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2011年9月の30件の記事

2011年9月30日 (金)

なぜ日本人はとりあえず謝るのか/佐藤直樹

Bt000013065600100101_tl  私がいつも不思議に思うことだが、「世間」には、このように自分に危害がくわえられたわけでもなく、直接なんの関係もないのに、メディアの報道やホームページをみて、あたかも「我がこと」のように考え、卑怯にも匿名で、いやがらせの手紙を出したり、無言電話をかけたり、メールを送ったり、ブログを炎上させたりする人たちが、かなり沢山いるらしいことである。
 おそらく「世間」が「我がこと」のように考えるのは、「共通の時間意識」があり、個人が存在せず、自他の区別がつきにくいため、同情と共感を生みやすいからである。そしていったん〈世間-内-存在〉として「我がこと」のように考えると、当事者と自分との区別がつかなくなり、「迷惑をかけられた」と本気で思うようになる。そうなると、「迷惑をかけた」と考える対象に対して、直接なんの関係もないのに〈世間-外-存在〉として「はずし」をおこなうことになる。

日本人独特の考え方に「世間」というものがある。

日本というムラの住民は「世間」から「はずれる」ことを最も恐れ、

はずれた場合には、必死に謝罪して「ゆるし」を請う。

「世間」は英語に訳することができないという。

つまり、英語圏には「世間」は存在しない。

そして、この「世間」という考え方は「ウチ」と「ソト」を明確に区別する。

日本人は「個人」と「ウチ」との境界は曖昧である。

しかし、「ウチ」と「ソト」との境界ははっきりとしている。

日本人が一番怖いと思っていることは「ウチ」から「はずされる」こと。

いわゆる「村八分」。

これを一番恐れる。

だから「ウチ」に戻してもらおうと「ゆるし」を請う。

これが「謝罪」という行為。

日本では、世間に対して悪いことをした人が「謝罪」したかどうかが一番問題になる。

マスコミもそれをあおる。

なぜなら、マスコミは世間の「同情」と「共感」を得られなければ成り立たないと思っており、

世間をもっとも敏感に感じているから。

ネットの世界もそう。

ネットの世界というと「開かれた世界」という印象があるが、どんでもない。

日本人はネットの中にも「世間」を形成する。

しかも「匿名性」かあるため、その住民は益々攻撃的になる。

ムラの掟を破った住民に対しては、みんなが牙を剥く。

ブログの炎上などはその最たる例。

まさに「ウチ」と「ソト」が極端に表れる世界、これがネットの世界。

そう考えると、日本人はあらゆる場所で「世間」を形成し、自分たちの行動を制限している不思議な民族だといえないだろうか。

2011年9月29日 (木)

まわりにあわせすぎる人たち/名越康文、ロブ@大月

Bt000012953900100101_tl  この国は、一つの問題が起こると、真剣に考えることは決してせず、ただ脇を固めることだけはすごい同調圧力をかけてやってきた。みんながバラバラになってしまう、ということだけを恐れてやってきたので、そのぶん、集団のルールを乱させないことだけは、非常で冷酷なほど緻密にやってきた。つまりいろんな考え方、多様な生き方を許さない無言の圧力に満ちた社会を維持してきたわけです。そのことにはすごく真剣に深刻に、規制を張ってやってきているものだから、各々の人生もどんどん息苦しくなってきてみんなヘトヘトなんだけど、なんの解決にも結びついていかない。「なぜか?」という問いは個人の中にちゃんと出現することはなくて、ただ人に合わせる圧力の強さ、摩擦の強さから生じた熱だけが残ってきた。

この本の主題である「過剰適応」という現象は、現代日本における巨大な精神的閉塞感の、一つの原点になっていると考えられるもの。

日本ほど同質性を個人に求める国はないだろう。

異なる意見、考え方、生き方に対して、無言の同調圧力を集団がかけることにより、つぶしてしまう。

あるいは、意見が出づらい空気を醸成する。

こうなってくると「なぜ?」と考えることすらもいけないことになってしまう。

特に子どもの世界で「いじめ」が起こる構図はこのようなもの。

みんなの意見に同調せず「なぜ?」と発言した子どもは、間違いなくいじめの対象になる。

みんながいじめをしていて、それに加担しなければ、今度は自分がいじめの対象になってしまう。

子どもの世界では、これほどの恐怖はない。

そして大人になって就職し働くようになって、益々集団による同調圧力は強まる。

「空気の読めないヤツ」は「ダメなヤツ」と同義語。

表面的には「個性的であれ」「出る杭になれ」と言っていても、実態は旧態依然とした組織であることが多い。

ここから「過剰適応」が起こる。

一種の自己防衛本能と言ってもよいだろう。

今、「過剰適応」が日本全体を覆っている。

2011年9月28日 (水)

父が子に語る昭和経済史/竹内宏

A9r8329  日本の企業は、つぎつぎに海外不動産を買収した。平成に入る頃には、ロスアンゼルス市で言えば、ダウンタウンの新築高層ビルや、ビバリー・ヒルズやベル・エアといった高級住宅地にある超高級ホテルは、ほとんど、日本企業に買収された。コロラドやネバダの超一流スキー場の三つが、日本の企業のものになり、ハワイの高級ホテルの六割は、日本企業の所有になるというすさまじさだ。
 バブル経済の時には、地上げ屋に土地を売却した人達は、巨額な資金を手に入れた。巨大都市に住む人達の多くは、地価や株価の値上がりによって、大資産家になった。こうした土地成金と、にわか資産家達は、ベンツ、ルイ・ヴィトンといった高級品を使い、ナポレオンを飲んだ。バブル経済の時の消費の拡大の四割は、土地成金によるものであり、二割は、にわか資産家の支出だという。消費は、高級化、多様化の一途をたどった。
 バブル経済の時には、ほとんどすべての人が、日本経済のすばらしい発展の継続を信じ、日本経済の実力は、アメリカを軽く抜き去ったと錯覚してしまった。(P262)

1980年代の後半から90年代のはじめにかけて日本はバブルに踊った。

当時の日本人はこれがずっと続くと思っていた。

バブル崩壊を予測した経済の専門家はほとんどいなかったのではないだろうか。

今でも記憶に残っているのは、日本企業が海外の不動産を買い漁り、アメリカのシンボルともいえるエンパイア・ステートビルまで買収したこと。

アメリカ人の心情を考えると、なんと日本人は厚顔無恥だったことかと思う。

そして今は中国が同じことをしている。

しかし、バブル経済のもとで、景気が過熱し、地価や株価だけではなく、一般物価の上昇率が高まってくると、日本銀行は、金融引締め政策を開始する。

大蔵省は地価上昇を防ぐために、銀行に対して、不動産に対する厳しい融資規制を行い、また投機的な不動産の売買を防ぐための土地の短期譲渡重課税の制度をもうける。

金利の上昇とともに、株価は急激に低下し、土地への融資も抑えられ、地価は下降し続け、ついにバブル経済は崩壊する。

今、振り返ってもあれは何だったんだろうと考えてしまう。

バブル経済と表現するように、実体経済を「泡」で包んで大きく見せていた時代。

そして、その泡で膨れ上がった経済を、実力だと思い上がっていた時代。

日本に二度とこのようなことは起こらないだろうし、起こってもらっても困る。

2011年9月27日 (火)

20歳のときに知っておきたかったこと/ティナ・シーリグ

51kccojndkl  情熱とスキルと市場が重なり合うところ。それが、あなたにとってのスウィート・スポットです。そんなスポットを見つけられたら、仕事がただ生活の糧を得る手段で、仕事が終わった後趣味を楽しめるのではなく、仕事によって生活が豊かになるすばらしいポジションにつけることになります。こんなに楽しんでいてお金をもらっていいのかと思えることを仕事にする・・・・・・これが理想ではないでしょうか?中国の老子は、こんなことを言っています。
 生きることの達人は、仕事と遊び、労働と余暇、心と体、教育と娯楽、愛と宗教の区別をつけない。何をやるにしろ、その道で卓越していることを目指す。仕事か遊びかは周りが決めてくれる。当人にとっては、つねに仕事であり遊びでもあるのだ。(P121~122)

ワークライフバランスということが盛んに言われるようになった。

日本人は働きすぎ、だから、うつ病等の精神疾患も増える。

もっと、仕事とプライベートのバランスの取れた生活をする必要がある、と。

しかし、この発想の根本には、仕事とは単なる生活の糧を得る手段であり、苦痛なもの。

だから、プライベートな時間を確保しなければ壊れてしまうという考え方がある。

そもそも、仕事とはそんなに苦痛なものだろうか?

