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2010年7月 3日 (土)

人間の器量/福田和也

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私のもらう原稿料というものは、これは収入ではなくして、ジャーナリズムが、私に次の仕事をするために投資をしてくれているんだと思う。これは原稿料をもらった初めっからの気持ちであって、今でもその通り考えていますし、将来もおそらくそうでしょう。小説を書き、原稿料をとるということは、これは事業としてではなくて、したがってはいってくる原稿料は収入ではありません。

(山本周五郎「金銭について」『雨のみちのく・独居のたのしみ』)(P118)

山本周五郎は生涯借家ずまいだった。

自動車も持たず、原稿料、印税は、すべて呑んだり遊ぶことで使い果たしてしまった。

その周五郎の言葉だが、原稿料というのは、次の仕事をするために投資してもらっているんだという感覚でいたというのである。

お金の使い方は、本人の自由である。

しかし、その使い方によって、その人の生き方が決まってしまう。

「自分への投資」という形で、お金を有効に使う人は、生涯成長し続けていけるのではなかろうか。

また、いい仕事、いい人生を送れるのではないだろうか。

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