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2011年6月の30件の記事

2011年6月30日 (木)

デール・カーネギー こうすれば必ず人は動く/デール・カーネギー

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 「誉める」ということは奇跡的な力を持っています。例えばあなたが誰かに苦情を言いたいとき、気の強い人は別ですが、普通は言おうか、言うまいか、多少躊躇します。しかし、そういう場合は、まず相手に何かを誉めるところがないかと考えるのです。必ずあるはずです。そして、まず誉めて、それから苦情を言えばいいのです。
 相手にしてみれば、まず誉められたことより、苦情を受けた、という腹立たしさはやわらぎます。同時にあなたは、誉めた勢いで相手に苦情を言うわけですから、言いやすくなります。これは実際にやってみれば納得がいくはずです。歯医者と同じで、ガリガリやる前に麻酔を打っておけば、患者は痛みを感じないでしょう。それと同じことです。
 ボールドウィン・ロコモーティヴ・ワークスの社長だった、サミュエル・ボークレインさんも、かつてこんなことを言っていました。
 「人を指導するということは、普通そんなに難しいことではない。その人がある分野で持っている脳力に対して、心から敬意を表せばよいのだ」(P162)

人に何か苦情を言いたいときには、まず相手の何かを誉めて、それから苦情を言う。

これほど単純で、これほど難しいことはない。

苦情を言う場合、相手の何かに対して不満があるから言う。

大抵の場合、相手が100%悪く感じられてしまう。

そんなとき、苦情をいう相手を、まず誉めるという発想などまず浮かんでこない。

ところが、カーネギー氏は、「苦情をいう前に、まず相手を誉めよ」という。

これをやるには、まず心理的な壁を乗り越える必要がある。

やはり、苦情を言おうとしている相手を誉めるのには、心理的な抵抗があるものだ。

また、ある程度、物事を客観的な視点でみる必要もある。

だが、物事を客観視したとき、怒りそのものが収まるのではないだろうか。

苦情を言いたい相手をまず誉めるというのは、このような自分自身に対する効果もあるのだろう。

考えてみれば当たり前のことなのだが、この当たり前のことを当たり前にすることは難しい。

2011年6月29日 (水)

ディズニー流心理学「人とお金が集まる」からくり/山田眞

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 人の視線を気にすると、ちょっといいところを見せようとか、礼儀正しくしようと思うのが人情。その結果、その人のモチベーションが持続する。
 最初はかわいいだけだったアイドルが、どんどんきれいになっていくのも、この「見られている」意識のおかげだ。
 そもそも、カストーディアルの重要性は、「パークは清潔が大前提」というウォルト・ディズニーの信念に基づいている。「だから、きれいにしなさい」だけでは、キャストのモチベーションは、決して長続きしない。
 だが、「清掃はパフォーマンスだ。どこまでも格好よく、迅速に、そして人に愛されるカストーディアルの美学をめざせ!」と言われれば、そして、そんな目でゲストや仲間たちから見られれば、「きれいにしなさい」と厳しくと言われるよりもはるかに、一生懸命パフォーマンス(=清掃)に励むものだ。(P222~223)

今、働く人のモチベーションをいかにして上げるかということが多くの企業の課題になっている。

その点で、東京ディズニーランドのカストーディアルの例は参考になる。

カストーディアルとは清掃人である。

しかし、ディズニーランドのカストーディアルは単なる清掃人ではない。

清掃を一つのパフォーマンスにしてしまっている。

カストーディアルも夢の国ディズニーランドの構成員の一人であると、役割と責任を明確にし、光をあてている。

影の存在であった清掃人に、明確な役割を与え、光を当てている。

人は「見られている」と意識することによって自分の姿勢を正したり、努力したりする。

「人の目を気にする」といった場合、悪い意味で使われることが多い。

しかし、それを人のモチベーションを上げるために利用する。

そこに知恵がある。

人を動かすためには知恵が必要だということを、改めて教えられた。

2011年6月28日 (火)

競争と公平感 市場経済の本当のメリット/大竹文雄

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 岡山大学の奥平寛子准教授と私は、子供の頃夏休みの宿題をいつやっていたかを先延ばし行動の指標にして、それと長時間労働との関係を統計的に調べてみた。そうすると、管理職については、夏休みの宿題を最後のほうにしていた人ほど、週60時間以上の長時間労働をしている傾向があることが確認できた。もし仕事を引き受けすぎて長時間労働をしているのであれば、そういう人たちは所得が高かったり、昇進しているはずであるが、残念ながらそのような傾向は確認できなかった。つまり、管理職の長時間労働の一部は、仕事を先延ばしした結果、勤務時間内に仕事が終わらず、残業している可能性が高い。

長時間労働は多くの企業で問題になっているが、その点でも、上記の調査結果は非常に興味深い。

夏休みの宿題を最後の方にしていた人、つまり先延ばし行動の傾向の強い人の方が、週60時間以上の長時間労働をしている傾向がある、

これは面白い指摘である。

長時間労働の原因の一つは、本人の先延ばし行動にあるということ。

この調査は、残業代の出ない管理職に対してのものだが、一般の社員についても同じことがいえるのだろう。

普通、非管理職の場合、残業が多いと、その分残業手当が支払われる。

すると、同じ量の仕事をしていても、残業の多い、先延ばし行動の傾向が強い人の方が余計、給料をもらうことになる。

もちろん、残業代を支払わないのは法令違反なので、企業としては支払わないわけにはいかないだろうが、経営者として、何となく釈然としないものが残るのは確かだ。

これは悪平等である。

これでは効率よく仕事をしている人は馬鹿を見ることになる。

いわゆる「頑張った者負け」の状態。

おそらく、これでは誰も頑張らないであろう。

だれも効率よく仕事をしようとは思わないであろう。

そして、このような頑張った者負けの仕組みは、会社や社会の至る所に存在する。

健全な社会とは、努力し頑張った者が正当に報われる社会ではないだろうか。

2011年6月27日 (月)

硫黄島に死す/城山三郎

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 (勝たなくては・・・・・)
 二度のオリンピックでは、あれほど思いつめていた。
 戦争になってからも、そう思っていた。
 だが、硫黄島では、もはやその言葉は通じない。(いつ死ぬか、いつまで生きのびるか)だけが、問題になった。(中略)
 空襲と砲撃の中で、陣地を移しながら、西部隊は戦いつづけた。
 爆撃の音がやむのは、暁方のごく短い一時。島の上には、朝焼け雲に似た硝煙の幕が垂れこめ、空を隠している。
 サイパンから、また真珠湾から、敵艦船は数を増すばかりであった。計数に弱い西ではあったが、どこをどう計算しても、はじめから勝てるはずのない戦争であった。(P51~52)

自ら海軍経験があり特攻の手前までいった城山氏の戦争をテーマにした短編。

1932年のロサンゼルスオリンピック馬術障害飛越競技の金メダリストで、第二次世界大戦に従軍し、硫黄島の戦いで戦死した西竹一中佐の若い頃から、硫黄島で戦死するまでを描いている。

どんな競技でも、最終目的は勝つことである。

ところが、西中佐の戦いは、勝てるはずのない戦争、

いつ死ぬか、いつまで生きのびるかだけが問題となる戦争。

このような状況に置かれた人々の心情など、軽々に語ることは憚れる。

ただ現代に生きる私たちも、そんな時代があったのだと心にとめておくことは必要だろう。

2011年6月26日 (日)

「一勝九敗」の成功法則/ジョン・C・マクスウェル

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 ある美術学校でのエピソードである。
 陶芸の授業のとき、最初に教師はクラスを2つに分けた。
 そして、アトリエの左半分の生徒には作品の量によって、右半分の生徒には作品の質によって採点すると告げた。
 そうして採点の日が来て、興味深い事実が明らかになった。
 優秀な作品は、すべて“量グループ”から生まれたのだ。
 量グループの生徒は、たくさんの作品をつくっていく過程でいくつも失敗し、そこから学ぶことでいい作品を次々と生み出すことができた。
 しかし“質グループ”の生徒は、完壁な作品について理屈をこねるだけで手を動かさなかったために、成果として残ったのは、壮大な理論と作品になりそこねた粘土だけだったのだ。
 あなたの目標が、ビジネス、スポーツ、芸術、人間関係など、どんな分野にあろうと同じこと。進歩する唯一の方法は、「トライ・アンド・エラー」をくり返すことだ。そして、そこでの失敗を経験という財産に変えていくのだ。(P103~104)