もし仕事をする必要がなければ、人生は味気ないものとなってしまうことだろう。

仕事を通して私たちは多くの出会いを体験し、自分自身を発見する。

その意味では、一番いいのは仕事を趣味にしてしまうこと。

ワークとライフをイコールにしてしまうこと。

これが一番いい。

日本はこれから超高齢化社会を迎える。

年金の財政のことを考えると、みんなが60歳で仕事を辞めたら破綻してしまう。

国としては一生働いてもらいたいと思っていることだろう。

そうなると、仕事も短距離走ではなく長距離走の発想で考えていく必要がある。

そう考えると、情熱とスキルと市場が重なり合うスウィート・スポットを見つけること。

これが働く人に求められているように感じる。

2011年9月26日 (月)

さあ、才能に目覚めよう/マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン

A9r84dd  「強み革命」の先陣を切ろうとしている企業は、この事実に大いに勇気づけられることだろう。なぜなら、多くの企業がいまだに従業員の強みをまったくと言っていいほど活かしていないからだ。ギャラップはこれまでに63カ国、101の企業で働く1700万人以上の従業員に、先ほどと同じ「最も得意な仕事をする機会に毎日恵まれているか」という質問をし、その結果をデータベースにまとめているが、実際に何%の従業員が「恵まれている」と答えたか。何%の従業員が自分の強みを発揮できていると実感していたか。
 答えは20%だ。この地球上で、企業に勤める従業員のわずか20%しか、自分の強みを毎日発揮できていると感じていないのである。この調査では、さらにおぞましい事実も明らかになった。それは、勤続年数が長くなり、従来どおりの出世コースを進むにつれ、自分の強みが活かされていると思えなくなる人が増えるということだ。(P9)

ギャラップの調査によると、20%の社員しか、自分の強みを毎日発揮できていると感じていないということ。

日本企業だけに限定して見てみると、そのパーセンテージはもっと低いかもしれない。

能力開発という観点から見ると、弱点を克服することを中心に行うものと、得意分野を伸ばすことを中心に行うものとがある。

日本はどちらかというと弱点克服型が多いように感じる。

仕事の評価も減点主義が多い。

平均点を取る、失敗しない、こんなことばかり注力すると、本当に面白くない人材になってしまう。

そして、日本ではこのような人材が出世していくケースが多い。

しかし、この20%という数字、ある意味チャンスだと言える。

企業の価値を増すには、内部に眼を向け、個々の社員の埋もれた能力を発掘することに、ただ力を注ぎさえすればいいということ。

もし、20%という数字を倍増させ、40%の社員が毎日強みを活かす機会に恵まれていると実感できるようにすれば、生産性および収益はどれくらい増すだろうか。

仮に、それを3倍にし、60%にすればどうだろうか。

もう圧倒的に差別化することができるだろう。

発想を変えれば、チャンスはいくらでもある。

2011年9月25日 (日)

放射能と生きる/武田邦彦

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  福島はいま、文科省の1年20ミリシーベルトの基準で動いている。これは何を意味するか。これからの30年を描画してみる。最後の判断をするのは福島の人だが、参考にしていただきたい。

・人体への影響
  放射線は被爆する量に比例してガンが発生する。セシウムの半減期は30年だが、土壌が流れたりするので、それを10年としても、今から10年は普通の状態より増えるガンが他県より20倍、次の10年は10倍になるだろう。福島は「若年層ガン多発県」になる。福島の人には言いにくいし、申し訳ないが、これは科学的事実である。今、言いにくいからといって耳触りのよいことを言っても、そのうち事実となって現れる。そしてこのデータは「武田説」ではなく、国際的にも国内的にも多くの専門家が認めているものである。

4月19日付けで文科省から、年間20ミリシーベルトが子供たちの基準値で あると通知が出された。

素人の私には、この基準値が高いのか低いのかわからないのだが、武田氏はこの数字の意味することを述べている。

“今から10年は普通の状態より増えるガンが他県より20倍、次の10年は10倍になるだろう。福島は「若年層ガン多発県」になる。”と

ショッキングな内容だが、もしこれが科学的事実だとしたら、これを受け入れる以外にない。

むしろ、事実を事実として公表しない国の姿勢に憤りを覚える。

震災後、放射線の影響について「ただちに影響はない」というコメントが繰り返された。

確かに放射線の影響は10年20年後に現れるので、「ただちに影響はない」のは確かだ。

しかし、これは詭弁にすぎない。

政治家も東電もマスコミも、どうして「10年後にはこうなる」、「20年後にはこうなる」と科学的事実を公表できないのか。

何を信じてよいのかわからないという状態、これがいちばん怖い。

2011年9月24日 (土)

なぜ「ことば」はウソをつくのか?/新野哲也

Isbn4569642926   よいアイデアがうかばないときは、だれもが腕を組み「イメージがわかない」と嘆く。
  音楽家なら五線紙、画家ならキャンバス、作家なら原稿用紙の前で髪の毛をかきむしるかもしれない。だが、アイデアがうかばないときは、いくら脳みそを絞っても、どんなに身悶えても、何も頭にうかんでこない。
  こんなとき、窓の外に小鳥がやってくると「おや、かわいいなあ」と見とれる。
  たいていはすぐに飛び去ってしまうが、しばらく残像をたのしむ。何かがひらめくのはその瞬間である。頭の片隅にもやもやとした白いものがうかびあがり、それがみるみる一つの形になってゆく。
  「これだ!」というアイデアがうかぶのは、たいてい、そんな瞬間である。
  それまでの悪戦苦闘がうそのように目の前がひらけ、音楽家なら妙なるメロディ、小説家なら奇抜なプロットが思いうかぶ。それまでまったくでてこなかった名案が、なぜ、小鳥が飛び去ったあと、ふいに思いうかんだのであろうか。
  使われた脳の部位がちがったからである。(P138~139)

物事を考えるとき、私たちは、論理矛盾に陥らないようにできるだけロジカルに考えようとする。

ところがこのとき、余計な考えが排除される。

アイデアは、もともと余計な考えである。

論理を外れた余計な考えのなかから、きらりと光るものが見つかる。

筋道をたてて考えれば考えるほどアイデアがでてこないのは、論理的な思考が、アイデアが隠れていたはずの余計なものをはねつけてしまったから。

考えれば考えるほどアイデアが浮かばないメカニズムはこんなところにある。

この本で繰り返し書かれていることは、「直観は正しい、もっと直観を信じて行動せよ」ということ。

ことばを過信するひとは、堂々めぐりに陥ってつまらないことにこだわる。

「ことば」や「理屈」に縛られて、人生の大事なことを見失っていないか、と問いかける。

この新野氏の書いていること、半分はその通りだと思う。

確かに現代人はことばで考えることをあまりにも偏重しすぎるきらいがある。

そして、直観といったものを軽視する傾向がある。

しかし、ことばで考えることもそれなりに重要ではないだろうか。

特に直観で考えたことを、他者に伝えるこめには、やはり論理的に組み立てられたことばが必要だ。

直感的なことばだけでは相手は理解できないことが多い。

それこそ、長島茂雄氏のことばのようになってしまう。

第三者として聞いていれば面白いが、その直観的なことばで選手が直接指導されたとしたら、まずわからないだろう。

要はバランスの問題だと思う。

2011年9月23日 (金)

