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2010年12月17日 (金)

無責任のすすめ/ひろ さちや

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 競争は常に勝者と敗者を作る。敗者は屈辱を味わうものだ。その時に、勝者は敗者を侮辱するような行為をしてはいけない。そうした行為は人間の品性に関わる。
 日本には競争原理しかないから、勝者は何をしてもいいということになってしまう。それが日本の社会の恐ろしいところだ。
 強い者と弱い者が戦ったら、強い者が勝つに決まっている。だから、強い者と弱い者が戦わなくてはいけないときは、必ずハンデキャップをつける。それでフェアプレーになる。そんなところも日本人はわかっていない。強い者が善だからだ。そうした競争社会を我々日本人は無闇に礼賛している。あるいは是認している。こんな社会は地獄だと私は言いたいのだ。
 強い者は、弱い者よりも大きな義務を負わなければいけない。勝負に勝った人間は、負けた人間以上に慎ましやかにしなければいけない。逆に、負けた人間は別にのほほんとしていていい。それが競争原理の根本にあるべき思想だ。ヨーロッパではこれを、「ノブレス・オブリージュ」という。日本語に訳せば「高貴なる者の義務」となる。社会においても金持ちやステータスの高い人間の義務は庶民よりも大きいという意味だ。政治家も権力を握っているのだから、ステータスの高い人間だ。だから義務も大きい。そこをわかっていない。(P64~65)

勝者や強者には、それにともなう義務がある、と著者は言う。

確かに、日本には「勝てば官軍」と、勝負に勝てば何をやってもいいという考え方がある。

過去、「儲けるが勝ち」「カネで何でも買える」と言った経営者もいた。

これは決して成熟した社会ではない。

社会に競争は大事だが、それと同時に、勝者として当然負うべき義務についても考える必要がある。

これからの時代、企業間や個人間の競争は益々激しくなることだろう。

しかし、健全な競争原理の働く社会であるとともに、強者や勝者としての義務をきちんと負う社会も目指さなければ、日本に未来はない。

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