているということを著者は言う。

確かに、明治維新以降の日本人の経済成長を支えたのは、国民的劣等感であったように感じる。

日本人は劣等感をバネにし、それをエネルギーにしてがんばってきた。

著者はそれを「自動発火装置」だと言っている。

日本人は生まれながらにして、体内に自動発火装置を持っているというのである。

しかし、近年、どうもこの自動発火装置が狂ってきているように感じるのは私の思い過ごしだろうか。

2010年4月11日 (日)

時間とムダの科学/大前研一・他

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人間が変わる方法は三つしかない。一つは時間配分を変える。二番目は住む場所を変える。三番目は付き合う人を変える。この三つの要素しか人間はかわらない。(P95)

時間、場所、友人の三つを変えるしか、人間が変わる方法はない、ということだが、

この中で、誰もがすぐにできることは、時間配分を変えるということであろう。

何の為に、時間配分を変えるのか。

それは、時間配分を変えることによって、投資の時間を生み出すことだと思う。

現代社会の特徴は、変化のスピードが非常に速いということ。

変化のスピードが速いということは、自分の今持っている、知識や技能というものがすぐに陳腐化してしまうということ。

では、それに対する対策は何か。

絶えず新しい知識や技能を身につけること。

そのためには、そのための時間を生み出すことである。

だから、時間配分を変えることが大切なのである。

2010年4月10日 (土)

歴史の哲学/P.F.ドラッカー

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私が目指してきたことは、現在を理解し、そこから未来を見ることである。そのために過去を知ることである。なぜなら、国にせよ、企業や大学などの組織にせよ、自らの過去を未来に向けて活かしてこそ、成功への道を進むことができるからである。

その典型が明治維新のときの日本だった。人は、日本の西洋化を論ずる。だがそれは、西洋の日本化だった。日本は、理論、制度、手続きの一切を輸入した。しかし日本は、それらのものを自らが育んできたシステムと構造、すなわち江戸の社会と文人の文化に組み込んだ。事実、日本の普通教育はヨーロッパに先行していた。明治維新の成功は、西洋の日本化という視点によってのみ理解が可能である。(P1)

明治維新の成功は、日本の西洋化ではなく、西洋の日本化だとドラッカーは言う。

この視点は重要だ。

日本の明治維新後の歩んできた道を振り返ってみると、一見、日本がどんどん西洋化していったように感じる。

しかし、そうではなく、西洋の日本化であったというのだ。

確かに、西洋の文化文明を日本人が取り入れるとき、それをそのままの形でとりいれるのではなく、日本化して取り入れている。

ここに日本の独自性があったのだろう。

たとえば、西洋からQCを取り入れた際も、それを日本的なTQCにし、さらにQCサークルという形に進化させてきている。

これができるところに日本人の知恵があった。

逆に言えば、現代は、日本化という要素がなくなってきているのではないだろうか。

それが日本の衰退の一因になっているような気がする。

2010年4月 9日 (金)

齋藤孝のざっくり!日本史/齋藤孝

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日本人は、ヘタに世界で通用するものを作ろうなどと考えずに、自分たちが楽しければいいんじゃないか、という気持ちで物作りをした方が、結果的にオリジナル性の高いおもしろいものができるのではないでしょうか。(P191)

考えてみれば、日本発のアキバやアニメやゲームといったものも、最初から世界を念頭に作られたものではなかった。

むしろ、ある面、オタクの世界を追求していったら、いつの間にか世界に通用するものとなってしまったものである。

つまり「日本人らしさ」をただひたすら追求していくことに、日本の生き残る道があるのではないかというヒントを与えてくれる。

2010年4月 8日 (木)

現場を強くする問題解決力/デューク・コーポレート・エデュケーション

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実験の目的は失敗し、修正することであって、はじめから完璧にやってのけることではないからだ。ただし周囲が期待し認めるのは、賢い失敗である。つまり失敗から学ぶ限りにおいて、失敗は許される。(P109)

失敗を恐れていたのでは、何もできない。

かといって、やみくもに失敗を積み重ねれば、それで成功への道か開かれるというものでもない。

大切なことは「賢い失敗」をするということである。

賢い失敗とは何か。

それは、失敗から何かを学べる失敗ということである。

では失敗から学ぶためには何が必要か。

そのためには、失敗を失敗と認めること。

そして、失敗によって致命傷を負わないこと。

最後に失敗に負けない精神的タフネスさを身につけることだ。

2010年4月 7日 (水)

自由と強制のリーダーシップ/大西宏

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リーダーは結果が100%である。といっても、他者である部下の一人一人に結果を出させるために変えていくのは不可能だ。とすると、やっぱり難物であってもいちばん身近な自分を変える以外に方法はない。

「自分を変えれば、まわりが変わる」

という確信がなければリーダーをしてはいけない。(P209)

ユニチャームの高原会長が、よく原因自分論ということをいわれるが、それに通じるものがある。

人間を深く知れば知るほど、人が人を変えることなどできないということが身にしみてわかってくる。

逆に自分の力で相手を変えてやろうと思っていたことが、思い上がりであったということがわかってくる。

その意味で、リーダーは「自分が変われば、相手も変わる」という確信を持っていなければ立ってはいけないというのは本当だろう。

2010年4月 6日 (火)

経営を見る眼/伊丹敬之

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ほどよいバランスを常にとって、スムーズな成長経路を企業がたどっていくことはほとんどない。企業は振り子のようにゆれ動くのが普通である。揺れながら、成長していく。そして、揺れ動きながら、企業は長期的なバランス、ダイナミックなバランスを取っている。(P267)

