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2011年5月10日 (火)

日本軍の教訓/日下公人

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 だいいち、日本語の「潔く」という言葉自体が、英語にはない。私は以前、渡部昇一氏に「『潔く』にあたる英語はありますか?」と聞いたことがある。すると渡部氏は、「百年ぐらい前は『マンリー』(現代英語では「男らしく」という意味)があったが、いまはありませんね」と答えた。
 ということは、国際社会において日本流の「潔さ」はなかなか理解されない。
 昭和の日本軍は敗戦に至ったときも「じたばたしたって、お互いに得はない。手間がかかるだけだから、処断は一切をあなたに委ねます」とばかりに、徹底的な武装解除に応じた。敗戦当時の日本軍は、「潔く、誠意をみせれば、相手もけっして悪くはしないだろう」と考えた。「彼らが礼儀正しく、われわれ日本軍を処遇してくれたら、日米友好親善は、将来末長く続くであろう」と考えた。(P181~182)

「潔く」に類する言葉は英語にはないということ。

言葉がないということは、そもそもそのような考えがないということ。

そのような相手に対して、「潔く交渉を断念しよう」とか「潔く戦おう」とかの、日本流は通用しないということ。

今の世界は、「相手に隙あらば徹底的にいたぶってやれ」という風潮が色濃く現れ始めている。

国際交渉では、土壇場に至るまで、次々に条件を出しつづけることが常識である。

にも関わらず、日本の外交交渉をみていると、どこかに「日本の真意」を察してくれるのが当然だという、日本独特の思い込みが存在するように感じる。

とことん交渉するのではなく、中途半端な状態で、「潔く交渉を断念する」という方向に向かいがちである。

つまり、交渉途中で思考停止状態に陥ってしまい、それを「潔く」という言葉に逃げるというパターン。

「潔く」という言葉に日本人の国民性が現れているように感じる。

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