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2010年8月31日 (火)

「品格」の磨き方/山崎武也

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年功には、不朽不滅の価値があるといえるのではないか。いわば歴史的な事実に裏付けられているので、絶対的な価値がある。その点に関しては、才能などというものの価値に対する論拠は薄弱だ。人間社会の役に立つかどうかは、見方によっても異なるし、時代の流れによっても変わってくる。

才能が役に立って人々の生活がよくなったと思っていても、後々になって害をもたらす結果になることもある。人間、ひいては人類の幸福という視点に立ってみると、才能の価値は相対的なものであり、その功罪については曖昧であるとしか言えない。

最近、企業などの中で、実力主義とか能力尊重とかいって、その時点におけるその場で即座に役立つことを重視している。そうすることによって、年功序列を歯牙にもかけない考え方をしている人たちが多くなっている。年功の中にある知恵を抽出して利用することに、有用性が多々あることを忘れている。(P43~44)

著者は、年功序列にも良い点があり、そこにも光を当てるべきだということを述べている。

能力とか才能というものは、その時点での見方であって、時間的、空間的な広がりという点から見ると、年功には及ばないと。

これはひとつの見方ではある。

確かに若いけれども才能があるという人の中には、ある種の危うさが内在している。

そのまま突き進んでいけば、きっとどこかで大きな落とし穴にはまってしまうだろうなと感じる人がいる。

ただし、年功にも問題点がある。

それは過去の経験というものは、ある面、マイナスに作用することもあるという点だ。

特に過去の成功体験に、人間はとかく支配されやすいものだ。

年功というものをもし重用するとしたら、それは、いかに良い年の取り方をし、いかに良い経験の積み重ねをしたかということを見ることだろう。

特に失敗した経験は、ある意味、なにものにもかえがたい財産になる。

その経験から滲み出るような知恵があるとしたら、年功も捨てたものではない。

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