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2011年4月の30件の記事

2011年4月30日 (土)

龍馬の魂を継ぐ男 岩崎弥太郎/山村竜也

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 いざ宿に着き、龍馬と初めて対面してみると、なかなか無愛想な男である。自分も顔は恐いほうだと思っていたが、龍馬も黙っている分には恐い顔つきだ。やむをえず、ふところから用意の五十両を出して、要求の金を持参したことを伝えた。
 すると、龍馬の表情は一変し、満面の笑みを浮かべてよろこんだのだった。その現金な態度の落差には、弥太郎もあきれるばかりだった。
 武士たるもの、金を手にしたとしても、これほどよろこびをあからさまにするだろうか。それに、そもそも遠慮することもなく金を要求するだろうか。どうやらこの男は普通の武士とは違うらしいと、早くも弥太郎は察知したようだった。
 龍馬の指示で、すぐに酒と肴が用意された。金を出してくれた弥太郎を歓待しようというのである。弥太郎は言われるがままに部屋に上がり、龍馬と酒を酌み交わした。
 二人は、誰がどうの、彼がどうのという人物論や、当時の時勢論に花を咲かせ、気づけばいつの間にか黄昏時になっていた。そのころには弥太郎が抱いていた龍馬に対するわだかまりも消え失せ、すっかり打ち解けた間柄になっていたのだった。
 この日以降、弥太郎と龍馬は長崎の地で交遊を深めることになる。弥太郎にとって、この日のことは、自分の人生を方向づける運命的な出会いであったかもしれなかった。(P109~111)

NHK大河ドラマ「龍馬伝」では、龍馬の幼なじみとして描かれる弥太郎だが、実際には彼らが出会うのはもっと後年のこと。

上記は、弥太郎と龍馬とのはじめての出会いの場面、

龍馬の再々に渡る強引な給金の請求に対し、弥太郎は自腹を切る形で50両を出すことにし、

みずから龍馬の宿に出向いて、金を届けることにした。

龍馬という男がいったいどういう人物なのか、この目で確かめようと思っていたのかもしれない。

このときの出会いは、弥太郎のその後の人生を方向付ける、強烈な印象を与えた。

土佐藩を脱藩し、ほとんどなんの権力も持たない龍馬が、どうしてあれほど影響力を持てたのか、理解に苦しむところがあるが、それほど、龍馬という男は、魅力的であったのだろう。

幕末の一時期、弥太郎と龍馬が交遊を深め、泣いたり笑ったりしながら、同じ時間を共有し、夢を語り合っていたことは事実なのである。

あの長崎の日々がなければ、維新後の弥太郎の人生は、もしかすると少し違ったものになっていたかもしれないと思うと感慨深い。

2011年4月29日 (金)

私はこうして発想する/大前研一

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 デルをわずか十数年で世界一のパソコンメーカーに育てたマイケル・デルは、ビジネススクール時代、卒業論文に今のデル・コンピュータのビジネスモデルを書きました。そうしたら、その成績はABCのうちの「C」だったそうです。
 なぜ評価が低かったか。その当時、マイケル・ポーター(ハーバード・ビジネススクール教授)の「バリュー・チェーン」という、経営学の一連のセオリー、フレームワークがあったのに、デルはそれを無視した新しいビジネスのフレームを作った。そうすると指導教官から「あるべきフレームワークから外れている。そんなビジネスモデルは使い物にならない」と評価されてしまったのです。
 しかしデルはそれにめげず、論文に書いた通りのことを自分で実行し、大成功しました。
 枠が決まっているのなら、議論をする意味はあまりないわけで、本来はそうした枠を超えた発想が、新しい時代を切り開いていくのです。二十一世紀は、二十世紀に出来上がったフレームワークを破壊し、新しいものを創り出した人々が勝利するのです。(P184~185)

デル・コンピュータといえば、新しいビジネスモデルということから、ひところ話題をさらった企業である。

その創始者、マイケル・デルはそのビジネスモデルを卒論に書いたところ、C評価だったということ。

その後、デルは、自ら創業することにより、自らの正さを証明したわけだが、

このエピソードは、私たちがいかに過去の成功体験の枠組みの中で発想することが多いかを教えてくれる。

確かにビジネスを考える場合「3C」や「4P」といったフレームワークを基本に考えることは重要だ。

フレームワークは、過去、様々な試みの上できあがった枠組みであり、それによって効率的に考えることができる。

しかし、もし、何か物事で成功しようと思うならば、そのフレームワークを身に付けた上で、更に新しい自分なりのやり方を発想する必要がある。

今や世界的な企業となったアップルやグーグルは、いずれも古い枠組みを破壊し、新しい枠組みを自ら創って成功した企業である。

今、大前氏の言う「二十一世紀は、二十世紀に出来上がったフレームワークを破壊し、新しいものを創り出した人々が勝利する」という言葉が現実のものとなっている。

これはビジネスの場面だけでなく、教育や政治等あらゆる場面で言えるのではないだろうか。

2011年4月28日 (木)

給料を上げたければ、部下を偉くしろ/上野和典

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 リーダーシップは権力ではありません。部下を服従させることがリーダーシップではないのです。
 本当のリーダーシップとは、もっと穏やかなものです。部下の意見を根気よく聞き、吸い上げ、方針を決めて、それを分かりやすく全員に伝えていくことです。そうしたリーダーの下で、とことん議論し合える組織こそが、本当に強い組織なのです。これをやっていくには時間も根気も必要ですから、大変なことでしょう。
 部下に対してほとんどケアができていなかった上司が、部下が調子を崩したことをきっかけに、本当のリーダーシップを身につけられるよう努力を重ねたという話を聞いたことがあります。
 部下の仕事の仕方や心身の調子、モチベーションや悩みなどを、コミュニケーションを通じて懸命にチェックしていったそうです。そして徐々に彼は、リーダーシップを身につけていきました。そのことで、彼の本質的なコミュニケーション能力が上がっていったのでしょう。それまでなんとなくギクシャクしていた家族との関係も劇的に改善したということです。
 人を服従させることは、相手の気持ちを無視することです。真のリーダーとは、部下の気持ちをきちんと汲み取ることができる人ではないでしょうか。(P127~128)

リーダーとして立たされた時、何か自分が偉くなったように勘違いする人がいる。

リーダー、イコール、権力者という構図を自分の中に勝手に描いてしまう人もいる。

そして、人々を自分に服従させる。

しかし、これはあくまでリーダーの一つのスタイルであって、

現代では、このようなタイプのリーダーは最も敬遠される。

また、効果も上げることができない。

近年、サーバントリーダーシップという考え方がでてきた。

サーバントとは「使用人」とか「召使」という意味、

つまり、召使のように人々に仕えることを通して、人々の気持ちを一致させ、あるべき方向に導く、

このようなリーダーシップである。

また、リーダーシップは組織のトップだけが身に付けるスキルではない。

部下は部下なりに、リーダーシップを身に付ける必要がある。

部下が上司を動かすことも、立派なリーダーシップである。

つまり、リーダーシップとは、ある特定の地位についた人にのみ、求められるスキルではなく、

すべての人に求められるスキルだということ。

その意味で、リーダーシップについては、もっと取り組む必要のある課題である。

2011年4月27日 (水)

アップル、グーグル、マイクロソフト/岡嶋裕史

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 日本はモノや規範を大事にする傾向が強く、ハードウェアを過剰に保護し、既存のルールを尊重しすぎている。その分のしわよせが、サービスの硬直化や低下に結びついている。
 たとえば、クラウドが登場し始めた頃、日本のメーカは「どこの国に情報が保存され、演算が行われているかわからないのでは、各種法制度に抵触する危険がある」という懸念を示した。これは、どの国の事業者も負うリスクである。だが、対応が好対照であった。
 日本のメーカは、「したがって、企業、特に基幹業務では利用が難しい」と続ける。これがグーグルだと、「米国政府向けには、米国内だけの処理能力を使うメカニズムを構築しよう。なに、大した作業ではない。ついでに、国をまたぐデータセンタのデータ取り扱いに関する国際的なルールも作ってしまおう。これで欧州にも進出できる。ビジネスチャンスだ」となる。
 ITを使う目的は利用者を幸せにするためである。それ以外に、ITに意味などない。だから、この目的に合致しないルールは時には壊してみる必要があるのだろう。少なくとも、今あるルールを疑ってかかる態度は常に必要である。そうでなければ、グーグルに追いつくことなど、いつまで経ってもできない。この戦場では、非常識かどうかではなく、不合理かどうかで物事を判断する必要があるのだ。(P172~173)

