そうそう、これが欲しかった!/小阪裕司
かわいらしい陶器製の猫の貯金箱を想像してほしい。しかしその耳は欠けている。実は商品を落とした際に、耳が割れてしまったのだ。これを単なる商品として見た場合、キズものである。その価値は大きく下がってしまうだろう。ところが、実際にこの貯金箱を売っていた店では、「耳が欠けた猫の貯金箱だからこそ、買う価値がある」と価値の転換を行った。
どのようにしたのか?
店主は耳が欠けた猫の貯金箱にPOPをつけた。そのPOPには、次の文章が書いてあった。
私は猫です。3月3日のひな祭りの日に交通事故に遭いました。痛い?。
右の耳を少し怪我しましたが、おかげさまで元気になりました。
こんな私ですが、かわいがってくれる飼い主さんを探しています。
おっちょこちょいですが、冗談のわかる猫です。
私のお友だちになってほしいのです。
このPOPを書いて貼った途端に、この商品は売れたという。
「おみごと!」としか言いようがない価値の転換である。
お客さんにとってこの商品は「キズもの」から「おっちょこちょいだがかわいいやつ」に変わったのだ。
POPを見たお客さんの頭のなかで起こっていることは、まさしく価値の転換である。(P74~75)
世の中がデフレと言われるようになってずいぶん時間が経っている。
企業にとっては厳しい環境だが、その中でも成功を収めている会社も少なくない。
その手段の一つは「安売り」。
常識を越えるような価格設定によって消費者の心をつかむ手法である。
しかし、この手法は、安売りが安売りを生み、結局、ごくわずかの勝ち組と、大量の負け組を生み出す。
一種のチキンレースである。
だから、できることなら安売りはしたくないというのが企業の本音。
ではどうすれば良いのか、そのヒントを上記のエピソードは与えてくれる。
キーワードは「価値の転換」。
売り物の猫の貯金箱の耳が欠けてしまったら、それはキズ物である。
当然、商品としての価値は下がったと見るのが普通。
半値か、それ以下の価格にさげても売れるかどうかわからない。
ところが、店主は耳が欠けた猫の貯金箱にPOPをつけた。
このPOPによって、この耳の欠けた猫の貯金箱は値段を下げることなく売れた。
おそらく、それを買った人には、その猫が「愛おしい猫」に思えたのであろう。
もしかしたら、自分の人生の一部に、この「傷を負った猫」を重ね合わせたのかもしれない。
何れにしても、買った人がこの商品に「新たな価値」を見いだしたのは間違いない。
今はおそらく、このような発想が求められているのであろう。
知恵さえあれば、いくらでもビジネスチャンスは広がるということ。
面白い時代だとも言える。
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