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2010年7月の29件の記事

2010年7月31日 (土)

朝令暮改の発想/鈴木敏文

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変化の激しい時代には、あらゆるビジネスが「変化対応業」でなければ取り残されていきます。この変化対応は、競争の動きに目を配るのではなく、真の競走相手は絶えず変化する顧客ニーズだけであるという一点に意識を集中し、徹底することによって初めて可能になります。

そして、終わることなき変化対応を支えるのは「自分たちは何のためにこの仕事をするのか」という問いかけです。(P49)

変化の激しい今の時代だからこそ、「自分たちは何のためにこの仕事をするのか」という根源的な問いかけが重要だと鈴木氏は言う。

変化対応というと、何でもかんでも、とにかく対応の時間を早くすればよいのかというとそうではない。

変化しなければならないからこそ、どの部分は変えてはならないのか、この点を一層明確にしておく必要がある。

つまり自分の中にしっかりとした軸を持つということ。

この軸のない変化対応は、単に環境に振り回されているにすぎない。

そして、その軸となるものは「自分は何のためにこの仕事をするのか」という自分への問いかけから生まれる。

2010年7月30日 (金)

スターバックスを世界一にするために守り続けてきた大切な原則/ハワード・ビーハー

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ビジネスの世界ではよく人は資産だと言われるが、それは違う。資産は所有できるが、人は所有できない。資産というのはビルやトラックや備品だ。資産はモノである。毎秒、毎分、機械からは製品が送り出される。スイッチを入れれば、明かりがともる。資産は必ず期待した通りの結果を壊れない限り生み出す。人は決して予想通りの結果を生み出さない。人は私たちを驚かせてくれる。それが人の人たるゆえんだ。自分自身でも驚く結果が出るときもあるのだ。(P82)

日本の企業の経営者はよく「わが社は人を大切にする会社だ」と自慢げに言う。

その象徴が終身雇用であり年功序列だと。

しかし、これらの制度はある意味、人を会社に縛りつける制度である。

人をモノと同じ所有物と考える制度である。

人を貸借対照表の左下の項目の一つと同じ扱いにするということである。

しかし、人は資産ではない、会社の所有物ではない。

ここ数年、転職することが当たり前になってきた。

また、今勤めている会社が永遠に続くなどということは誰も考えなくなった。

これはある意味、健全なことだと思う。

なぜなら、人は資産ではないから。

人と会社との関係も、お互い縛り合うような関係であってはならない。

お互いが選び選ばれる関係、これが健全な姿ではないだろうか。

会社は選ばれるために、良い経営を目指し、

人も選ばれるために、自分のキャリアを磨く。

そして、自由な意思のもと、お互いを選び選ばれる。

このような関係があるべき姿ではないだろうか。

2010年7月29日 (木)

やればわかる やればできる/小倉昌男

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どういう制度が良い人事制度なのだろうか。それはサービスの場合と同じで、社員の立場に立って、社員がこうしてほしいと思うことを織り込んだ制度が、良い人事制度なのではないだろうか。

会社の都合ではなく、社員の立場から見て納得のいく制度を作ることが、全員経営の基盤だと思う。(P46)

私の仕事は人事コンサルだが、会社の人事制度を作る場合に一番大切に思っていることが、正にこのことだ。

人事制度を作る場合、まずは経営者からの依頼から始まる。

問題は、この結果、経営者の側に立った人事制度を作ってしまうことである。

しかし、人事制度のユーザーは社員だ。

社員に支持されない人事制度は、結局は機能しない。

それは経営者にとっても決して嬉しいことではないはず。

だから、人事制度を作る場合、社員の立場に立って作る必要がある。

これは決して外してはならない視点だと思う。

2010年7月28日 (水)

成果主義は怖くない/高橋俊介

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IT分野では、何よりもスピードが重視される。アップルコンピュータの幹部をしていた友人から私はこんなことを聞いたことがある。「アップルコンピュータではバシェット(予算)は3カ月先までしかつくらない」。1年先の計画はと聞くと、「それは中期経営計画と呼んでいる」という。1年先で中期経営計画なら、3年先はどうなるんだと尋ねると、驚いたことに、「ドリームと呼んでいる」という答えが返ってきた。(P71)

ここ数年、ヒット商品を次々と世に送り出し好調なアップルコンピュータ。

通常、企業において中期経営計画は3年先までのことを言う。

しかし、アップルコンピュータにとっては、それは「ドリーム」と呼ぶということ。

この感覚からすでに一般の日本の企業は現実をしっかりととらえていないようだ。

言われてみればその通り、

今の世の中、3年先はどんな世界になっているのかわからないというのが正直な答えだと思う。

その意味でも3年先は「ドリーム」というのは当たっている。

また、そのような現状認識があるからこそ、時代を創り出すようなインパクトのあるものを世に送り出すことができるのだろう。

今は何よりもスピードが求められる時代だ。

2010年7月26日 (月)

脳にいいことだけをやりなさい!/マーシー・シャイモフ

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私たちの思考は常に“オン”の状態にあります。研究によれば、人は一日に6万個の物事を考えていて、その95パーセントは前日も前々日も考えていたことだといいます。同じレコードを毎日繰り返しかけているようなもの、もしくはiPadで同じ曲を連続再生するようなものです。