「一勝九敗」で思い出すのは、ファーストリテイリングの柳井氏の著書「一勝九敗」である。

傍目には順調に事業を拡大させているように見えるユニクロであっても、成功の影には数え切れないほどの失敗がある。

そして、失敗を多く積み重ねることによって、成功に一歩一歩近づく事ができる。

このことは、多くの成功者が言っていることなのだが、実戦できている人は意外と少ない。

その原因の一つに完璧主義というものがあるのではなかろうか。

最初から質を追い求めすぎると、質も手に入らないという皮肉な結果になる。

このことを上記の美術学校でのエピソードは教えてくれる。

マクスウェル氏も言っているように「トライ・アンド・エラー」をくり返すこと、

そして、そこでの失敗を経験という財産に変えていくことが、進歩する唯一の方法だと言って良い。

2011年6月25日 (土)

人の痛みを感じる国家/柳田邦男

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 ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺の計画と実行の指揮者であったアドルフ・アイヒマンは、十五年の逃亡の末に逮捕され処刑されたが、裁判において、実にみごとに弁明したものだ。「私は専門的技術者としてヒトラーの命令を忠実に実行しただけであって、責任はない」と。これは究極の「乾いた三人称の視点」の証言と言えるだろう。
 このアイヒマンの弁明は歴史の彼方の他人事ではない。、ネット社会が大量生産している「乾いた三人称の視点」が引き起こしている様々な事件や事態に共通するものなのだ。残虐さの度合いやスケールの点で違いこそすれ、人間は状況や条件によって容易に「乾いた三人称の視点」に陥り、そうなると何をするかわからないということの究極の教訓として、アイヒマンの弁明は今に生きているのである。(P25)

他者を完壁なまでに「乾いた三人称の視点」でしか見なくなる究極の状況は何かと言えば、戦争であり民族対立や宗教対立による内戦や紛争であろう。

ナチスドイツよるユダヤ人大量虐殺、日中戦争下の旧日本軍による中国人の生体解剖、ベトナム戦争中の米軍によるソンミ村虐殺事件・・・等々、数え挙げると切りがない。

仮に自分の家族だったら、仮に同じ地域の住民同士だったら、こんな殺し方はしないという残虐行為をやってしまう。

戦争や紛争のさなかにおいては、対立する相手はもはや同じ人間としては見られなくなってしまう。

愛する家族のいる人間としては見られなくなってしまう。

動物以下のただ憎むべき、ただ抹殺すべき存在でしかなくなってしまう。

これを柳田氏は「乾いた三人称の視点」という。

そして、これは戦争という究極の状態でだけ起こるのかといえば、そうではない。

むしろ、ネットというバーチャルな世界で、日々繰り広げられている。

ネットの特徴の一つに匿名性がある。

攻撃される者は実名がわかっているにもかかわらず、攻撃する者は匿名である。

そして匿名であるが故に、益々攻撃的になり、凶暴さを増す。

現実の社会では、自分の顔を隠すことができないが故に覆われている人間の闇の部分が、

ネットという匿名性が守られるバーチャルな世界では、解き放たれてしまう。

場合によっては、暴走することもある。

ネットの負の部分である。

もはや無視できないほど大きく成長したネット社会、

今や、ネット抜きの社会には戻れないであろう。

だったら、うまく付き合っていくことが必要だ。

ネット社会によって解き放たれた猛獣を、うまく飼い慣らすことが必要だ。

2011年6月24日 (金)

スターバックス成功物語/ハワード・シュルツ

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 泡立てたミルクとコーヒーの見事なバランス。コーヒーのエッセンスであるエスプレッソと、砂糖を加えずに蒸気で甘みを出したミルクが微妙に調和した完壁な飲み物だった。それまでに出会った。コ-ヒー専門家の中に、カフェラッテのことを教えてくれた人は一人もいなかったのである。アメリカの人たちは、カフェラッテのことを知らないのだ。これをアメリカに伝えるのは私の使命だと思った。
 私は毎晩、シアトルのシェリーに電話を掛けて、見聞したことや考えていることを話した。「イタリアの人たちは、コーヒーなしではいられないんだ!ここではコーヒーは高度な文化になっているよ」。(P68~69)

「これをアメリカに伝えるのは私の使命だ」

シュルツ氏は、イタリアに行って一軒のコーヒースタンドでコーヒーを飲んだ体験を、このように綴っている。

多くの成功した起業家に共通して言えるのは、強烈な使命感である。

何かに憑かれたように事業を邁進させ、数多の試練を乗り越えていく。

この本を読んでみると、スターバックスも、創業から決して順風満帆というわけではなかったということがよくわかる。

時には、会社が倒産するのではという試練に、何度も見舞われている。

それらを乗り越えたのは、おそらく創業者であるシュルツ氏の強烈な原体験であったのだろう。

よく「成功の秘訣は、成功するまで決してあきらめないこと」と言う。

つまり、あきらめさえしなければ、最後には必ず成功するのだということ。

当たり前のことなのだが、この当たり前のことを実行している人は多くはいない。

成功するまであきらめない為の一つの要件は、「使命感」があるかどうかではないだろうか。

2011年6月23日 (木)

懲戒解雇/高杉良

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「それ以外にとるべき途は、ほんとうにないのだろうか」
 仁科は、森の眼をくいいるように見つめた。
「ないね」
 森は断定的に言った。
「もし、俺がこんな理不尽な暴力に屈服して依願退職にしろ、懲戒解雇にしろ黙って受けていたら、両親に対して、妻子に対して、友人や恩師に対して顔向けできると思うか。俺はあの人たちを人間として赦すわけにはいかない。批判精神を認めようとせず、自分たちの野心のさまたげになる俺を暴力的にクビにしようとする。そんなやりかたに唯々諾々と従っていたら、俺の人生に陰が出来てしまう・・・・・」(P246)

三菱油化(現:三菱化学)がモデルとなっている経済小説。

最大手の財閥系合繊メーカー、トーヨー化成の森雄造課長は、がむしゃらな拡大路線をとる常務川井とことあるごとに対立する。

しかし、後ろ盾であった筆頭副社長の速瀬が子会社に転出させられ、川井は専務に昇格する。

一方、川井が社長である香港トーヨーが闇資金のプール会社であることを突き止めた森は、その非を咎め役員4人に実名入りの建白書を郵送する。

その行為で川井の逆鱗に触れた森は懲戒解雇を突きつけられる。

森は、最後の手段として、会社を訴える行為に出ようとする。

上記は、その行為を同期で親友の人事課長仁科が思いとどめようとする場面。

森は「人間として赦すわけにはいかない」「俺の人生に陰ができてしまう」と自らの正当性を主張する。

会社を提訴する行為は、もう後には引き返せないことを意味する。

まして、この小説が出版されたのは1980年代。

どこの会社も終身雇用、年功序列が一般的であった時代。

新卒で入った会社で定年まで勤め上げるのが当たり前だった時代である。

この時代、サラリーマンにとって懲戒解雇とは死刑宣告と同じだ。

それに楯突いて会社を提訴するなど、あり得ないことであった。

それは、それを知った経営陣の狼狽ぶりにもあらわれている。

しかし近年、労使トラブルは年々増加傾向にある。

会社が訴えられることもあり得る時代になった。

社員は経営者のいうことに黙って従っていれば良いという従来型の意識は改めるときがきているといえよう。

2011年6月22日 (水)