ある国会議員の言った「2番ではダメなんですか」という言葉が話題になったことがあった。

その言葉の真意がどこにあったのかは置いといて、

確かに日本はトップに立つのが苦手だ。

トヨタもGMを抜いてトップに立った途端おかしくなってしまった。

2番手以降で、誰かが敷いたレールの上を走っていくのが得意なのが日本である。

一方、アメリカの企業は、トップに立つことに対して貪欲である。

かつてGEの会長に就いたジャック・ウェルチが、世界で1番か2番の事業以外はすべて撤退または売却という方針を打ち出して話題になったが、

これに限らず、アメリカの企業はトップに立つことに非常に強いこだわりを持っている。

また、トップに立つためにはルールまで変えてしまうしたたかさを持っている。

そして、ルールを変えることによって、トップをより磐石なものにしてしまう。

そこには、既存のルールの中で戦おうとするか、ルールが不合理であれば、ルールそのものを変えてしまうのか、の違いがある。

それこそ、肉食系と草食系の違いである。

特にITの分野で、アップル、グーグル、マイクロソフトのような世界的な企業が現れないのは、

そのような日本人が伝統的に持っている価値観や体質気質が邪魔をしているように思えてならない。

2011年4月26日 (火)

日本陸軍に学ぶ「部下をその気にさせる」マネジメント/拳骨拓史

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 私たちが戦略を発想するうえで、大事なことがある。
 それは「正義」の観念である。
 人は自らの正義を信じたとき、恐るべき力を発揮することができる。
 その意味では、SEIKOの事例が参考になる。
 関東大震災が起きたとき、服部金太郎(SEIKO創業者)が経営する服部時計店は全焼。それによって、顧客から預かっていた多数の大事な時計も全焼してしまったのである。
 空前の大損害。天災であるとし、そのままにしておく方法もあった。
 だが、服部金太郎は正義を貫いた。
 「店の信用には代えられない」
 なんと服部は、後日すべて新品の時計を調達し、客に返却したのである。その費用はすべて持ち出しである。天文学的な大損となった。
 しかしそれらを省みず、服部は顧客に対する正義を守ったのである。
このことは日本中に知れわたり、服部金太郎の名をとどろかせた。この「信用」こそがいまのSEIKOを創り出した基盤となったのである。(P62~63)

今、日本は危機の時代である。

リーマンショックの傷が癒え、やっと復活の兆しが見え始めた矢先での大震災、

日本の企業にとっては、大変なダメージである。

しかし、このような時代、企業の本質が問われているように感じる。

つまり、「なんのために我が社は存在しているのか?」

この問いに、はっきりと答えることのできる企業がこれから生き残っていくのではないだろうか。

ただ、儲ければ良いという表面的な動機では、何かがあるとすぐに社員は離れていくだろうし、

そのような目的のもと、一丸となることはできないだろう。

経営者は、このようなときこそ、自分の言葉で企業の存在意義を語るべきだ。

「正義」というと、何かこそばゆいような、妙な気分になるのだが、

このようなことを堂々と言える企業はやはり強い。

2011年4月25日 (月)

日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか/竹田恒泰

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 日本は「和の国」といわれる。我々は普段、厳密に定義することなく「和」という言葉を使うが、和は妥協して同化することではない。『論語』に収録されている次の孔子の言葉は「和」の真髄を見事に言い表している。
 「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」
 孔子は、「和」とはすなわち、自らの主体性を堅持しながら他と協調することで、それこそが君子の作法であると説く。それに対して「同」とは、自らの主体性を失って他に妥協することで、およそ君子の作法ではなく、小人のすることだという。
 「和」が協調であるのに対し、「同」は妥協であって、協調と妥協は同じようで実はまったく異なる。その違いは主体性を堅持するかどうかの違いによる。

日本は「和」の国だといわれる。

しかし、「和」の意味を正しく理解している人は意外と少ないのではないだろうか。

「和」とはすなわち、自らの主体性を堅持しながら他と協調すること、

自らの主体性を失って他に妥協すること、これは「同」であって「和」ではない。

しかし、多くの人の「和」の理解はむしろ後者ではないだろうか。

そう考えると、先般の尖閣諸島沖での日本政府の対応は、明らかに「和」の精神に反する。

日本の海上保安庁の船に体当たりした中国漁船の船長を逮捕拘留したものの、

中国で反日デモが頻発すると、政府は拘留途中で船長を釈放した。

この政府の対応は、自らの主体性を失って他に妥協する「同」であって、

そこに「和」の精神は微塵も感じることができない。

よく政府の弱腰外交が批判されるが、政治の本質は、強硬と弱腰の問題ではない、

日本国としての主体性を堅持しながら国際社会と協調していくこと、

これこそ日本の「和」の精神を生かした外交ではないだろうか。

2011年4月24日 (日)

絶対、映画を撮ってやる!~映画『Lily』 中島央監督自伝~/中島央

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 「頼むから二週間だけ待ってほしい。長編『Lily』をもう一度書き直したいんだ。絶対に二週間で最高の脚本を書き上げてみせる!」
 賽は投げられました。もう後戻りはできません。
 翌日から、運命の二週間がはじまりました。(中略)
 もう頭が完全にショートしています。頭の中は、刻一刻と迫ってくる約束の期限のことで一杯でした。もうだめだ!気が狂いそうになった僕は、半ば開き直ったようにレンタルショップで五本の映画を借りてきます。
 一本目。何もアイディアは出てきません。二本目。やはり何も浮かびません。胃を締めつけるような焦りだけが募ります。そして、三本目のビデオが僕の崇拝するベルナルド・ベルトルッチの監督デビュー作の『殺し』でした。その映画を観ながら心の中で「ベルトルッチの大ファンの僕が観ても、ちょっとこの映画はいただけないよな。これくらいだったら、まだ僕の方がうまいな」などと好き勝手なことをぼんやり考えていた次の瞬間、いきなりインスピレーションのスイッチが入りました。
 「そうだ!プレッシャーで物語が書けない脚本家の話だ!」

中島氏がハリウッドでやっと自分の脚本を認められ、映画を作るチャンスを与えられ、撮影に臨もうとした矢先、主演女優の降板騒動が起こり、撮影が頓挫しそうになる。

結局、脚本を書き直すことになるのだが、与えられた時間は二週間、

このようなプレッシャーの中で、彼は脚本を書き上げる。

このようにして作られた映画『Lily』は、カンヌ国際映画祭でも上映され、世界中の映画祭で脚光を浴びることになる。

“一皮むける体験”をすると人は大きく成長すると言う。

著者にとって、まさにこれが“一皮むける体験”であったのであろう。

よく“人は育てるものではなく、育つもの”だという。

ある責任ある場を与えられ、下手をすると潰れてしまいそうになるプレッシャーの中で、それを乗り越えたとき、人は大きく成長する。

ある企業の新人育成の合言葉は“梯子を外して、下から火をつけろ”というものだという、

もし本気で人を成長させたいと思うならば、それくらいのことをする必要があるということだろう。

ただ、その場合、一つのポイントがある。

それは、プレッシャーを乗り越えるパワーになるのは、「自分は絶対にこれをやりたい」「実現させたい」という強い思いだということ。

著者が、プレッシャーを乗り越えることができたのは、「絶対にハリウッドで成功してみせる」という強い思いがあったからだ、

今、企業でうつを患う社員が増えている。

それはプレッシャーを与えられるばかりで、一方の“強い思い”を持てずにいる社員が増えているということのあらわれではないだろうか。

2011年4月23日 (土)

「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯/城山三郎

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 「生来、粗にして野だが卑ではないつもり。ていねいな言葉を使おうと思っても、生まれつきでできない。無理に使うと、マンキーが峠を着たような、おかしなことになる。無礼なことがあれば、よろしくお許しねがいたい」
 石田はきわめて正確に自分というものを伝えたつもりであったが、国会での挨拶としては、異色であった。同級生相手の自己紹介に似ている。
 顔を見合わせる代議士たちに向かって、さらに石田は正確だが痛烈な文句を口にした。
 「国鉄が今日のような状態になったのは、諸君たちにも責任がある」
 思いもかけぬ挨拶。「無礼なこと」の連発である。代議士たちが怒り、あきれたのも無理はない。二度、三度と、「なんだ、この爺さんは」
 それは、世間一般の受けとめ方でもあった。
 石田が財界の表舞台を退いて、すでに十五年余り経っていた。忘れられたというより、消えていた一老人が突然、鞍馬天狗のように現われた感じであった。
 この爺さん、いったい何者なのか。(P34)