凛とした生き方/金美齢

A9rec35  「とにかく、この子たちが幸せになってくれることが私の幸せです」
 母親になったと同時に、子供が人生の中心になってしまう人がいる。彼女たちの声は母性愛に満ちて、素晴らしく聞こえるかもしれない。
 しかし、はっきり言うが、私には、そういう母親たちは自分の人生を子供に託すことを選択した人に思える。積極的に選択したわけではないにしても、自分の役割を「母親としてだけ」に、自分で限定してしまったように思える。
 よい母親であろうとすることが悪いというのではない。母親になったことで、自分の役割を限定し、視野や考え方を狭めるとしたら、それは残念なことだと思う。
 自分の人生を子供に託すような考え方が、子供を主役にして、愛情という名で子供を甘やかすことにつながっているのではないかと思う。
 子供に対する母親の「過保護」「過干渉」もそのことと無関係ではないはずだ。
 「母親として」という役割が加わろうと、加わるまいと、自分の人生をまっとうする気持ちが必要なのではないだろうか。(中略)
 子供の成長だけを楽しみにするのではなく、自分自身も成長することをめざす。「子供のため」と言って、エクスキューズをするのではなく、自分の信念は貫く。母親である前に、ひとりの人間として自分自身を見失わないこと。
 そんな「骨格のしっかりとした大人」であることが、親としても大事なことなのだ。
 そうでなければ、子供に言うべきことも言えない。言ったとしても、信念を持たない親の言葉に説得力はない。(P118~120)

私は男なので、女性のことははっきりいってよくわからない。

ただ、日本の女性は結婚し子どもが生まれた途端、「母として」の役割に自分を限定しすぎているような気がしてならない。

どうして過保護、過干渉が起こるのか?

どうしてモンスターペアレントに変身してしまうのか?

聞くところによると母子心中も日本独特の現象だという。

日本だとそれを不憫に思う人もいるが、アメリカであれば、A級殺人罪である。

そもそも子どもと親とは別人格なのだから。

ところが、日本人の母親のメンタリティーは、そうではない。

母親と子どもとは同一人格なのである。

同化してしまっているといってもよいかもしれない。

だから、子どもの人生の失敗は自分の人生の失敗。

子どもの恥は、自分の恥。

そのようなことで、日本独特の母と子の関係に起因する様々な問題が起こる。

金氏は様々な困難の中で自分の人生を精一杯生きる傍ら、母親としても立派に子育てをやり遂げている。

それだけに、“「母親として」という役割が加わろうと、加わるまいと、自分の人生をまっとうする気持ちが必要”という金氏のことばには説得力がある。

2011年9月22日 (木)

渋沢栄一 人生意気に感ず/童門冬二

Bt000012659900100101_tl  栄一はその構想をまとめ、「日本に合本主義とバンクを導入しよう」
 と心に決めていた。大蔵省を辞めるときはすでにその構想の現実化がはかられていた。第一国立銀行の設立である。心ある友人たちは、
 「きみのような有能な人物が国家から去るのはじつに残念だ。まして私利私欲にはしりがちな民業に携わるのは無謀である」
 といった。この言い方も栄一にはカチンとくる。
 「ご忠告ありがたいが、わたしにはいささか信じるところがあるので、思ったとおりにします。わたしが有能であるとみてくださることは感謝にたえない。しかしあなた方がいうように、わたしが有能であればあるほど、わたしは官界をさらなければいけないと思っています。というのは、有能な人材が官界に集まって、能力のない者ばかりが民業に携わるとしたら一国の健全な発達は望めません。
 はっきりいいます。官吏は凡庸の者でも勤まります。しかし商工業者は相当才腕がなくては勤まりません。」

渋沢氏は、退官後間もなく第一国立銀行を設立し、以後は実業界に身を置く。

また、第一国立銀行だけでなく、七十七国立銀行など多くの地方銀行設立を指導した。

第一国立銀行のほか、東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙、秩父セメント、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれている。

どういう思いでこのような精力的な活動を行ったのか。

それは渋沢氏の「有能な人材が官界に集まって、能力のない者ばかりが民業に携わるとしたら一国の健全な発達は望めません」ということばに端的に表れている。

これから日本の国力を上げるためには、民業の活性化がカギになるとみていたのだろう。

あの当時、これだけの先見の明を持っていたとは、すごいことだ。

しかし、渋沢氏が友人たちから言われたという「きみのような有能な人物が国家から去るのはじつに残念だ。まして私利私欲にはしりがちな民業に携わるのは無謀である」ということば、

このことばの裏に見え隠れするのは当時の官尊民卑の考え方。

そして、現在も相変わらず、官尊民卑の考え方は官僚の中には根深いようだ。

2011年9月21日 (水)

なぜフランスでは子どもが増えるのか/中島さおり

A9r10b9
 日本人の目から見ると、フランスはあまり子ども中心の社会ではない。
 従って、妙齢以上の女性も「イコールお母さん」という雰囲気を漂わせていない。(中略)
 「恋愛大国フランス」というのは、社会の中に男女が仲良く共存し、誘惑し誘惑される色っぽい関係を潜在させている社会、つまりフランスで「ミクシテ」と言われている内容を指す、と考える。そして、女性をまず、男性に対する女性とするような構図のなかでは、「母であること」の比重が軽くなる。女性は子どもを産んでも、美しく、男性にとって魅力的であること、また外の社会に対しての社交性を求められる。従って、母親というアイデンティティ一色に染まらなくてもよい。つまり、子どもを産むことによって失うものが比較的少ない。
 だから、「〈恋愛大国フランス〉に子どもが増える」というロジックを、私なりに説明するのであれば、「母より女のフランスでは、逆説的に女が産むことに抵抗がなく、従って子どもが生まれる」ということになるのではないか。
 いささか「風が吹けば桶屋が儲かる」式ではあるけれども。(P86~88)

先進国の中で唯一、少子化対策に成功したフランス。

じつはかつては世界でいちばん少子化が進んだ国でもあった。

少子化に悩む日本にヒントになることがあるのではという思いから読んでみた。

大きく違う点がある。

それは、日本人は子どもを生み育てるために、自分を犠牲にするという考えが今でも根強いが、フランス人には全くそれがないということ。

たとえば、日本人の女性は、結婚し子どもを生むと「母」になる。

一方、フランス人の女性は、結婚し子どもを生んでも、依然として「女」のままである。

女としてより魅力的であろうとし、また女として人生を楽しもうとする。

子どもの為に自分の人生を犠牲にするなどという考えは毛頭無い。

しかも、託児所やベビーシッターといった社会的にもサポートする仕組みができあがっている。

フランスでは、結婚の前に子どもが生まれるケースが多いというが、それによって周りから白い目でみられることもない。

日本だと、できちゃった婚というとあまりよいイメージがないが、フランスだとごくあたりまえのこととして認めてもらえる。

つまり、子どもを生むことによって、失うものがないため、かえって子どもを生み易くなる。

その結果、出生率がアップしてきたということではないだろうか。

そう考えると、日本人の自己犠牲の精神がそろそろ金属疲労を起こし始め、その結果が少子化という形で表れてきていると言えるかもしれない。

何事も無理は長続きしないということだろう。

2011年9月20日 (火)

100歳になるための100の方法/日野原重明

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 たとえば風邪をひいて熱があったら、お医者さんは風呂に入らないで寝なさいというでしょう。私は去年の秋、風邪をひいて三十八度五分の熱があったんです。講演があったから、アスピリンを飲んで汗を出して熱を下げたんだけど、終わったらグッタリ疲れちゃってね。患者さんには「風呂には入らないように」というところなんだけど、家に帰って、お風呂に入ったら気持ちいいだろうなと思ったんです。それでね、入ったの(笑)。そして早く休んだら、あくる日の爽快なこと。
 どうして熱のあるとき風呂が悪いかと考えたら、理論はないんです。アメリ力では子どもが熱を出したら冷たい水に入れたりアルコールで拭いたりして体温を下げるでしょう。風呂に入ってはいけないというのは、そんなことして肺炎になったら医者の責任になるからという逃げの構えで、本当の理由はわかっていないんです。(P161)

