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2012年1月 5日 (木)

「なんでだろう」から仕事は始まる!/小倉昌男

Znp1b_2  ならば社長が何もしなくても会社が動くかといえば、むろんそんなことはない。日々の業務の前提となる原理原則を決めるのは社長の仕事だ。そのときに大切なのは、単に基本的な方針を示すだけでなく、会社としての「理念」を明確に掲げることである。理念というとむずかしく聞こえるが、これは要するに、自分たちの会社がどういう心持ちで仕事に取り組み、いかにして社会の役に立つかということ。別の言葉でいえば、「志」ということになるだろうか。
  会社の価値というのは、この志のあり方で決まると私は思っている。単に多くの収益を上げることが「いい会社」の条件なのではない。もちろん企業は利益を追求する集団だからそれも大事だが、いくらもうけても品位の感じられない安っぽい会社は社会的に高く評価されないだろう。最終的には、志の高さが問われるのである。そして、経営者が会社の志を明確にするのは、世間に対して自分たちの存在意義をアピールすることだけが目的ではない。社員たちが仕事に向ける意欲を高めるためにも、これは絶対に欠かせないものだ。

宅急便を世に送り、福祉の世界に身を投じた小倉氏がここでは「志」の必要性について説いている。

「志」という言葉、いかにも小倉氏らしい。

小倉氏はヤマト運輸の経営者だった時代、宅急便の規制緩和を巡り、旧運輸省、旧郵政省と対立し、官僚を相手に時には過激なまでの意見交換をした。

理不尽な要求に毅然として立ち向かう様子は一貫している。

1979年には創業以来の取引先である三越が、岡田茂社長の就任以後運送費の大幅引き下げ等、理不尽な要求を繰り返す様子に耐えかね、同社に対し取引停止を通告したこともある。

この様子は両社のシンボルマークに引っ掛けて「ネコがライオンにかみついた」として話題となった。

まさに高い「志」の故の行為であった。

それと比較し、今の経営者の器の小ささと言ったら、見ていて本当に情けなくなる。

「志」が必要なのはなにも経営者ばかりではない、

個人も同様にも「志」が必要だ。

会社が利益だけを追求する存在ではないのと同様、それぞれの個人もお金のためだけに働くわけではない。

そういうケースもないわけではないだろうが、ひたすら生活の糧を得ることだけを目的にして仕事をするのはむなしいものだ。

逆に、収入は大したことがなくても、社会に貢献することができれば、それだけで充実感を得られるということが人間にはある。

だから多くの人々が、定年退職後もなんらかの形で地域のボランティアなどにかかわろうとするのだろう。

人間にとって何がつらいといって、自分が何の役にも立っていないと感じるほどつらいことはない。

その仕事を通じて社会にコミットメントして、世のため人のために役立っているという実感が得られたときにはじめて、私たちは働く喜びや生きがいを持つことができる。

それが「仕事の楽しさ」というものではないだろうか。

「志」というとなんだか古臭くて、カビが生えてしまった言葉のように受け止めてしまう人もいるだろうが、今のような時代だからこそ見直すべき言葉ではないだろうか。

「会社の価値というのは、この志のあり方で決まる」と小倉氏は言っているが、

「個人の価値というのは、この志のあり方で決まる」と言い換えても過言ではないだろう。

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