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2011年7月 2日 (土)

連合赤軍「あさま山荘」事件/佐々淳行

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 多重六号に一戻って二機の現状を報告し、無傷の九機との交代を進言しようと急ぎ足で歩いていると、NHKの石岡壮十記者に呼びとめられた。「佐々さん、あさま山荘に入りましたね、船久保キャップからのたってのお願いなんですがNHKの全国生中継に出て内部の状況話してくれませんか。全国の視聴者がイライラしてるんで・・・・・」冗談じゃない、私は解説者じゃない。隊員たちが命がけで戦っているのにNHKの解説なんか出来るわけがない。そういえば東大安田攻めの時も同じ船久保キャップから生放送出演の依頼があったが私は断った。今度も折角のお申し入れだが丁重にかつ、断固お断りする。
 後で知った事だがNHKは朝九時から夜七時まで連続生放映の記録をつくり、視聴率も前述したように最高八十九・七%を記録したそうで、船久保キャップは「公共放送なんだから協力してくれてもいいのに」とぼやいていたという。(P275)

あさま山荘事件が起こったのは1972年のこと。

この模様は全国に生中継され、テレビの画面に釘付けになったことを今でも生々しい記憶として脳裏に残っている。

最高90%近くの視聴率ということだから、国民の9割近くが見ていたということだ。

いわゆる劇場型事件のはしりのようなものだろう。

その後の湾岸戦争やオウム事件等も劇場型といえるものだ。

場合によっては、現在の大震災もそのような形になってしまう可能性がある。

現場では、必死の攻防をしているのに、一方で、第三者のような感覚で見ている視聴者がいる。

あたかもドラマの主人公に感情移入してハラハラドキドキしているような感覚である。

そしてその橋渡しをするのが、メディアの存在。

それだけに、メディアには高度な判断力や見識に基づく節度が求められる。

ところが、特にテレビ局は視聴率が全てという感覚がある。

視聴率を取れるかどうかが判断基準となってしまうところがある。

それが上記のような、現場指揮の責任者をテレビの解説者に立たせようとする暴挙に走らせる。

メディアの驕りといえるものではなかろうか。

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