問題なのは、その習慣的な考えの約80パーセントがネガティブなものだということ。つまりほとんどの人は一日に4万5千回、先の例に挙げたような後向きの考えにとらわれているというのです。(P80)

私たちの思考が常にオンの状態にあるということは、寝ているときも常に考え続けているということ。

しかも、その思考の80パーセントがネガティブなものということ。

これで、幸せ感を持てるはずがない。

つまり寝ているときも働き続けている潜在意識を変えない限り、本当の意味でポジティブになることはできないということだ。

潜在意識を変えるためにはどうすればよいのか。

脳は大人になってからも柔軟で、私たちが考え方や行動のパターンを変えることにより、変わるといことである。

ではどうすれば考え方や行動のパターンを変えることができるのか。

それは、習慣の力を利用することだ。

意識してポジティブな考えをするようにする、

ポジティブな行動をするようにする。

そしてこれが習慣になるまで続ける。

これによって、行動特性や思考特性を変えることができる。

この部分においては努力が必要である。

2010年7月25日 (日)

仕事ごころにスイッチを!/小坂裕司

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人間にとってなぜ魂のごちそうという報酬が重要なのか。

なぜなら、これが最大の「快」だからです。

人にとってこれ以上の「快」はない。

では魂のごちそうとはなんでしょうか?

魂のごちそうとは「自分の力で成し遂げたことが誰かのためにもなり、そのことに対して与えられたフィードバック」です。これが人にとって最大の「快」なのです。これが人の心にスイッチを入れ、人間の持っている根源的な力を発動させる。(P72)

人間は本質的に「快」を求める。

そして、最大の「快」とは自分の力で成し遂げたことが誰かのためになること、

そして、そのことに対するフィードバックがあること、

逆に言えば、人がやる気を失うのは、自分のやっていることに何の意味も見出せないこと、

そして、やったことに対して、何のフィードバックも得られないことだ。

非常にシンプルなことだが、会社という組織の中で、「快」を与えるようなマネジメントが行われているかどうかを考えると、ほとんどの会社で行われていないのではないだろうか。

とかく社員のやる気をださせるには、給料やボーナスをアップさせればよいのでは、と短絡的に考えてしまいがちだが、それは少しピントがずれていると言わざるを得ない。

もちろん、お金という目に見える報酬も大事だが、もっと大事なのは、魂のごちそうという目に見えない報酬である。

2010年7月24日 (土)

勝者の思考/財部誠一

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ライブドアよるニッポン放送株買収時に、日本では「会社は誰のものか」という議論が盛んに行われた。多くの経営者や有識者と呼ばれる人々は「会社は株主のものだ」と答えた。

だが稲森は「会社は株主のもの」などとはただの一度も言ったことがない。

「京セラは東証にも上場していますし、ニューヨークにも上場しておりますが、今日まで一度も『会社は株主のもの』などと言ったことはありません。会社が存在するのは従業員の物心両面の幸福を追求するためで、従業員が幸せで喜んでくれれば、ひいては株主にも必ずや還元していかれます。『株主に貢献しよう』などとも言ったことはありませんが、ニューヨークでも私の気持ちは十分に通用していると思っています。」

思考の原点はゼロベースである。

それこそが有能なビジネスマンに共通する資質と言ってよい。(P200~201)

京セラの創業者である稲森和夫は一環して「会社は従業員のもの」と言っている。

その言葉の中には覚悟のようなものがある。

稲森の経営者として歩んできた歴史から導き出した答えが「会社は従業員のもの」という考え方であろう。

今でこそES(社員満足)という考え方がでてきたが、それよりはるか以前から、稲森はこの考えを持っていた。

結局、それが会社の理念となり、社員にも伝わる。

そこから一体感が生まれ、会社の業績にも反映するようになる。

私は中小企業の社長と接することが多いが、ほとんどの社長は「会社は自分のもの」と考えている。

経営理念では立派なことをうたっているが、本音はまったく違う。

そしてそれは、日常のあらゆる言動にあらわれる。

社員のやる気がなくなるのは当然である。

2010年7月23日 (金)

マネー力/大前研一

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21世紀というのは、道のない荒野である。世界中どこに生まれようが、どちらに行ったら水や果実があるのか誰もわからないのは同じ。生き残りたければ能力や技術を磨き、進むべき方向を定め、自分の手で道を切り開くことのできる人間になるよりほかないのである。(P141)

今や日本では、国や会社に頼っていればそれで安心とは言えない時代になってきた。

生き残るためには

自分で能力や技術を磨くこと

自分で進むべき方向を定めること

そして自分の手で道を切り開くことのできる人間になること

と大前氏は言っている。

しかし、現実はどうだろう。

日本人はどんどん内向きになっているような気がする。

新入社員の意識調査を見ていても、定年までこの会社で働きたいという人の割合は年々高くなってきている。

海外出張はできれば断りたいという割合も以前に比較して増えてきている。

本当にこれで日本は生き残っていけるのだろうか。

2010年7月22日 (木)

危機の宰相/沢木耕太郎

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比喩的にいえば、「安保」と「オリンピック」という点と点とを結んだのが「東海道新幹線」だった。池田勇人の時代は、「夢の超特急」の「夢」が「現実」化される時期にぴったりと重なり合う。

