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2011年6月 7日 (火)

ローマ帝国衰亡史(下)/エドワード・ギボン

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 ローマ人はもともと質実剛健で、勇武の民でした。建国以来の領土拡大は、そのことを如実に物語っています。また、かれらは多神教であり、宗教的に寛容でした。さらに、人種的偏見も少なかったようです。くわえて、実利的な考え方をしていた民族でした。
 そのため、かれらの間には、どの民族の出身であれ、優秀な者はこれを活用するという風潮がありました。以上のような民族性により、ローマはしだいに発展、拡大していったのです。
 しかし、頂点にあることが長く続けば、だれであれ、その地位がもたらす影響をうけないはずはありません。国家の興亡、家門の盛衰、いずれにおいても、歴史はこのことを示しています。ローマ人にしても同じです。すなわち、みずからを元来優れた民族であると思い込み、悠久の昔からそうであったかのように現在の地位を当然とみなし、ひるがえって、周辺の蛮族を蔑視したのです。
 およそ蔑視は油断をうみ、油断は情報の欠如をもたらします。その結果、あらたな事態への対応を稚拙なものにします。同時に、油断は訓練をおこたらせ、みずからの力を相対的に低下させます。蛮族がもつ潜在力をみくびり、しかるべき対応ができなかったのも、もとはと言えば、そうしたローマ人の傲慢さに起因するものでした。(P169~170)

ローマ帝国の繁栄と衰退の歴史を省みると、

日本が戦後の焼け野原の状態から驚異的な復興を遂げ、

その後、高度成長期、石油ショック、バブル崩壊、失われた15年・・・と、

現在までたどってきた歩みと重なる部分が随分あることに気づかされる。

ローマの発展、拡大を支えた「宗教的に寛容さ」「人種的偏見の少なさ」「実利的な考え方」「優秀な者はこれを活用するという風潮」等は、日本ともある面、共通する部分がある。

日本も宗教的には寛容である。

クリスマス、お正月、お盆等、異なる宗教の行事が何の抵抗もなく国民に受け入れられている。

外国の文化や文明を自国に取り入れることもうまい。

また、他国に比べれば、人種的偏見も少ないといえよう。

社会的な階層意識も他国ほど強くはない。

生まれが貧しくとも、実力があれば出世しトップに立つこともできる。

これらが戦後日本の復興と高度成長を支えたと言っても良い。

ローマ人が「みずからを元来優れた民族であると思い込み、悠久の昔からそうであったかのように現在の地位を当然とみなし、ひるがえって、周辺の蛮族を蔑視した」ように、

ちょうどエズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が出された頃を頂点とし、

日本は衰退への道をたどることになる。

「もとはと言えば、そうしたローマ人の傲慢さに起因する」と述べているように、

日本も「傲慢」になってしまっていたのではないだろうか。

今が底なのか、いやもっと先にどん底があるのか、それはわからないが、

今こそ、何が日本の強みなのか、もう一度原点に立ち返るべき時ではないだろうか。

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