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2011年8月 7日 (日)

豆腐の如く ありのままに生きてみよう/斎藤茂太

A9r1933

 日本の女性はおしゃれが下手だと言われる。ときどき出かける銀座や渋谷の街角で、大学のキャンパスで、招かれた講演会や会合の席で、目に入る若い女性のファッショナブルな服装からは、彼女たちが“おしゃれオンチ”とはとても信じられない。
 しかしパリやニューヨークに何日間か滞在して日本へ帰ってくると、不思議に納得がいく。外国ではどんな服が今年は流行しているか、さっぱりわからない。ところが東京にいると、ファッションに鈍感な私ですら、シーズンの流行がはっきり読める。
 みんな同じ服を着ているように見えて仕方ないのである。さすがにこの頃は少なくなったけれど、以前はそんなことがたびたびあった。
 つまり欧米の女性ほど、日本の女性はファッションに個性を求めないのだろう。むしろ、バスに乗り遅れまいと流行を追い求める。(中略)
 「軟かさの点では申し分がない。しかも、身を崩さぬだけのしまりはもっている。」
 私がベストダンディー賞を選ぶ際の選考基準は、これ以外にない。すなわち、「豆腐の如く」である。(P95~98)

心理学的に考えれば、まわりと同じであることに安心感を見いだすのは、自我が充分に発達していない証拠だと言う。

「ダンディー」の語源は明らかでないが、キリストの十二使徒の一人で、男らしさで有名なアンドリューの名から派生したという説が、今のところ有力らしい。

十九世紀のフランスでは、芸術家の誇りをあらわす言葉として詩人たちが好んで使ったという。

安易に流行を追うようなおしゃれとは、ちょっとわけが違う。

それを考えると、「ダンディー」という言葉の当てはまる日本人は非常に少ないと言える。

グッチやエルメスが注目されれば、同じ柄のバッグを猫も杓子も持ち歩く。

素敵なロングヘアの女優が人気者になると、自分の顔に似合うかどうかは考えず、誰もが同じように髪を伸ばす。

ひところ女子高生の間で流行ったルーズソックスなど、その典型だと言える。

「個性的」とか「自分らしさ」を強調する人に、何か違和感を感じてしまうのは、その前提となる自我の発達がなされていないからであろう。

借り物の個性であり、自分らしさなのである。

キリスト教的な考え方が根本にある欧米人は、まず「神と自分」との関係を考える。

そこから「個性」が生まれる。

ところが、日本人にはそれがない。

あくまで、「周りは自分をどう見るか」が基準。

そこから「個性」は生まれない。

そんな日本人が「個性的」とか「自分らしさ」と言っても、何か違和感を感じてしまうのは、考えてみたら当たり前なのかもしれない。

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