当時「夢の超特急」は単に夢のようなスピードで走るというばかりでなく、経済効率的にまったくナンセンスな夢物語と考えられていた。航空機需要の爆発的な伸びに押され、世界的な鉄道斜陽化の趨勢の中で、これほどの大金を投じるのは愚行以外の何物でもないと批難された。交通論を専門とする東京大学教授の今野源八郎は、 どんなものでも消える前には超デラックス版を作りたがるものだと皮肉り、また、万里の長城や戦艦大和と並ぶ世界三大愚行とまで酷評するむきもあった。しかし、オリンピック開会式の直前に開業するや、航空業界を震撼させるほどの営業成績を収めるようになる。

池田の「所得倍増」は当初「夢の超特急」と同じように冷笑された。だが、「夢の超特急」がただの「新幹線」と呼ばれるほど一般化したように、「所得倍増」も「高度成長」が常態と受け取られる状況の中に、十年を待たずして風化していった。(P234~235)

池田内閣は1960年から1964年までだが、その時代の象徴するのが「安保」「東京オリンピック」「東海道新幹線」「所得倍増計画」である。

当時を振り返ると、「何もなかったけど夢があった」時代だったと言える。

そして「夢」を現実化させようとするエネルギーが日本全体を覆っていた。

今はどうだろう?

「何でもあるが夢がない」時代ではないだろうか。

60年代に比べればはるかに豊かな生活をしているにもかかわらず、多くの人は、未来に夢を描くことができなくなっている。

そこから今の日本に必要なものが見えてくる。

今の日本に必要なもの、それは「夢」であり「ビジョン」ではないだろうか。

国家も企業も個人も、大切なものは「夢」や「ビジョン」である。

2010年7月21日 (水)

ツイてる人になる“未来”4行日記/小林惠智

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ブルース・ヘンダーソン(ボストンコンサルティンググループ創業者)は、経営戦略の重要性について尋ねられると、常に「もちろん、企業経営にとって戦略は非常に重要なものだ。しかし、最重要ではない」と答えていました。すると相手は、「では、一番大切なのは何か」と必ず訊ねます。そこで、「それは運(fortune)だ」と彼は答えていました。(P112)

一見、運が良い悪いは、本人の資質とはあまり関係ないことのように感じる。

しかし、運とは引き寄せるものと考えるならば、運は企業経営に限らず、すべての人に重要だと言える。

確かに、運の良い人、悪い人がこの世の中にいる。

そして、成功者と言われる人の多くは、「運がよかっただけ」と自分のことを評する。

これは一体何なんだろう?

誰にもチャンスは平等に与えられるべきものではないのか?

いや、むしろ、おそらく、平等に与えられているのだろう。

ただ、運の良い人は、そのチャンスに気づき、それに手を伸ばし、つかむことができるのだろう。

逆に、運の悪い人は、そのチャンスに気づかず、そのためつかむことができないのではなかろうか。

そう考えると、「運が良い」というのは成功するための重要な資質だと言える。

2010年7月20日 (火)

ランチェスター戦略一点突破の法則/福永雅文

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情報化社会では言葉遣いの重要性が増します。言語感覚の鋭いものが勝つのです。

小泉さんと安倍さんの言葉遣いは大きく異なることが朝日新聞に報道されていました。見出しは「安倍節、多弁であります」「小泉前首相の倍のフレーズ。丁寧、でもあいまい」「発進力、党内に不安」。

小泉さんはワンフレーズ・ポリティックスといわれ、物事を単純化し過ぎて説明不足に陥る危険性はありましたが、争点を明確にして強いメッセージを発信し続け、国民の圧倒的な支持を得ていました。

それに比べて、安倍さんは丁寧で長い受け答えがかえってあいまいさを助長しています。情報発信力が弱く、世論を吸収する力に乏しい状況です。

中でも特徴的なのが語尾。小泉さんは33%が「ね」「よ」と話し言葉の語尾が多いのに対して、安倍さんは33%が「であります」「いたします」「ございます」の書き言葉です。小泉さんはこういう堅い語尾は一例もありません。

つまり、小泉さんは“話し言葉”で語ることによって情緒・情感を出して、生身の人間の言葉として共感性が強かったのです。(P149~150)

情報化社会といわれる現代においては、情報発信力は重要だ。

そして、そのためには、鋭い言語感覚を磨く必要がある。

確かに、小泉元首相の発信力は、内容云々を抜きにして優れたものがあった。

説明すれば長くなる事柄を、ワンフレーズで表現する。

これは、特にリーダーには無くてならない能力となるであろう。

それと同時にビジネスのあらゆる場面で、この言語感覚の鋭さは大きな武器になるに違いない。

ランチェスター戦略とは一点突破を目指す戦略だ。

情報があふれる今の時代だからこそ、鋭い言語感覚という一点突破の為の武器を身につけるべきだろう。

2010年7月19日 (月)

すごい!段取り術/坂戸健司

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段取りが悪い人は、「どういう方法でやるか」ばかり考えて、「何をどういう順番でやるのか」を考えない。だから途中でメチャクチャになるのだ。

いわば、頭の中にシナリオ(ストーリー)を描けているかどうか、ということである。そしてそのストーリーは、シンプルなものであることがポイントだ。ストーリーがシンプルであれば、臨機応変に手順を変えても混乱は少ない。(P42)