三井物産に35年間在職し、華々しい業績をあげた後、78歳で財界人から初めて国鉄総裁になった石田禮助、

上記は、総裁就任のあいさつに、はじめて国会に出た石田が語った言葉。

石田は、代議士たちを見下すようにして、「諸君」と話しかけた、

「先生」ではない。

質問する代議士にも、「先生」とは言わず、「××君」と言った。

必然的に、代議士からの反発を買う、

当然、「この爺さん、いったい何者なのか」という反応になる。

まさに、「粗にして野だが卑ではない」を体現している。

これは、石田の、今後自分はどのような姿勢で国鉄総裁の任にあたるのかという宣言でもある。

現在の日本の指導者で、「卑ではない」と己を言い切れる人がいるだろうか。

否、日本国民に「卑でない」生き方をしている人がいるだろうか。

強ければ「卑ではなく」いられようが、人間は弱いときに卑怯・狡猾になるものである。

当時、多くの問題を抱えていた国鉄の状況を考えれば、平身低頭の姿勢で通すのが普通であろう、

しかし、当時78歳の石田が、そのような姿勢であいさつをしたら、どうなっていたであろうか。

おそらく、その後の代議士たちに対する発言力や影響力は限りなくゼロに近いものとなってしまうだろう。

人は第一印象で、その後のその人とのつきあい方を決めてしまうようなところがある。

最初にガツンと、強烈な印象を与えることは、その後のつきあい方を自分にとって有利な方向に持っていくためには、非常に有効である。

その意味でも、これは、ビジネスの場面でも、応用できることではないだろうか。

2011年4月22日 (金)

「情報創造」の技術/三浦展

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 時代の空気を吸うのは大事だが、吸うだけでは窒息します。吸った空気は吐き出さないといけない。空気を吐き出すときに、元の空気を加工して、新しい価値を創造しないといけないのです。(P66)

現代は情報化社会である。

世界中のあらゆる情報がテレビ、新聞、インターネットで手に入る。

しかし、それだけに、情報に溺れてしまうことが多い。

情報はそれらを収集し、“知った”というところでとどまっていたのではではあまり意味はない。

それを自分なりの視点で加工し、“わかった”という段階まで昇華させなければ、使える情報とはならない。

そして、大事なことは、その独自の視点で加工した情報を発信することだろう。

それによって、また新たな情報が手に入る。

生きた情報を集めるコツは、情報を発信することである。

情報は発信する人のもとに集まるという特徴がある。

このインプットとアウトプットのサイクルを自分の中でグルグルと回せるかどうかであろう。

情報創造力の優れた人は、必ずこのサイクルを回している。

2011年4月21日 (木)

なぜ、ホンダが勝ち ソニーは負けたのか/荻正道

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 ソニーは世界的企業だが、例外的にトップが生産現場を徘徊することの少ない企業である。
 黒木靖夫氏は、こう言っている。
 ソニーは物づくりが下手だ。最初の一個はうまい。しかし、物づくりとは、大量につくる技術なのだ。生産性の問題である。ソニーはこれがまったくダメだ。物を大量につくるノウハウなどは、サンヨーや松下のほうがはるかにうまい。(「大事なことはすべて盛田昭夫が教えてくれた」)
 元経営幹部がここまで言うのである。品質レベルの低さもよく問題にされるが、根本は製造現場に身内意識を持てない企業文化にある。
 井深大氏は、研究所を徘徊することが生きがいのような毎日であったが、徘徊の範囲は研究所に限定され、工場に及ぶことはなかった。先に述べたように厚木工場における「ソニーの原罪」は、トップの足が及ばないところで発生したものである。ソニーの企業文化は、製造業にもかかわらず工場から足を遠ざけがちなところにある。製造業ならどの企業でもモノは作れる。しかし、製造現場に経営の根幹を置かない企業に、モノを「作りこむ」ことはできない。(P225~226)

ソニーとホンダ、自由闊達、挑戦的、高い技術力等々、一見、同じような企業文化を持っているように思える二社だが、最近の活動は全く違ってきている。

最近の日本企業の活動を見渡すと、大きく二つの方向に分かれているように見える。

一つは、欧米企業の経営論理と手法を積極的に導入し、日本型経営スタイルから脱却し、企業価値を高めていこうとする行き方。

もう一つは、自らの生い立ちや企業文化を再確認し、そこにアイデンティティの源泉を見出し、深く掘り下げることで企業活動を活性化させ、企業価値を高めていこうとする行き方。

前者の代表格が、現在のソニーであり、後者がホンダであろう。

特にソニーはものをつくる会社であるにも関わらず、現場力はそれほど強くない。

一方のホンダは、創業以来一貫して現場第一主義である。

そこには脈々と創業者本田宗一郎のDNAが受け継がれている。

この本の題名は「なぜ、ホンダが勝ち ソニーは負けたのか」となっているが、

実際には、まだホンダが勝ち、ソニーが負けたと断言することはできない、

今後、この二社がどのような歩みをしていくのか、非常に興味深い。

それは、日本企業がどの道を歩んでいくべきなのか、その指標ともなるであろう。

2011年4月20日 (水)

スピンドクター/窪田順生

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 「記者クラブ」に所属する記者たちは、談合にあぐらをかいていながら、上司からはライバル紙にはのらない情報、つまり特ダネをとれと執拗に命じられる。
 記者とはいえサラリーマンである。サラリーマンは当然、会社から結果を求められる。一般企業よりも高い年収をもらうエリート記者ならば、そのプレッシャーもなおさらである。つまり、彼らは「記者クラブ」という世界にも例をみない非常に優れた「談合」システムのなかで、ネタを均等に与えられながらも、こっそりと「談合破り」をしなくてはならないという、ある意味非常に困難な使命を課せられているのだ。
 特ダネを与えてくれるのは役人である。彼らも記者が「談合」のなかからひとつ頭を抜け出したいことをよく知っている。そこで、「いいネタがあるよ、××新聞さんだけに教えてあげるよ」とニンジンをぶらさげ、記者という“馬”を意のままに操るのだ。
 すでにもう引退してしまったが、ある中央官庁のキャリア官僚と親しくしていた。彼はよく私に言った。
「我々は記者の扱いにはよく慣れている。いかにクラブの記者にこちらの思っていることを書かせるのかということを我々はずっと研究してきたし、実践してきた」
 つまり、クラブ記者とは「スピンの駒」だというのだ。記者からすれば不快に感じる話だが、この現実についてはなんの反論もできないだろう。(P116)

“情報操作”のことを欧米では“Spin”(スピン)という。

そして、このスピンの技術に長けている人間のことを“スピンドクター”と呼ぶ。

日本語に訳すと“情報操作の達人”というところか。

この世には様々なスピンドクターがいるが、その中の一つがお役人である。

一人のキャリア官僚がある情報を一人の記者にリークする、

するとその情報は、スクープという形でメディアで取り上げられる。

それによって、世論が形成される。

まさに、情報操作である。

官僚が情報を操作して世論を形成し、記者は駒として利用されるという構図である。

官僚が、“自分たちが国家を動かしている”と傲慢になってしまうはずである。

メディアで取り上げられる記事のすべてが情報操作されたものだとは言わないが、

一部にそのような意図を含んだ情報があるということを国民は知るべきだろう。

2011年4月19日 (火)

「働きがい」なんて求めるな。/牧野正幸

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 成功には才能が重要であるわけだが、それよりもずっと大事なことは「成長のチャンスをものにする」ってことだと思うのです。
 勘違いしないでほしいのは、「成功のチャンス」ではなく「成長のチャンス」が大事ってことなんですな。
 大雑把に言うと、成功するためには次のような道筋が必要である。まず成長のチャンスをものにして、確実に成長するってことだ。それも一度や二度では話にならない。何度も新たな成長のチャンスをものにして成長し続けることが重要である。そして、成長を繰り返している間に、社会にとって必要なのに、難しすぎて誰もチャレンジしないような領域を探しておく必要がある。
 そのような領域を見つけたり、誰かが見つけて、どう実現すべきか悩んでいるのに直面したりする時が必ず来る。何度も成長のチャンスをつかんで成長してきたあなたなら、困難な問題でも、解決できる可能性はある。これが成功のチャンスってものなのだね。
 そもそも成功のチャンスを発見しても、十分な成長を経験していない人には、単なる「不可能領域」にしか見えない。だから多くの人は「チャンスがない」と嘆く。
 さらに言えば、多くの人は成功のチャンスを「誰も思いつかないようなことを偶然思いつくこと」だと思っているが、そのような奇跡の起こる確率は、「白馬に乗った王子様が迎えに来る」よりも低いと思うのであります。(P30~31)

