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2011年8月22日 (月)

街場のメディア論/内田樹

Bt000011954200100101_tl  それと同じようなことを村上春樹さんも柴田元幸さんとの対談の中で言ってました。
 「いい小説が売れない。それは読者の質が落ちたからだっていうけれど、人間の知性の質っていうのはそんな簡単に落ちないですよ。ただ時代時代によって方向が分散するだけなんです。この時代の人はみんなばかだったけど、この時代の人はみんな賢かったとか、そんなことはあるわけがないんだもん。知性の質の総量っていうのは同じなんですよ。それがいろんなところに振り分けられるんだけど、今は小説のほうにたまたま来ないというだけの話で、じゃあ水路を造って、来させればいいんだよね。」
 この村上さんの言葉の中の「小説」という単語は「書物一般」に拡げて考えることができると僕は思います。書籍が売れなくなったのは、これまてメディアについて言ってきたのと同じように、やはり出版する側に、読み手の「知性の質の総量」に対するリスペクトが足りないことが原因なのではないでしょうか。(P221~222)

今、マスメディアの凋落現象が起こっている。

一番の原因として上げられているのはインターネットの出現。

これまで新聞とテレビを中心として組織化されていたマスメディアの構造がインターネットの出現によって崩壊してしまったというもの。

しかし、本当にそうだろうか。

例えば、テレビ番組の質はどうなのか。

相変わらず程度の低いバラエティーがやたらに多い。

あまりにも内容の浅い制作者の意図がミエミエのドラマ。

どの局も同じ視点で同じことしか言わない報道番組。

いかにもしたり顔で、庶民の代弁者のような態度でコメントする、年収数千万のキャスターたち。

はっきり言ってこれでは見る気がしない。

テレビを観ること自体が時間の無駄だと感じてしまう。

つまり、マスメディアの凋落は、マスメディアにかかわっている人たちの力が落ちたことが原因であり、インターネットはそのきっかけを作ったに過ぎないということ。

内田氏は、その原因は視聴者や読者に対するリスペクトが足りないからだと述べている。

程度の低い情報しか提供せず、それは読者が或いは視聴者がそれしか求めていないからだという考え方がその根底にあるという。

今後、インターネットは益々広がりと深みを増してくるであろう。

そして、既存のメディアは、これをきっかけとして、もう一度自分たちの存在価値、存在意義というものを考え、原点に立ち返っていく必要があるのではないだろうか。

これが生き残りへの唯一の道であるように感じる。

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