脳をやる気にさせるたった1つの習慣/茂木健一郎

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 脳は、自分が考えていることを常に把握しているわけではありません。
 むしろ一度外部に出力してみないことには、本人も何を考えているのか分からないのです。
 日記を書いている人なら経験があるでしょうが、書いてみて初めて、ビックリすることがありますよね。
「俺ってこんなこと考えていたんだ」
「あのとき、私はこう感じていたんだ」
 それこそ「脳で考えていることは、一度外に出力しないと本当には分からない」ことの証拠です。
 もともと人間の無意識は、無尽蔵な宝の山のようなものです。
 その多くは本人ですら発見することなく一生を終えるものです。それを掘り起こすためには、「書く」作業が必要です。「書く」ことは自分が抱えている無意識と対崎する、唯一のコミュニケーション方法なのです。(P94)

自分が無意識のうちに何を考えているのか、それは書くことによって初めてわかる。

書く作業は、たとえて言うならば、無意識のうちに眠る宝を探す、宝探しのようなもの。

そう言えば、このブログも、自分で過去書いたものを読み返してみたとき、

「へーっ、俺ってこんなことを考えていたんだ」と気づかされることが多い。

これなども書くことによって生まれる気づきである。

人間は、意識している部分は、氷山の一角のようなものだという。

ほとんどは、氷山の大部分が海面下で隠れているように、普段は自分の意識に上ってくることはない。

その隠れている部分を表面に出す作業が、書くということだ。

こう考えると、毎日このようにしてブログを書いていることも、決して無駄にはなっていないと、少しほっとする気分になってくる。

2011年6月21日 (火)

大人のためのフィンランド式勉強法/小林朝夫

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 フィンランドにもハンバーガーショップがある。もちろん日本にもある。日本の方が圧倒的にその数は多い。だが、決定的に違う点がある。店員の態度である。
 フィンランドの店員はあんなにニコニコしない。別に怖い顔で客をもてなすつもりはないが、店員たちは自然体で客をもてなす。「いらっしゃい」くらいは当然のことながら口にするが、あとは自分のしゃべりたいことがらを口にするのである。
 「いい色のネクタイね」「あなたはこの町の人じゃないわね、どこからきたの?」などというようにしゃべり出す。それとは対照的に日本のハンバーガーショップの店員は「いらっしゃいませ、何にいたしますか」と笑顔でもてなしてくれるが、客の方から「いい声をしてるね」などと言えば即変態扱いされて、店員からは笑顔が消えて何の返答もない。(P38)

この二つの例から考えると、前者のフィンランドの店員には自主性があるといえる。

後者の日本の店員は自主性がなく、そうかといって積極性があるともいえない。

日本の場合は強制が存在するといえる。

恐らくは店長に教育されて笑顔の作り方や客に対する接客態度を訓練されていて、練習した通りにはできるが、不測の事態に対しては対処する術を持っていないのであろう。

ある本で読んだ話だが、

ある時、マックに来たお客様が、ハンバーガーを20個注文したところ、

店員から「こちらでお召し上がりですか?」と聞かれ唖然としたという。

ウソのような本当の話だという。

これなどはマニュアル化された接客の極端な例であろう。

マニュアルが悪いわけではない。

しかし、日本人の場合、マニュアルがあることにより、自分で考え行動することを放棄するようなところがある。

その為、不測の事態には対処できないということが起こる。

その原因の一つは日本の教育にあると小林氏は言っている。

小さい頃から、自主性を伸ばそうとしていない結果だという。

ただ、同じ日本でもスターバックスなどは、80パーセントノンマニュアルで接客させ、成功しているという例もある。

大人になってからでも、教育次第で自主性は伸ばせるということではないだろうか。

2011年6月20日 (月)

働く気持ちに火をつける/齋藤孝

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 井上陽水は、ある本でこんなことを言っていた。曲をつくるのはものすごくクリエイティブな作業のように思われているが、「襖職人」のような感覚に近いという。
 「基本的には襖張りと同じです」という言葉が印象的だった。
 もちろん現実に曲や詞をつくるにあたっては遅々として進まないときもあるし、才能も必要だろう。しかし納期になれば、パパッと襖を張り、「一丁上がり」と次々仕事を仕上げていくような感覚なのかもしれない。
 それはどんな創造性を要する仕事においても同じだろう。機械的にできる部分が増えれば増えるほど、次の状況を予測する余裕が生まれ、よりアグレッシブな脳の使い方ができる。個々の技術に対していちいち神経を使っている状態だと、大きな先を読む力が奪われる。職人的な基礎力があってこそ、自由に羽ばたけるのだ。(P98~99)

素人目から見ると、曲を作るという作業はすごくクリエイティブな作業のような気がする。

突然、天から歌詞やメロディーが降ってくるような感覚を持っていたが、どうもそうではないらしい。

井上陽水によると、「基本的には襖張りと同じ」だという。

襖張りというと、印象として持つのは、あらかじめ決められた段取りに沿って、淡々と作業を進め一定の量をこなしていくというものだが、曲作りも似たようなものだということだろうか。

面白いのは、井上陽水が自分を襖張りの職人に見立てていることである。

確かに、自分を職人として位置づけて、こうすればできる、このやり方なら大丈夫だというベーシックな技術を確立しておくと、絶対的な自信になる。

考えずにできる職人的部分が大きいほど、脳のスペースが空き、クリエイティブなことに使えるようになる。

職人的な技術の上に、ほんのちょっとクリエイティブな部分を付け加えることが、多くのヒット曲を量産するコツだということではないだろうか。

そして、それはどんな仕事にも言えるのではないだろうか。

つまり、考えないでも手と身体が動くまで熟練した部分が多いほど、脳のスペースが空き、それがクリエイティブな仕事につながっていくということではないだろうか。

単純なルーチンワークも侮ってはならないということであろう。

2011年6月19日 (日)

リーダーになる人のたった1つの習慣/福島正伸

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武田には気になっていたことがあった。
「頭の中で、どうしても整理できないことが一つあるんですが、聞いていいですか?」
「もちろんだよ。何だね?」
「上司、部下の関係で言えば、上司には、人を動かす権限があると思うのですが」
「上司が持っている権限とは、部下よりも先に困難に挑むことができる、という権限だよ」
「人を動かす権限はないんですか?」
「武田君、何か勘違いしていないかい?」
柴田は、武田を静かに見つめた。
「仕事をするにあたって、そんな権限など必要ないじゃないか」
「え・・・・?」
「人は、権限で動くことはない。もし動いているようなら、動いているふりをしているだけだ。見てなきゃサボるね」
「どうしたら、動くんですか?」
「共感だよ。共感した者は、上の人間が見てようが見ていまいが、本気になって動く」
「それじゃ、共感してもらうためには?」
「部下はね、上司が困難に立ち向かう姿に共感するものだ。つまり、君が、夢に向かって、困難を楽しむことだよ!」(P53~54)

上司は部下に指示命令する権限がある。

しかし、権限による指示命令で部下が動いたからといって、それは心底納得して動いているとは限らない。

仕方なく動いているということであって、場合によっては動いた振りをしているだけである。

その場合、上司の見ている間だけ、動いている振りをし、見ていなければサボる。

当然、良い結果は出てこない。

ポジションパワーによって人を動かすことの限界がここにある。

ところが、ほとんどの上司は、このことを十分に理解していない。

ここで上司は壁に突き当たる。

どうしてなんだろうと悩み苦しむ。

自分の言っていることが間違っていたのだろうかと考える。

しかし、言っていることが間違っていたのではなく、言い方に問題があることが多い。

多くの場合、問題の本質は、上司が共感によって部下を動かそうとしていないことにある。

部下は上司の言っていること、やっていることに共感を覚えたとき、本気になって動く。

そして、共感を得る為には、上司が困難に立ち向かい、それを楽しむことだと著者は言う。

部下が本気になって動けば当然、結果が出る。

一度、上司は自分の権限によって部下を動かすことをやめてはどうだろうか。

2011年6月18日 (土)

浮浪者からホテル王になった男/東西寺春秋

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手紙の最後に長田氏はこんな言葉を残していた。
「ゴミ箱を漁るのではない。明日を漁るのである」(P14)

