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2011年2月11日 (金)

坂の上の雲(六)/司馬遼太郎

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 要するに、この当時の日本人は、ロシアの実情などはなにも知らずに、この民族的戦争を戦っていたのである。
 ついでながら、この不幸は戦後にもつづく。
 戦後も、日本の新聞は、
ロシアはなぜ負けたか。
という冷静な分析を一行たりとものせなかった。のせることを思いつきもしなかった。かえらぬことだが、もし日本の新聞が、日露戦争の戦後、その総決算をする意味で、「ロシア帝国の敗因」といったぐあいの続きものを連載するとすれば、その結論は、「ロシア帝国は負けるべくして負けた」ということになるか、「ロシア帝国は日本に負けたというよりみずからの悪体制にみずからが負けた」ということになるであろう。
 もしそういう冷静な分析がおこなわれて国民にそれを知らしめるとすれば、日露戦争後に日本におこった神秘主義的国家観からきた日本軍隊の絶対的優越性といった迷信が発生せずに済んだか、たとえ発生してもそういう神秘主義に対して国民は多少なりとも免疫性をもちえたかもしれない。(P206)

人は、失敗したとき、反省する。

その原因究明のレベルには差があるものの、「なぜ、失敗したのか」と考えるものだ。

ところが、成功したとき、勝利したとき、その勝因を考える人はまれだ。

もし、日露戦争の勝因をしっかりと検証していたら、その後の日本はどうなっていたのだろう。

少なくとも、その後の軍部の暴走は起こらなかったのではないだろうか。

「歴史に『もしも』はない」とよく言われるが、何となく想像してみたくなる。

何れにしても、物事の真因を究明するという、ある意味でのしつこさが日本人には欠落しているようだ。

何かがあって、一時的に盛り上がることがあっても、その後、しつこいくらいに勝因や敗因を検証し、次に生かすという行為があまり見られない。

日本には「水に流す」という言葉がある。

過去にあったことを、全てなかったことにする、過ぎ去ったことを咎めない、

という意味だが、これは日本独特のことばである。

日本にこのような言葉があるということは、そのような体質気質が日本人にあるということ。

どうも、これは日本人のDNAにすり込まれてしまっているものなのだろう。

決してこれでよいとは思わないのだが。

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