風邪をひいて熱があったら風呂に入らないで寝たほうがよい、ということは子どもの頃よく聞かされたことだが、日野原氏によると、そのような理論はないということ。

考えてみると、世の中には、そのような迷信がたくさんある。

今でもはっきり覚えているのは、高校生だったころ、当時サッカー部に所属していたのだが、そのときよく言われたのは、練習中や試合中は水を飲んではいけないということ。

これなど、完全な迷信である。

よく脱水症状にならなかったものだ。

今だったら、スポーツ選手は、積極的に水分を補給することが勧められている。

おそらく、私たちの周りには、まだまだ自分でも気付いていない迷信がたくさんあるのだろう。

それにしても、100歳近くになってこのような柔軟な考え方ができるというのはすごい。

2011年9月19日 (月)

日本はなぜ敗れるのか/山本七平

A9r4882  独系の米兵がいうのに、米国は徹底した個人主義なので、米国が戦争にまけたら個人の生活は不幸になるという一点において、全米人は鉄の如き団結を持っていた。日本は皇室中心主義ではあったが、個人の生活に対する信念が無いので、案外思想的に弱いところがあったのだという。
 個人としては、天皇も東条首相もまた大本営の首脳も、何一つ、静かなる自信をもっていなかった。また確固たる思想があるわけでもなかった。従って、一個人の目から見れば、それは自分の生涯には全く関係なき、一つの無目的集団であった。
 実際、日本軍自体が具体的に何を目的として行動していたかは、いまともなると、だれにもわからない。ましてそれがどう行動しようと、各個人の生活は、それによって被害をうけることはありえても、何らかのプラスになりうるとは、だれにも考えられなかった。
 アメリカ人は、自己の生存と生活を守るというはっきりした意識の下に戦争に参加した。しかし日本人は、自己の生存と生活を守るためには、何とかして徴兵を逃れようと、心のどこかで考えていた。従って、戦争に参加せざるを得なかった者には一種の空虚感があり、徴兵を免れた者への羨望があった。(P289)

この山本氏の指摘は非常に興味深い。

つまり、徹底した個人主義の米兵には「自己の生存と生活を守る」というはっきりとした戦う目的があった。

一方、日本には、建前としての皇室中心主義はあったものの、突き詰めて考えれば無目的集団であった。

むしろ、日本兵は自己の生存と生活を守るために、何とかして徴兵を逃れようと考えていたという。

人間、生きるか死ぬかの究極の状況に追い込まれたとき、建前など何の意味もなさない。

そこは直感と本能の世界。

「何としても自己の生存と生活を守る」という生存本能をそのまま組織力とした米兵と、建前に生きている日本兵が戦った場合、どちらが勝つかは火を見るより明らか。

日本が戦争に負けた一因も、案外このような人間としての本質の部分を否定し、建前に生きようとしたところにあったのではなかろうか。

2011年9月18日 (日)

日本の未来、ほんとは明るい!/三橋貴明

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  グローバルスタンダードという言葉が好きな人は、単純に「世界を真似しなきゃ」という感覚しか持ち合わせていないようである。しかし、本当の意味でのグローバルスタンダードとは、要は自分たちの価値観を外国に押しつけることだ。
  現実問題として、日本以外の他国はすべて、そういうことをやっている。皆が価値観を押し付けあい、いちばん強い国の価値基準がグローバルスタンダードということになる。ならば日本も、自分たちの価値観を世界に押しつければいい。それこそが、“グローバルスタンダード”なのだ。欧米礼賛者は、欧米に合わせることがグローバルスタンダードだと思っているが、そもそも欧米自身が、ちっとも他国に価値観を合わせようとはしていないのだ。
  「ジャパニーズスタンダードこそがグローバルスタンダードですよ」と堂々と口にして言えばいい。できないはずがない。現実に、世界中が日本を真似したがっているのだから。

“グローバルスタンダード”、最近、新聞や雑誌、テレビでよく出てくる言葉だ。

グローバルスタンダードを無条件に受け入れ、それに合わせることが先進的なことであるような感覚を持っている人や企業が多いが、それはちがう。

そもそも、最初からグローバルスタンダードなるものがあるわけではない。

あるものがグローバルスタンダードとして多くの国に認められる過程では、当然競争がある。

そして、競争の勝者がグローバルスタンダードとなるわけである。

その意味では“グローバルスタンダード”は勝ち取るものであって、無条件に受け入れるべきものではない。

むしろ、日本発のものがグローバルスタンダードとなるために国や企業はもっと努力すべきだ。

ジャパニーズスタンダードをグローバルスタンダードにするための国家戦略があってもよさそうなものだ。

そして、そのためには、日本の良さを再発見する必要がある。

日本には、世界の標準となって当然な技術や文化等が多くある。

それをまず発見する。

そして、それを多くの国に発信していく。

それを戦略的な形でやっていくことはできないものだろうか。

また、こんなことが国家戦略としてあってもよさそうなものだ。

その意味では、ジャパニーズスタンダードをグローバルスタンダードにするための、第一段階は、“ディスカバージャパン”ではないかと思う。

“ディスカバージャパン”つまり“日本再発見”こそが、グローバルスタンダードへの第一歩である。

2011年9月17日 (土)

プロジェクトX 巨大台風から日本を守れ

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「男は一生に一度でいいから子孫に自慢できるような仕事をするべきである。富士山こそその仕事だ。富士山頂に気象レーダーの塔ができれば、東海道沿線からでも見える。それを見るたびに、おい、あれは俺が作ったのだと言える。子どもや孫にそう伝えることができるのだ。」

富士山頂レーダー建設の作業責任者として立たされた伊藤庄助氏。

この作業は困難を究め、劣悪な環境の中、長時間行う必要があった。

しかも、多くの作業員が高山病にかかってしまう。

また、伊藤も慢性の高山病にかかっていた。

当時、日本は東京オリンピックを翌年に控えて、空前の建築ラッシュに沸いていた。

作業員は引く手あまた。

楽して稼げる仕事はいくらでもあった。

よりによって、富士山頂のようなところで働く必要も義理もなかった。

そんな作業員たちを何とか説得し、引き止めるのが伊藤の最大の仕事になった。

上記は、その時、伊藤が作業員たちに語ったことば。

「男は一生に一度でいいから子孫に自慢できるような仕事をするべきである」

このことばをきいて、作業員たちはどう感じたのだろう。

世の中には、カネ以外のために働く仕事もある、

自分自身の誇りのため、そして自分が働くことに意味を持たせるため。

そう考えたのではないだろうか。

リーダーは、人を動かすことばを持たねばならない。

2011年9月16日 (金)

信長・秀吉・家康の研究/童門冬二

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 信長は民衆のニーズをみたすために自己軍団の改革を行った。いまで言えば近代化・合理化・OA化などである。信長が自己軍団の改革の中で指標にしたのは、
 「仕事は個人で行うものではない。組織で行うものだ」
 というチームワークの確立であった。しかし、ドングリの背比べのようなチームをつくっても意味がない。そこで信長は、
 「組織内の異能者の育成」
 に力を尽くした。これがかれの「能力尊重主義」になる。だから信長軍団の成員は、
 「組織の一員として活動するか、自分に潜んでいる異能を発見し、それを育て、組織目的に寄与させる」
 ということになる。信長は一貫して、
 「信賞必罰」
 の評価方法を守った。

織田信長が目指した「異能者の集団」はまさに現代の日本の企業が求めているものである。

金太郎飴のように、同質の社員の集まりは、一見まとまりがよいようで、組織としてのシナジー効果は表れない。

やはり異なる個性や能力の社員が集まり、ぶつかり合った時、その組織内で様々な化学反応が起こり、新しいものが生み出される。

そして、今、多くの企業が求めている組織とまさにそのようなものだ。

ところが、そのような組織をはるか五百年近くまえに作り上げた人物がいる。

それが織田信長。

そう考えると、この人物が当時としては規格外だったことがよくわかる。

おそらく当時の側近にも、その考えの真意は理解できなかったに違いない。

だから、明智光秀に殺害されたのかもしれない。

あれから五百年近くの年月を経て、やっと時代がこの人物に追いついたといえる。

2011年9月15日 (木)

