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2011年1月 6日 (木)

教科書が教えない歴史3 勇気と友情の物語/自由主義史観研究会

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 敵対したロシア軍人の中にも広瀬を敬慕した将兵はいました。旅順に赴任した海軍少尉ボリス・ヴィルキツキーは広瀬を「タケ兄サン」と呼んで兄のように慕った一人でした。彼は開戦に先立つ1ヶ月前に「タケ兄サン」にあてて親愛をこめた手紙を出しています。もちろん広瀬は返信の筆をとりました。
 「これは国と国との戦いで、あなたに対する個人の友情は昔も今も少しも変わらない。いや、こんな境遇のうちにいるからこそ、かえって親しさも増してくる。平和が回復するまでは、かねて申し上げたように、武人の本懐をお互いに守って戦い抜こう。さらば、わが親しき友よ、いつまでも健在なれ」
 この手紙を発信したのち広瀬は旅順湾口に沈める船の船橋にロシア語でサインを施しました。当時のロシア語新聞に報じられた事実です。その文句とは「尊敬すべきロシア海軍軍人諸君、請う余が名を記せ、余は日本の海軍少佐広瀬武夫なり」というものでした。広瀬にとってなし得る精一杯の友情のサインだったに違いありません。

広瀬武夫中佐については、先日放映されたNHKの「坂の上の雲」でも登場したので記憶に新しい。

今、日本の課題の一つにグローバルな人材の育成があげられる。

社内の公用語を英語にする会社も出てきた。

しかし、単に英語を習得すればよいというものではない。

本当のグローバル人材とは、知識、教養、人格、あらゆる面で他から尊敬を受ける人物である必要がある。

広瀬は駐在武官ではあったが、軍事を学ぶだけの狭い研究から抜け出して、

語学、歴史、文学、さらには異国の人々との交流などを通じて

仮想敵国だったはずのロシアに対する愛情までも育てあげた。

そうした生きざまがロシアの人々に「心からの友情」を感じさせたのであろう。

軍人広瀬武夫は、真のグローバル人材であったと言える。

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