広報室沈黙す/高杉良
「私は、昭和三十四年からこの仕事をしています。いろいろ言うに言われぬ辛い経験もしてますが、そんなとき、これをつぶやくことにしているんです」
江藤は、定期入れの中から紙片を取り出して、木戸に手渡した。
紙片には、次のような言葉がタイプで印刷されてあった。
男の修業
苦しいこともあるだろう
云いたいこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう
これらをじっと
こらえてゆくのが
男の修業である
「山本五十六元帥が遺した言葉と言われてますが、二十年以上も広報をやってますと、ときには死にたくなるようなひどい仕打ちにあうこともあります。そんなとき“じっとこらえてゆくのが男の修業である”と、わたくしは二度三度と繰り返しつぶやくことにしてるんです」(P127~128)
新任広報課長木戸徹太郎が、会社とメディア・社会の狭間で悩みながら気骨をもって立ち向かう経済小説。
モデル企業は安田火災海上保険(現在、損保ジャパン)。
ある日、経済雑誌によるスキャンダル報道で社内は大揺れになる。
超ワンマンで会社を私物化する会長。
言うことは立派だが行動が伴わない社長。
独断専行する常務。
いやな仕事をすべて部下に押しつけて報告は聞かなかったことにする室長。
こんな中、新任の広報課長木戸は企業の矛盾を一身に背負いこむこととなる。
対応に追われた広報課長の木戸は、その裏に隠された社内派閥抗争を知り、中間管理職としてどう対処すべきか悩む。
上記は、木戸が記者クラブで知り合ったE新聞島村記者に、広報のことならこの人に聞けと紹介された「広報の権化」、日本モーターズ江藤東京広報部長を訪ねるシーン。
江藤は広報マンとして自分がよりどころにしている山本五十六の言葉を紹介する。
「男の修行」と題するこの言葉、広報マンに限らず、中間管理職として立つものは身にしみるのではないだろうか。
現代でも中間管理職は「多重債務者」と揶揄されることがある。
昭和の時代を描いているが、現代においても中間管理職の置かれている立場や状況はあまり変わっていないように思われる。
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