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2011年8月 9日 (火)

悪の民主主義 民主主義原論/小室直樹

A9rd590_2  今の日本の議会は、立法権を役人に簒奪されきってしまっている。ではなぜ、簒奪されきったか。その理由は、男・角栄を思い出すことによって理解されよう。
 戦後日本の民主主義における政治家・田中角栄の最大の遺産は何か。答えは簡単だ。田中角栄だけが立法府たる議会を機能せしめた。
 これに尽きる。具体的に言えば、33の議員立法を行ったことだ。いまや立法機能は、官僚に簒奪されきっているが往時、議員の本分たる「法律をつくる」ことをやってみせた。(中略)

 六法全書と首っ引きで勉強した法律屋は、法が現実にあわないと現実を現行法の穴ぐらに押し込めようとする.バカな話じゃないですか---法律なんて、人間が生活していくのに役立つようにつくられたものなんです。法律が主人ではなく、人間が法律を使いこなす主人であるべきだ。人間が法律に振りまわされるなんて意味がない。田中は役人が「ご意見ごもつともですが現行法があってできません」と言えば、
 「それならいまの法律を変えればいいじゃないか。現行法を改廃して新しい法律をつくろう」
 と言う。簡にして要を得ている。当然のことでしょう。当然なことだけれども、これが現実にはなかなかできない。とくに、法にたずさわる役人たちがそうなんです。目の前の秩序にこだわる。建前の網の中から出られない。
(早坂茂三『オヤジとわたし』集英社文庫)(P181~183)

国会議員には立法機能がある。

こんなこと三権分立を習った小学生でも知っている。

でも、今の国会をみていると、国会とは立法府であるということをみんな忘れてしまっているのでは、と疑わざるを得ない。

少なくとも国会議員の口から「現行法があってできません」という言葉は聞きたくない。

その意味では、確かに田中角栄の存在は大きかった。

功罪両面を持っていた政治家だが、役人をうまく使いこなして物事を前に進めるブルドーザーのような力量については、今の政治家にはないものをもっている。

よくある議論として「清廉潔白で無能な政治家」がよいか、「毒の部分も持っているが有能な政治家」がよいか、というものがある。

もちろん、「清廉潔白で有能な政治家」がいればそれが一番よい。

しかし、歴史をみてみると、そのような政治家はなかなかでてこない。

有能なリーダーは、ある意味毒の部分を持っている。

あとは、それをどれだけ許容できるかという問題である。

平時であれば「清廉潔白で無能な政治家」でもよいだろう。

しかし、今日本は非常時だ。

速い決断と、実行力、そして国民にビジョンを示すことのできるリーダーが求められている。

無い物ねだりのような気もするのだが・・・

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