このドキュメンタリーの主人公、長田一英は、火災で一夜にして全財産と家族を失う。

絶望した彼が、死に場を求めて辿り着いた先は、浅草だった。

浮浪者として生きながら、知恵とたくましさを身につけた長田は、再び一般社会へと戻る。

常識はずれの発想で、次第に社会を這い上がってゆき、ついに無一文からホテル王になる。

長田氏が、浮浪者からホテル王になったのには、いくつかの運があったのは確かである。

しかし、その運を自分のものにしたのは、やはり長田氏の力であろう。

特に、その奇抜なアイディアには目をみはるものがある。

クリーニング店に埋もれている服を安価で買い取り、洋服のレンタル店を始めるアイディアを出したり、

あるいは、タイのお坊さん相手に、安全カミソリの販売のアイディアを出したり、

そのことで多くの人から注目され、金が集まり、やがては自分でホテルを経営するまでになる。

そして、長田氏は、その原点は浮浪者の時代、ゴミ箱を漁っていた時代にあると言っている。

浮浪者は、捨てられた新聞、雑誌、書籍など、あらゆる活字に目を通す。

ある意味、浮浪者ほど物知りは他にいないと言う。

長田氏の奇抜なアイディアの土台は、浮浪者の時代に培われたのだという。

「ゴミ箱を漁るのではない。明日を漁るのである」

その事を実感しているからこそ言える言葉なのだろう。

2011年6月17日 (金)

できる上司の仕事はここが違う!/ドナルド・L・ローリー

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 優れたリーダーシップのカギとなるのは、社員に対して適当なレベルの圧力をかけて、そのポテンシャルを完全に引き出すように働かせ、その仕事に焦点を当てさせ続けることである。社員はどれくらい自分が進んでいるかを知る指針がない限り、最終的に新しく打ち出した構想の成否を占う最重要問題に集中することができない。「結局のところ、統制ではなくて、プロセスが必要となるのだ」とBP石油のラッセル・シールは言う。「大組織を経営してきた25年間に何かを学んだとすれば、それは指示命令では人は動かんということだ」正しい測定法を定めて導入することが、適応的変化のカギであり、特に顧客への対応がゴールの場合にはなおさらである。
 その好例として、「すべてに標準がなければならない。さもないと、進歩しているのかどうかが分からない」と信じるフォード自動車のジム・オコナーの場合があげられる。顧客サービスを全面的にオーバーホールした際の進捗度を測るために、フォードはすべてのプロセスにおける測定基準を確立した。(P199~200)

ここでは、人を動かす為の重要なポイントを語っている。

つまり、人は指示命令では動かない。

人を動かす為には、まず基準を示し測定すること、

それにより社員は現在の自分のレベルを知る事ができ、

進歩した場合は、それを実感することになる。

そして、それが社員に対する適当なレベルの圧力になり、

そのポテンシャルを引き出すことになる。

これは人を動かす為の重要なポイントであるにもかかわらず、

ほとんどの企業はそれをやっていない。

「大組織を経営してきた25年間に何かを学んだとすれば、それは指示命令では人は動かんということだ」

この言葉は重い。

2011年6月16日 (木)

渡邉美樹の超常思考 勝つまで戦う/渡邉美樹

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 じつは、2009年の新卒採用者にこんな話をしました。「いまのところ、わが社はワークシェアリングを導入して給料を減らす予定はない。だが、もしそうなったときには、君たちにはフルに働いてもらう。いや、そういうときこそ、フルに働くんだ。この感覚がわからないという人がいたら、辞めてもらってかまわない。ただ、何があっても君たちのことは守る。会社が潰れるまでクビにすることはない。そうやって、長期的にお互いの幸せを考えていこう」と。そうしたら彼ら、「もう、当たり前じゃないですか」という目で、頷いてみせてくれました。
 古くさい根性論と思われるかもしれませんが、そうやって社員の一人ひとりが会社全体のことを自分のこととして考えられるようでないと、どんな逆境からも這い上がることのできる、本当に強い企業にはなれません。(P78~79)

雇用を守る手法としてワークシェアリングがある。

不況下におけるワークシェアリングとは、人員を削減せず、その代わりに各自の労働時間を減らし、賃金も下げるという考え方。

要は、みんなで痛み分けしようというもの。

しかし、渡邉氏は社員にはそこからもう一歩踏み込んでほしいと言う。

仮にワークシェアリングで給料が減り、労働時間を減らそうということになっても、

逆に、フルに働いてもらいたい、会社は雇用は守ると言っている。

つまり、会社も雇用を守ると約束するが、社員にも会社への徹底したコミットメントを求めるという姿勢である。

今、ここまで言える経営者は少ない。

逆に、確かにこのような事を社員の前で言える会社は、強い会社だと言えよう。

おそらくこれは、渡邊氏の経営者としての覚悟から来ているのだろう。

リーダーシップとは何だろうということを考えさせられることが多い今日この頃だが、

結局それは、表面的な能力の問題ではなく、内側からにじみ出る覚悟があるかどうかということではないだろうか。

2011年6月15日 (水)

小説 ザ・ゼネコン/高杉良

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 「話は飛ぶけど、ゴルフ場は処分したのか」
 「いや、まだだ」
 「こんな調子で、土地や株が上がるのは、おかしいと思わないか」
 「株の業界紙に、アメリカのアナリストたちの間で東京市場のバブル論が出ているという記事を読んだ覚えがあるけど、俺はまだ強気論者に与するよ」
 「バブルって、あぶくってことだな。初めて聞く言葉だが、警鐘として受け止める必要があるように思うが」
 山本は、なんの脈絡もなく、新井哲夫の温容を目に浮かべていた。
 「長居したくない」と新井は言った。あのときは冗談と思って聞き流したが、本音だったのだろうか。
 和田征一郎の勝ち誇ったような顔も思い出されてならない。
 不意に言い知れぬ不安感に襲われ、山本は、身内のふるえるのを制しかねた。(P531~532)

上記はこの本の結びの部分、

バブルという言葉が出始めるころでこの小説は終わる。

その後、1993年から94年にかけて建設大臣、茨城、宮城の県知事、仙台市長、ゼネコン各社の首脳らが逮捕されるという、未曾有のゼネコン談合汚職に発展していくのだが、

まだ、株や土地さえ持っていればどんどん価格は上がるという神話に日本中が踊っていた時代がこの小説の背景になっている。

バブル崩壊前夜、大洋銀行調査役の山本泰世は、大手ゼネコン・東和建設への出向を命じられる。

拡大路線を走る同社社長の秘書となった山本は、建設業界のダーティーな実態を目にする。

公共事業と政治献金、株価操作…莫大な利権をもとに政界・官界と癒着した業界は、徹底した談合体質を有し、闇社会とのつながりも持っていた・・・と、物語は進んでいく。

建設業界を舞台に、日本の政治と経済の暗部に切り込んでいる作品だが、

このような連中が招いたのが結局のところバブルだったわけである。

そして、怖いのは、「あれはバブルだったんだ」とわかるのは、バブルが崩壊してからだということ。

バブルの中で踊っているただ中では、バブルだという認識は全くないのである。

最後に山本が「こんな調子で、土地や株が上がるのは、おかしいと思わないか」と語ったように、

どんな時代でも、「これはおかしい」と感じる感性を失わないことが必要なのではないだろうか。

2011年6月14日 (火)

退散せよ!似非コンサルタント/船井幸雄

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 船井総研の小山政彦会長は、コンサルタント志望で入社してくる社員たちに、こんな話をしているといいます。
 「コンサルタントの仕事が自分に合うか合わないか、つまり天職であるかどうかは、キミたちがこれから船井総研で、休みなし、遊びなしで10年間、命がけで仕事をしてみて初めて分かるものなんだよ。1年や2年、仕事をしたくらいでは何も分からない。
 たとえば、バイオリニストの佐藤陽子さんは『自分にバイオリンの才能があるかどうかは、どうしたら分かるのですか?』と聞かれて「幼児期から20歳になるまで、飽くことなくバイオリンの練習を続けてみないかぎり分かりません。これは、結果的に天才と呼ばれるようになる人であっても同じです。
 早熟の天才に類する人は置くとして、身のうちに本当は彼ら以上の天才を隠していても、7歳や8歳でバイオリンをやめてしまったら、ただの人で終わってしまいます」(P138)