AD残酷物語/葉山宏孝

Bt000012978700100101_tl  こんなことがあった。ある制作会社のADは仕事が終わったので、深夜宅送で帰宅した。この日は深夜に会議が行われていたが、彼はその会議に参加する必要がなかった。1時、2時・・・・・・いつまでたっても終わらない。彼は何もやることがないので帰宅した。当然だろう。
 会議終了後、ADが帰宅したことを知った所属会社の女性ディレクターは烈火のごとく怒りだした。
 「何おめー先に帰ってんだよ」
 深夜3時過ぎにもかかわらず電話をし、すでに帰宅しているADを局内に呼び戻した。別に何か仕事があったわけではない。ただ、彼が自分より先に帰宅したことに腹を立てたらしい。
 「先に帰るなんて随分えらくなったな!私たちだって昔そうやってきたんだから、おめーもやれよ」
 深夜の局内の静かな廊下に、女性ディレクターの怒号だけが響き渡った。私は呆れながら聞いていた。

テレビ番組の制作現場では、少数のテレビ局の社員と、多くの制作会社の社員、派遣、請負の社員が混在して仕事をしている。

彼らは、たとえ同じ仕事をしていても、また、たとえ同じ能力を持っていたとしても、その待遇には天と地ほどの開きがある。

まさにそれは現代の奴隷制度さながらの世界。

中でもADの待遇はひどいもの。

長時間労働、暴力、虐待、嫌がらせ、セクハラ、パワハラ・・・

これらが日常的に行われている。

この本は、テレビ番組の制作会社に就職し、悲惨なADの世界に飛び込んでいった著者、渾身のノンフィクションである。

テレビの制作現場はひどいということはうわさには聞いていたが、この本を読んでみると、改めてリアリティーをもってその現実が迫ってくる。

そして、今はテレビ局そのものの収益もかなり厳しくなってきている。

おそらくそのしわ寄せは、制作会社の社員、派遣、請負の人たちにいっているのだろう。

益々、ひどいことが行われているだろうということは、想像に難くない。

テレビという一見華やかな世界の裏側に、いかに悲惨な現実が隠されているか、それを知るには最適な本だと思う。

2011年9月14日 (水)

あたりまえのことを バカになって ちゃんとやる/小宮一慶

A9r1b37  私はいままで会社を倒産させた経営者を何人も見てきました。彼らにはいくつかの共通する性格があるのです。
 それは、明るく、元気で、おおざっぱ、そして、見栄っ張りなことです。失敗する経営者は、ほぼこのパターンにあてはまると見て間違いありません。
 明るく、元気。ここまではよい部分です。明るく、元気でなければ、中小企業の社長などやっていられないでしょうから。
 でも、おおざっぱで、見栄っ張りというところが問題です。おおざっぱな人は数字をきちんと把握できていません。どうしても詰めが甘くなります。数字にザルなのは、経営者としては致命的です。つまり、経営者として、あたりまえのことができていないわけです。(P46)

私もこれまで多くの中小企業の経営者に会ってきたが、全く同じ印象を持っている。

私も、会って話せば、その人物が優れた経営者なのかそうでないのかがわかるようになってきた。

中小企業でも、それなりに会社を発展させている経営者がいる。

そのような社長は、大雑把なようで細かい面を必ず持っている。

特に経営の上での大事な数字は恐ろしいほど正確に押えている。

ただ、表面的には明るく、太っ腹な経営者を演じていることが多い。

おそらくそれは、そうした方が周りの人間が動きやすいからで、そこまで計算した上で演じているのであろう。

一方、ただ元気なだけ、やたらに威張る、見栄っ張りな社長がいる。

その社長の経営は大抵うまくいっていない。

両者を見分けるポイントは「数字」である。

数字で経営を語ることができるかどうか、これがポイント。

優れた経営者は、数字で経営を語ることができる。

一方、そうでない経営者は、言っていることが大雑把で具体性がないことが多い。

これですぐ見分けられる。

なぜなら、数字を押えないで経営などできるはずがないのだから。

経営者にとって、数字を押えることは当たり前のことである。

この当たり前のことが当たり前にできない経営者は、ちょっと危ない。

2011年9月13日 (火)

人間はなぜ戦争をするのか/日下公人

A9rdeb  隣国と仲が悪くなって揉め事が起こっても、すべて話合いで解決すべきだし、解決できると思ってている人たちがいる。パシフィストといわれる平和主義者である。日本にはパシフィストが大勢いる。
 「戦争について考えるから戦争が起きてしまう、考えないでいれば戦争は起こらない。武器を持っているから使いたくなる、持たなければいい。軍隊があるから戦争が起こる、だから軍隊を保有してはいけない」というのがパシフィストの主張である。(中略)
 歴史を調べてみると、パシフィストがいるとむしろ戦争が起こっている。絶対に一歩も引かない、必ず戦う、と両方が思っている時はなかなか戦争にならない。(P55~57)

日本人特有の考え方に、「悪いことが起こると考えるから悪いことが起こる」というものがある。

だから「悪いことは考えないことだ」ということになる。

ある人はそれを「言霊」という。

しかし、このような考え方をしている限り、戦略的な思考はできない。

物事を戦略的に考えるには、起こり得ることをできる限り洗い出し、それに対して考え得る限りの対策を予めたてることが必要だ。

それを「そんな悪いことが起こるなんて考えるから起こるんだ」と言ってしまっては、そもそも戦略は成り立たない。

シミュレーションなどもできない。

「もし北朝鮮がミサイルを打ち込んできたら?」、「もし中国が尖閣諸島を占拠してしまったら?」とシミュレーションをしなければ、戦略はたてられない。

日本人が伝統的に戦略的思考ができない原因は、こんなところにあるのかもしれない。

2011年9月12日 (月)

なぜ日本人は落合博満が嫌いか?/テリー伊藤

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  「最近の若い社員は、頭はいいんだけど、自分の意見を言わない連中が多いんですよ」
 企業のリーダーたちから、異口同音にそんなことを聞かされた
 会議でもそうだし、あちこちの現場も、そうなってきているという。
 「われわれの若いころは、相手が上司だろうが社長だろうが、自分が正しいと信じていることならケンカになっても意見を言ったし、上がまちがっていると思ったら食ってかかったもんだけど、いまはそういうヤツ、ほとんどいないんですよ」
 周りとの軋轢が生じることを嫌う傾向が強く、周囲の空気を読んでそれにうまく歩調を合わせていくことに長けている。そんな社員ばかりになってきたというのだ。(中略)
 いま、こうして企業のリーダーたちが指摘していることは、よく見ると、こう言っているのも同然だ。
 「うちの会社には、落合みたいなヤツがだれもいないんですよ」自分が正しいと思ったことは、どんな軋轢が生まれようとも主張する人間。
 周囲との折り合いや前例なんか気にせず、信念を貫く人間。
 常に有言実行、保険もかけず、退路も断って、勝利を目指す人間。
 そういう人間がいないことが日本の活力を低下させているのだ。そういう人間が、この国には必要なのだ。
 つまり、いま、日本人にいちばん必要なのは「落合力」なのである。(P110~111)

プロ野球選手として初めて3度の三冠王を取り、監督としても抜きんでた実績を重ねてきている落合博満。

これだけの実績があれば誰もが評価してよさそうなもの、なぜか評価されることは少ない。

マスコミに向けても多く語らないため、マスコミ受けも悪い。

テリー伊藤氏は、このような現象をみて、このような傑出した人物を評価できない日本人にむしろ問題があると指摘する。

有言実行、媚びない、ぶれない姿勢、信念を曲げない、合理性、結果を出す、

全て今の日本人に欠けているものを備えている落合博満という人物を正当に評価できない日本人にむしろ問題があるのだと。

確かに今の日本に必要なのは、八方美人的な人間ではなく、少し毒のある人物なのかもしれない。

テリー伊藤氏は、それを「落合力」と言う。

面白い視点だ。

2011年9月11日 (日)

