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2011年1月24日 (月)

教科書が教えない歴史21 『教科書が教えない歴史』誕生秘話/自由主義史観研究会

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 実際、こんなことがありました。私がアメリカに滞在していた時期の、1991年12月7日は、日本がパール・ハーバーでアメリカに攻撃をかけ日米戦争が始まってからちょうど50周年にあたりました。テレビでは、日本に関連する特別番組をいろいろ放送していました。その中の一つの番組で、画面に登場した一人のアメリカ人労働者が、こう言ったのです。
 「湾岸地域に、日本の旗を立てて、ナース一人でもいいから日本人がきてくれていたら、どんなによかったことか。日本は、ナース一人すら送ってこなかった」。いざというときに、ともに血を流す覚悟のない国は、本当の友達ではない、とこの人は言っているのです。私は、その言葉に反論するすべのないことに気づかざるを得ませんでした。
 日本人からすれば「平和憲法」は、理想の憲法だということになります。学校で多くの先生は、そう教えています。世界の最先端を進んでいると自賛する学者もいます。しかし、それは、世界に通用する論理ではありませんでした。残念ながら世界に紛争がなくならない現実がある時に、日本だけが「よい子」を決め込んで、一切のもめ事に関わらないという態度をとっても、世界は必ずしもそれを立派なことだとして評価しないのです。

日本の憲法がもはや賞味期限切れになっているのは、多くの事実が物語っている。

しかし、その憲法を改正するということになると、日本ではなかなかそれが進まない。

なぜなのだろう。

世の中はどんどん変わってきている。

そして、その変化に、国や地方自治体や企業は適応していかなければ生き残っていけない。

これは当たり前のことである。

ところが、その当たり前のことが、こと憲法の問題になると、まったく例外的な扱いになってしまう。

日本国憲法を絶対的なものとし、聖域にしてしまっているからだろう。

そもそも世の中に「絶対」といえるものがあるのだろうか。

欧米の多くの国では、「絶対」と言えるものは「聖書」である。

逆に言えば、聖書以外はすべて相対的なもの、つまり、環境が変われば、どんどん変えて良いもの、いや変えなければならないものである。

ところが、日本にはそれがない。

何が絶対的なもので、何が相対的なものなのか。

これが曖昧なので、すべてのことが曖昧になってしまう。

このままだと、日本は世界から孤立してしまう。

そんなことすらも懸念される。

グローバル化という言葉だけが一人歩きし、実態はまったく変わっていない、これが今の日本ではないだろうか。

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