成功するためには、「成長するチャンスをものにすること」

「成功のチャンス」ではなく、「成長のチャンス」であるというところに、ポイントがある。

つまり、成長のチャンスをつかむためには、チャンスが訪れたとき、それに手を伸ばせる状態になっていることが大事ということ、

手を伸ばせる状態とは、どんな状態か、

手を伸ばせば届く位置まで、自分を成長させていることである。

これは非常に大事なことなのだが、多くの人はそうは考えない、

チャンスは突然、降って湧いたように訪れ、運の良い人が、そのチャンスを掴むと・・・

しかし、成功とはそのようなものではない、

結局は、日々の地道な積み重ねにより自分を成長させること、これが成功への王道だということだろう。

2011年4月18日 (月)

透明人間の買いもの/指南役

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 この世界は、透明人間であふれている。
 え?どこにいるのかって?
 あなたがそうだし、この僕がそうだ。
 透明人間とは?--その質問に答える前に、透明人間じゃない人たちを何人か挙げてみよう。
 アフターファイブにお一人様レストランに行くOL。
 プチ家出して渋谷に一週間寝泊まりする女子高生。
 ネットカフェ難民。
 成田空港に韓流スターを見に行く主婦。
 夏休みに入って最初の日曜日に湘南に出掛ける家族連れ。
 --ほら、テレビや雑誌に頻繁に登場する彼ら。でも、あなたの身近に彼らのような人たちって実際にいます?
 多分、いない。なぜなら彼らは際立った個性でマスコミに取り上げられるけど、その実態は極めて少数派だからである。
 それに対し--。僕もあなたも、あなたの周りの人たちを見渡しても、際立った個性があるわけじゃない。
 際立った個性がないから、姿かたちがマスコミで報じられることはない。
 そう、これが透明人間。そして、この世の大多数は、そんな透明人間で占められている。サイレントマジョリティ。

よく、「犬が人に噛みついた」としてもニュースにならないが、「人が犬に噛みついた」としたらニュースになる、と言われる。

つまり、テレビや新聞等、マスコミで報じられる話題の多くは、事実ではあっても、真実を伝えているとは限らないということ。

これは、マスコミの性質を考えれば当然のこと、

何か話題性がなければニュースにならない、

では、何が話題になるのか?

異常なこと、変わったこと、過激なこと、等々・・・

その他99%の、平々凡々と暮らしている平均的な日本人のことなど、ニュースにはならない。

ところが、テレビを見る者は、そうは考えない、

テレビのニュースで報じられていることが、世の中で日常的に起こっていると錯覚してしまう。

そして、それによって世論が形成される。

これは考えてみれば、怖いことである。

大事なことは、このようなマスコミの性質をよく理解した上で、上手につきあっていくこと、

そして、むしろマスコミで報じられないことの中に真実が隠されていることを知ることであろう。

2011年4月17日 (日)

裁判長! ここは懲役4年でどうすか/北尾トロ

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 傍聴経験から思うのは、物事なんて、見る角度によってまったく違うように見えるということ。一方にとっては冗談交じりの発言のつもりでも、相手が深刻に受け止め傷つけば「ひどい言葉を浴びせかけられた」ことになってしまう。酔いつぶれて手近なサウナに宿泊することも、無断外泊には違いない。普段それが問題にならないのは夫婦間がうまくいっているからなのだ。愛情とか、信頼感とか、目に見えないものに支えられて、表面化しないで済んでいるのである。考えてみれば、死ぬまで連れ添う結婚生活って奇跡のようなものなんだよな。

本書は生の裁判の傍聴記で、野次馬的な視点で書かれている、

内容は、殺人、DV、詐欺、強姦、離婚等々…

ここで繰り広げられるやりとりは、ワイドショーや小説以上の生々しさ、

上記は、離婚裁判での夫婦のやりとりを傍聴した著者の感想、

信頼関係で成り立っている夫婦の関係であるだけに、

いったんこれが崩壊すると、すべてが裏目に出る、

冗談のつもりで言った言葉が、相手には非難に聞こえたり、

次から次へと、突っ込み所満載で、お互い非難の雨あられ、

こう考えると、“死ぬまで連れ添う結婚生活って奇跡のようなもの”という著者のことばも理解できる。

夫婦の関係だけでなく、すべての人間関係の基礎は、お互いに信頼することであり、

これがなくなった時、もう修復不可能の状態まで、一気に猛進してしまう、

つくづく人間は理性でなく、感情で動いているのだと痛感させられる。

2011年4月16日 (土)

男子の本懐/城山三郎

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 ホームには、人が溢れていた。同じ列車で、新任の駐ソ大使広田弘毅が出発しようとしており、幣原外相らが見送りに来ていた。
 原敬の東京駅頭での遭難があってから、首相が乗降するときには、ホームには一般客を入れないようにしていたのだが、浜口になってから、とりやめさせた。それが仇になった。
 浜口の歩いて行く前方の人垣の中から、ピストルで狙い撃ちされた。わずか12メートルほどの距離であった。
 マグネシウムでも焚くような音がし、浜口は前にくずおれた。(中略)
 秘書官や護衛官らが、急いで浜口を抱え上げ、駅長室に運び、ソファに寝かした。
 浜口は、二、三度、「ウーン」とうめき声を上げ、歯を食いしばる。手の指は弓なりに反り返り、額には脂汗がふき出る。
 近くの鉄道病院から、医師がかけつけた。その医師が思わず、
「総理、たいへんなことに」
 とつぶやくと、浜口はうすく目を開けていった。
「男子の本懐です」
 苦痛ははげしかったが、意識は明瞭であった。
「時間は何時だ」
 などとも訊いた。
浜口は、ホームからかけつけてきた幣原にも、
「男子の本懐だ」
 と漏らし、
「予算閣議もかたづいたあとだから、いい」
 といった。(P366~368)

“本懐”を辞書でひくと、“もとから抱いている願い。本来の希望。本意。本望。”とある。

この小説の主人公は、浜口雄幸と井上準之助の二人、

首相に指名された浜口雄幸は、金解禁を断行し、日本を再び世界経済の輪に戻そうとしていた。

組閣の日、党員ではない一人の男が蔵相として招かれた。日銀出身の民間人井上準之助である。

二人の性格は対照的だったが、金解禁という大きな目標のために深い友情で結ばれていた。

突然の世界大恐慌に巻き込まれ、改革は頓挫する、

浜口は右翼青年によって東京駅で刺されてやがて死去する。

そして、盟友井上もまた暗殺される。

この二人、親任式の夜、浜口は

「すでに決死だから、途中、何事か起こって中道で倒れるようなことがあっても、もとより男子として本懐である」

と妻子に告げる。

同じころ、井上も妻の千代子に

「自分にもしものことがあったとき、後に残ったおまえが、まごつくようでは、みっともない」

と土地、預金など財産目録を書き出し、関係書類を手渡す。

二人には、すでに悲劇への予兆があったのだろう。

それと知りつつ、彼らは自身の宿命に殉じたのだった。

本書の題名が、この夜の浜口の言葉に由来していることは、いうまでもない。

東京駅頭で凶弾を撃ちこまれた時、浜口はこの言葉を繰り返している。

この当時、この二人が断行しようとしていた金解禁が正しいことであったかどうかは意見の分かれるところだが、

少なくとも、この二人には、“覚悟”があった。

今の政治家を見ていると、何かことが起こると、責任逃れや言い訳、弁解の連続、

何ともみっともない、

今の政治家に決定的に欠けているものは、この“覚悟”ではないだろうか。

そんなことを考えさせられた。

2011年4月15日 (金)