田原総一郎 Twitterの神々

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 武田信玄の息子・武田勝頼は、武田家伝統の当時最強と言われた騎馬軍団を率いていましたが、そこに立ちはだかったのが織田信長です。鉄砲という新しいテクノロジーが日本に伝来したときに、「これだ!」といって大量に買った。しかも鉄砲の大産地である堺も制圧している。
 さらに信長は鉄砲を買ってきて何をやったかというと、鉄砲隊を3列編成にして最前列がバーンと撃ったら、退いて次には2列目に撃たせた。つまり火縄銃なのに連射の仕組みを考えた、とされています。これはITで言えば、コンピュータを1台だけ持っています、という状態じゃなくて、そのコンピュータを使ってどういう組織にするかを考えたわけです。
 つまり最新のテクノロジーを持ち、それを使って組織形態まで変えてしまった組織に対しては、武田の騎馬軍団のようにそれまで「最強」とされた組織が遮二無二かかっていっても、全く歯が立たないのです。だから新しいテクノロジーは単なるシンボリックな旗じゃないんです。もう戦闘のあり方、つまり経営のあり方を変えなきゃいけないんです。(P242)

上記は、NTTドコモでiモードを立ち上げ、大ヒットさせた夏野剛氏が田原氏との対談で語った言葉。

夏野氏が言うには、ITの時代に入ったということは、単にパソコンを使って仕事をするということではなく、会社の組織形態、さらに経営そのものを変えるということ。

そしてそのお手本が織田信長であると。

確かに、そのように考えてみると、パソコンという便利な道具を手に入れた企業が、それを使いこなすことで、「我が社はIT化が進んでいる」と言っている例が多い。

パソコンでワードやエクセルを使えるようになればそれで満足。

メールを使えるだけで、何かすごく進んだことをしているような感覚になってしまう。

つまり組織形態はそのまま、経営のあり方もそのまま、ただ、そこにパソコンが加わっただけ、これがIT化だと思ってしまっている。

しかしITはITだけでは何もしてくれない。

それを社内の組織の仕組みに入れたとき初めてパワーになる。

IT化するということは、もっと組織のありようを根本的に変革をするということ。

その意味では、今日本で、本当の意味でIT化している企業はほとんどないといってよいのではないだろうか。

2011年9月10日 (土)

憂鬱でなければ、仕事じゃない/見城徹、藤田晋

Bt000012933900100101_tl  努力するのは自分であり、それを結果として評価するのは他人である。
 言葉にすると至って当たり前だが、このことをわかっていない人がとても多い。
 ここで「努力」という言葉を、僕なりに定義し直すと、それは圧倒的なものになって、初めて「努力」と言える。
 一般的に言う「努力」など、その名に値しない。人が足元にもおよばないほど行った凄まじい努力が、僕の言う「努力」である。
 二十代の頃、僕はずっと憧れていた石原慎太郎さんと、仕事をしたかった。すでに石原さんは、大作家だったし、勢いのある政治家だった。生半可なことでは、仕事をしてくれないだろうと思い、僕は、学生時代、繰り返し読んだ『太陽の季節』と『処刑の部屋』の全文を暗記し、初対面の時、石原さんの前で暗唱した。石原さんは、「わかった、もういい。お前とは仕事をするよ」と言って苦笑した。

見城氏がここで言っている、「努力」とは、多くの人がなにげなく普段使っている「努力」という言葉とは内容が全く異なる。

多くの人が使う「努力」とは、言い訳としての言葉であることが多い。

例えば、上司から「なんで契約が取れないんだ」と言われた時、部下は「精一杯努力したんですが・・・」という言葉を返す。

あるいは、成績の悪い社員の評価をしようとするとき、「結果は出ていないが、毎日遅くまで残業して精一杯努力しているから・・・」と、つい甘い評価をしてしまう。

つまり、「努力」という言葉を使うことにより、結果が出ていないという現実をオブラートに包んでしまう。

しかし、結果のでない努力は、本当の意味で努力と言えるのだろうか。

ここで見城氏が言っている「努力」とは「圧倒的な努力」である。

そして「圧倒的な努力」をした時、初めて結果が出る。

いや、出ない方がおかしい。

私たちは、いつのまにか「努力」という言葉を軽くしてしまっているのかもしれない。

2011年9月 9日 (金)

「みんなの意見」は案外正しい/ジェームズ・スロウィッキー

A9r5fa5  この日、市場が賢い判断を下せたのは、賢い集団の特徴である四つの要件が満たされていたからだ。意見の多様性(それが既知の事実のかなり突拍子もない解釈だとしても、各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)、独立性(他者の考えに左右されない)、分散性(身近な情報に特化し、それを利用できる)、集約性(個々人の判断を集計して集団として一つの判断に集約するメカニズムの存在)という四つだ。
 この四つの要件を満たした集団は、正確な判断が下しやすい。なぜか。多様で、自立した個人から構成される、ある程度の規模の集団に予測や推測をしてもらってその集団の回答を均すと、一人ひとりの個人が回答を出す過程で犯した間違いが相殺される。言ってみれば、個人の回答には情報と間違いという二つの要素がある。算数のようなもので、間違いを引き算したら情報が残るというわけだ。(P31)

専門家が一人で考えるよりも、みんなが意見を出し合ったその集合知の方が正しいことが多い。

例えばウィキペディアやリナックス。

それを形成しているのは、数えきれないほど多くの人々の知恵や知識。

中には専門家の意見も入っているのだろうが、大部分は普通の人々。

ただし、集団の意見が必ずしも正しいとは限らない。

むしろ、歴史をみれば、「民衆の愚」と言えるような出来事が掃いて捨てるほどある。

だから、この著書の題名も「みんなの意見は『案外』正しい」となっている。

「『絶対』正しい」ではなく、「『案外』正しい」というのがポイント。

衆人の知が正しくなるのは条件つきということ。

その条件とは、

第1に、意見の多様性。

第2に、独立性。

第3に、分散性。

第4に、集約性。

この4つの条件が満たされた時、集合知となる。

逆に言えば、その4つが満たされるような仕組みを作り上げることが、集合知を活かすことにつながるということ。

しかし、この本を読んで、インターネットの出現によって、知の創造という面でも、全く新しい時代に突入したんだということを実感させられた。

2011年9月 8日 (木)

器量と人望 西郷隆盛という磁力/立元幸治

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 「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽し人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。」

 天と人と道について基本的なことが語られている。人は天に則してその道を行うものだから、まず天を敬すべしと述べ、そして自分を愛する心を持って人を愛することが重要だという。ここでは西郷の思想のキーワードともいうべき「敬天愛人」ということが語られている。(P217)

幕末維新の立役者と讃えられ、多くの信望を集めた西郷隆盛。

しかし、最期は私学校生徒の暴動から起こった西南戦争の指導者となるが、敗れて城山で自決する。

この西郷は日本人には人気がある。

歴史的に見れば大久保利通の方が西郷隆盛よりも近代日本の基礎作りに重要な役割を果たしたと言えるのだが、

なぜか大久保は不人気であり、西郷は人気がある。

どうしてなのか?