段取りの良い人、イコール仕事のできる人と考えても良いとおもう。

そして、仕事のできる人に共通して言えることがある。

それは、仕事に取りかかる前にちゃんとその仕事のゴールイメージができあがっているということ。

そして、そのゴールにたどり着くまでのシナリオが描けているということである。

仕事には必ず目的がある。

目的があるからには、必ずゴールがある。

しかしながら、仕事をやらされているという感覚でいると、

目的意識もはっきりしないまま、

そして、ゴールイメージもなく、

もちろんそこに至るまでのシナリオもなく

だだ、作業としてこなしていることになる。

そのため、イレギュラーなことが起こると、戸惑ってしまう。

シナリオが描けていないからである。

仕事に入る前に、シナリオを描く、

これは仕事のできる人になるための、重要なステップと言えよう。

2010年7月18日 (日)

ランチェスター戦略がマンガで3時間でマスターできる本/田岡佳子

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北海道のジンクスのひとつに、秋の人事異動で行った人間は成功するが、春の陽気のいいときに転任になった人間は、たいてい失敗する。春先に北海道へ行くと、「いいところへき来たな」というところから始まり、秋に北海道へ行けば「大変なところへ来てしまった」というところから始まるからである。(P82)

本当にこのジンクスのような事実かあるのかどうかは分からないが、人間はどうしても第一印象に支配されてしまうということは確かだろう。

そして、そこから抜け出すことは意外と難しい。

人と会ったときも大事なのは第一印象である。

第一印象で良い印象を相手に与えておけば、相手はある意味、すべてを良い方向で見てくれる。

逆に第一印象で悪い印象を与えてしまった場合、よほどのことがない限り、それを覆すことはできない。

善きにつけ悪しきにつけ、人間は第一印象に支配されるという事実は押えておくべきことであろう。

2010年7月17日 (土)

マネジメント改革の工程表/岸良裕司

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現場が高い目標にチームで合意して、サバなしのギリギリの納期にチャレンジし、わかりやすい言葉でそれが表現されていると、経営者自身がそれを理解し、優先順位をつけるようになる。すると現場は1つの仕事に集中できるようになる。(P203)

高い目標にチームで合意し、チャレンジする。

このような組織は高い生産性を持ち、成果を上げることができるだろう。

逆に言えば、こうなっていない現場があまりにも多いということである。

私が見てきた、中小企業の現場の実態は

現場の社員一人一人は、できるだけ高い目標を避けようとし、

チームでのお互いの考えの摺り合わせはまったく行わず

トップの指示命令に嫌々ながら従い

厳しい納期にぶつぶつ言いながら

ミスした場合の言い訳ばかりを考えている

といったもの。

これで成果があがるはずがない。

根本の問題は、圧倒的なコミュニケーションの量と質の不足である。

2010年7月16日 (金)

すごい人のすごい企画書/戸田覚

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大ヒットした商品は、ビジネスとして間違いなく成功と言える。「そんな商品の企画書なら、きっと素晴らしいに違いない」---誰もがそう考えるだろう。

僕も、そんな予測をしていた。

ところが、それらの本が出版されると、読んでいただいた方が口を揃えて言う。

「ヒット商品の企画書って、案外普通なんだね・・・」

その通り。僕自身も取材を重ねながら、同じことを感じていた。

もちろん、これは取材させていただいた企画書を見下しての発言ではないので、ご協力くださった方にはご容赦いただきたい。

実はこれ、僕自身の書籍に対するコンセプトそのものでもあるのだ。

「企画書は常に等身大でなければならない」

逆にいうなら、正しく作っていれば等身大の内容で勝てるのだ。

我々が思い描いている「素晴らしい企画書」とは、虚像に過ぎないのである。(P4)

現代では、同じことをやっていたのでは会社は生き残れない。

常にマーケットの変化に適応した戦略を立て、常に顧客のニーズに合った新しい商品を作り続けていかねばならない。

そのために必要不可欠なのが企画書を作るスキルであり、それをプレゼンするスキルだ。

会社という組織を動かすためには、そして他の社員の協力を得るためには、その一つのステップとして、企画書を作って提案し、承認を得るというものがある。

つまり現代の会社員にとって、企画書を作るスキルは必須であるはずだ。

しかしだからと言って、「素晴らしい企画書」を作る必要はない。

「企画書は常に等身大でなければならない」と著者は言う。

「等身大の企画書」とは何だろう?

企画書を作るのは、企画を通すためである。

そのためには、その企画が相手に伝わり、相手が納得するものである必要がある。

ところが「素晴らしい企画書」は、見栄えばかりがよく、結局相手に伝わらない、納得しないということになりがちだということではなかろうか。

相手に伝わり、相手が納得する企画書であるためには「等身大」である必要があるということではなかろうか。

そして、相手に伝わり、相手が納得するためには、いくつかの基本となる要素がある。

その基本を押えた企画書が、「等身大の企画書」ではなかろうか。

2010年7月15日 (木)

スターバックスに学べ!/ジョン・ムーア

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スターバックスは人を相手にしたビジネスとしてコーヒーを提供する会社であって、コーヒービジネスを通じて人に奉仕する会社ではない。(P125)

