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2011年1月26日 (水)

ソニーをダメにした「普通」という病/横田宏信

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 「ソニーで働いても楽しめないと思ったら、すぐに辞めなさい」
 ソニー創始者である盛田さんがまだ健在であった頃、入社式での盛田さんのこのスピーチに吃驚仰天するところから、新卒のソニー人生は始まることになっていた。
 これは、会社と社員がもたれ合うことのない、ソニーの持つ独自自尊の企業文化の宣言であり、人は「会社のため」に働くのでない、という既存社員も含めた社員全員への年に一度の強烈なメッセージだ。
 だから、本来ソニーでは、「会社のため」に働くなんてあり得ない。ソニーという会社を通じて「社会のため」に働くのだ。それこそが、働く個人にとっての社会的な自己実現の道であり、この上なく楽しいものである。
 私は、ソニーに入社してからの数年間、「会社のため」という台詞を社内で聞いたことがまるでない。今思えば、こんな会社も珍しい。なのにいつの頃からか、ソニーでも、「会社のため」が禁句でなくなった。
 「会社のため」に働くという個人は、世界中、どこにでもいるものだ。おそらく、企業における最もポピュラーな個人レベルでの本末転倒なのであるが、日本企業でとりわけ多く見られる。
 そして怖いのは、この本末転倒の蔓延が、「会社のため」本位の、社会の論理から乖離したいわゆる「内輪の論理」を社内に積み上げてしまうことだ。(P14~15)

「会社のため」という言葉の持つ危うさ、問題点について、考えさせられた。

確かに、多くの会社の不祥事は、その会社の社長や社員が、「会社のため」に行ったことに原因がある。

そして、その行ったことは、「会社のため」にはなっていても、「社会のため」にはなっていない。

いや長い目で見れば、「会社のため」にもなっていない。

いわゆる「内輪の論理」なのだ。

そして、「内輪の論理」がまかり通る会社に、未来はない。

どこかで、問題が起こる。

また、市場のニーズにあった商品やサービスを生み出すこともできないだろう。

なぜなら、その会社のつくった商品やサービスは「会社のため」につくったもので、「社会のため」にはなっていないのだから。

市場に受け入れられないのは当たり前である。

しかし、一方、多くの会社で、「会社のため」という言葉が当たり前のように使われている。

ここに大きな問題がある。

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