日本人の階層意識/数土直紀
2005年から2006年にかけておこなわれ、人々の価値観を国際比較した世界価値観調査の、各国に共通する質問として、“家庭で子につけさせる性質で大切だと思うもの”があった。実は、この質問に対して“勤勉さ”を選択した回答者の割合は、他国と比較すると、日本で際だって低かったことがわかっている。この結果から、日本人は他国と比較してとりわけ努力を重視するような価値観をもっているとはとうてい主張しがたい。
日本人が実績に基づいて地位や財を配分することよりも、努力にもとづいて地位や財を配分することを望む理由として、日本人が“努力する”ことに高い価値をおいているからだと考えることは必ずしも適当ではない。むしろ、日本社会には人々に努力を強いる組織・システムが存在し、そういった組織・システムの中で努力を強いられているために人々は努力による配分をのぞむようになるのだと考える方がより適当である。いわばそれは、日本的な組織・システムに適応する課程を通じて形成された価値意識だったのである。(P214)
2005年SSM調査によると、“私たちの社会において、いったいどのような人であれば、高い社会的地位や経済的な豊かさを与えられてしかるべきか”という質問に対して、
一番多かった回答は“人よりも努力した人が地位や財産を優先的に配分されることが望ましい”というものだった。
この回答結果から、「日本人は“努力すること”に高い価値をおいている」と考えがちだが、上記の別の調査結果からは、必ずしもそれは当たっていないという結果が導き出されるという。
結論から言えば、日本では“結果がでなくとも、努力すれば報いられる”という組織・システムが存在し、それに適応しようとした結果、“努力すること”を重視する価値が形成されていったということ。
つまり、日本人の“努力重視の価値観”は、日本人が元々もっていたものではなく、日本の組織・システムによって後から形成されたものだということである。
確かに、日本的なシステムの象徴である、年功序列・終身雇用というシステムでは、とにかくまじめにコツコツと働いていれば、昇給・昇格し、報いられた。
このシステムで長い間、働いていたサラリーマンには、当然、“努力すること”を重視する価値観が形成されたことであろう。
逆に言えば、組織・システムが変われば、その中で働く人の価値観も変わっていくということである。
今、日本では、終身雇用・年功序列という組織・システムを捨て、新しいシステムを導入する企業が増えてきている。
おそらく、それによって新たな価値基準が生まれてくるであろう。
それが、良い方に働くのか、悪い方に働くのか、今後の動向に注視していく必要がある。