“離職の七五三”という言葉がある。

学校を卒業して就職し、三年以内に辞める社員の割合が、

高卒の場合は中卒は七割、高卒は五割、大卒は三割だという。

ところが小山氏によると、コンサルタントの仕事が自分に合うか合わないかは、休みなし、遊びなしで10年間、命がけで仕事をしてみて初めてわかるものだという。

ここではコンサルタントの仕事を取り上げて言っているが、他の仕事も似たようなものだろう。

やはり、相当な年数、休みなし、遊びなしで仕事に取り組んで初めて、その仕事が自分に合っているかどうかがわかるといえる。

そう考えると、3年で「この仕事は自分には合っていない」と辞めていたのでは、一生自分にあった仕事に巡り会うことはできないと言うことになる。

今、ワークライフバランスが随分と強調されるようになってきている。

確かに、無駄な仕事を削減し、効率的に仕事を行い、結果としてプライベートな時間も十分にとれるようにすることは豊かな人生を送る上で大事なことだ。

しかし、まだ仕事の何たるかもわからない若い人たちが、最初からワークライフバランスを求めるのには少し問題があるような気がする。

40年以上続く職業人生の一時期、仕事漬けになる期間があってもよいのではないだろうか。

そうでなければ、日本からプロと言われる人たちがいなくなってしまうような気がする。

仕事の量と質の問題でいうと、最初は量を求めるべきで、量が一定量に達したときに初めて質への転換がはかれるのではないだろうか。

2011年6月13日 (月)

新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか/樋口弘和

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 そんな私から見ても、50歳までのスパンでの30年を振り返ってみると、この年齢でいい仕事を実際にやっている人たちは、成長のスピードはいろいろですが、例外なく共通する資質があることがわかります。
 それは、わかりやすい言葉で表現すると素直さです。これにプラスして向上心もあります。素直さという言葉には、少し驚くかもしれません。でも、本当にそうなのです。まあ、素直な人が上司や先輩から好かれるのは理解できますよね。20歳代の成長期において、上司や先輩からかわいがられる要件の一つは、やはり素直であることです。実はこのことは、30歳代になっても40歳、50歳になってもまったく同じことなのです。企業の責任あるポジションをつかむ人は、ほぼ例外なく素直です。人の話をよく聞くし、過去の成功にも縋らない。いつも謙虚で、勉強を欠かさず、毎日少しでも自分を伸ばそうと生きています。こういう態度でいるからこそ、責任やポジション、待遇もついてまわるのです。(P74)

「結局は素直なヤツが伸びる」

中小企業の経営者から良く聞く言葉である。

新入社員に素直さを求めるのは良くわかる。

上司や先輩にとって素直な新人は扱いやすいし、教えていても気持ちよいものだ。

また、上司や先輩に指導されたことを、まずはそのまま実行することが、知識や技能の習得には一番の近道である。

自分の考えをしっかりと持つことは大事だが、新人の場合、それが単なる過信である場合も多い。

“守、破、離”という言葉があるが、

まず“守”がしっかりできて初めて“破、離”という自分なりのものが出てくるものである。

だが、樋口氏によると、40代、50代になってもやはり、素直な人が出世し責任あるポジションにつくということである。

これはどうしてだろうか。

おそらくそれは、同じ“素直さ”でも形が変わってきているものと考えられる。

新人の頃の素直さとは、上司や先輩に対する素直さ、

それに対して、40代、50代の素直さとは、仕事に対する素直さではないだろうか。

会社で働くようになり、ある程度経験を積み、実績を上げ、ある程度地位が上がってくると、成長が止まってしまう人がいる。

“一丁上がり”の状態である。

それは、仕事に対する素直な気持ちを失ってしまうからではないだろうか。

仕事に必要な知識や技能の習得に終わりはない。

ところが仕事に対する素直さを失ってしまうと、現在の自分を“あがり”だと勘違いしてしまい、

その結果、成長が止まってしまうのだろう。

いつまでも仕事に対して素直な気持ちを失わない自分でありたいものである。

2011年6月12日 (日)

その「リーダーシップ」が組織を壊す/ケン・ブランチャード&マーク・マッチニック

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 リーダーシップとは、全員が行くべきところへ行くためのプロセスである。

 チームの自信と決断力が強まるにつれ、〈有能なリーダー〉はしだいにわき役へとまわり、いまではほとんどの時間をチームに必要な支援を行なうことに費やしていた。メンバーを称賛すべきときには称賛し、自分で考えるようはげまし、ストレス解消が必要なときには精神衛生のためのブレイクをとるよううながした。
 そしてまた月曜日の面談を通じて、いつでもメンバーの相談に乗れる態勢をとりつづけ、もっぱら目立たないところで、改善をさらに進めるためのアイデアを出させようとした。〈ピルなしチャレンジ〉の終わりが近づくころには、チームのメンバー全員が〈秘密のブレンド〉の価値を実践していることはまぎれもなかった。
 「もう疑う余地はない、きみたちは強力なチームに生まれかわった」〈有能なリーダー〉は最後のスタッフ会議でそう宣言した。(P103)

「これさえ飲めば、抜群のリーダーシップが発揮される」

そんな夢の新薬が開発された。

一躍、世界中の管理職の大ヒット商品に。

ところが、この薬に異議を唱える人がいた。

ビジネス界ですばらしい業績をあげている、ひとりのリーダーだ。

ついには、リーダーシップ薬を飲んだリーダーのチームと、有能なリーダーが率いるチームとで、どちらがより成果を出すか、コンペが行われる。

このような設定で物語は進んでいく。

リーダーシップ薬を飲んだリーダーは、

・部下にトップダウンで厳しく指示する

・部下の言うことを聞かない

・成績が上がらない部下には更に厳しく指示する

短期的には、劇的に業績向上するが、しばらくすると組織のモラルが下がり、業績が低迷する。

一方、対決する有能なリーダーは、

・部下に誠実な態度で接し信頼を築く

・部下と情報を共有し一緒に考える

・部下のいいところを誉めてやる気を出させる

その結果、組織のモラルが上がり、業績が向上、

更に部下に仕事を任せることにより、時間が経つにつれてどんどんモラルが上がり、人材も育ち、長期的な業績向上に導く。

有能なリーダーとはどのような存在なのか?そのようなことを考えるヒントを与えてくれる本である。

2011年6月11日 (土)

あなたの言葉はなぜ相手を動かすことができないのか?/石川牧子

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 以前、作家の阿川弘之さんにこんなたとえ話を聞きました。世界の各国民性を言い表した話で、無人島に絶世の美女が一人住んでいて、そこに男性二人が流れ着いた時、どんな行動を取るだろうかというものです。
 まず、ドイツ人男性だったらどうするか?ドイツ人の場合は決着を見ないと気が済まない気質なので、男性二人が決闘をし、生き残ったほうが美女と一緒になります。
 今度はイギリス人の登場です。イギリスは島国なので特有の島国根性があり、見知らぬ人には声を掛けません。ですから、イギリス人はどんなに魅力的な女性がいようとも、人見知りをし、一切声も掛けずに、男二人は膝を抱えて寂しく人生を送るのだそうです。
 さて、フランス人が島に流れ着いたら、果たしてどうするのでしょうか?一人の男性が女性に近付き、あらゆる美辞麗句を連ねて、女性をいい気分にさせ、とうとう一緒になります。と同時にもう一人の男性も、その男性に悟られないように裏で情を通じ、したがって三人は丸く収まって、楽しく人生を過ごすことになるのだそうです。
 さあ、ここでいよいよ日本人の登場です。日本人男性二人が島に流れ着いたらどうなるのでしょうか。男性二人は膝を付き合わせ、美女をどのように扱ったらいいのか、会議を開くのです。延々と会議を続けるものの結論が出ないので、とうとう東京に「この女性をどう扱ったらいいでしょうか?」とメールを打つに違いない、というのです。(P105~106)