元スターバックス役員ハワード・ビーハーの言葉である。

短い言葉だが、スターバックスの本質をついた言葉だ。

昔、松下幸之助が「松下電器は電化製品を作っている会社ではなく、人をつくっている会社です」と語ったというが、これとよく似た言葉だ。

スターバックスのコーヒーは決して安いわけではない。

しかし、一定のファンと言ってもよい、リピーターがいる。

私も東京にいったときには、必ずスターバックスに行く。

それは、そこに行くと何となく心が安らぐから。

スターバックスはマニュアル化された接客はない。

つくられた笑顔もない。

それらに接すると何となく心が安らぐのである。

おそらくその体験があるから、スタバにいくのであろう。

今の時代、すべてがIT化され、マニュアル化され、合理的で無駄がないのが良いとされる。

それはそれで大切なことではあるが、それによって失いつつあるものがある。

それは生身の人と人とのふれあいというもの。

それを提供できる企業が最終的には生き残るのではないだろうか。

2010年7月13日 (火)

ビジネスプロフェッショナルの仕事力/岡島悦子・他

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私の見る限り、ビジネスの現場においてスムーズに知的能力が高まっていく筋のよい人には共通した特徴があります。それは結果から逆算して発想しているということです。つまり、能力を上げることを目的とするのではなく、仕事で結果をだすことを目的として、それに必要な能力を作っているということ。そういう考え方が、いわゆる「筋のよさ」に通じているのだと思います。(P3)

これまったく同感である。

特にこれは仕事のとり方にあらわれる。

私の見たところ、仕事のとり方には2通りのタイプがあるようだ。

一つは、まず仕事に必要な能力を十分に身につけ、それからその能力に合った仕事を取ろうとするタイプの人。

もう一つは、自分の能力でできるかどうかは棚に上げ、まず仕事を取り、その後、そのために必要な能力を身につけようとするタイプの人。

結果として、後者の方が成長が早いようだ。

前者のタイプは、いつのまにか能力向上そのものが目的となってしまい、そのため成長が遅い、というよりストップしてしまう。

ある意味、自分の能力でできるかどうかわからない仕事を取るということは冒険である。

しかし、リスクを取らなければリターンも得られない。

ハイリスク、ハイリターン

この言葉の通りである。

2010年7月12日 (月)

現場主義の人材育成法/関満博

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中小企業の家庭で育った子弟にはまったく別の因子が入っている。DNAに刷り込まれているのではないかとさえ思える。彼、彼女たちは、小学校の3~4年生の頃に不思議な経験をする。あの仲の良い両親が、時々、喧嘩をすることに気づく。親の喧嘩ほど、子供にとって悲しいことはない。だが、5~6年生の頃になると事情がわかってくる。それは月に一度のことであり、給料日であることを知る。サラリーマンとは「毎月、決まった給料を貰う人」のことを言う。中小企業の経営者とは「毎月、決まった給料を支払い、手元にお金が無くなってしまう人」のことを言うのである。

このことを身をもって知っているのかどうか。この点が中小企業の経営者になれるかどうかの分かれ目であろう。(P134)

給料を貰う立場と払う立場、この差は決定的だ。

これが核となって、その人の言動が形成される。

私は仕事の関係で、多くの中小企業経営者と接する機会が多いが、この点は同感できる。

大企業のサラリーマン社長と違って、ほとんどの中小企業の社長は、金融機関から融資を受けるために自宅を担保に入れている。

もし、会社が倒産したら、家を失う。一家はバラバラになる。

その厳しさは、おそらく頭ではなかなか理解できないものであろう。

肌感覚で知っているかどうかが重要だ。

そして、その厳しさを肌感覚で知ることのできるのは、中小企業の経営者を父に持つ、子供しかいない。

結果として中小企業の経営者の後を継ぐのが、社長の息子か娘であるのは、こう考えると当たり前のことであり、それ以外の選択肢がないからであろう。

2010年7月11日 (日)

社長が変われば会社は変わる!/石渡美奈

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「ホッピーって何?」もっともよく問われる質問だ。

「ビールと同じ原材料、工程で作られるアルコール度数0.8パーセントのビアテイストな飲料です」

「低カロリー、低糖質、プリン体ゼロで体にやさしい、ドライでライトな味わいの焼酎との割り飲料です」

その都度、いろいろな言葉を使って答えてきたが、実はしっくりこないなと、この10年間、自分で自分の言葉に不満だった。

ところがついに私はその答えを得る。

2007年2月9日。飲食業界の風雲児、カリスマ社長である有限会社てっぺん 代表取締役 大嶋啓介さんをニッポン放送のHOPPY HAPPY BARにお迎えした。

1カ月後に迫った居酒屋甲子園のプロモーションを兼ねて、大嶋さんの熱い人生を語っていただいた。すると彼の口からこんな話が・・・。

「僕は居酒屋を、夢を語る場所にしたいんだ。今の若い人たちは、物質的に豊かな人生をしているので、かえって夢を語ることができなくなっている。でも、やっぱり夢を語ることは大事だし、人は夢を語り合っている時が一番楽しくて、それが原動力となって、つらいことも乗り越えられるんだよね」

その一瞬、私は番組収録中であることを、忘れた。弾かれたようにその日の台本に書き込んだ。

「夢を語るドリンク=ホッピー」

アルフィーの高見沢俊彦さんを始め、ホッピーファンの方々からうかがった話を思い出した。

「売れなかったころ、居酒屋でホッピーを飲みながら、よく仲間たちと夢を語り合ったんだよ」

なるほど、居酒屋が夢を語る場所ならば、居酒屋になくてならないホッピーは夢を語るドリンクだ!」

「夢を語るドリンク=ホッピー!」

閃いた。これだ!ホッピーは夢を語るドリンクなんだ。私の目の前は重い雲がいっきょに晴れたようにパッと明るくなった。(P239~241)

誰もが自らに問い続けているものがある。

それは「私が働いているこの会社って何?」、「私って何?」といった、いわば自らの存在価値への問いかけだ。

会社であれば、それは経営理念やミッション、ビジョンという形でまとめられている。

しかし、それらが何となく嘘っぽく感じたり、しっくりとこなかったりすることはよくある話だ。

しかも、やたら長ったらしい。

「ひとことで言えば何なのよ?」と言いたくなる。

ひとことで言えないところに、作為的なものを感じる。

「夢を語るドリンク=ホッピー」

見事だ!

