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2011年5月22日 (日)

自分をもっと深く掘れ!/新渡戸稲造

A9rb342

 しかし私は、ある刺激が下腹にある神経に行き渡ってうなずくのと、頭のてっぺんに響いてうなずくのとは大いに違うと思う。
 腹部に神経系統の大きな塊があることは、素人でも聞いている。ある生理学者はこれを「腹部の脳」と称している。たとえば突然のできごとに遭ったとき、人は腹部を波立たせてヒャッと驚く。これはたいていの人の経験したことであろう。脳が感じずに下腹に感じるのは、この神経の塊があるからである。これがあるからこそギリシャやユダヤの人は、魂の存在するところは腹部であると言った。
 日本で肝という言葉が心を表わすのも、
 「腹を割いて、心を示す」
 などと言うのも、このためであろう。
 冷静にものを考えるというのは、脳の作用にとどまるが、なにごとについても確信に達すれば、脳の作用だけでなく、全身の神経がことごとく一時に引きしまるような気がして、血が沸くばかりでなく、筋肉までが温まるように思われる。冷静なる脳の作用だけではとうていこうはいかない。腹にある神経が非常な刺激を受けたときはじめて起こる生理作用である。
 私が述べたい最高の縦振りというのは、この点にある。相手の言葉を受け合った、承認したと言ってうなずくことは、冷静な脳の作用だけにとどまらない。腹の底から出た縦振りでなければならない。(P145~146)

日本語には「腹」という語が含まれる言葉が多くある。

腹芸、腹を割る、腹づもり、腹のさぐり合い、腹の内・・・

どうも、日本人の中には、腹部に心や魂が宿っているという考え方があるらしい。

ここで新渡戸氏が言っているのは、物事を理解するのにも、頭で理解するのと、腹で理解するのとは、その深さにおいて大きな違いがあるということ。

いわゆる「わかった」ということにもレベルの違いがあるということであろう。

ものごとが「わかる」とは、どういうことであろうか。

人から何かを言われて、その言っている言葉の意味が理解できるということでも「わかった」という言葉を使うし、

その背景や意図が理解できたということでも「わかった」という言葉を使う。

両者には、同じ「わかった」でも明らかに深さの違いがある。

そのような内容の違いを「腹」という一語によって表現したところに、日本人の知恵があるような気がする。

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