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2012年2月12日 (日)

リーダーシップの旅/野田智義、金井壽宏

Znp19   読者の皆さんは映画『フォレストガンプ一期一会』を憶えているだろうか。トム・ハンクス演じる主人公ガンプは、恋人ジェニーに失恋し、走り始める。たった一人で延々、黙々と走っていると、そのうち「一緒に走っていいかい。何か走る理由があるんだろう」と言って、後からついてくる男が現れる。ガンプが何年間もかかってアメリカ大陸を往復するうちに、ふと後ろを振り向くと、大勢の人たちがついてきていた。
  私は、リーダーシップの旅のイメージを説明する際に、この印象的なシーンをしばしば引用する。ガンプがリーダーだと主張するためではない。リード・ザ・セルフから出発する旅におけるフォロワーの役割を示すためだ。リーダーにはコミュニケーションのうまさや先見性など、ある程度の能力や資質が求められる。けれども、リーダーシップの本質は、そのような能力や資質にあるのではなく、リーダーがリード・ザ・セルフによって行動する際に発するエネルギーにこそある。「背中を見てついていく」「言葉ではなく背中で語る」といった言い回しがあるように、時にはリスクを冒してまで行動しようとする人の背中に、フォロワーはエネルギーを感じ、自発的についていこうと思う。

著者はリーダーシップの本質を、映画『フォレストガンプ一期一会』の一場面を例に説明している。

本書で語られていることを要約すると次ようになる。

社長になろうと思って社長になった人はいても、リーダーになろうと思ってリーダーになった人はいない。

リーダーは自らの行動の中で、結果としてリーダーになる。

はじめからフォロワーがいるわけではなく、「結果としてリーダーになる」プロセスにおいて、フォロワーが現れる。

リーダーシップは、本を読んで修得するものでも、だれかから教わるものでもない。

それは私たち一人一人が、自分の生き方の中に発見するもの。

リーダーシップはだれの前にも広がっている。

何かを見たいという気持ちがあれば、可能性は無限に膨らむ。

自らが選択し行動することで、人は結果としてリーダーと呼ばれるようになる、と。

リーダーは「結果として」なるものなのだ。

若くして利己と利他がシンクロしている人などいないだろうし、少年少女の頃から真の意味での社会性を帯びていたら、それはむしろ変人だろう。

人は旅を始め、続けていくうちに、いつ振り返っても人がついてきてくれる経験をし、自分の夢がみんなの夢になるプロセスの中で、利他性や社会性に目覚め、責務感を身につけていく。

「すごい人」だから身につけるのではなく、身につけなければ、旅を続けられないから、自然に人間が磨かれていく。

これが「リーダーシップの旅」である、と。

近年「リーダーシップ論」がさかんだが、人がリーダーになるプロセスを「旅」にたとえているところは新鮮な切り口ではないだろうか。

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