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2011年3月 4日 (金)

仕事の思想/田坂広志

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そのとき、マネジャーになった仲間たちのこの会話を聞きながら、
私は、ある言葉を思い出していました。

「ノブリス・オブリージュ」
その言葉です。
ご存知のように、これはヨーロッパなどでよく使われる言葉であり、
「高貴な人の義務」という意味の言葉です。
すなわち、社会のエリートたちは、
その高貴な身分にともなった義務を負っているという考えです。
たしかに、英国などでは、この「ノブリス・オブリージュ」という考え方が
上流階級に浸透しており、ひとたび戦争になると、貴族の子弟は、
戦場で先陣を争って戦い、その結果、戦死率も他の階層出身の人々よりも
高かったと言われています。
すなわち、これらの社会のエリートたちは、いざとなれば命を賭するまでに
自分たちの義務と責任に対して強い自覚を持っていたわけです。
しかし、実は、この「ノブリス・オブリージュ」という精神の伝統の
最も優れているところは、単に義務感や責任感が強かったということではありません。
その最も優れているところは、もうすこし深いところにあります。
それは、彼らが、その義務や責任を「喜び」としていたということです。
そうした義務や責任を負うことを、自分自身の「喜び」としていたということに、
この精神の伝統の最も優れたところがあるのです。(P72~74)

「ノブリス・オブリージュ」

「高貴な人の義務」

この言葉の持つ意味の最も優れているところは、

彼らが、その義務や責任を負うことを、自分自身の「喜び」としていたということ、

つまり、単なる義務感や責任感ではなく、もっと深いところに、その言葉の本質がある。

義務や責任という言葉には、何か重苦しさを感じてしまう、

しかし、それを「喜び」とするというところに、

何かそれを超えた人間としての完成された姿をかいま見ることができる。

今、サラリーマンの、特に管理職のうつが増えている。

確かに、今の管理職は大変である。

自分の通常の業務をこなした上で、管理職としての仕事もしなければならない。

つまり、ほとんどの管理職がプレーイングマネージャーという立場、

しかも、管理職になったからといって、給料はそれほど増えない。

下手をすれば、残業代はカットされる。

そして、責任ばかりが重くなる。

もし、これを責任感や義務感だけでやろうとしたら、潰れてしまうのもよくわかる。

大事なことは、この職務に対して、「喜び」や「誇り」を感じているだろうか、ということではないだろうか。

つまり、ある程度、人間としての完成された精神性といったものがなければ、

単なる個人の頑張りでは、限界があるということ。

最近の日本人の弱さやもろさは、

このような精神性を軽視してきた国や社会のあり方にあると思うのだが、どうだろうか。

“人はパンのみで生くるに非ず”である。

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