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2011年6月20日 (月)

働く気持ちに火をつける/齋藤孝

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 井上陽水は、ある本でこんなことを言っていた。曲をつくるのはものすごくクリエイティブな作業のように思われているが、「襖職人」のような感覚に近いという。
 「基本的には襖張りと同じです」という言葉が印象的だった。
 もちろん現実に曲や詞をつくるにあたっては遅々として進まないときもあるし、才能も必要だろう。しかし納期になれば、パパッと襖を張り、「一丁上がり」と次々仕事を仕上げていくような感覚なのかもしれない。
 それはどんな創造性を要する仕事においても同じだろう。機械的にできる部分が増えれば増えるほど、次の状況を予測する余裕が生まれ、よりアグレッシブな脳の使い方ができる。個々の技術に対していちいち神経を使っている状態だと、大きな先を読む力が奪われる。職人的な基礎力があってこそ、自由に羽ばたけるのだ。(P98~99)

素人目から見ると、曲を作るという作業はすごくクリエイティブな作業のような気がする。

突然、天から歌詞やメロディーが降ってくるような感覚を持っていたが、どうもそうではないらしい。

井上陽水によると、「基本的には襖張りと同じ」だという。

襖張りというと、印象として持つのは、あらかじめ決められた段取りに沿って、淡々と作業を進め一定の量をこなしていくというものだが、曲作りも似たようなものだということだろうか。

面白いのは、井上陽水が自分を襖張りの職人に見立てていることである。

確かに、自分を職人として位置づけて、こうすればできる、このやり方なら大丈夫だというベーシックな技術を確立しておくと、絶対的な自信になる。

考えずにできる職人的部分が大きいほど、脳のスペースが空き、クリエイティブなことに使えるようになる。

職人的な技術の上に、ほんのちょっとクリエイティブな部分を付け加えることが、多くのヒット曲を量産するコツだということではないだろうか。

そして、それはどんな仕事にも言えるのではないだろうか。

つまり、考えないでも手と身体が動くまで熟練した部分が多いほど、脳のスペースが空き、それがクリエイティブな仕事につながっていくということではないだろうか。

単純なルーチンワークも侮ってはならないということであろう。

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