私にはよくわからないのだが、上野の西郷像にあるような、その外見から醸しだされる雰囲気。

そのような漠然としたものからきているのかもしれない。

では、その雰囲気はどこから出てくるのか。

それは、西郷の人生観からくるのではないだろうか。

その意味でも、上記の言葉は西郷の人生観をよく要約している。

西郷が「天」をどのようなものとして把握していたか、確認するすべはない。

しかし西郷が「天」は「全能」であり、「不変」であり、きわめて慈悲深い存在であり、

「天」の法は、だれもが守るべき、堅固にしてきわめて恵みゆたかなものとして理解していたことは、その言動により十分知ることができる。

このような「天」の理解に立つと、それは「人を相手にせず、天を相手にせよ」ということにつながる。

短い言葉だが、西郷の深い世界観が語られている。

俗事に惑わされるのでなく、広大で豊かな、そして限りなく深い天を相手にして、その恵みを受けつつ、自制、謙虚の姿勢を堅持せよというような趣旨であろう。

そのような世界観や人生観が西郷から醸しだされる風格となって表れているのではないだろうか。

いずれにしても、西郷が日本的な指導者像の一類型であることは確かだ。

2011年9月 7日 (水)

成功は一日で捨て去れ/柳井正

A9rdcd8  当たり前のことだが、売れるような努力をし続けないと、絶対に売れない。現場の状況をよく見てよく知って、まずいな、と思ったらすぐに修正する。その繰り返しである。売れないとか利益が出ないのを、景気や天気や他人のせいにしてはならない。
 日々の仕事の精度が何日前、何年前、何十年前と比べてどれだけ上がったのか、それが勝敗の分かれ目になると思う。そういう意味でのキーポイントは、製造業でもサービス業でもどんな業種でも変わらないし、スポーツでも同じだろう。
 スポーツはベストを尽くして練習すればするほど上達する。商売も試行錯誤を繰り返し、何度も練習し挑戦すれば上達するものだ。(P218)

アパレル業界で今や一人勝ち状態のファースト・リテイリングの会長兼社長、柳井氏の著書。

まずはこの本の「成功は1日で捨て去れ」というタイトル。

マクドナルドの創始者、レイ・クロック氏の著書「成功はゴミ箱の中へ」とよく似ている。

柳井氏がこの著書を意識しているのかどうかはわからないが、

何れにしても、成功する経営者の共通点は、過去の成功に満足しない、慢心しないということではないだろうか。

どんなときにも危機感を持って経営をする。

そして、この本に書かれていることはほとんどが「当たり前のこと」。

「売れるような努力をし続けないと、絶対に売れない」

こんなこと当たり前ではないか。

逆に言えば、ほとんどの企業はこの「当たり前」のことをしていないということ。

例えばここでいう「売れるように努力し続ける」ということ。

そのこの本に記されている努力は並の努力ではない。

そして柳井氏の経営の特徴は「当たり前」のことを「徹底」して行っているということ。

言い換えれば「基本に忠実に」ということ。

「泥臭い」と言ってもよい。

しかし、それがユニクロの一人勝ちにつながったといってよい。

2011年9月 6日 (火)

経営戦略の教科書/遠藤功

Bt000012969900100101_tl  どんなに多くの情報を集めても、またその情報の分析にどれほど力を入れようとも、立案段階で完璧な経営戦略にはなりえません。
 なぜなら、市場や顧客は絶えず変化し、その変化に従って競争を変化するからです。「分析は過去の情報に基づくものであり、そこから未来が読めるわけではない」という事実を直視し、そこから打ち出した経営戦略は「仮説」にすぎないことを認識しておく必要があります。

企業にとって経営戦略が必要かどうかと言えば、当然必要だと言える。

ところが、私が普段関わっている中小企業に限定して考えると、「必要ない」と答える経営者が多い。

理由を聞いてみると、「どうせ机上の空論だから」「理論と現実は違うんだ」といった答えが返ってくることが多い。

しかし、ここには経営戦略そのものに対する大きな誤解がある。

つまり、経営戦略とは、その通りやれば企業が儲かる唯一絶対の解であるという受け止め方である。

この世の中に唯一絶対の解などというものがあるのだろうか。

そうではなく、経営戦略とはあくまで「仮説」なのだ。

「仮説」であるならば、「検証」が必要である。

つまり、経営戦略を立てるのは「仮説」「検証」のサイクルを回すため。

そう位置づけたほうがよい。

要するに、打ち出した経営戦略が妥当かどうかは、最終的にはやってみなければわからない。

どんな経営戦略も「間違っているかもしれない」「うまくいかないかもしれない」というリスクがあるということ。

「それならば、戦略なんて意味ないじゃないか」と思うかもしれないが、それは違う。

たとえ「仮説」であっても、経営戦略がなければ経営の目標が定まらない。

次のアクションが起こせない。

それこそ行き当たりばったりの経営になってしまう。

大事なことは、経営戦略が「仮説」であるということをしっかりと認識し、「絶対視」しないこと。

とりあえず、経営戦略という「仮説」を立て、それをやってみる。

しかし、それを絶対視することなく、必ずそれが本当にうまくいったのかどうか「検証」すること。

そして、その「検証」をもとに、また新たな戦略という「仮説」を立てる。

これを繰り返せば、中小企業といえども必ずよい会社に変わることができる。

問題は、戦略をどう位置づけるかということである。

2011年9月 5日 (月)

日本企業にいま大切なこと/野中郁次郎、遠藤功

Bt000012951800100101_tl  「創造とは一回性のなかに普遍をみることだ」という言葉もあります。取るに足らない日常風景や他者とのやり取りのなかに潜んでいる小さな「コト」から、大きな変化の可能性に気づけるかどうか。イノベーションにはそれが重要であり、その気づきは普段の連続性のなかからしか得られないのです。

イノベーションは、他社との差別化のための重要な課題。

ではそれはどこから生まれるのか。

「一回性のなかに普遍をみること」と野中氏は言う。

つまり、まず先入観を持たずに、あるがままの現実を直視する。

その上で、現実の背後にある文脈を読み取り、関係性の本質を直観的につかみ取る。

さらに、その関係性をどのように変えていけば、新しい未来を切り開けるのかを考える。

そして、その構想を実現するために、不確実な未来に対してリスクを取る。

実例として野中氏は、「クロネコヤマトの宅急便」をあげている。

ヤマト運輸の「宅急便」というビジネスモデルもそのようなプロセスを経て生まれた。

きっかけは、当時社長だった小倉氏がニューヨークを訪れた際、道路の四つ角のそれぞれにUPS(アメリカの物流大手)の配送車が停まっているのを見たこと。

その「現実」から、小倉氏は緊密な配送網の存在意義を直観的につかみ取ったという。

当時の運輸業界では「小口荷物は儲からない」という常識が広く信じられていた。

小倉氏はそんな先入観を捨てて、素直に現実を直視した。

そうやって目の前の現実の意味を深く考えた結果、「小口荷物でも迅速かつ確実に届けてくれる」という「コト」に対する世の中のニーズに気づく。

そして、そのサービスを可能にする配送システムが新しいビジネスモデルとして生まれた。

まさに「一回性のなかに普遍をみた」のだ。

ポイントは、「先入観を持たずに、ありのままの現実を直視する」こと。

これは簡単なようで難しい。

2011年9月 4日 (日)

『未来のスケッチ』 経営で大切なことは旭山動物園にぜんぶある/遠藤功

Bt000011589400100101_tl  新園長の坂東さんへのインタビューで人づくりについて尋ねたとき、もっとも印象に残っているのが次の一言でした。
 「うちは『串団子』なんです。団子ひとつずつを見れば、大きい、小さいといろいろある。大切なのは、それぞれの団子が一本の『軸』に刺さっていること。『軸』に刺さってさえいれば、大きい、小さいは個性であり、その個性を活かせばいい」

現場を活性化させるには、一人一人の個性を認めて、個の中に眠っている潜在的な力を引き出すことが不可欠。

ところが、現場力が衰えた企業の多くでは、効率的な管理という名のもとに、「団子」の大きさや形をそろえ、むりやり整えようとする。

なかには、現場で働く人たちを「駒扱い」する企業も増えている。

同質化した「団子」の集団からは、同じような発想しか生まれない。

異質なものへの抵抗も大きくなりがちになる。

同質化した組織がやがて思考停止に陥り、環境変化に対応できずに淘汰されていくのも、ある意味、当然といえる。

ただし、個を活かすといっても、個がそれぞれ違う方向を向いたままでは、チームとしてのまとまりができず、組織として機能しなくなる恐れがある。

そこで必要となるのが、串団子の「串」の部分。

「串」は、理念、価値観、ビジョンと言い換えてもよい。

ゆるぎない一本の「軸」で個々の「団子」が連なることで、一人一人が発揮する力が全体最適へと向かうことが大事。

残念ながら、現在は「軸」を見失っていたり、「軸」そのものがブレている企業が少なくない。

「軸」が揺らいでいる企業は、現場を迷わせ、混乱に陥れる。

一人一人を型にはめ込み、個性を喪失させるだけではなく、競争力の源泉である現場力を大きく低下させる一因になっている。

旭山動物園は、一人一人大きさや形の違う個性的な「団子」が、「命の輝き」を伝えるというゆるぎない「串」によって貫かれ、組織として最高のパフォーマンスを発揮している。

