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2010年11月25日 (木)

わかったつもり/西林克彦

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 ものごとには、いろいろなものがあります。そして、それは当たり前のことです。しかし、その多様性に圧倒された結果「いろいろある」と思ったとすれば、人はそれ以上の追求を止めてしまいます。またはこれ以上探求するのが面倒で、「いろいろある」と思うことによって、けりをつけたつもりになるということもあるでしょう。これらが「いろいろある」という文脈の魔力かもたらす結果です。
 この「いろいろある」という文脈の魔力は、実は文章の理解に限ったことではありません。ここで、多種多様なものごとに、何らかの分類や整理ができそうなとき、私たちは決して「いろいろある」といって探求を断念したりしないだろうということを思い起こして下さい。
 たとえぱ海藻には、多様な種類があります。赤い光を光合成に使っている緑藻類は、吸収されない緑色の光のために、地上の植物と同じ縁色に見えます。また、海の深いところでは、上から届く光が青っぽいものになり、このあたりに棲息する紅藻類は、この青い光を光合成に利用するしかなく、吸収されない紅色の光のために、その色は紅くなります。緑藻類と紅藻類の中間が昆布などの褐藻類です。
 このように多種多様な海藻も色によって分類され、整理がつきます。このようなとき、人は「いろいろある」と河って探求を止めたりはしません。うまく分類や整理ができそうにないとき、「いろいろある」という言い方が言い訳として使われるのではないのでしょうか。(P149~150)

「いろいろある」という言葉を使うことによって、人はわかったつもりになってしまうと著者は言う。

確かに、多種多様に分類される事象に対して、それを具体的に表現しようとせず、「いろいろある」と一言で表現することにより、なんとなくわかったつもりになることはある。

そして、「わかったつもり」になった瞬間、それ以上考えようとしない。

つまり、「いろいろある」という言葉は、思考停止を招く言葉だとも言える。

こう考えてみると、言葉は本当に大事だと思う。

どのような言葉を使うかによって、その後の思考や行動が変わって来るということだ。

逆に考えれば、思考や行動を変えようとする場合、普段何気なく使っている言葉に焦点を当ててみるというアプローチも有効だと考えられる。

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