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2011年4月 7日 (木)

新しい現実/P.F.ドラッカー

A9r7543

 知識社会は、その構成員に対して、学習の方法について学ぶべきことを要求する。肉体労働の技術は、徐々にしか変化しないが、知識社会の知識は、その本来の性格から、急速に変化していく。
 哲学者ソクラテスは、石工として生計を立てていた。
 石工としてのソクラテスは、もし今日の石工場に放り込まれても、違和感は感じないだろう。しかし哲学者としてのソクラテスは、記号論理学や言語学といった現代哲学の問題や方法論には、途方にくれるにちがいない。
 いかなる技術者も、学校を出てから10年も経てば、その間くり返し知識の更新をはかっていなければ、時代遅れとなる。
 医師、弁護士、教師、地質学者、経営管理者、コンピュータのプログラマーにも同じことが言える。
 しかも知識の世界には、職業上の選択は無限にある。いかに教育期間が長く、いかにすぐれた教育機関といえども、それら無数の進路すべてについて、学生を教育することは不可能である。
 教育機関にできることは、せいぜい学習の方法について教えるだけである。
 脱ビジネス社会としての知識社会とは、生涯教育や第二の職歴が当然のこととされる世界である。(P339)

ドラッカーは、知識社会の知識の陳腐化のスピードが今後益々早くなるであろう、と語っている。

この本が書かれたのは1989年のこと、

その頃でさえ、そうであるならば、今はもっとそのスピードは早くなっている。

たとえ、一生懸命勉強して、専門知識を習得したとしても、それが10年間通用することはない。

絶えず知識の更新をしていかなければ、使えない知識になってしまう。

その意味で、教育機関にできることは「せいぜい学習の方法について教えるだけ」とドラッカーは言っている。

では、日本の教育機関は果たして、学習の方法について教えているだろうか。

統計によると、日本の子供たちの家庭における学習時間は、

先進国の中でも最低の部類に属しているという。

つまり、学校では先生から一方的に教えられることだけにとどまっており、

自ら学習する能力を磨いていないのである。

そのような子供たちが、やがては学校を卒業して社会に出て行く。

社会に出たら、本来ならば学校で習得した学習の方法や能力を生かして、

絶えず学習し、知識の更新をはかっていかなければならない。

ところが、学校教育で学習の方法について学んでいないために、

多くのサラリーマンは、目標とする企業に就職したら、

あたかもそれが人生のゴールであるかのごとく、学習しなくなる。

それでは、知識が陳腐化しても、それは当たり前と言ったところだ。

社会人こそ、学習をすべきだ、

今はもうそのような時代なのである。

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