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2010年11月19日 (金)

名将たちの決定的戦術/松村劭

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 ナポレオンは、『金言集』に、こう言い残している。
「偉大な指揮官の業績を、『好機』と『幸運』のたまものにするな。それは、つねに『冷静な計算』と『勘』による」
 この「勘」が、体験的知識にほかならない。それが、頭脳の慟きにおいて感性に埋め込まれた特別なフィルターである。また、そのフィルターを使って行う「直惑的認識=戦局眼」と「反射的実行力=果断」でもある。
 1917〜18年にトルコに対するアラプ反乱の指揮者として勇名を馳せたエドワードーローレンス英大佐(通称アラビアのローレンス)は、著書『知恵の七柱』で、こういっている。
 「戦術学のうち、10中の9までは理論的に明快であり、書物を通して教えられる。しかし、最後の10分の1は非論理的で、教えられない。
 それは、あたかもかわせみが突然、高い空中から川の中に飛びこんで魚を襲うようなものである。この能力の有無が、将軍たるの資格の有無を計る最良の試験となる。
この才能は本能に基づくもので、深い思素と厳しい肉体的訓練によってとぎすまされ、危機にのぞめば期せずして発するものである」
 名戦闘史を観るとき、名将たちのこの才能の働きを想像することは楽しいものである。
 そして、軍事史から学ぶ究極的なものは、「なにを、いつ、どのように戦うかは、自分で考えよ」(1938年度米砲兵教範第1条)である。
 法令・規則やマニュアルを根拠にしても、勝利は手に入らないのである。(P316~317)

 
「戦術学のうち、10中の9までは理論的に明快であり、書物を通して教えられる。しかし、最後の10分の1は非論理的で、教えられない。」とローレンス氏は言っている。

このことばは二つのとらえ方ができる。

一つは、最後の10分の1の部分を自分のものにしなければ意味がないというとらえ方、

もう一つは、まず10中の9の部分をしっかりと習得すべきだというとらえ方。

どちらが正解かということではなく、その企業や個人の置かれている状況によって、重点的に取り組む課題が違って来ると捉えるべきだろう。

そして、多くの場合、まず10中の9の部分が決定的に欠けているというのが現実ではないだろうか。

それと、ローレンスやナポレオンは軍事的天才である。

天才のことばを私たちのような凡人に当てはめようとするのはあまりにも無謀だと思う。

天才のことばを凡人に当てはめようとする場合、そのことばをある程度翻訳する必要がある。

私たちのような凡人に適用する場合、

まずは、10中の9の部分をしっかりと習得する。

その上で、またはそれをしながら、残された10中の1の部分を現場の経験を重ねながら習得していく。

これが現実的な方法論ということになろう。

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