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2011年10月15日 (土)

挫折と栄光 世界チャンピオン浜田剛史の時代/佐瀬稔

Bt000011583700100101_tl-自分の力を信じてますか。
 「力ではなくて、運を信じています。自分は幸運なのだと・・・・・・」
--それは妙だ。拳を骨折し膝を痛め、それでなおかつ幸運だといえますか。
 「実は、この4月、タイのダウントーン・チュワタナとの試合の40日前、右フックの練習中、腰をひねりすぎて痛めたのです。だが、幸運にも治って試合には支障がなかったのです。拳を4回も痛めながら、こうして試合をやっていられます。今度だって、膝痛の回復がなんとか試合に間に合いました。自分には幸運がついている。自分はそれを信じています・・・・・・」
 怪我ばかりしているボクサーから、こんな話を聞くとは奇怪である。この人物は、むしろおのれの悲運を語るべきなのに、そういうことをいう。
 楽観的だからではない。苦労知らずのオプティミズムとはちがう。それどころか、彼こそはあらゆる悲運にストイックに耐えている。時代後れのストイシズムでおのれをがんじがらめにしばりあげ、なおかつ、幸運を断固として信じている。幼いころ、カメラを向けられるたびに拳を構えて見せたのと全くと同じで、一日たりとも身構えを解かない。構えて生きることこそ、この人物のライフ・スタイルとなったのだ。

度重なるケガなど不運を乗り越えて世界王者に登りつめた浜田剛史。

当時WBC世界スーパーライト級王者だったレネ・アルレドンドを1ラウンドKOした試合は鮮烈なイメージで今でも脳裏に焼き付いている。

しかし、その試合をしたとき、浜田は満身創痍という状態だった。

自らの強打の故に、左拳の同じ箇所を4度骨折。

完全に完治しないままで試合をするので、いつも試合後は拳が腫れ上がっていた。

また左拳をかばい過ぎる為に右拳も指がひん曲がった状態になる。

更にその前の試合で右膝の半月板を損傷していた。

その浜田が、佐瀬氏とのインタビューで「自分は幸運なのだ」と語っている。

意外な言葉だ。

浜田のこれまで歩んできた道は「幸運」などど言えるものではなかった。

あれだけの強打を持っていた浜田がもし拳を骨折していなければ、もっとスゴイ選手になっていただろう。

誰もがそう考える。

しかし、本人は「自分は幸運なのだ」と言う。

考えて見れば、「不運」「幸運」は主観の問題だ。

人から見て「不運」と思える人生を送っている人であっても、本人が「幸運」だと思えば、幸運なのである。

そして自らの人生を「不運」だと思って過ごすより、「幸運」だと思って過ごす方が良い人生を送ることができるに決まっている。

自分の歩んできた人生が「不運」なのか「幸運」なのか、決めるのは人ではない、自分だ。

浜田は度重なる拳の骨折から、このことを体得したのではないだろうか。

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