日本人は世界の人達と比べて、“個”がないと言われる。

加えて、物事をはっきりと伝えようとしないので、ひと頃よく言われたように、“赤信号みんなで渡れば怖くない”式に群れ、集団で行動をしがちだ。

何事も集団で行動したがる日本人の特性は、今回の震災でも良い面、悪い面、両方で表れている。

良い面としては、震災後、大きな暴動、略奪は起きず、多くの被災者が協力し合いながら復興に当たっているということ。

悪い面としては、多くの会議が立ち上がるものの、決定までに時間がかかりすぎ、それが復興の足かせになってしまっているということ。

このような場面は日本社会のあらゆる場で、形を変えて起こっている。

これから世界が益々グローバル化していく中で、

日本人の良い面は残しつつ、“個”の確立も同時に求めていくことが必要だろう。

2011年6月10日 (金)

経営は「実行」/ラリー・ボシディラム・チャン

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 われわれは、みずから掲げた目標と、組織が達成できる結果とのギャップのために犠牲になったリーダーに数多く出会ってきた。責任感の欠如に問題があるという声をしばしば耳にした。つまり、社員が、計画を完遂するために、なすべきことをしていないというのだ。リーダーは何かを変えなければならないと焦っているが、何を変えるべきか、わからない状況にある。
 そこで、本書のニーズは大きいと判断した。実行とは、単に何かがされることでも、されないことでもない。実行とは、具体的な一連の行動やテクニックであり、企業が競争優位を手に入れるために習得しなければならないものである。実行は、ひとつの独立した専門分野なのだ。大企業、中小企業を問わず、いまや、成功するための必修科目になっている。(P10)

多くの企業の問題は「実行」にある。

これは実際に中小企業と関わってきている中で全く同感できる。

ただ、ここで勘違いしてはならないのは、

「実行」とは、「なんとしてもやりとげる」という「意志の力」ではないということ。

とかく「実行力」というと、「強固な意志」と結びつけがちだ、

このような枠組みで考えている限り、

実行できなかった場合、その原因を「責任感が足りなかった」「意志が弱かったから」という精神的なものに求めがちになる。

すると、対策は「意志を強くすること」「もっと頑張る」となる。

最終的に、精神論に帰着する。

確かに世の中には、一度決めたことはなんとしてもやり遂げるという、並外れた精神力を持っている人がいる。

しかし、会社という組織において、すべての社員にそれを求めることは現実的ではない。

むしろ、そのような並外れた精神力を持っている人は少数派である。

と、すると、普通の人でも実行できるような仕組みを作る必要がある。

それが、この本の著者がいう「実行とは、具体的な一連の行動やテクニック」「実行は、ひとつの独立した専門分野」という意味であろう。

実行を精神的なものとしてとらえているかぎり、進展はない。

2011年6月 9日 (木)

仕事はストーリーで動かそう/川上徹也

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 ふと、テレビをつけるとドラマをやっている。どうやらヒロインが難病にかかるストーリーらしい。今どき難病モノ?と、ちょっとバカにしながら見始める。でも最後は感情移入しちゃって号泣。パターンはわかっているはずなのに!
 そうなのです。人間は何度も何度も同じパターンのストーリーを見ていても、また感動できてしまう動物なのです。それどころか、個人的なツボに入ると、まったく同じ話を何度読んだり見たりしても、涙を流してしまうことさえあるのです。
 新聞やニュースだと、こうはいかないですよね?
 ストーリーは、人間の心に強くはたらきかける力を持っているのです。(P22)

人は頭で理解して動くのではない、感情で動く。

自分でもわかっているつもりだが、実際に感情で動くように他者に働きかけているかというとそうではない。

やはり、一生懸命、頭で理解できるように説明し、相手を動かそうとしている所がある。

相手に理解できるように話すのと、相手を動かす事とは違う。

そして相手を動かす場合のポイントは、ストーリーで語るということ。

これも一つの技術だと思うのだが、自分にはまだそれがない。

これからの時代、益々商品やサービスそのもので差別化できなくなってくる。

それだけに、ストーリーで語るスキルは、これからの時代、必須だと言えよう。

2011年6月 8日 (水)

テクノロジストの条件/P.F.ドラッカー

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 コップに半分入っているのと半分空であるのとは、量的には同じである。だが意味は違う。世の中の認識が前者から後者に変わるとき、大きなイノベーションの機会が生まれる。(中略)
 認識の変化は事実を変えない。事実の意味を変える。しかも急速に変える。かってコンピュータは、一般の人にとっては恐ろしいものであって大企業が使うものだった。ところが突然、それは彼ら一般の人たちが税の申告に使うものになった。
 認識の変化をもたらすものは経済的な要因とは限らない。経済とはまったく無関係のものもある。コップに半分入っていると見るか半分空だと見るかを規定するものは、事実ではなく時代の空気である。もちろんそれは定量化できない。だが、それは得体の知れないものでも、把握不能なものでもない。きわめて具体的である。明らかにすることができ、確認することができる。そして何よりも、イノベーションの機会として利用することができる。(P219~220)

コップに水が半分入っていると見るか、半分空だと見るか、

これは事実を変えるのではなく、事実の意味を変えるということ。

今の現実をどのように認識するのか、それによって未来を変えることができる。

ドラッカーは「コップに半分入っていると見るか半分空だと見るかを規定するものは、事実ではなく時代の空気である」と言っている。

これはこのまま、今の日本をどう見るかに関連づけて考えることができる。

震災後の日本の経済は低迷している。

政治は機能していない。

大企業は、日本脱出を考え出した。

日本の借金は積み増すばかり。

これらは事実である。

しかし、事実は事実として、これをどう見るかという「意味」が問題である。

肯定的な意味で事実を受け止めたとき、イノベーションが生まれるとドラッカーは言う。

そして、その受け止め方を規定するのは、時代の空気であると。

ということは、まず変えるべきは、今の日本の空気である。

ここからイノベーションが生まれる。

2011年6月 7日 (火)

ローマ帝国衰亡史(下)/エドワード・ギボン

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 ローマ人はもともと質実剛健で、勇武の民でした。建国以来の領土拡大は、そのことを如実に物語っています。また、かれらは多神教であり、宗教的に寛容でした。さらに、人種的偏見も少なかったようです。くわえて、実利的な考え方をしていた民族でした。
 そのため、かれらの間には、どの民族の出身であれ、優秀な者はこれを活用するという風潮がありました。以上のような民族性により、ローマはしだいに発展、拡大していったのです。
 しかし、頂点にあることが長く続けば、だれであれ、その地位がもたらす影響をうけないはずはありません。国家の興亡、家門の盛衰、いずれにおいても、歴史はこのことを示しています。ローマ人にしても同じです。すなわち、みずからを元来優れた民族であると思い込み、悠久の昔からそうであったかのように現在の地位を当然とみなし、ひるがえって、周辺の蛮族を蔑視したのです。
 およそ蔑視は油断をうみ、油断は情報の欠如をもたらします。その結果、あらたな事態への対応を稚拙なものにします。同時に、油断は訓練をおこたらせ、みずからの力を相対的に低下させます。蛮族がもつ潜在力をみくびり、しかるべき対応ができなかったのも、もとはと言えば、そうしたローマ人の傲慢さに起因するものでした。(P169~170)

ローマ帝国の繁栄と衰退の歴史を省みると、

日本が戦後の焼け野原の状態から驚異的な復興を遂げ、

その後、高度成長期、石油ショック、バブル崩壊、失われた15年・・・と、

現在までたどってきた歩みと重なる部分が随分あることに気づかされる。

ローマの発展、拡大を支えた「宗教的に寛容さ」「人種的偏見の少なさ」「実利的な考え方」「優秀な者はこれを活用するという風潮」等は、日本ともある面、共通する部分がある。