それを実現するために必要とされる基本的な考え方や仕組みを学ぶことは、閉塞感が充満した今の日本企業にとっての活路になるはずだ。

2011年9月 3日 (土)

労働貴族/高杉良

A9r9606  三十年前、全自・日産分会益田組合長は、「企業は消えても組織は残る」と豪語し、ありとあらゆる生産非協力と経営妨害を闘争手段に日産を存亡の縁にまで追いこみました。組合が生産現場を管理し、ラインスピードは益田組合長の意のままでありました。それから三十年。今、塩路会長がやっていることは、まさに益田組合長が三十年前にやったことと同じではありませんか!
 日産は塩路会長が一人で作ってきた会社ではありません。われわれや皆さんが一生懸命努力して作ってきた会社ではありませんか。たった一人の労働貴族の権力欲のために、六万社員の日産自動車が没落の道を歩むようなことを絶対許してはなりません。
 「錆は鉄より生じてやがて鉄そのものを亡ぼす」といいます。日産という企業内に生じた塩路会長という鉄サビは、われわれ日産人が除去しなければ、誰も取り除いてはくれないのです。そのことを肝に銘じて、明日から、生産現場に向おうではありませんか!(P184~185)

上記は組合員に郵送された「日産の働く仲間に心から訴える」という文書の一部。

同じ組合に属する一部の社員たちが書いたと見られ、労連本部の指示で、労連会長を誹謗する悪質な怪文書として回収され、焚書に付されたという。

組合員が組合の会長を訴える、よほどのことがなければこんなことは起こらない。

それほど、当時の塩路氏の言動は目に余るものがあった。

この本は、日産自動車の巨大労組、自動車労連会長、塩路一郎氏の真実を描いた経済小説だが、ほとんどが実名で語られている。

とにかくその実態はひどいものである。

昭和57年の年収が1863万円。

7LDKの自宅を東京・品川区に所有し、組合の専用車プレジデントの他にフェアレディZ2台を使用。

「労組の指導者が銀座で飲み、ヨットで遊んで何が悪いか」と、広言してはばからない人物。

豪華クルーザーで美女と過ごし愛人を囲う「委員長」。

何が彼をそうさせ、誰がそれを許したのか?その疑問を解く独自の記録である。

労組そのものが悪なのではない。

健全な労使の関係は、企業を存続発展させる。

その意味では労組の果たす役割は重要だと言える。

ところが、限度を超えた労組の要求や過激な活動は、企業の存続を危うくする。

この当時の日産の労組の活動は明らかに、その限度を超えていた。

その意味でも塩路氏の責任は問われるべきであろう。

しかし、日産の錆は「塩路」だけではなかった。

塩路という怪物を育んだ企業体質そのものに問題があるといってよい。

一次下請けは日産を怨嵯し、二次下請けはその一次下請けを怨嵯するのが日産だった。

トヨタにはそれはなかった。

そして凋落の一途をたどる。

もはや自力での再建は不可能というところまでいってしまう。

この本を読むと、やはり日産の復活には、しがらみのないカルロス・ゴーンの登場が必要だったということが納得できる。

2011年9月 2日 (金)

プロフェッショナルたちの脳活用法/茂木健一郎

A9r4b11 「極めて高い目標ではなくても、一度成功体験を積むことだと思いますね。もちろん、成功するためにはそれなりの準備が必要で、運動にたとえれば、素振り、腕立て伏せ、腹筋、走り込みが必要だと思います。それをちゃんと準備して、そこそこの試合に勝つという体験をすれば、あとはこういうふうにやればいいんだよということを背中で教えられるんです」(P188)

量子物理学者の古津明氏は、自身が率いる研究チームの学生を育成するときの心得を、こう語っている。

脳科学者の茂木氏によると、脳内に新しく構築された神経回路というのは、原っぱにつくられた道のようなものだという。

一度道が出来てしまえば、次回からは必ずそこを通るようになる。

そして獣道といっしょで、何度も行ったり来たりを繰り返すことで、どんどん道幅が太くなる。

太くなるというのは習熟度が高まるということであり、この仕組みが脳科学でいう「強化学習」というサイクル。

小さな成功体験を積み重ねることは、脳をパワーアップさせるもっとも有効な方法である。

脳が成長するための唯一のメカニズムといっても過言ではない。

研究室で行う実験の99パーセントは失敗すると話していた古津氏。

注目したい発言がある。

それは、このひと言、「結果を出すと、次の欲が出てくるんです」

どんなに大きな成功も、いきなりものにできるわけではない。

試行錯誤と、小さな成功体験を繰り返してこそ、その延長線上に大きな成功は訪れるもの。

大きな成功をつかみたかったら、大言壮語を並べる前に、小さな成功を積み重ねる努力を忘れてはならない。

この本に登場するプロフェッショナルたちの仕事を見ていても、普段から細かいことを大事にしている人が非常に多いことを痛感する。

2011年9月 1日 (木)

ラッキーマン/マイケル・J・フォックス

A9r78d4  僕はインタビューを受けた際に、この病気を贈り物だと考えていると話した。そう言ったために同じ病気に苦しむ方からお叱りを受けたこともあった。もちろんぼくは自分自身の経験から話しただけなのだが、いま部分的に訂正してもう一度こう言いたい。もしそれが贈り物なのなら、これからも受け取りつづけなければならない贈り物だ、と。(中略)
 もしだれかがいまこの部屋に駆け込んできて、自分はいま(神でもアラーでも仏陀でもキリストでもクリシュナでもビル・ゲイツでもだれでもいい)そういう人物と取引をしてきた、きみが診断を下されてからの十年間を魔法で消してしまい、昔のままのきみで過ごせる十年と取り替えてくれるという取引をしてきた、と宣言したとしたら、ぼくは一瞬の躊躇もなくこう言うだろう。「出ていってくれ」と。(P7~9)

バック・トゥ・ザ・フューチャーで一躍人気者になり、その後パーキンソン病という不治の病を患ってしまったマイケル・J・フォックス。

しかし、「パーキンソン病は天からの贈り物だ」とマイケルは言う。

「こんな贈り物などいらないと人は言うだろうが、この病気にならなかったら、自分がこの十年近く歩んできた心豊かな深みのある人生は送れなかった。ハリウッドのスターとして有頂天になっていた病気以前の自分には決して戻りたいとは思わない。この病気のおかげで、ぼくはいまのような自分になれたのだ。だから自分のことをラッキーマンだと思うのだ」、と。

しかし、こう言い切れるのは、彼が若くしてハリウッドの頂点に登りつめ、

みんなからちやほやされていたときに、いち早くそうした事態の異常さに気づき、

冷静にまっとうな生活をすることを選んだ賢明さがあったからこそだろう。

彼は書いている、「幻想をほんとうと信じこむ世界に生きて、そこで生きる資格として特権を受け入れるか、それとも魔力を拒否し、現実の世界で地に足をつけていられるように最善をつくすか。恥を忍んで言うと、これは容易な選択ではなかった。だが最終的にはぼくは二番目の道を行くことにした。そっちの道を選んでよかった。なぜなら、パーキンソン病だと診断を下されたときに、もしぼくがまだびっくりハウスのルールに従って生きていたら、ぼくはきっとつぶされていただろうから」、と。

何が幸せかは人それぞれであり、将来自分がどんな病気にかかるかは誰にもわからない。

人は「もっと経済的に豊かになり、健康であれば幸せになれるのに」とつい思ってしまう。

だが、このような経験者の歩んだ道を知るにつけ、幸せにはいろんな形があるのだと教えられる。

マイケルが自分のことを「ラッキーマン」と言った。

その言葉は強がりでもなく、心の底から出た、ウソ偽りのない言葉だと感じた。

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