伝説コンシェルジェが明かすプレミアムなおもてなし/前田佳子

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 ずいぶん以前、ホテルの仕事を辞めようと思ったことがありました。
 そんなとき、もう亡くなられましたが、世界的俳優のマルチェロ・マストロヤンニさんが、映画のキャンペーンのために来日されました。
 ところが、マストロヤンニさんは取材直前に体調を崩されて、本当は別のホテルに宿泊される予定だったのですが、一晩そのままお泊まりになることになったのです。
 私が伺うと本当につらそうで、ハーブティをお入れしたり、たまたまもっていた漢方薬を煎じて差し上げました。その日は、テレビの取材が何本かあったのですが、テレビカメラの前に出た瞬間に、マストロヤンニさんは何事もなかったかのように、とても元気なお姿になるのです。前にもお話ししましたが、海外のエンターテイナーのプロ意識の高さには本当に驚かされます。
 そして、取材が終わると、またベッドに倒れられ、ぐったりとされていました。すべての取材が終わり、マストロヤンニさんが「彼女を呼んで」といわれ、夜中の三時くらいまでずっとお側についていました。
 翌日、私は再びお部屋に呼ばれました。するとマストロヤンニさんは、「いろいろつらいことがあるかもしれないけれども、この仕事はやめなさんな。あなたはこの仕事をするべくして生まれてきた人だと私は思う。だから決してあきらめないでがんばりなさい。これは私がいっているんじゃなく、神様が、私の体を使っていっていると思いなさい」
と手を握ってくれたのです。
 翌日には辞表を出そうと思っていたときだったので、私は驚きました。(P193~195)

危機は誰にでもある、

人生の危機、会社の危機、キャリアの危機、家庭の危機、等々・・・

この本の著者、前田氏にも、仕事を辞めようとした時期があったということ、

しかし、その危機を救ったのは、名優マストロヤンニの言葉だった、

言葉には力がある、

言葉そのものに力がある場合もあるし、

この言葉を語った人の人格や生きざまによって、さらに味付けられることもある、

その人の生きざまが、言葉という形で凝縮されるとき、言葉は力を持ち、輝きを放つ、

そんな言葉を語れる生き方をしたいといつも思っている。

しかし、まだまだそこに至るには、遠い道のりである。

日々新たに、自分の信じた道を一歩一歩、歩んでいきたい。

2011年4月14日 (木)

理想的日本人 「日本文明」の礎を築いた12人/渡部昇一

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 事をなす志を立てる人がいたら、政治家しては大久保に学ぶべきではないかと思う。
 学ぶべきことの第一は、はっきりとしたビジョンを持つことだ。大久保は最初のうちは公武合体という目標を持っていた。途中で「とても幕府と一緒にやっていけない」とわかると、今度は倒幕というビジョンをもつ。そして、世界を見てくると、富国強兵というビジョンをもつ。それぞれの時点において明確なビジョンを持ち、しかもビジョンを持ったら、絶対揺るがなかった。
 第二に、一貫して筋を通し、その筋をもとにした強力な論理の構築ができたことも大切だ。小御所会議で山内容堂が慶喜を弁護したときには「それなら領地を差し出せ」という強靱な論理を組み立て、上手なディベートができた。外交でも清国にいってきちんと筋を通した。戦後の日本の対中国外交の間違っているところは、筋を通すという姿勢がないことだ。チャイナ・スクールの人に、大久保の墓のあたりにある砂利でも砂でも持ってきて飲ませてあげたい。
 現在の不甲斐ない状況と明治の大久保たちとの差は、「エリートが国家を背負う」という意識の違いが最大の原因だろう。といっても、大久保たちは特別のエリート教育を受けたわけではない。外様藩の下級武士にすぎなかった。そんな彼らがなぜ、あそこまで強烈な意識を持ちえたのか。これは「自分たちがつくった国」と考えていたからだと思う。(P167~168)

明治時代、国家の礎を築いた大久保利通、

この時代の国家のリーダーを見ていると、現代の日本の政治家と決定的にちがう“何か”があると思わされる。

問題はその“何か”とは何だろうということ、

ここで著者は、彼らは「自分たちがつくった国」と考えていたからだと言う。

自分たちが立ち上がって倒幕し、明治という国家をつくった、

自分たちでつくった国である以上は、責任もある、

この強烈なエリート意識が、根本にあるからこそ、あれだけのことができたのではなかろうか。

「その人をつき動かしているものは何か?」

リーダーを見る場合、この視点を持つことは重要だ。

2011年4月13日 (水)

日本人だけが知らない日本人のうわさ/石井光太

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 このように在日外国人の目を通して見える、異常な風景というのは他にもあります。(中略)
 信号無視についても時々聞きますね。日本では信号無視する場合、ゾロゾロと集団で行くか、誰も行かないかのどちらかです。つまり、横断歩道で待っている入みんなが同じ行動をするのです。しかし欧米では、自分の意思が優先されます。信号無視する人は一人でも信号無視するし、しない人はみんながしてもしません。あるカナダ人は横断歩道の日本人を見て、「これだったら、日本人は誰か一人が人殺しをしたら、みんなするようになるのかな」と呆れていました。(P220)

日本人には独特の行動特性があるようだ。

横断歩道での態度にもそれがあらわれる。

信号が赤であれば、例え車が通っていなくても、みんな横断歩道を渡ろうとしない、

これは当たり前と思っていたのだが、海外旅行に行ったとき、それがいかに日本独自の行動であるかということを知らされた。

これまでイスラエル、ギリシャ、韓国、ロシアに行ったことがあるが、

いずれの国でも、信号が赤でも、車が通っていなければ、みんな躊躇なく渡っていく。

日常のちょっとした行動だが、このような部分に国民性というものが表れるのであろう。

今回の大震災でも、被災地の住民の秩序正さが外国でも称賛されているが、

これは日本人の国民性を考えれば、当たり前のこと、

ただ、この国民性が良い方向で働けば良いが、悪い方向で働くこともある。

商品の買い占めや、過度の自粛などがその一例だ、

今回の大震災では、その両面が表れている。

2011年4月12日 (火)

この国の失敗の本質/柳田邦男

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 HIV感染の危険性の高い非加熱血液製剤を使い続けて業務上過失致死罪で起訴された前帝京大学副学長の安部英被告は、前章でも書いたように、1984年当時、自分の医局の医師たちから、非加熱血液製剤を使わないよう進言されると、「シロウトが何を言うか」と怒鳴りつけたという。
 また、医学会のある研究会で、別の大学の医師が非加熱血液製剤の危険性を指摘し、加熱血液製剤への切り替えを主張する発表をしたところ、安部被告から「君は学会で偉くなれなくなる。それでもいいのか」と脅され、学会誌に論文を載せてもらえなくなったという。
 安部被告が血友病関係の学会でてんぐになり、もはや医師としての「聞く」耳を失っていたことを如実に示すエピソードといえる。(P55)

安部英被告の語った「シロウトが何を言うか」という言葉、

これは、今回の福島原発の事故での東京電力の対応にも通じるところがある。

原発についてはシロウトの私にとって、東京電力の説明は、はっきり言ってわからない。

「シロウトに専門的なことを話してもどうせわからないだろう」という専門家のおごりが垣間見える。

専門バカという言葉があるが、まさにそのような状態に陥っているのではないだろうか。

専門家は、自分の専門分野を究めることを目的に、日々研究にいそしんでいる。

そして、専門家同士で情報交換をする。

しかし、これは考えてみれば非常に狭い世界である。

このよう中で生活している専門家にとって最も怖いのは、普通の人がもっている常識を失ってしまうこと。

シロウトの持つ、“素朴な疑問”を無視してしまうこと、

専門家のもっている常識が、ごく普通の人がもっている常識とちがうことはよくあることで、

多くの事故は、その結果と言える。

専門家にとって重要なことは、様々な人の言葉を「聞く」耳を持つことではないだろうか。

今回の原発事故も、もし東京電力の原発の専門家が、普段からシロウトの言葉を「聞く」耳をもっていたら、未然に防げたのでは、と思えてならない。

2011年4月11日 (月)

陸海軍戦史に学ぶ 負ける組織と日本人/藤井非三四

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 米海軍は、日本海軍の敗因は人事だったと指摘している。どうして敵から指摘されるような拙い人事になったのか、明快な信賞必罰がなされなかった結果だといえる。その好例を、同じ方面で戦った井上成美と田中頼三に見ることができる。
 日本海軍最後の大将となった井上成美の英才ぶりは、今も広く語られている。三国同盟に強く反対し、航空主体の兵備への切り替えを主張したりしたことは高く評価されて当然だろう。しかし、戦場での実績となると問題山積で、どうして大将になれたのかと首をひねる。(中略)
 これに対して、田中頼三はガダルカナル島を巡る海戦で、第二水雷戦隊司令官として大活躍した。輸送船団を護衛しながら、また駆逐艦でガダルカナル島への補給を続けながら、その一方で敵艦隊と渡り合った田中の手腕を米海軍は高く評価している。それなのに、ガダルカナル戦が終わる前に更迭されて舞鶴鎮守府付、続いてビルマの第十三根拠地隊司令官に飛ばされた。敵がもっとも恐れた闘将は、味方によって洋上で戦う機会を奪われたのだ。どんな理由があったにせよ、理不尽極まりない。(P85~86)