まさにひとことで商品の存在価値を表現している。

一つの商品には、その生い立ちから、今に至るまで,それにかかわった人たちの様々な歴史と想いがある。

それらを集約したものを言語化する。

これができたとき、企業も商品も一歩前進することができる。

言葉は大切だ。

2010年7月10日 (土)

大前研一 戦略論/大前研一

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「金槌しか持っていなければ、すべてが釘に見えてしまう」という諺がある。あなたの会社の経営陣は、多様で幅広い選択肢を与えてくれる「道具箱」を持っていると考えて行動しているだろうか。

有名なミシンメーカーであるブラザー工業は、需要が下降するミシンという縮小市場において、新製品を作り続けることが唯一の方法かどうかを検討した。そして、他の選択肢も検討すべきであるという結論を導き出した。

とにかく、コア事業と顧客ニーズを考えな直さなければならない。自社の競争優位は、縫うことだけでもなければ縫うこと以外でもない。オペレーターが手で繰り返し動かして操作する小型精密機械に応用されるマイクロ・エレクトロニクス技術について、当社はよく理解している。

その結果、ブラザーは電子タイプライターやワードプロセッサーの製造メーカーへと転進を図り、みごと成功を収めたのである。(P192)

この当時、ブラザーと並ぶミシンメーカーだったリッカーは、ミシンを中心にプランニングを続けた。

市場の変化には目もくれず、ミシンの品質改善ばかりに力を尽くした。

その結果、リッカーは倒産した。

現代ほど経営者の決断が会社の将来を左右する時代はない。

大量生産、大量消費の高度成長期は、経営者は事業戦略についてそれほど考える必要はなかった。

顧客ニーズは分かりきっていた。後は、同じ製品をより安く大量に作れば、それによって企業は成長できた。

ところが、顧客ニーズの変化の激しい今日では、その変化に適応できるかどうかが企業の存続を決める。

しかし、日本の経営者は、変化を嫌う。

特に私が普段接している中小企業の経営者はそうだ。

いつまでも過去の成功体験に固執してしまい、変化しようとしない。

そして業績が悪いのは国のせいだと考える。

国の援助ばかりを求める。

この姿勢は明らかに間違っている。

今や、自ら変化し続けない限り、企業の存続発展はあり得ない。

その意味で、企業とは「環境適応業」と言えるだろう。

2010年7月 9日 (金)

コンサルティング実践講座/須藤実和

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改革のリーダーシップをとったご経験のある方は共通して、「目に見える進展を早い段階で見せて行くしかない。勝負は最初の3カ月」と言われます。つまり、3カ月目の段階で目に見える成果が実感できれば、迷いを抱えつつ取りかかった人たちも進むべき方向性に関する自信を持ち、勢いがついてくるものなのです。スタートダッシュが肝心だということです。(P18)

様々な企業の人事制度改革プロジェクトの推進役を担うことが多いのだが、

この「勝負は最初の3カ月」というのは当たっている。

プロジェクトに参加する社員の中には、いやいやながら参加している者もいる。

しかし、プロジェクトの成否は、この人たちの姿勢をいかに変えていくかにかかっているといっても過言ではない。

では、そのためには、どうすれば良いのか。

やはり、早い段階で、少なくとも3カ月以内に、目に見える成果を実感させることである。

それさえできれば、この人たちを巻き込むことができる。

ではどうすれば、目に見える成果を実感させることができるのか?

何らかの指標を決め、数値化することである。

最終的には「売上」や「利益」という数値が改善されればよいのだが、

それらが改善するにはそれなりの時間がかかる。

数値化するのは、それらの先行指標となるものを決め、それを計測することである。

その指標の数値が目に見えて改善されれば、成果を実感させることができる。

その意味でも、「数値化」は重要だ。

2010年7月 8日 (木)

レバレッジ・マネジメント/本田直之

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組織のレバレッジとは、社員が成果を出しやすいような仕組み・場を作ることである。

個々の能力に頼りすぎるとレバレッジが効かなくなるので、経営者はいかに優秀な社員に恵まれても、そこに頼ってはならない。

仕組みがあるから、組織にレバレッジがかかりやすくなる。(P208)

組織の目的とはシナジー効果を出すことだ。

1+1が2だと組織を作る意味がない。

1+1が3や4になって初めてシナジー効果が表れたといえる。

その意味では、優秀な社員は困った社員にもなりうる。

個の力に社長も社員も頼ってしまっている企業は危ない。

逆に社員全員の力が出しやすい仕組みをつくり、その場を提供できる会社は、本当の意味で強い会社だといえるだろう。

よく中小企業の社長と話すと、「もっと優秀な社員が欲しい」という言葉が出てくる。

しかし優秀な社員は、中小企業にはなかなか来てくれないというのが現実だ。

無い物ねだりをするより、むしろ組織の力が発揮できるような仕組み作りに真剣に取り組むべきだろう。

2010年7月 7日 (水)

朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論/近藤康太郎

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ビム・ベンダーズ監督の映画「都会のアリス」に、こんなシーンがある。アメリカ旅行記を書くため、出版社から金を前借りしている作家が主人公。車での横断旅行を終え、いざ自分の撮ってきた写真をながめて、つぶやく・・・写っていない。ここには、自分の見たアメリカが写っていない。(P182)

私たちが描くアメリカ像の大部分は、マスコミを通してであったり、アメリカ映画からきたものだ。

対テロ戦争という名の暴挙に邁進するアメリカ。

自分たちこそ正義だと思い込み、世界に一つの価値観を押しつけようとする傲慢なアメリカ。

圧倒的な軍事力と経済力で君臨する暴君が、大部分の日本人にとってのアメリカ像だと思う。

しかし、そうしたとらえ方は、ある面、等身大のアメリカではない可能性がある。

多くは、メディアによって形成されたアメリカ像である。

大事なことは、自分の目で直接見たこともないもの、実体験に基づかないものを、安易に本当のことだと信じ込まないこと。

情報は必ず、それを伝える人が介在する。

そこには、必ずその伝える人の主観が反映される。

ある時には、無意識の内に、デフォルメされた状態の情報が、伝えられる。

大事なことは、あまり強く握りしめないこと。

つかまえようとしないこと。

つかまえたと強く握れば握るほど、その指からすり抜けてしまうものだ。

2010年7月 6日 (火)

頭がよくなるマインドマップ超仕事術/長田武介

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アイデアの創出を、才能の問題ではなく、技術の問題としてとらえ直すことが必要です。そうすることで、あなたの思考の仕方は大きく変わるはずです。

野球選手が鋭く曲がるカーブボールや急激に落ちるフォークボールを投げる技術を身につけるよに、考える技術を習得し、実際に考える過程を繰り返し経験することで、あなたにしか考えつくことのできない、アイデアを生みだすことができるようになるのです。

問題解決力の差は、考える技術の差です。技術は鍛えれば鍛えるほど、磨けば磨くほど向上します。(P22)

アイデア創出の力や問題解決力は、才能の問題ではなく、技術の問題。

この点をしっかりと自覚することが大事だ。

技術の問題だという認識がしっかりとできれば、悩む必要などまったくなくなる。

すべての技術は、繰り返し繰り返し同じことを反復することにより習得できるものだ。

問題は、習得できるまで、そしてそのことを無意識のうちにできるようになるまで繰り返すことができるかどうかだ。

しかし、同じことを繰り返すことも才能の一つと考えることもできなくはない。

それはそれとして、“継続は力なり”とはよく言ったものだ。

2010年7月 5日 (月)

交渉力/中嶋洋介

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日本人の多くは、交渉を「勝ち負け」と理解している。このため、日本人は交渉において、過度に攻撃的になり、手段を選ばないほどの強硬な交渉姿勢をとろうとする。ところが、いったん、勝てる見込みがないとわかると、今度は過度に淡白な諦めの交渉姿勢となり、卑屈な位に譲歩してしまう。問題は”勝つ”意外の道は”降参”しかないと考える日本人の考え方にある。極端な強硬姿勢と淡白な諦めの姿勢、これが日本人の交渉の特徴といえるが、これは交渉についての誤った理解によるものである。

交渉は勝つか負けるかのサバイバルゲームではない。交渉は対立の解消と合意を目的とする社会行動である。交渉には要求と譲歩があり、理性的な大人の立ち居振る舞いが要求される。交渉は、譲歩することで自分の欲しいものを手に入れることができる確かな手段である。(P46)

日本人は交渉下手とよく言われる。

それは日常的にあまり交渉の場を体験しきていないことによるのではないだろうか。

外国にいくと、店でものを買うにしても、必ず値切りの交渉をするような国がある。

また、いろんな民族が混在している国では、お互いに自分の立場を主張しながら、合意できるところを探るという行為が自然に生まれてくる。

すると交渉というものが、ごく当たり前の行為となり、知らず知らずのうちに身についていく。

ところが、日本人は、日常的にそのような場面が少ない。

交流はあっても交渉はない。

談合という言葉はあるが、交渉という言葉は実質がともなっていない。

しかし、これからの時代、交渉下手のままで良いはずがない。

交渉はスキルである。

スキルであるならば、習得が可能なはずである。

この点を真剣に向き合っていく必要がありそうだ。

2010年7月 4日 (日)

インセンティブ/タイラー・コーエン

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基本的な概念をきちんと説明すれば、経済学は理解できるはずだ。優れた経済学者は、人は、誰にでも理解できる経済原理に基づいて生活していると考えている。決断を下している最中には必ずしも自覚していないのだが、経済学的な議論やメカニズムは理解できるはずだ。結局のところ、経済学の議論は人間をめぐるものなのだ。だから、的確な議論であれば、われわれの脳の「あっ、そうか」と感じる部分を刺激するはずなのだ。

