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2011年7月12日 (火)

海の都の物語 2/塩野七生

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 法もまた、彼らにも平等に施行されたことはもちろんである。それどころか、貴族の権利を守る委員会はなかったが、市民の権利を貴族の横暴から守るための委員会はあった。市民は誰でも、この委員会に告訴できたのである。「貴族には正義を、国民にはパンを」のモットーのとおりに。
 税制も、貴族に特別待遇を与えはしなかった。これも第四話で述べた、一種の直接税ともいうべき長期国債の強制的な割当て制度も、資産の額に応じて割り当てられるのであるから、資産家と認定された貴族は、貴族であっても、それから免除されはしなかった。このように、ヴェネツィアの貴族は、他の国々の同僚とはちがって、国政に参与できるというたったひとつの特権を得、貴族階級に属するという栄誉を与えられる代りとして、率先して法を守り、率先して税金を納め、率先して戦いの第一線に立たねばならないという義務を課されていたのである。(P135~136)

一千年も続いたヴェネツィア共和国。

それを支えた考え方が「貴族には正義を、国民にはパンを」というモットーに表れている。

ヴェネツィアの貴族は、貴族階級に属するという栄誉を与えられる代わりとして、率先して法を守り、率先して税金を納め、率先して戦いの第一線に立たなければならなかった。

彼らは、国政に携わることで、給料をもらっていたわけでもない。

貴族階級に属するということは、それなりの義務を負うということを意味していた。

これはノブレス・オブリージュの考え方に通じるものがある。

ノブレス・オブリージュは、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」の意味。

一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。

貴族制度や階級社会が残るイギリスでは、上流階層にはノブレス・オブリージュの考えが浸透している。

第一次世界大戦で貴族の子弟に戦死者が多かったのはこのためであり、フォークランド戦争にもアンドルー王子などが従軍している。

「貴族には正義を、国民にはパンを」というモットーがヴェネツィア共和国では実践されていた。

国の体制が違うので、このままというわけにはいかないだろうが、日本の国会議員や地方の議員さんたちにも、適用できる考え方ではないだろうか。

やはり議員として立たされているということは、それなりの義務が生じるいうこと。

自分たちの金と権力の保持に汲々としている今の議員には「正義」は感じられない。

少なくとも累積赤字で苦しんでいる市町村の議員は名誉職にし、無給にしてもよいような気がする。

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