日本がアメリカに負けたのは、圧倒的な物量の差によるというのが、

戦争については全くの素人である私の考えだが、

米海軍が、日本海軍の敗因は人事だったと指摘しているというところは興味深い。

確かに組織が、その持てる力を発揮するか否かは、人事によるところが大きい。

特に不透明な人事は、組織の構成員の不信を招くだけでなく、実害をもたらす。

私が仕事で関わっている企業はほとんどが中小同族企業である。

同族企業の場合の特徴は、経営幹部はほとんどが同族で占められているということ、

これによってうまくいっている企業もあるにはあるが、

社員に聞いてみると、やはり、閉塞感や不平不満を感じているところもある。

人事は信賞必罰、実力主義でやるべきだというのが原則だが、

そううまくいかないのが中小同族企業だというのもまた事実だ。

2011年4月10日 (日)

日本人としてこれだけは知っておきたいこと/中西輝政

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 実際、九条からは無数に「言葉の嘘」が派生しました。日本軍を「自衛隊」と言い換え、歩兵を「普通科」と言い換え、戦車を「特車」と言い換えた。駆逐艦を「護衛艦」と言い換えたのなどは、ただただ馬鹿馬鹿しいというしかありません。
 つまり、戦後の日本は、真実そして根本にある問題から目を逸らそうとする、いわば「その場しのぎ」の精神構造から始まってしまったわけです。そして、問題の直視を避けて「嘘の上に嘘を上塗りする」傾向は、その後も延々とくり返されることになります。
 やがて日本人は、「嘘の自家中毒」に陥ります。いつの間にか、「嘘を真と思い込む病気」に冒されてゆくのです。
 その最たるものが、「憲法九条があったから日本は平和を維持できた」という戦後神話でした。これは敗戦から約30年経った、つまり次の世代に移ったころから、盛んに口にされるようになります。西暦でいえば、1970年代。高度経済成長後のことでした。
 これは、21世紀の現在から見れば、明らかに倒錯した言説です。(P41)

著者である中西氏は、「憲法九条があったから日本は平和を維持できた」という主張は戦後神話だという。

その根拠は次のようなもの、

第一に、日本国憲法9条のような条文を持っている国は、日本以外、世界のどこにもなかったにも関わらず、第二次世界大戦後は世界全体が、局地的な戦争はあったものの、まがりなりにも世界大戦を回避し、ともかく平和を維持してきたという事実。

第二に、では、なぜ戦後世界の平和が維持されたかというと、これは米ソ両大国が核兵器を持ってにらみ合う冷戦体制があったからに他ならないということ。

第三に、仮に平和を日本の話に限定したとしても、好むと好まざるとに関わらず、日米安保こそが戦後日本の平和を支えたという事実。

このようなことを考えても、「憲法9条があったから日本は平和を維持できた」という主張は間違っているという。

おそらく、憲法擁護派は、ちがう主張があるだろう、

問題は、物事の本質を見極めようとする、聖域を設けない議論がなされているかどうかということ。

その場合、障害となっているのが、日本人独特の精神構造である。

日本人はやたら“神話”を作りたがる。

「憲法9条があったから日本は平和を維持できた」という神話、

「日航の旅客機は墜落しない」という神話、

「原発は安全」という神話、

“神話”を作るということは、その領域については聖域を設けるということ、

“議論の余地なし、ただ信じることが大事”、これが神話である。

日本人は、議論が下手だとよく言われる。

議論して相手を打ち負かした場合、相手は自分の人格まで否定されたと受け止めてしまう、

このような精神構造を持っている。

だから、突っ込んだ議論ができない、

しかし、このような日本人の精神構造が同じ失敗の繰り返しを生んでいるとしたら、

やはりこれは変えるべきだろう。

2011年4月 9日 (土)

「武士道」解題~ノーブレス・オブリージュとは/李登輝

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 子供のころ、私たちは、絶えず母親から、
「そういうことをすると人に笑われますよ」
 ということを言われました。しかし、今の母親たちは、子供にそういうことを言うべきではない、と思い込んでいるのでしょうか?
「そういうことをすると誰かさんに叱られるわよ」
 というような言い方を好んでするようです。最近の母親は、「恥ずかしい」ということよりも、「他人に叱られる」とか、「お巡りさんに捕まる」とか、そういうことのほうに関心があるようです。要するに、自律的ではなく、他律的な方向に偏りすぎているのです。
 ここで怖いのは、「叱られる」という他律的なことばかりに目が向いていると、「悪いことをしても他人に見つからなければ良いのだ」とか、しまいには、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」などといった方向にまで社会全体が引きずられていってしまう、ということです。
 新渡戸稲造先生は、『武士道』の中で、
「『正直』(honesty)という言葉と、『名誉』(honour)という言葉は、語源的にも同根である」
 と明確に指摘しています。すなわち、「名誉」を重んじなくなったら最後、「正直」ですらなくなってしまうのです。(P235~236)

日本は“恥”の文化、欧米は“罪”の文化、

これは、ルーズベネディクトの著した「菊と刀」で語られたことだ。

本当にこれが正しいかどうかは、議論の余地のあるところだが、

少なくとも現在の日本は、“恥”すらもなくなっているのではないだろうか、

というのが、李登輝氏の指摘である。

“恥ずかしい”ということから、自分を律するのが昔からの日本人の姿だった、

ところが、今は、すべてが他律的になってしまっている、

結果として、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と、

政治家も、官僚も、企業の経営者も、子供の親も、

社会全体が恥ずべきことを行っている。

そして、武士道の精神、“名誉”を重んじなくなったことから、

“正直”ですらなくなった、

これが日本の社会全体を蝕んでいる、

目に見えるモノが豊かになった反面、目に見えないモノ、

つまり“名誉”や“正直”を失ってしまった、ということ。

戦前日本の教育を受けた台湾人である李登輝、

日本人以上に日本人のことを深く知っていることには驚かされる。

いや、日本人でないからこそ、日本人には見えないものが見えるのかもしれない。

その意味では、日本人にとっても、価値のある人物である。

その李登輝氏が2001年4月、持病の心臓病治療のために来日しようとしたとき、

中国との関係悪化を懸念する政治家や官僚が反対した、

それこそ、日本人として恥を知れ、と言いたい。

2011年4月 8日 (金)

未来への決断/P.F.ドラッカー

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 今日、知識労働者とくに高度の知識をもつ知識労働者は、自分たちの目的を達成するための道具として組織を見るようになっている。
 そのため彼らは、日本においてさえ、自分たちを組織に従属させるような試み、すなわち自分たちを組織の統制下におき、組織の一員であることを強い、自分たちの志を組織の目標や価値に従属させようとするいかなる試みに対しても、強い抵抗感をもつようになっている。(P283)

ドラッカーは知識労働者の登場によって、会社と社員との関係が変化してくるであろうと言う。

これまで日本の企業が採ってきた人事政策は、

いかに社員に組織への忠誠心を持たせるか、ということが中心であった。

そのために会社は、社宅を用意したり、退職金制度を作ったり、

様々な福利厚生制度を充実させたりしてきた。

そして、新卒で入社した会社で定年まで勤め上げるのが当たり前という考え方が社会にもあった。

それが近年、会社と社員との関係が変わってきた。

自分のキャリアアップのためのワンステップとして、会社に就職する社員が増えてきた。

そこには会社への忠誠心はなく、あるのは、自分の仕事に対する忠誠心、

会社中心ではなく、キャリア中心である。

これは、単に若者の考え方が昔と変わったからということではなく、

知識労働者の登場によるものだとドラッカーは言う。

つまり、知識労働者が増えてくれば、

当然のこととして、このようなことは起こるということ、

ところが、多くの経営者は、これを見て、「最近の若者は・・・・・」と言う、

それは見当違いだ、

物事の本質がわかっていない、

知識労働者が中心の社会になれば、こうならざるを得ないのだから、

問題は、このような変化が起きているにも関わらず、

従来と同じような人事政策を採ろうとする会社の側にある。

そして、相変わらず会社への従属を求める経営者の側にある。

今後、この変化は益々加速するであろう。

2011年4月 7日 (木)

