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2011年4月23日 (土)

「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯/城山三郎

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 「生来、粗にして野だが卑ではないつもり。ていねいな言葉を使おうと思っても、生まれつきでできない。無理に使うと、マンキーが峠を着たような、おかしなことになる。無礼なことがあれば、よろしくお許しねがいたい」
 石田はきわめて正確に自分というものを伝えたつもりであったが、国会での挨拶としては、異色であった。同級生相手の自己紹介に似ている。
 顔を見合わせる代議士たちに向かって、さらに石田は正確だが痛烈な文句を口にした。
 「国鉄が今日のような状態になったのは、諸君たちにも責任がある」
 思いもかけぬ挨拶。「無礼なこと」の連発である。代議士たちが怒り、あきれたのも無理はない。二度、三度と、「なんだ、この爺さんは」
 それは、世間一般の受けとめ方でもあった。
 石田が財界の表舞台を退いて、すでに十五年余り経っていた。忘れられたというより、消えていた一老人が突然、鞍馬天狗のように現われた感じであった。
 この爺さん、いったい何者なのか。(P34)

三井物産に35年間在職し、華々しい業績をあげた後、78歳で財界人から初めて国鉄総裁になった石田禮助、

上記は、総裁就任のあいさつに、はじめて国会に出た石田が語った言葉。

石田は、代議士たちを見下すようにして、「諸君」と話しかけた、

「先生」ではない。

質問する代議士にも、「先生」とは言わず、「××君」と言った。

必然的に、代議士からの反発を買う、

当然、「この爺さん、いったい何者なのか」という反応になる。

まさに、「粗にして野だが卑ではない」を体現している。

これは、石田の、今後自分はどのような姿勢で国鉄総裁の任にあたるのかという宣言でもある。

現在の日本の指導者で、「卑ではない」と己を言い切れる人がいるだろうか。

否、日本国民に「卑でない」生き方をしている人がいるだろうか。

強ければ「卑ではなく」いられようが、人間は弱いときに卑怯・狡猾になるものである。

当時、多くの問題を抱えていた国鉄の状況を考えれば、平身低頭の姿勢で通すのが普通であろう、

しかし、当時78歳の石田が、そのような姿勢であいさつをしたら、どうなっていたであろうか。

おそらく、その後の代議士たちに対する発言力や影響力は限りなくゼロに近いものとなってしまうだろう。

人は第一印象で、その後のその人とのつきあい方を決めてしまうようなところがある。

最初にガツンと、強烈な印象を与えることは、その後のつきあい方を自分にとって有利な方向に持っていくためには、非常に有効である。

その意味でも、これは、ビジネスの場面でも、応用できることではないだろうか。

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