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2011年7月26日 (火)

そうだったのか!日本現代史/池上彰

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 バブルがはじけて初めて、人々は、これがバブルだったことに気づきました。バブルに踊った人々の責任を無視することはできませんが、それ以上に、日本経済の舵取りを誤った政治家、経済官僚の責任は重大です。
 バブル後に日本経済は低迷し、「失われた10年」と呼ばれることがあります。「問題を解決することができたチャンスをみすみす失った10年」だったのです。(中略)
 そこには、無責任な事なかれ主義、過去の経験だけを重視した経験主義、失敗から学ばない傲慢さばかりがあるのです。
 「おかしいと思ってもモノを言えない営業現場の銀行員。当局の意向に従うだけで、責任を取らない経営陣。視野の広い戦略を欠き、肝心の決断は先送りした当局。それは太平洋戦争における前線の兵士と将校、将校と参謀本部の関係と全く変わっていない」(日本経済新聞社編「検証バブル犯意なき過ち」)(P386~387)

バブル崩壊後の「失われた10年」とは「問題を解決することができたチャンスを失った10年」であると池上氏は言う。

「おかしいと思ってもモノを言えない営業現場の銀行員。当局の意向に従うだけで、責任を取らない経営陣。視野の広い戦略を欠き、肝心の決断は先送りした当局。」

これは太平洋戦争における前線の兵士と将校、将校と参謀本部の関係と全く変わっていないという。

そしてこれは、そのまま今の原発の問題に置き換えることができる。

つまり、戦中の組織と個人の関係が、今に至るまで形を変えて、繰り返し行われているということ。

結局のところ、日本人は、組織の中における個人はどのように考え、判断し、行動すべきかということをずっと問われてきているということではないだろうか。

日本人は集団の中に個を埋没させることが多い民族である。

このような特性は、日本の強みとして力を発揮することもある。

組織が正しい方向に進もうとしている時には、パワーが加速される。

しかし、マイナスに働くことも多い。

特に組織が間違った方向に進んでいこうとしている時に、ブレーキをかけることが困難になる。

だれもが組織の中に個を埋没させ、物言うことをせず、責任を取ろうともしない。

その結果、歯止めがかからなくなってしまう。

そして、ある時、大きな問題として表面化する。

これが日本の至るところで行われているのが実態ではないだろうか。

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