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2011年7月13日 (水)

海の都の物語 3/塩野七生

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 ヴェネツィアの勝利は、だから不戦勝である。しかし、不戦勝であろうと、勝利には変りはない。それどころか、勝利としてはより価値の高いものである場合が多い。ヴェネツィアは立ち直れたのに、ジェノヴァは、ついに立ち直ることができなかったのだから。
 すべての国家は、必ず一度は盛期を迎える。しかし、盛期を何度も持つ国家は珍しい。なぜなら、一度の盛期は自動的に起るが、それを何度もくり返すのは、意識的な努力の結果だからである。
 ヴェネツィア史の権威ジョンズ・ホプキンズ大学のレイン教授は、次のように結論を述べる。
「長期にわたったヴェネツィアとジェノヴァの対立の末のヴェネツィアの勝利は、海軍の力とか海戦の技術とかによるのではない。ヴェネツィアは、1270年以後、この面での優位をもはや持ち合わせていなかった。
 勝利を決した因は、別の方面での両国家の能力の差にある。つまり、社会を組織する能力である。この能力では、ヴェネツィア人とジェノヴァ人の間には、非常な差が存在した」(P134)

同じ海洋国家でありながら、正反対の国民性を持っていたヴェネツィアとジェノヴァ。

この2つの国が戦い、最後に勝利したのはヴェネツィアだったことは興味深い。

ヴェネツィアもジェノヴァも、海外貿易によって大を成した国。

しかし、共同体意識が非常に強かったヴェネツィアに比べ、ジェノヴァはまさに個人主義のるつぼと言ってよかった。

ジェノヴァの男たちは、自分たちを海洋国家の民と比べ、とくにライバルのヴェネツィア人に比べて、天才だと信じていた。

戦争ではジェノヴァが優勢に進める場面が多く、それは優れた人物を多く輩出したジェノヴァは当然のように将軍や船乗りも優秀だったから。

しかし休戦になった途端に、個人主義を重んじるジェノヴァは政体が安定せず、内輪争いが始まる。

一方、ヴェネツィアの団結は素晴らしく、不利な状況に追い込まれても政治や外交で挽回する。

時には挽回というよりも、じっと耐えるかのような場面さえある。

最後はジェノヴァの自滅という形でヴェネツィアに勝利が舞い込む。

つまり、戦争一つをとっても、個々の戦闘能力や技術だけでは計れないということ。

あくまで、それをバックアップする社会を組織する能力の有無がカギとなる。

その点、ヴェネツィア共和国の強みは日本ともよく似ていると言える。

日本の強みもやはり組織能力の高さである。

日本も、もう一度、自らの強みを生かす国づくりを考える必要があるのではないだろうか。

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