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2011年1月22日 (土)

教科書が教えない歴史19 近代日本の外交/自由主義史観研究会

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 1937年7月7日の蘆溝橋事件で日中戦争が始まってから2年半後の1940年2月2日のことです。帝国議会の開幕早々、民政党の代議士、斎藤隆夫は壇上から政府に質問しました。「何のためにこんな戦争を続けるのか。この戦争の目的は何か」。驚くべきことに、当時の米内内閣の大臣は誰一人としてこの質問にまともに答えることはできませんでした。
 一つの国家が戦争目的のない戦争を続けることなどあってはならないことです。したがって、いつ戦争をやめるかの基準もなく、いつまでもダラダラ戦争を続けてしまうことになるのです。

日本の問題の一つに、誰が最終的に意思決定をしたのかがはっきりしないというところがある。

何となく、その場の空気で決まってしまう。

これがいかに多いことか。

あえていうならば、「空気」が決めたということになる。

以前、山本七平が書いた「空気の研究」という本を読んだときのことを思い出す。

第二次大戦中、戦艦大和の出撃の決定に関わった専門家が皆、

それは無謀であって勝ち目はない、と思っていたにもかかわらず、反対できなかった様子が、

「空気」の支配の典型例として描かれている。

この本で書かれていたのは、日本独特の意思決定のプロセスである。

そもそも「空気」が意思決定に影響を及ぼすのは、世界広しといえども日本だけだろう。

そして誰もが「KY」にならないようにする。

少なくとも、このような意思決定のプロセスが、日本特有のものであるということを、はっきりと知ることであろう。

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コメント

空気で決まるのは現代も同じ。同じ轍を踏むのは馬鹿らしいので、合理的な議論をし意見を言うのを歴史好きの私は実践しようとしてますが、自分も含めそうゆう行動をとっている人は大体は出世できない。

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