新しい現実/P.F.ドラッカー

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 知識社会は、その構成員に対して、学習の方法について学ぶべきことを要求する。肉体労働の技術は、徐々にしか変化しないが、知識社会の知識は、その本来の性格から、急速に変化していく。
 哲学者ソクラテスは、石工として生計を立てていた。
 石工としてのソクラテスは、もし今日の石工場に放り込まれても、違和感は感じないだろう。しかし哲学者としてのソクラテスは、記号論理学や言語学といった現代哲学の問題や方法論には、途方にくれるにちがいない。
 いかなる技術者も、学校を出てから10年も経てば、その間くり返し知識の更新をはかっていなければ、時代遅れとなる。
 医師、弁護士、教師、地質学者、経営管理者、コンピュータのプログラマーにも同じことが言える。
 しかも知識の世界には、職業上の選択は無限にある。いかに教育期間が長く、いかにすぐれた教育機関といえども、それら無数の進路すべてについて、学生を教育することは不可能である。
 教育機関にできることは、せいぜい学習の方法について教えるだけである。
 脱ビジネス社会としての知識社会とは、生涯教育や第二の職歴が当然のこととされる世界である。(P339)

ドラッカーは、知識社会の知識の陳腐化のスピードが今後益々早くなるであろう、と語っている。

この本が書かれたのは1989年のこと、

その頃でさえ、そうであるならば、今はもっとそのスピードは早くなっている。

たとえ、一生懸命勉強して、専門知識を習得したとしても、それが10年間通用することはない。

絶えず知識の更新をしていかなければ、使えない知識になってしまう。

その意味で、教育機関にできることは「せいぜい学習の方法について教えるだけ」とドラッカーは言っている。

では、日本の教育機関は果たして、学習の方法について教えているだろうか。

統計によると、日本の子供たちの家庭における学習時間は、

先進国の中でも最低の部類に属しているという。

つまり、学校では先生から一方的に教えられることだけにとどまっており、

自ら学習する能力を磨いていないのである。

そのような子供たちが、やがては学校を卒業して社会に出て行く。

社会に出たら、本来ならば学校で習得した学習の方法や能力を生かして、

絶えず学習し、知識の更新をはかっていかなければならない。

ところが、学校教育で学習の方法について学んでいないために、

多くのサラリーマンは、目標とする企業に就職したら、

あたかもそれが人生のゴールであるかのごとく、学習しなくなる。

それでは、知識が陳腐化しても、それは当たり前と言ったところだ。

社会人こそ、学習をすべきだ、

今はもうそのような時代なのである。

2011年4月 6日 (水)

未来企業/P.F.ドラッカー

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 効果的なリーダーシップは、カリスマ性に依存するものではない。
ドワイト・アイゼンハワー、ジョージ・マーシャル、それにハリー・トルーマンは、稀なほど効果的なリーダーだった。しかし、彼らのいずれもが、死んだ鯖ほどのカリスマ性ももってはいなかった。第二次世界大戦後、西ドイツを再建したコンラッド・アデナウアー首相もしかりである。
 また、1860年、あのやせこけたあか抜けしない田舎者だったイリノイ出のエイブ・リンカーンほど、カリスマ性を感じさせない人物もいない。
 さらに、両大戦の間、苦しみ、打ちのめされ、ほとんど挫折していたチャーチルにも、驚くほどカリスマ性がなかった。しかし大切なことは、彼の正しさが、最終的に立証されたことにあった。
 まさに、カリスマ性は、リーダーを破滅させる。柔軟性を奪い、不滅性を盲信させ、変化不能にしてしまう。
 スターリンにも、ヒトラーにも、毛沢東にもこれが生じた。アレクサンダー大王が無能な敗者とならずに済んだのは、単に早世したからにすぎないことは、古代史の定説である。
 カリスマ性は、リーダーとしての有効性を保証するものではない。ジョン・F・ケネディは、これまでのホワイトハウスの住人の中で、最もカリスマ性のある人物だった。しかし、彼ほど何もできなかった大統領はいない(P146)

カリスマとはギリシャ語が語源で、神の賜物という意味がある。

ドラッカーはリーダーにはカリスマ性は必要ないという、

むしろ、カリスマ性は、リーダーを破滅させるとまで断言している。

その例として、スターリン、ヒットラー、毛沢東をあげている。

確かに、一人のカリスマ性を持ったリーダーによって、

国家や国民が誤った道を歩んだという事実は歴史が証明する。

そもそも、カリスマ性を持ったリーダーが出現するのは、

共通した背景があるように感じる。

つまり、政治や経済が混迷している時であり、

その反動として、強いリーダーシップを求める世論が形成されている時である。

このような時、強いメッセージを持つカリスマ性のあるリーダーが登場すると、

国民は一気にその方向へと動かされてしまう。

そう考えると、いまの日本がまさに、そのような土壌が形成されていると言えよう。

今回の大震災で政治や経済は混迷を究め、多くの人が、

この事態を打開する、強いリーダーシップを持ったリーダーを求めている。

もし、今の日本で、カリスマ性を持ったリーダーが登場すると、

国民は一気にそちらの方向へと動かされてしまうだろう。

特に、日本の世論は一方方向に偏りがちな傾向があるのでなおさらだ。

その意味で、ドラッカーの言った、

「効果的なリーダーシップは、カリスマ性に依存するものではない」

という言葉は、一つの警告として受け止めておく必要がある。

2011年4月 5日 (火)

ハイコンセプト 「新しいこと」を考え出す人の時代/ダニエル・ピンク

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 21世紀、我々はどうやって生きていくのか、格差社会の中でどうやって上昇志向を持続できるのか。
 これまでのように学校で良い成績を取って良い会社に行ったところで、いまの義務教育で教えられているようなことは、メモリチップにおさめたらせいぜい100円分の価値しかない。そこまで潰しがきかなくなってしまった。
 現実にこんな例がある。
 アメリカの高校で、「カンニング」を容認するようになってきたというのだ。
 最近二、三例でてきたが、これは見逃してはならない非常に重要な兆候である。
 つまり、情報化社会においては、誰もが携帯する検索エンジン・グーグル、あるいはメール交換であらゆることが調べられるので、カンニングするなと言っても意味がない。カンニングはまず物理的に防ぎようがない。
 それだけではない。「答えのない時代」のいま、世の中に出たら、知識を持っていることよりも、多くの人の意見を聞いて自分の考えをまとめる能力、あるいは壁にぶつかったら、それを突破するアイデアと勇気を持った人のほうが貴重なのである。
 すなわち、これからは、おおいに「カンニングをしろ」という時代なのだ。商売でも何でもそうだが、社会に出たら成功するためには、カンニングを上手にした行動力のある人間のほうが勝つのである。(P16~17)

カンニングということで思い出すのは、つい数ヶ月前に起こった、

大学入試の会場でネットを利用したカンニングを行った予備校生の問題である。

その時、マスコミがこぞって取り上げ、ネット社会での新たなカンニングの手口ということで話題なった。

しかし、一方、「たかが一人の人間のカンニングでどうしてこんなに大騒ぎするのか」

と、違和感を感じた人も多かったのではないだろうか。

このとき、考えさせられたのは、カンニングをしたこと自体は悪いことだが、

企業が本当に求めるのは、もしかしたら、このようなことのできる人材ではないだろうか、ということだ。

学生時代は、解答のある問題を解くことを求められる。

ところが、ビジネスの世界は、解答のない世界である。

そのような問題を、自分の中にある、あらゆる資源を利用して仮説を立てる。

それこそ、ネットを利用したり、自分の人脈を利用したり、

利用できるものはすべて利用して仮説を立て、それを実行する、

これができる人材を企業は求めている。

おそらく日本の学校教育で育てられた人は、

そのままではビジネスの世界では使い物にならないであろう。

と、いうことは、学校も変わる必要があるということ。

カンニングの手口も今回は発覚したが、今後益々巧妙になることが予想される。

であるならば、それを許さないために、さらに監視を強化するのか、

しかし、それはイタチゴッコに終わる可能性大である。

むしろ、発想を変えて、いっそのこと、カンニングOKとしてしまうか、

入試では、解答のない難問を出し、どんな手段を利用してもよいので、制限時間内に解くように求める、

そして、どのようなプロセスで解いたのか、その独創性を見て合否の判断をする。

こんな入試問題に合格した人材であれば、企業からは引く手あまただと思うのだが、どうだろう。

2011年4月 4日 (月)

