女たちのジハード/篠田節子
「何かが見えたって気がする」
まだ半ば夢を見ているような気分で紗織は言った。
「うん、すごいだろう。地平線なんて、日本じゃ絶対見えないし、砂漠の景色ってものすごいロマン、あるよね」
乙畑はうなずいた。
「景色が見えたって話してるんじゃないのよ」
「じゃ、なに?」
「だから……」
他人に話すのが、もったいないような気がした。とにかく自分の人生の夢、探していた将来をようやく見つけた。
英語で食べていきたい、と確かに思い続けていた。しかし食べていくための英語は、所詮は人生の手段に過ぎない。その英語で何をしたいのか、ずっとわからなかった。わからないということがわからないまま、努力していた。
幼い頃、目にしたアメリカ文化への憧れ、そして翻訳家という職業への憧れ・・・・・。何もかもが漠然とした憧れだった。憧れに引きずられてここまでやってきて、今、ようやく求めていたものに出会った。
自分の活躍の場はここしかない。
自分は今、ヘリコプターに恋をした。一目惚れだ。計算ずくで将来など決まらない。
「私、ヘリのパイロットになる」(P416~417)
この小説では5人の働く女性が登場する。
それぞれが個性的で、自分の道を切り開こうと悪戦苦闘する。
上記はその中の一人、紗織が自分のやりたいことを見つけた瞬間の記述。
紗織は、職場での女性の活躍には限界があると早く見切りをつけ、
得意の英語で将来は翻訳家のプロになろうと考え、米国に語学留学する。
そこでひょんなことからヘリコプターに乗ることになり、この体験から、自分のやりたいことを発見する。
これは、キャリアという観点から非常に興味深い。
紗織は、当初、得意の英語を生かす仕事をしたいということから、翻訳家になろう思っていた。
そして、そのための具体的な行動をする。
それが、勤めていた会社からの退職、そして米国への語学留学である。
しかし、その結果、「ヘリのパイロット」という思ってもみなかった道へ進むことになる。
最近のキャリア論では、“キャリア形成は偶然による”という考え方がある。
自分で将来やりたいことを決め、そこに辿り着くための綿密な計画を立て、
それを確実に実行していくという形でキャリアを形成していくというケースは稀で、
ほとんどの場合、“その道のプロ”と言われる人の話を聞いてみると、
動いている内に、自分でも思ってもみなかった道へと進むことになり、
そこで自分の本当にやりたかったことを発見し、
それが現在につながっているというものだというのである。
今、キャリア教育がさかんに行われている。
しかし、最初から自分のやりたいことを決めて、そのための綿密な計画を立て、
それを計画通り進めていくという形では、
本当に自分のやりたかったことを発見することはできないのではないだろうか。
大事なことは、自分の価値観にしたがって、とりあえず行動してみることである。
行動していく中で、本当に自分のやりたかったことに出会う瞬間が訪れるのではないだろうか。
人生は偶然の連続だ、だから面白い。
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