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2011年3月22日 (火)

栗林忠道 硫黄島の死闘を指揮した名将/柘植久慶

A9r1580

「閣下、この島の敵兵は、『バンザイ』を全く叫びませんでした」
と、幕僚はそのように報告し、少し怪冴そうな顔をする。
「それは司令官のクリバヤシが合理主義者だからだ。彼の思考経路はトウジョウやテラウチたちと違い、アメリカ人と同じような合理主義者だ、と考えるべきだろう」
 ホーランド・M・スミス中将は、表情一つ変えずに返答した。サイパンなどの司令官や師団長たちは、兵力を水際で大きく損耗し、もう勝てないとなったら自分たちは自決、部下たちに万歳突撃をさせ自滅していった。ところがここではそうはいかないだろうと、彼は秘かに覚悟を決めた。(P230)

栗林忠道はクリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」で渡辺謙が演じたことからも、強く印象に残っている人物である。

栗林の特徴の一つに“合理性”がある。

米国留学経験などからアメリカを熟知した冷静な判断により、

名将たるにふさわしい指揮ぶりを示した。

この結果、硫黄島では日本軍の死傷21,000に対して、アメリカ軍の死傷28,000という出血を強いた。

当時、日本軍は、万歳突撃を繰り返し、自ら死を選んでいた。

しかし、栗林はそれを許さなかった。

敵陣への突入を前にして万歳を唱えたら、敵に予告を与えると同様な馬鹿げた行為だというのが、彼の考えであった。

そして、乏しい飲料水と食料に耐えて戦い続け持久戦に持ち込むことを部下に求めた。

アメリカ人は長引くのを嫌がるというのがその理由で、それも理に適っている。

長引けば、アメリカのスミス中将は更迭されていたであろう。

歴史に“もしも”はないが、

もしも、日本軍が然るべき支援を受けていたら、被った被害は半減したであろうと言われている。

いずれにしても、合理的に物事を考えるということが、リーダーにいかに必要かということをこのエピソードは教えてくれる。

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