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2012年1月10日 (火)

リンゴが教えてくれたこと/木村秋則

Znp19   当時小学六年生だった長女が「お父さんの仕事」という題の作文で「お父さんの仕事はリンゴづくりです。でも、私はお父さんのつくったリンゴを一つも食べたことがありません」と書きました。これにはズシンと来ました。食べさせたくても一つも実らないから食べさせてやれないのです。
  あのころ、家族はちょっとバラバラになりました。今日一日をどう生きるか、女房も胸を痛めていたことでしょう。私が悪いのです。私がこういう無農薬栽培というものをやらなければ、家族もこれほど苦しむことはなかった。この頃女房に「いつ別れでもいいから」と言ったことがあります。こんなバカと結婚して、このままでは幸せになれないから、再婚してやり直してくれと。
  女房はウンともスンとも言いませんでした。
  何度もやめようと思いました。ところが雪が消えて春が来ると、今年一年やらせてくれないか と女房に言っていました。女房は私が一度言い出したら聞かないことをよく分かっていました。
  これほど家族を苦しめても無農薬をやめなかったのです。
  一度、女房に「これを最後にもうやめよう」と言ったことがあります。それを女房から聞いた長女が「じゃあ、今までなんで我慢してきたの」と問い詰めたそうです。
  そのずっとあとで長女がこう言ってくれたのです。
  「お父さんのやってきたことはすごいこと。答えのない世界でゼロから始めてここまで来た」。
  うれしかったですね。

絶対不可能と言われたリンゴの無農薬・無肥料栽培を成功させ、「奇跡のりんご」で一躍時の人になった木村氏。

その成功までの道のりは決して生半可なものではない。

何がその原動力となったのだろう。

何かを成し遂げて世に成功者と認知されている人に「成功の秘訣」をきくと、「成功するまでやめないこと」と答える人が多い。

確かにその通りで、成功するまでやめなければ、成功するしかない。

或いは一生を棒に振るかだ。

木村氏とて、無農薬栽培が成功したから良かったものの、成功しなかったら単なる偏屈な大バカものである。

常人はこの成功しなかった場合の代償の大きさと成功とを天秤にかけ途中で断念する。

もし続けることができるとすれば、その原動力は本人の強固な意思と信念、と言いたいところだが、これだけでは不十分。

プラス家族の支えが必要。

これは木村氏とて例外ではなかったようだ。

昨年の大震災で「絆」という言葉が広まったが、結局のところ、本人の力以上のものを出させるのは、家族や友人の絆という非科学的、非合理的な世界にゆきつくのかもしれない。

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