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2011年12月28日 (水)

ダメになる会社/高橋伸夫

_  もしみんなが、夢に投資した株主たちのことを馬鹿にして笑い飛ばしてしまったとき、資本主義には一体何が残るというのか?夢に投資する株主がいればこそ、夢は叶い、明るい未来が開けるのではなかったのか?夢に投資することを否定してしまったとき、資本主義には、一体どんな強みがあるというのだ?

  監督のフランシス・コッポラはこう語る。
  アメリカが夢と希望に満ちていた第二次世界大戦後の1940年代・・・・・つまり、技術革新をもって豊かな社会に生きていこうと、すべての人々が考えていた頃を、この映画『タッカー』は描き出している。タッカーは、彼の会社が存続する正当な権利を勝ち取るために、有能な人々と仲間を組んで闘った。80年代において明白になったことの一つは、国家が持つ最も重要な経済の基盤は〈創造性〉であるということだ。(中略)

  さて、映画から会社の話に戻そう。
  「夢に投資する」あるいは「志に投資する」という表現が、たとえ大げさだとしても、投資家が起業家・企業家に何か(夢や志を含めて)を託すというこうしたスタイルは、会社の原型そのものなのである。歴史的に見ても、会社の果たしてきた機能とは、まさにそういうことなのである。

著者は、「会社とは何か」という問いに対する、一つの解として、映画『タッカー』の例をあげ、投資家の「夢」や「志」を託され、それを実現させる存在が会社であると述べている。

フランシス・F・コッポラ監督作の映画『タッカー』

この映画の主人公、プレストン・タツカーは、米国デトロイト郊外の小さな町で、装甲車や銃座作りに追われながらも、自分の理想とする自動車を自分の手で創り出すという夢を持ち続けていた。

やがて戦争が終わり、かってB29爆撃機のエンジンを作っていたシカゴの工場を条件付で払い下げてもらったタッカーはその工場で、その夢の車の試作車の新車発表会を華々しく行う。

その車は、外観が流線型でカッコいいというだけではなく、当時としては画期的かつ斬新なアイデアに満ちていた。

そして、その新車発表会で、タッカーは「この夢の車を買いたければ、まずは自分の会社の株を買ってくれ」と集まった人々に呼びかける。

車を実際に生産するには工場、生産設備等を購入するための資本がいる。

しかし、自分にはアイデアはあるが金はない。

だからこの会社の株主になってくれと呼びかけたのである。

この新車発表会は、「新車」を売るための発表会ではなく、「新車を作る会社の株」を売るための発表会だった。

つまり、自分の「夢」や「志」に投資してくれ、とタッカーは投資家に呼びかけたわけである。

著者は、このシーンを題材に、ここに本来の会社の原型があると述べている。

私も全く同感である。

今、資本主義という名のもと、あまりにも「カネ」が中心になりすぎている。

投資家も、会社の株を買って儲けることばかりを考えている。

しかし、本来、投資家とはそのようなものなのだろうか。

経営者の持つ「夢」や「志」に共感し、その実現に寄与したいという思いから投資する。

これが本来の投資家の姿ではないのか。

そして経営者はその「夢」や「志」実現のために会社を経営する。

いつのまにか資本主義が間違った方向に行ってしまっているような気がしてならない。

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