日本も宗教的には寛容である。

クリスマス、お正月、お盆等、異なる宗教の行事が何の抵抗もなく国民に受け入れられている。

外国の文化や文明を自国に取り入れることもうまい。

また、他国に比べれば、人種的偏見も少ないといえよう。

社会的な階層意識も他国ほど強くはない。

生まれが貧しくとも、実力があれば出世しトップに立つこともできる。

これらが戦後日本の復興と高度成長を支えたと言っても良い。

ローマ人が「みずからを元来優れた民族であると思い込み、悠久の昔からそうであったかのように現在の地位を当然とみなし、ひるがえって、周辺の蛮族を蔑視した」ように、

ちょうどエズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が出された頃を頂点とし、

日本は衰退への道をたどることになる。

「もとはと言えば、そうしたローマ人の傲慢さに起因する」と述べているように、

日本も「傲慢」になってしまっていたのではないだろうか。

今が底なのか、いやもっと先にどん底があるのか、それはわからないが、

今こそ、何が日本の強みなのか、もう一度原点に立ち返るべき時ではないだろうか。

2011年6月 6日 (月)

ローマ帝国衰亡史(上)/エドワード・ギボン

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 習熟した技量のない、たんなる蛮勇だけの戦闘がいかに無意味であるか、このことをローマ人がよく認識していたことは、ラテン語でいう軍隊が訓練を意味する単語に由来していることからみても分かる。そしてその通り、まさに不断の軍事訓練こそ、ローマ軍紀の要諦であった。
 新兵や若年の兵士は、終日訓練にあけくれた。いや、古参兵についても例外ではない。いかなる荒天であろうと、訓練が中断されることのないよう、冬営地には大きな兵舎が設けられ、また模擬戦の武器の重さを実戦のときの二倍にするなど、周到な配慮がなされていて、だれもが年齢や技能に関係なく、すでに習熟したものを、なおも日々反復しなければならなかつた。(中略)
 以上のような短い記述からも察せられるように、まさに平和のただ中にあって、ローマ人の間では戦争の訓練が日常化していた。たしかにこの事については、かれらローマ軍の兵士たちと闘った経験をもつ、当時のある歴史家(ヨセフス)が、いみじくも述べている。「実戦と訓練の違いは、血をみるか否かにあった」、と。(P42~43)

パクス=ロマーナ(ローマの平和)と呼ばれた約200年間、空前の繁栄と平和が続いた。

それを支えた要素の一つに、常に臨戦態勢をとりつつ平和を維持していたローマ軍の武威があげられる。

ギボンがローマ軍が不断の軍事訓練を行っていたということをあえてここであげているということは、逆に言えば、他国の軍隊は普段は軍事訓練なるものを行っていなかったということであろう。

しかもその軍事訓練は「実戦と訓練の違いは、血をみるか否かにあった」と表現されているごとく、実戦さながらの訓練だったということ。

常に軍事訓練を行っている軍隊と、その時だけの寄せ集めで構成された軍隊とが戦ったら、前者が勝つのは火を見るより明らかである。

これを会社という組織に置き換えて考えてみるとどうだろうか。

社員の教育や研修に非常に熱心な会社がある一方、全く人材育成を行わない企業がある。

短期的に見れば、研修に割く時間、働いた方が、儲かるという考え方も成り立つかもしれない。

しかし、中長期的に見れば、やはり人材育成に時間とお金を割いた企業の方に軍配があがるであろう。

日本の企業は、先進国の中でも、社員の教育にかける費用は最低だという。

今、日本の企業はどん底の状態にあると言える。

もう一度原点に立ち返り、人を育てることから始めるべきではないだろうか。

2011年6月 5日 (日)

事を成す 孫正義の新30年ビジョン/井上篤夫

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 「安本、おまえは卑怯もんだ」
 それまで一度も言われたことなどない、孫が最も侮辱を感じる言葉だった。
 「先生、卑怯もんてどういう意味ですか」と孫は問い質した。
 三上は言った。
 「君は、リーダーとしてやるべきことがあるんじゃないか。リーダーとしての本来の能力があり、やるべきことがあると自分でもそれなりの自覚があって、それで怯むということがどれほど卑怯なことか。代わりにほかの人に、ということは、リーダーとして最もやってはいけないことのひとつだ。卑怯な行為だ。自分が心の底で自覚していないなら別だ。君は、腹の中では自分がリーダーだと自覚しているんだろう。自分がやらなきゃいけないことがいっぱいある。ほかの子どもたちに対して、自分がリーダーシップを発揮して、よりよい方向に導いていかなきゃいけない。また、それなりの能力が自分にあると腹の中では思っているだろう。それなのに立候補しない。それは卑怯だ」
 少年には重い一言だった。(P17~18)

当時、安本姓を名乗っていた孫氏に担任の三上先生が言ったことば。

六年生のときの学級委員長か何かのリーダーに立候補するかしないかというときに、

子どもながらに、自分から立候補するのはちょっと気恥ずかしいと感じ、

自分は立候補しない、ほかの子がリーダーをしたらいいんじゃないかと、遠慮をしたことがあった。

そのとき、三上先生から言われた言葉が、孫氏のその後の生き方を決めたと言っても良い。

最近も孫氏は、震災が起こった2011年を日本のエネルギー政策転換の年と位置付け、

個人としての寄付10億円で自然エネルギー財団の設立を発表した。

その時言ったのが「知って行動せざるは罪である」という言葉。

子供の時の原体験が孫氏をそのような行動に駆り立てたのだろう。

2011年6月 4日 (土)

てっぺん!の朝礼/大嶋啓介

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 僕が尊敬するある飲食店経営者の講演を聴きに行ったときのことです。
 壇上から、その方はこんな質問を参加者に投げかけました。
 「たとえばみなさんが店に出られなかった日などに、電話をしたり、後から店に顔を出したりするなどして、スタッフに「その日、何か問題はあったか?』と聞く人がいるとしましょう。そんな時に、スタッフから「いえ、特に問題はありませんでした」と言われて、そのままにしたことがある方、この中にいらっしゃいますか?」
 その質問に、ほとんどが飲食の関係者で埋め尽くされた会場から、バラバラと手が上がりました。イヤな予感はしましたが僕もそのうちの一人です。
 すると、講演をしているその経営者の方はこんなことを言ったのです。
 「一日仕事をしていて問題がないなんて、そんなこと絶対にあり得ません。それは、そのスタッフがただ問題に気付けていないというだけのこと。それを見過ごすリーダーもまた愚かだと言わざるを得ないでしょう。そんな時みなさんが言うべき言葉は一つ、『問題の一つや二つ発見しろよ』ということ。逆に問題を報告してきたスタッフには『よく問題を見つけたな』と言って、気付いたことをほめてあげる。それが大切なのではないでしょうか」(P178~179)

1日仕事をしていて、全く問題がないということはあり得ない。

人間が完璧でない以上、必ず問題はある。

もし問題が無いと思えるとすれば、それは問題があっても気づかないだけであって、探せば問題はあるものだ。

ただ、問題があってもそれを言い出せないような空気の漂っている組織がある。

そのような組織では問題があっても誰もそれを言おうとしないし、場合によっては問題を隠そうとする。

そして、小さな問題が積み重なってやがては大きな問題となって、場合によっては事故やクレームという形で表面化する。

そうなってからでは遅いのだが、そのような組織では、今度は犯人捜しが始まる。

結局、誰かを犯人に仕立て一件落着となる。

結局、何も変わらないということになる。

大事なことは、犯人捜しではなく、原因究明ではないだろうか。

何か事故が起こったとき、責任追及に走ってしまう組織と、原因究明を徹底的に行う組織がある。

どちらが将来成長するかと言えば、それは後者に決まっているのだが、

日本の組織は、圧倒的に責任追及する組織が多いような気がする。

今問題となっている東電などは、それが顕著に表れている。

何か問題があっても、それを隠すという風土が蔓延しているような気がする。

もし本当に成長する組織にしたいと思うなら、日々の仕事の中で、小さな問題を発見し、その原因を究明し、解決策を立て、実行する。

この小さな積み重ねを通して、組織の風土や体質を変える取り組みをすることが必要ではないだろうか。

2011年6月 3日 (金)