企業経営ということを考えると、理詰めに考えられた戦略があり、勝利の方程式があり、決められた一本の道を真っ直ぐに進むことが理想であるよう思う人がいるかもしれない。

しかし、そんなことはあり得ない。企業とは揺れ動くものである。

むしろ、あるべき姿を求め続けるからこそ、揺れ動く。

大事なことは、揺らぎがあることは正常な姿であるという認識に立つことではないかと思う。

特に現代のような先の見えない時代では、揺らぎがあって当たり前であり、何の迷いも疑問もなく、真っ直ぐに前進し続ける企業に対してはむしろ、ある種の危うさを感じる。

2010年4月 5日 (月)

プロの論理力/荒井裕樹

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私が本書で言う「論理力」とは、理屈で押し切れる事柄、理屈を通すのが可能な事柄、すなわち「論理力でコントロールできること」と、理屈では解決できない事柄、すなわち「論理力ではコントロールできないこと」をきちんと峻別することから始まる。

そして、「論理力ではコントロールできないこと」に対応しながら、「論理力でコントロールできること」について論理力を集中的に注力することで、成果が上がるようになるのだ。(P53)

この本の著者は、青色発光ダイオード中村裁判などに携わり、28歳で年収1億円を実現させたという弁護士。

読んでみると、上昇志向のかたまりのような人物のような気がする。

勝ち組、負け組という区分けをすれば、勝ち組ということは言えるだろうが、はっきり言って、友達にはしたくないタイプ。

しかし、好き嫌いは別にして、「どうして勝つことができるのか」、ということについては、やはり学ぶべきものがある。

著者が言うには、論理力とは「論理でコントロールできること」と「論理でコントロールできないこと」を峻別することから始まるということである。

そして「論理でコントロールできること」については徹底的に論理を駆使するということである。

つまり、自分の強みを生かす場をまず峻別し、そこに力を集中するということ。

ある意味、選択と集中といえるだろう。

2010年4月 3日 (土)

物語力/グレイグ・ワートマン

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ハリウッドで脚本の書き方を教えているロバート・マッキーはハーバード・ビジネス・レビュー誌の記事の中で、「究極の説得、それは『感情を入れて意見をまとめる』ことです。心に訴えるようなストーリーを伝えることがいちばんだといえます」と書いています。

ビジネスの世界で私の出会った、リーダーと言われる人たちの素晴らしい点は、戦略的にではなく、無意識に感情を込めてストーリーを語っているということです。数字や記号だけでは相手の態度や信念は変えられないということをよく理解しているのです。(P38)

「感情を入れて意見をまとめる」とはどういうことか。

わかっていることは、理詰めだけでは人は動かないということだ。

現代人には、メールや携帯電話、ブログ、ツイッター等、コミュニケーションのためのツールは数多く与えられている。

では、現代人がコミュニケーションをうまくできるようになったのかというと、むしろ逆。

メール一つをとってみても、メールを使うことによって、むしろコミュニケーションがうまくいかなくなっているという現実がある。

それは、感情によって人は動くものだという視点が欠けているからだろう。

メールでは感情はうまく伝わらない。

感情を相手に伝えるには、対面が基本である。

相手と対面して初めて、感情が相手に伝わり、それが影響力となる。

そして対面して、語る内容も重要だ。

頭だけでなく、感情に訴えかけるには、物語力が必要だ。

相手の頭の中に、何らかの映像が映し出されたとき、初めて相手はアクションを起こすのである。

2010年4月 2日 (金)

「距離感」が人を動かす/大塚英樹

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「責任者というのは、顔で言えば眉毛のようなものだ。目はものを見る、鼻は匂いを嗅ぐ、口はものを噛むというように、それぞれに役割、機能がある。そこへいくと眉毛は、何の役にも立たない。だが、なければ格好悪いし、顔がおさまらない。だから、眉毛は偉そうなことを言わないで、目や鼻や口にあたる部下を信頼してまかせなさい」(P26)

ミノルタカメラの社長だった田嶋英雄氏から権限委譲について著者が聞いた言葉として紹介されている言葉。

管理者のやるべきことは、部下が働きやすい環境を整えることだということを、眉毛にたとえ語っているが、なるほどと思わせる。

確かに、管理者ばかりが前面にでてしまったら、部下は仕事をやりにくいだろう。

最悪なのは、部下の手柄を横取りし、自分の手柄にしてしまう管理者だろう。

しかし、自分の役割に徹している管理者にお目にかかることはほとんどない。

逆に仕事が忙しいから、部下のマネジメントどころではないということばをよく聞く。

確かにそのような部分があるとは思うが、その言葉の裏に、マネジメントという仕事から逃げてしまっている姿が垣間見える。

管理者とは眉毛である。このことをはっきりと自覚することだろう。

2010年4月 1日 (木)

一流アナリストの「7つ道具」/ロバート・フェルドマン

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人の幸せは人生を面倒くさいと思うか、冒険と思うかによって決まる。面倒くさいと思ったら幸せにはなれない。冒険だと思えば幸せだ。(P113)

世の中に成功者と言われる人たちがいる。その人たちに共通して言えることは、考えてから決断し、行動的に移るスピードが速いということだ。

そしてその根底にあるのは、その人の人生観だと思う。

人生を面倒くさいと思うか、冒険だと思うかによって決まるとすれば、冒険だと思いこむことも大事ではないだろか。

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