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2010年9月 1日 (水)

われら戦後世代の「坂の上の雲」/寺島実郎

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私の論点は、結局のところ日本の戦後が生み出したのは決して「柔らかい個人主義」ではなく「虚弱な私生活主義」ではなかったのか、とういことである。表層に漂う「やさしさ」の本質に踏み込んでいくと、「他者を傷つけたくないし、自分も傷つけられたくない」という精神状態に気づく。そして、対人関係に異常なほど敏感で、他者との距離感をとって自分に沈潜し、つねに心は寂しいというコミュニケーション不全症候につきあたる。「みんなしあわせになれたらいいのに」といったやさしげな感性は保有するが、どうすれば皆が幸福になれるかに関し、思考を深め、構想し闘うことはしない。自分の寂しさに酔いしれ、絶えず何か癒しを渇望するが、他者を大きく救う仕組みを模索するわけではなく、その意味で決して満たされることはない。渇望と孤独と不安の私生活の中で漂っているだけである。(P122~123)

個人主義と私生活主義の違いは何だろう。

前者が「いかに全体が価値を押しつけようとも、忽然として自分の思想・信念を貫いて対峙しようとする」のに対し、

後者は「そもそも全体に対する関心も意識もなく、ただ自分の私的時空間が確保されることに敏感な心情」と言えよう。

個の価値にこだわるという意味では似ているようみえるが、その生きる姿勢や考え方は真逆である。

しかし、多くの人は、私生活主義と個人主義を混同しているのではないだろうか。

ひどいのになると、自分さえよければ、他はどうなってもかまわないというのを、個人主義だと勘違いしている人すらいる。

これは単なる「エゴイズム」「わがまま」であって、個人主義ではない。

欧米の個人主義をみてみると、様々な問題はあるにしても、長い歴史に揉まれて築き上げられた、成熟した個の姿がみえる。

それに対して、日本人の個はあまりにも未熟だ。

今の日本人は私生活主義を一歩もでていないような気がする。

本当の意味で個が確立していないものだから、いつも一方の方向に流される。

マスコミの姿勢をみていても、あまりにも一方的だ。

そして、その偏ったマスコミの姿勢によって世論が形成される。

いったん、ひとつの流れができてしまうと、みんなそれに乗ってしまう。

ある種の危うさを感じる。

昔、「一億総白痴化」という言葉が流行ったが、今も同じだ。

「自分たちは個人主義なんかしゃない、私生活主義にすぎない」ということに気づくことが、はじめの一歩を踏み出すことにつながるのではないだろうか。

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