もしあなたの自叙伝を読んでみて、その内容をよく覚えていないどころか、まったく記憶にない出来事ばかりならどう感じるだろう。何かがおかしいと思うのではないだろうか。経済学の主張についても同じことが言える。議論を理解できないとすれば、自分ではなく、議論に問題がある。誰もが知っていることだが、「あっ、そうか」の瞬間は、なるほどと納得でき、その後何年にもわたって生き方の指針になるほど強烈なものになりうる。

「あっ、そうか」という言葉が発せられるとき、その言葉を発しているのは、誰しもの内に眠る「内なるエコノミスト」である。(P14)

私にとって経済学は専門ではないが、それに関連する本を読んでいて、「あっ、そうか」と感じることがある。

そして「あっ、そうか」という言葉が発せられるとき、その言葉を発しているのは「内なるエコノミスト」だと著者は言う。

これは経済学以外のあらゆる分野で共通することだ。

本を読んだり、テレビを見たり、日常生活のいろんな場面で、「あっ、そうか」の瞬間がある。

それは自分の内側から発せられている「内なる声」であって、この瞬間を大事にすることが重要だ。

「あっ、そうか」と感じた時、そこに何かがある。

「内なる声」にもっと敏感になることが必要だ。

「あっ、そうか」の瞬間を大事にしていきたい。

2010年7月 3日 (土)

人間の器量/福田和也

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私のもらう原稿料というものは、これは収入ではなくして、ジャーナリズムが、私に次の仕事をするために投資をしてくれているんだと思う。これは原稿料をもらった初めっからの気持ちであって、今でもその通り考えていますし、将来もおそらくそうでしょう。小説を書き、原稿料をとるということは、これは事業としてではなくて、したがってはいってくる原稿料は収入ではありません。

(山本周五郎「金銭について」『雨のみちのく・独居のたのしみ』)(P118)

山本周五郎は生涯借家ずまいだった。

自動車も持たず、原稿料、印税は、すべて呑んだり遊ぶことで使い果たしてしまった。

その周五郎の言葉だが、原稿料というのは、次の仕事をするために投資してもらっているんだという感覚でいたというのである。

お金の使い方は、本人の自由である。

しかし、その使い方によって、その人の生き方が決まってしまう。

「自分への投資」という形で、お金を有効に使う人は、生涯成長し続けていけるのではなかろうか。

また、いい仕事、いい人生を送れるのではないだろうか。

2010年7月 2日 (金)

人はなぜ、足を引っ張り合うのか/齋藤勇

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行動に合わせるように考えが変わったというと、インテリのあなたは不愉快になるかもしれません。あなたのようなキャリアの方は、人は自分の考えに基づいて行動するものである、と考えていることが多いからです。しかし、それが全てを支配していると思うのは「知の偏重」です。

人間には知・情・意があり、また身体行動があるのです。これらがトータルに働いて、あなた自身を作り上げているのです。

私たちは、思っている以上に、実は日々の行動に影響されているのです。生まれ落ちた故郷の影響を受けているはずですし、毎日通う職場の影響も受けているのです。(P151)

自分の考えと行動が違っているとき、人はストレスを感じ、何とかその矛盾を解消しようとする。

その場合、3つのパターンがある。

A.考えに合わせて行動を変える

B.考えと行動とか違うことの理由を持つ

C.行動に合わせて考えを変える

AとBは容易に想像できるが、Cのパターンもあるということことが重要だ。

例えば、面白くない仕事をしていて、自分と同じ仕事をすることになった後輩には「この仕事は面白いんだぞ」と説明したとする。

するとその人は、「面白い」と後輩に説明している自分と、実際には「面白くない」と感じている自分に矛盾を抱えることになる。

その場合、その矛盾を解消しようとする力が働き、行動に自分の考えを合わせるようになる。

そして、本当に仕事が面白いと感じるようになるというのだ。

人間には「悲しいから泣く」という面と「泣くから悲しくなる」という面がある。

つまり、「まず行動から変える」というのは非常に合理的な手法なのである。

2010年7月 1日 (木)

接待の一流/田崎真也

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エスコートは習慣にすぎません。習慣にさえすれば、だれにでもできることです。自転車の乗り方や泳ぎ方と同じで、一度身体で覚えれば、無意識にできます。

エスコートの技を身につけたところで、だれにも迷惑はかかりません。むしろ女性たちに喜ばれるわけですから、日本の男性はテレを捨てて、これを習慣にすべきではないでしょうか。デートの時だけそうするのではなく、日常的に心がけることが大切です。

僕がプライベートのときに、女性のために椅子を引いたり、料理を取り分けたりすると、よくほかの男性から「もてるでしょうね」と言われます。しかし、僕にとってそれは、職業的に培った「習慣的な気遣い」にすぎません。作業レベルの気遣いですので、だれでも習得可能です。ですから、ぜひ習得すべきだと、僕は思います。(P211)

田崎氏によるとエスコートも習慣にすぎないということである。

この分野は私自身、苦手な分野なので、できるだけこのような場は避けたいと思ってしまうのだが、だれでも覚えることのできるスキルにすぎないということであろう。

おそらく、他のほとんどの職業的なスキルも同様のことが言えるのだろう。

同じ動作を繰り返すことによって身につける習慣的な行動、これをスキルとか能力というのではなかろうか。

と、すれば、課題は如何に取り組む前に自分の内側に生まれる心理的な抵抗感を取り除くかということ。

これさえ乗り越えられれば、ほとんどのことは習得可能だと言える。

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