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2011年1月20日 (木)

教科書が教えない歴史17 近代日本を描いた文学/自由主義史観研究会

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 司馬は、民族の存亡のかかっているこの戦争を、日本人が国民的気概をもって戦ったさまを、史実にもとづき描写しています。そのひとつの例を旅順港の閉塞作戦を参加する志願者77名を募ったときの様子から紹介します。
 「たちまち2千人が応募し、有馬や広瀬をおどろかした。なかには血書をして応募する者もいた。『この戦は勝つ』と広瀬は真之にいった。広瀬のいうには、自分たち士官は年少のころから志願し、礼遇をうけ、戦いで死ぬことを目的としてきたが、兵は外国でいうシヴェリアンの出身である。それがすすんで志願したということは、この戦争が国民戦争であることの証拠である」
 司馬は、明治という時代がすべての日本人が国民国家の誕生を素直に喜び、その経営に献身的に参加した「感動の時代」であったことを、現代の日本人に伝えようとしています。
 また、同時に、現代の日本人が、明治人がもってきた国家意識(公意識)を失い、国家に無関心の生き方を善しとすることによって、「無感動の無秩序の時代」を招き寄せていることを、司馬は憂えているように思います。

司馬遼太郎は、『坂の上の雲』で、明治時代の日本人の姿を描いている。

その中でも、特に中心となるのは日露戦争についてである。

戦争の是非について、論じることは重要だが、この当時の日本の置かれた状況を考えると、これ以外の選択肢はなく、日露戦争はやむを得なかったと見るべきだろう。

そして、その中で、多くの日本人がどのように考え行動したのかを描いている。

特に、今の日本人と大きく違っているのは、国家に対する意識である。

偏狭なナショナリズムは、私は反対だが、だといって、国家というものを全く考えない生き方もまた問題だと思う。

今の日本人が日本に誇りを持てなくなっていることには危機感を覚える。

その意味では、日本の歴史を正しく知ることは非常に意味のあることであろう。

特に教育の現場で日本の歴史を正しく伝えることができるようにならなければならない。

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