ヤメ検/森功

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 企業のコンブライアンス問題から実際の事件弁護にいたるまで、ヤメ検の顧問先は、大なり小なり何らかの問題を抱えている。さすがに検事総長経験者クラスになると、知名度の高い大企業や公的機関の顧問になり、コンプライアンス対策を担って悠々自適に弁護士生活を送る。が、他はそうはいかない。緒方のような高検検事長経験者の大物でも、曰くつきの企業や人物との交流を深め、道を踏み外すケースもある。
 「日本は、裏社会と表の政治・経済・行政が密接なつながりを持って発展してきた。いわゆるアウトローとエスタブリッシュメントが、水面下で混然一体となっているケースを何度も垣間見てきました。そのなかで、刑事事件が起き検察が立件する。そこでは国策捜査も実際にあるし、権力によって伏せられた真実もある。よく検事や弁護士の正義とは何か、と問われるが、分からなくなることがあるのです」
 自叙伝『反転』で、山口組若頭だった宅見勝や数々のバブル紳士との交流を描いた田中森一は、しばしばそう語った。(P297)

ヤメ検弁護士とは文字どおり、検事をやめた検察OBの弁護士の俗称である。

かって法の番人として権力や反社会勢力と真っ向から向き合い、治安をあずかってきた。

そこから一転、犯罪者の利益を代弁する弁護士となる。

同じ司法界の住人でありながら、その立場は正反対のように思える。

なかでも優秀なヤメ検弁護士は、政財界からアンダーグラウンドの世界まで、

その活動範囲は広い。

捜査の手の内を知り尽くした刑事弁護のプロ。

そこをウリにし、さまざまな刑事事件に顔を出す。

日本を揺るがす大事件には、たいていヤメ検の足跡があるともいえる。

村上ファンドやライブドア事件をはじめ、朝鮮総聯本部ビル詐取事件等々・・・、

昨今話題になった大事件では、必ず大物のヤメ検弁護士が被告人に寄り添い、

後ろ盾になっている。

そのような裏の世界をかいま見るにつけ、

多くの重大な決定が、マスコミの表面的な報道とは別の次元で進められ、決定しているのでは、

といった疑念を抱かざるを得なくなる。

たとえば、今問題になっている福島原発の問題、

今後、日本の原発の政策は再検討することを余儀なくされるであろう。

そんな国の方向性を決める局面でも、必ず動くのがアンダーグラウンドの世界である。

これだけ害悪をまき散らしておきながら、ヤメ検弁護士の需要がなくならないのも、

表の世界も裏の世界も知り尽くしている、利用価値の高い人材とみられているからであろう。

それは私たちの窺い知ることのできない世界、

日本という社会が、本質的な部分では中々変わらない原因の一つになっている。

2011年4月 3日 (日)

織田信長 破壊と創造/童門冬二

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 この日、信長は宗易の志を知った。質素な四畳半の茶室に込めた深い精神性、茶席では何人もただの人に戻るという平等観に感銘を受けた。
 以後、信長は自ら茶の湯に没頭し、同時に部下に与える褒賞も、土地ではなく茶道具に変えていく。部下も信長の考えにマインドコントロールされる。土地をもらうよりも、茶碗や茶釜や茶筅をもらうことの方に「ステータスの向上」を感じ始めたのである。
 この新しい褒賞制度を確立するために、信長は特に「茶会の開催権」を厳しく制限した。めったに部下には茶会の開催を許さない。いきおい、「茶会を一回開ければ、例えようもなくその名誉と権威が高まる」という風潮が生まれ始めた。諸将は先を争って信長に「ぜひそのお茶碗を」とか「一度だけでも茶会の開催をお許しください」と願い出るようになった。(P161)

天下事業が進展するに従い、信長にはひとつの悩みが生じた。

それは、手柄を立てた部下に与える褒美の問題である。

これまでは原則として、占領地域を、その土地を制圧した部下に与えてきたが、

日本の国土は狭い。

土地だけに頼っていたのでは限りがある。

土地に代わって、部下が喜ぶ財物はないものかと、

しきりに物色している時に、頭にひらめいたのが茶道具だった。

うなるほどの財産を持つ堺の商人たちが、古ぼけた茶碗ひとつに目の色を変える。

そこにはいかなる価値が潜んでいるのか、信長は好奇心を募らせた。

商人たちが、金儲けだけでなく文化に心を寄せている状況は、

やはり知っておかねばならないと感じた。

そこで、自ら千宗易(後の千利休)のもとで、それを学び体験する。

そして、茶道の持つ精神性が、土地に代わる褒美として活用できるものであると確信する。

つまり、手柄を立てた部下に茶道具を与えることによって、

本人がステータスを感じるような雰囲気を作り上げた。

このエピソードは企業の報酬制度にそのまま適用できる。

会社で、成果を上げた社員に対して、

給料やボーナスといった金銭的報酬で応えようとしても、

それには限りがある。

また、それを重ねていくうちに、だんだん効果がなくなってしまう。

一時ブームになった成果主義がことごとく失敗した原因の一つはこのことによる。

そこで会社が考えるのが、金銭的報酬以外の、

社員の満足度を高めるような報酬はないのかということである。

そして、それに成功した企業は、事実、社員の満足度も高くなっている。

驚くことに、このことを、はるか四百年以上前に、信長は行っていた、

信長の先見性と発想の柔軟さには恐れ入る、

天才と言われる所以である。

2011年4月 2日 (土)

仕事が夢と感動であふれる5つの物語/福島正伸

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 今できることが、どんなに小さなことであったとしても、未来はそこから始まります。
 しかし、私たちは、無意識に「正解」を求めてしまうことがあります。
 “一度にすべての問題を解決するにはどうしたらいいか”
 “要領よく、最高の結果を出すためにはどうしたらいいか”
 “近道はどこか”
 このようなことばかりを考えてしまいます。
 そして、「正解」が見つからないとき、「道」が見えないとき、行動することができなくなってしまいます。
 しかし、新しいことに取り組むときは、事前にはわからないことがたくさんあるものです。また、どれほど緻密な計画を立てたとしても、その通りにいくとは限りません。まったく予期せぬ出来事に遭遇することもあるでしょう。
 予測することも大切ですが、もっと大切なことは創造すること、道を切り開くことです。
 それは、「今できることからやる」ことにほかなりません。(P117~118)

物事が前に進まなかったり、停滞したりすることの原因の一つに“正解を求める”といったものがある。

この世の中、特にビジネスの現場で“正解”はない、

“正解らしく思えるもの”があるだけ、

なぜなら、未来は誰にもわからないから。

ポイントは、“正解らしく思える”段階で、

はじめの一歩を踏み出せるかどうか、とういこと。

正解をあまりにも求めすぎると、そのはじめの一歩を踏み出せない、

その結果、いつまでもその場に停滞することになる。

いろんな成功者の話を聞くと、

明らかに自分の実力で成功を勝ち取ったと思えるような人であっても、

「運がよかっただけ」という人が多い。

これは単なる謙遜なのか、

そうではない、本人の実感なのだろう。

おそらく、とりあえず動くことによって、そこから起こる偶然を取り込む、

その繰り返しにより、新しい可能性が見えて来る、

そして、そのことを土台として、さらに新しいことをはじめる。

このようにして、“正のサイクル”を回していく、

そのようなことのできる人が、結果として成功を勝ち取るのだろう。

そして、それができる人が“夢を実現できる人”ではないだろうか。

2011年4月 1日 (金)

社長が欲しい「人財」!/森本千賀子

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「1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。
1カ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。
1週間の価値を理解するには、週刊誌の編集者に聞いてみるといいでしょう。
1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。
1分の価植を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。
1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。
10分の1秒の価値を理解するには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。
だから、あなたの持っている瞬間瞬間を大切にしましょう」
・・・・・・作者不明(P210~211)

一日一生という言葉がある。

一年は一日の集まり、

そして一生も一日の集まり、

つまり、“今日”という一日を後悔なく過ごせたと思える日が多くあったということは、

その人は“幸福である”ということ。

そして、一日は瞬間瞬間の積み重ね、

瞬間瞬間を大切にできない人は、一生を無駄にしてしまうことになる。

瞬間瞬間を大切にするということはどういうことなんだろう。

私の考えでは、それは日々自分の成長を実感できるということ。

毎日ただ漠然と過ごすのではなく、日々自分の成長を実感できる。

その成長とはどんな些細なことであっても良い。

日々、成長実感があること。

これが生きがいにつながる。

そして明日への希望へとつながる。

人生、自分の思い通りにいかないことがある。

いや、むしろ、うまくいかないことの方がはるかに多いというのが現実、

でも、うまくいかない中でも、何か学ぶ点があるもの、

それを積極的に見出すことにより、昨日とちがった自分を発見することができる。

それが成長実感につながる。

ものは考えようである。

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