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2011年1月 8日 (土)

教科書が教えない歴史5/歴史を生きた女性たち

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 1904年(明治37年)9月、歌人の与謝野晶子は雑誌『明星』に長詩「君死にたまふこと勿れ」を発表しました。時あたかも国運を賭けた日露戦争の真っ最中でした。出征した弟を思い「死ぬな」と歌いあげた詩は、世間に少なからぬ反響を巻き起こしました。とりわけ「親は刃をにぎらせて、人を殺せとをしへしや」「旅順の城はほろぶとも、ほろびずとても何事ぞ」などの詩句は明治人の度肝を抜きました。
 早速、論客の大町桂月が雑誌『太陽』10月号で激しくかみつきました。これに対して晶子は『明星』11月号誌上で反論します。まず「この国に生まれ候私は、私等は、この国を愛で候こと誰にか劣り候べき」と祖国に対する愛情を明確にして、この詩は出征兵士の家族が駅頭などで「無事に帰れ、気をつけよ、万歳」と見送っているのと同じ意味であり、どこが悪いのかと切り返したのです。

私たちはとかく人にレッテルを貼りたがる。

与謝野晶子は一般には「反戦詩人」と言われている。

そして「君死にたまふこと勿れ」も「反戦詩」と言われている。

しかし、詩を書いた本意は、書いた本人にしかわからない、

その本人が、自分の詩は弟を思う気持ち歌っているのであって、国に対する愛情も同時に歌っていると反論している。

恐らく、当時、肉親を戦争に送り出す人の多くは、国を愛する気持ちと肉親を思う気持ちの狭間で揺れ動く気持ちを抱いていたであろうから、この晶子の詩はそれを率直に表したものであったと思う。

これは矛盾した心情ではない。

一人の人間の中に宿る生きた感覚とは、そういうものなのである。

そこには好戦思想もなければ反戦思想もない。

だから、与謝野晶子の一面だけを取り上げて「反戦詩人」として強調する見方は、

結局人間の全体像を矮小化してしまうことになる。

人を等身大で見る目を持ちたいものだ。

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