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2011年4月16日 (土)

男子の本懐/城山三郎

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 ホームには、人が溢れていた。同じ列車で、新任の駐ソ大使広田弘毅が出発しようとしており、幣原外相らが見送りに来ていた。
 原敬の東京駅頭での遭難があってから、首相が乗降するときには、ホームには一般客を入れないようにしていたのだが、浜口になってから、とりやめさせた。それが仇になった。
 浜口の歩いて行く前方の人垣の中から、ピストルで狙い撃ちされた。わずか12メートルほどの距離であった。
 マグネシウムでも焚くような音がし、浜口は前にくずおれた。(中略)
 秘書官や護衛官らが、急いで浜口を抱え上げ、駅長室に運び、ソファに寝かした。
 浜口は、二、三度、「ウーン」とうめき声を上げ、歯を食いしばる。手の指は弓なりに反り返り、額には脂汗がふき出る。
 近くの鉄道病院から、医師がかけつけた。その医師が思わず、
「総理、たいへんなことに」
 とつぶやくと、浜口はうすく目を開けていった。
「男子の本懐です」
 苦痛ははげしかったが、意識は明瞭であった。
「時間は何時だ」
 などとも訊いた。
浜口は、ホームからかけつけてきた幣原にも、
「男子の本懐だ」
 と漏らし、
「予算閣議もかたづいたあとだから、いい」
 といった。(P366~368)

“本懐”を辞書でひくと、“もとから抱いている願い。本来の希望。本意。本望。”とある。

この小説の主人公は、浜口雄幸と井上準之助の二人、

首相に指名された浜口雄幸は、金解禁を断行し、日本を再び世界経済の輪に戻そうとしていた。

組閣の日、党員ではない一人の男が蔵相として招かれた。日銀出身の民間人井上準之助である。

二人の性格は対照的だったが、金解禁という大きな目標のために深い友情で結ばれていた。

突然の世界大恐慌に巻き込まれ、改革は頓挫する、

浜口は右翼青年によって東京駅で刺されてやがて死去する。

そして、盟友井上もまた暗殺される。

この二人、親任式の夜、浜口は

「すでに決死だから、途中、何事か起こって中道で倒れるようなことがあっても、もとより男子として本懐である」

と妻子に告げる。

同じころ、井上も妻の千代子に

「自分にもしものことがあったとき、後に残ったおまえが、まごつくようでは、みっともない」

と土地、預金など財産目録を書き出し、関係書類を手渡す。

二人には、すでに悲劇への予兆があったのだろう。

それと知りつつ、彼らは自身の宿命に殉じたのだった。

本書の題名が、この夜の浜口の言葉に由来していることは、いうまでもない。

東京駅頭で凶弾を撃ちこまれた時、浜口はこの言葉を繰り返している。

この当時、この二人が断行しようとしていた金解禁が正しいことであったかどうかは意見の分かれるところだが、

少なくとも、この二人には、“覚悟”があった。

今の政治家を見ていると、何かことが起こると、責任逃れや言い訳、弁解の連続、

何ともみっともない、

今の政治家に決定的に欠けているものは、この“覚悟”ではないだろうか。

そんなことを考えさせられた。

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