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2011年7月11日 (月)

海の都の物語 1/塩野七生

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 「はじめに、言語ありき」
 ではない。ヴェネツィア共和国では、
 「はじめに、商売ありき」
 であったのだ。彼らは、中世の“エコノミック・アニマル”であった。だが、これら“エコノミック・アニマル”たちは、少しも、そうあることに劣等感をいだいてはいなかったようである。それは、おそらく、商売を効率良く進めていくには、政治、外交、軍事のいずれの面でも大変にきめの細かい技を駆使しなければならず、そのようなアルテ(技能)は、作品を残すアルテ(芸術)に比べて、少しも劣るものでないことを知っていたからであろう。ヴェネッィア共和国は、「はじめに、商売ありき」で、一千年間を生きていくのである。(P125)

ローマ帝国滅亡後、他国の侵略も絶えないイタリア半島にあって、一千年もの長きにわたり、自由と独立を守り続けたヴェネツィア共和国。

外交と貿易、そして軍事力を巧みに駆使し、徹底して共同体の利益を追求した稀有なるリアリスト集団。

塩と魚しかなく、土台固めの木材さえ輸入しなければならなかったヴェネツィア人には、自給自足の概念は、はじめからなかったにちがいない。

しかし、この自給自足の概念の完全な欠如こそ、ヴェネツィアが海洋国家として大を為すことになる最大の要因であった。

この点では、置かれた環境は日本とよく似ている。

日本もやはり国づくりを考える場合、「資源がない」ということを出発点としなければならない。

ヴェネツィア場合、そこから導き出された答えは「はじめに商売ありき」であった。

この考え方のもと、国の形が作られたのがヴェネツィア共和国であった。

ヴェネツィア共和国では、国家がくだす決定が非常に大きな力を持ち、その“行政指導”は他国に例を見ないほど強かった。

だが、これは、ほとんどのヴェネツィア人が、自分の利害と国の利害が一致していることを知っており、

ヴェネツィアの統治階級である大商人たちが心がけた、そして実行した、法の平等な実施と利益の公正な分配に、ヴェネツィア人が不満を感じなかったからであろう。

単なる力による上からの押えつけであったならば、一千年余りの間に二回しか反政府運動が起きなかったという、同時代の他の国々とは比べようもないほどの国内の安定を享受するなど、まずもって不可能であったにちがいない。

一千年あまり続いた国家、ヴェネツィア共和国。

この国の衰亡を振り返ることは、今の日本を見る上でも大いに参考になる。

日本もかつては“エコノミック・アニマル”と呼ばれたのだから。

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