不撓不屈(下)/高杉良

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 税理士法が改正されてから四年半ほど経った昭和59年11月12日の夜、飯塚は、国税庁長官に昇進していた福田幸弘と雑誌の対談で会食したが、そのときも「独立」に触れている。(中略)
飯塚: それと、これは大蔵省に対して失礼ないい方ですが、大蔵省は職業会計人ー税理士、公認会計士ーに対して過保護ではないなと思われます。職業会計人をもっと苛烈な競争裡に置く必要があるのではないでしょうか。そうすると、みんなもっと勉強するでしょう。
福田: 専門家としての実力を高める必要は常にありましょうね。
飯塚: 長官は、大蔵省で税理士法改正を手がけられたとき、「独立」という文言を入れてくれました。これは大きなことです。
福田: 税理士法は、だれも片づけてくれなかったので、私がやることになったのです。おっしゃるように「独立」に値する実力をたくわえて頂きたいですね。
マアマアではすまさないで。「実力」あっての「独立」ですからね。専門的知識で渡り合わねばいけないのです。(P255~258)

飯塚と国家権力との抗争は泥沼化の様相を呈するが、飯塚は国会にまで戦線を広げ、国会審議において国税側は完敗。

そして昭和45年、職員四名は無罪判決を受ける。

たったひとり、国家権力に抗した男は不屈の精神力で勝利を勝ち取った。

その飯塚が対談で、「独立」と「専門性」の必要性を説いている。

その言葉は、自分の体験に裏打ちされている。

飯塚が強大な国家権力に立ち向かい勝利したのも、

その原動力は、税理士は国税当局に食わしてもらっているわけではないという「独立性」と、

税の専門家集団である国税当局と争っても負けないだけの理論武装された「専門性」であった。

今、世の中に専門家と呼ばれる人たちは、掃いて捨てるほどいる。

その中の何割くらいが、「独立性」と「専門性」を兼ね備えているのであろうか。

私自身も専門家の端くれだが、もう一度自分の仕事に対する姿勢をただされた思いである。

2011年6月 2日 (木)

不撓不屈(上)/高杉良

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 11時ちようどに、飯塚と田中は訟務官室で金子訟務官の前に立った。田中に金子を紹介され、飯塚は低頭した。
 「飯塚と申します。お忙しいところをお時間を割いていただきまして恐縮いたしております」
 飯塚が差し出した名刺を、金子は見もせずにデスクに放り投げた。むろん、飯塚は金子の名刺をもらえなかった。
 「いろいろご心配、ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」
 金子は、うすら笑いを浮かべて、座ったまま、飯塚を見上げていたが、いきなり斬りつけるように浴びせかけた。
 「いくら、ご心配をかけました、ご迷惑をかけましたと言ったって、口先だけじゃ、もう駄目だ。われわれはなぁ、日の丸を背負ってるんだよ。あんたが抵抗するんなら、二年でも三年でも締め上げてやるから、覚悟するんだな!だいたい、あんたがた税理士は、われわれが食わしてやってるんじゃねえか。あんた、外車なんか乗り回してるんだってなぁ。あんたは雲の上にいるから分からんらしいが、あんたのとこの職員は悪いことしてるぞ。“別段賞与”も“旅費日当”も全部脱税だ!」
 ヤクザ顔負けの乱暴な言葉遣いだ。
 飯塚は度肝を抜かれ、立ち尽くしていた。
 「いいか、よく聞けよ。二件の税務訴訟を直ちに取り下げろ!“別段賞与”を三か年遡って、修正申告させるんだ。約六百社の得意先全部の“旅費日当”も三か年遡って修正申告させろ。飯塚事務所の職員の不正行為を自ら摘発して、その修正計画書を出せ。期限は十月十日とする」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「おい!聞いてるのか!」
 「はい」
 「四項目すべてを満たせば、上級者に頼んでなるべく軽い処分で済ませるように取り計らってやるよ」
 金子はうそぶくように言うなり、椅子を回して、飯塚に背中を向けた。(P62~63)

TKC設立者、飯塚毅の税務当局との戦いを描いた小説。

税理士・飯塚毅は、国税当局の誤った法解釈に抗して訴訟を起こす。

直後、飯塚は税務当局から呼び出される。

金子訟務官の態度はいかにも横暴であり、国家権力をバックに傲慢不遜な姿勢に始終している。

この後、当局は、顧客に嫌がらせの税務調査を開始し、顧問契約解消を迫ることで飯塚を“兵糧攻め”にする。

さらにマスコミへの情報操作で揺さぶりをかける。

そして遂に脱税事件をでっち上げて4人の事務所員を逮捕、当局の卑劣な攻撃はピークに達する。

国家権力というものは、ここまでやるのか。

このような態度や行動の中に、官僚が国民のことをどのように思っているのか、その本心が見えてくる。

明らかに国民を自分たちより一段下に見ている。

国民は官僚に黙って従っていればいい、もし逆らいでもしたらとんでもないことになるぞ、という態度。

これは間違ったエリート意識である。

改革が進まないはずである。

2011年6月 1日 (水)

落日燃ゆ/城山三郎

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 処刑はまず、東条・松井・土肥原・武藤の組から行われた。
 Pマークのついたカーキー色の服を着た四人は、仏間で花山の読経を受けたが、そのあと、だれからともなく、万歳を唱えようという声が出た。そして、年長の松井が音頭をとり、「天皇陛下万歳!」と「大日本帝国万歳!」をそれぞれ三唱し、明るい照明に照らされた刑場へ入った。
 広田・板垣・木村の組は、仏間に連行されてくる途中、この万歳の声をきいた。
 広田は花山にいった。
 「今、マンザイをやってたんでしょう」
 「マンザイ?いやそんなものはやりませんよ。どこか、隣りの棟からでも、聞えたのではありませんか」
 仏間に入って読経のあと、広田がまたいった。
 「このお経のあとで、マンザイをやったんじゃないか」
 花山はそれが万歳のことだと思い、
 「ああバンザイですか、バンザイはやりましたよ」といい、「それでは、ここでどうぞ」と促した。
 だが、広田は首を横に振り、板垣に、
 「あなた、おやりなさい」
 板垣と木村が万歳を三唱したが、広田は加わらなかった。
 広田は、意識して「マンザイ」といった。広田の最後の痛烈な冗談であった。
 万歳万歳を叫び、日の丸の旗を押し立てて行った果てに、何があったのか、思い知ったはずなのに、ここに至っても、なお万歳を叫ぶのは、漫才ではないのか。
 万歳!万歳!の声。それは、背広の男広田の協和外交を次々と突きくずしてやまなかった悪夢の声でもある。広田には、寒気を感じさせる声である。生涯自分を苦しめてきた軍部そのものである人たちと、心ならずもいっしょに殺されて行く。このこともまた、悲しい漫才でしかない。(P376~377)

東京裁判で絞首刑を宣告された七人のA級戦犯のうち、ただ一人の文官であった元総理、外相広田弘毅。

戦争防止に努めながら、その努力に水をさし続けた軍人たちと共に処刑されるという運命に直面させられた広田。

上記は、処刑される直前での一場面。

裁判でも自分に不利な発言を従容として受け入れ、一切の弁解をしなかった広田。

そのきまじめな広田が、他の戦犯たちがバンザイを唱和して処刑されていく姿を、マンザイと皮肉る。

痛烈な冗談である。

軍部の暴走で始まった太平洋戦争。

日本国民は、大本営発表を受け、今日も日本が勝ったと、日本各地でバンザイを唱和する。

そしてこの戦争は、日本の敗戦、多くの戦犯の処刑という形で終結を迎える。

その戦犯の中に、軍部と対立し、戦争防止に努めた広田が加えられている。

これは真にマンザイだと、広田は皮肉ったのであろう。

そしてこのマンザイ、今の日本でも違った形で繰り広げられている。

いつまで同じ事を繰り返すのだろう。

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