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2012年3月の31件の記事

2012年3月31日 (土)

人はなぜ裏切るのか/藤本ひとみ

Bt000010865100100101_tl   1804年、皇帝になったナポレオンは、その翌日、帝国元帥制度を発足させた。軍人の頂点をはっきりとさせ、兵たちにそれを目指させるためである。
  当初の帝国元帥は18人、ナポレオンの下で戦功を立ててきた将官ばかりであり、マルモンの名前も当然その中に含まれているはずだった。
  ところが名簿が発表させてみると、マンモルははずされていたのである。もっとも古い部下であり、多くの働きをし、ナポレオンの腹心として自他ともに許していたにもかかわらず、ナポレオンはマルモンを元帥に任命しなかった。
  マルモンはたいそうショックを受け、元帥叙任者に八つ当たりをしたといわれている。
  この時マルモンの心に、自分は正当に評価されていないという思いが芽生えたとしても不思議はない。

本書はナポレオンを裏切り、破滅へと追いやった7人について述べている。

その中で一番印象に残ったのはマルモンに対する考察。

マルモンが裏切った原因は、ナポレオンによる評価の低さがあった為とし、さらにそれは風采も育ちも教養も低かったナポレオンのマルモンに対する嫉妬のせいではないか?と、見解を述べている。

著者によるとナポレオンの出身は植民地コルシカ、身長は167センチと小男、多くの病気を抱え、話に訛りが強く、書く文字は間違いが多く、女性にもてない。

一方、こういう立場の男が憧れたであろうすべて、健康な体質と長身、身分、経済力、教養、気のきいた会話のできる力、魅力的な雰囲気、それらに恵まれたのがマルモンだった。

これがナポレオンの嫉妬をかい、マルモンの低評価につながったのでは、という考察である。

これはあくまで著者の推察なのだが、組織は感情を持つ人間の集まりなので、非理性的なことがよく起こるもの。

あながち間違いではないかもしれない、と思ってしまった。

2012年3月30日 (金)

勝手に絶望する若者たち/荒井千暁

C__docume1__locals1_temp_znp1f   ここで、入社後しばらくして離職していった人々が語っていた「離職理由」のうち、育成の側面から切り出されたものをふたたび列挙してみることにします。
A)仕事を教えてくれなかった。
B)即戦力になれなかった。
C)意見を聞いてもらえなかった。すべてが一方的だった。
D)したいことをやらせてもらえなかった。
E)採用面接では、「したいことは何か」と詳しく訊かれたが、実際は別の仕事になった。
F)職場の雰囲気が悪かった。遊び場だと思っている人もいれば、陰湿な言動もある。
  どこでどういったすれちがいがあったのでしょう。何か欠けていたものがあるとするなら、それは何だったのでしょうか。
  わたしが判断する限り、それらに対するヒントは、この離職理由の裏に隠されていました。ひとことでいえば、やりたいことがぼんやりイメージされているだけで、それがひとり歩きしてしまっているのです。

せっかく苦労して入った会社を3年以内に辞めてしまう若者が増えている。

産業医である著者は、その原因の一つは「やりたいことがぼんやりイメージされているだけで、それがひとり歩きしてしまっている」からだと言っている。

これはどういうことだろうか?

つまり、自分としては、やりたいことがわかっているつもりだし、自分にとってその仕事が最適であると信じてはいるものの、経験を伴っていないから骨太になっていないということ。

仕事というものは、やってみなければわからないもの。

しかも、これだけやれば向き不向きがわかるといったような判断基準さえない。

ところが、若い人たちが抱く仕事のイメージは、インターネットやメール、あるいはリクルーターなど間接媒体から得られた情報のみによって組み立てられる傾向が強い。

ただ、このような形で得られる情報は、上澄みだけ掬い取られた薄い内容。

これをもって、その仕事の内容をすべて知っていると思ったら大きな間違い。

おそらくそれらの媒体を通じて得られる情報は、仕事の実体験を通じて得られる情報のごく一部分にしかすぎない。

これが「やりたいことのイメージがひとり歩きしている」状態ではないだろうか。

自分が勝手に作ったイメージによって、勝手に絶望する。

まさに「勝手に絶望する若者たち」というタイトルの通りである。

2012年3月29日 (木)

キッコーマンのグローバル経営/茂木友三郎

C__docume1__locals1_temp_znp1b  現在の世界は「企業が国を選ぶ時代」に入っている。つまり、企業は仕事がしやすい国や地域を求めて移動する。
  では、その条件とは何だろうか。言うまでもなく、明確なルールに基づいた自由な競争環境が用意されているかどうかだ。
  自由な競争環境とは市場経済である。日本も市場経済を追求しない限り、長期的には、海外の企業はもとより日本の企業も逃げてしまう。そうなると日本経済は疲弊する。
  企業が国を選ぶ時代になった今日、国際的な観点から競争力のある舞台づくりをすることが必要不可欠である。そのために努力をすることは必然的なことである。

キッコーマンといえば、お醤油。

きわめて日本的な食品であり、日本の食卓に欠かせないもの。

ところがこの会社、実はグローバル化が非常に進んでいる会社。

いまから50年以上も前から、米国進出し、堅実かつ大胆なマーケティング戦略を実施している会社なのである。

そして、そのような会社のトップだからこそ言えることがある。

ここで茂木氏は、現在の世界は「企業が国を選ぶ時代」に入っていると言っている。

グローバル展開しているトップの言葉だけに、この言葉は重い。

かつて、戦後の日本は高い成長率を達成し、世界に冠たる経済大国にまで昇りつめた。

しかし、それは官主導の経済であった。

政府が優秀な人材を官僚として採用し、その優秀な官僚達が欧米に追いつくにはどうすればよいか知恵を絞り、いろいろな面で政府が関与し、産業界も協調しながら発展を図っていく、という官主導の経済を推進した。

かって「日本株式会社」と評されたように、それは行政と民間企業が一体となった官主導・業界協調体制による経済運営であった。

官が目標を設定し、官が資源の配分を司る。

そのために行政指導を含むさまざまな規制によって経済を動かすシステム。

そして、それが見事に成功した。

それ自体は決して悪いことではない。

しかし、時代は変わった。

もはや、そのような官主導の成功パターンは通用しない。

経済がグローバル化した現在、官が規制を強めれば強めるほど、企業は逃げていく。

そうすると産業の空洞化が起こる。

経済は衰退する。

かつての勝ちパターンが、逆に足を引っ張ってしまう現象が今まさに日本で起こっている。

「企業が国を選ぶ時代」

国の指導者は、この言葉の意味をよくよく考えることだ。

2012年3月28日 (水)

テレビ帝国の教科書/岡庭昇

Ek0036003   映っているものは事実か、映っているというだけで、それは事実であることを保証されているのか。テレビのホンシツを考えるとき、いちばん根本的な問題は、“映っているものははたして事実か”ということだ。わたしたちは、映っているだけでそれが事実だと思いがちである。そこから、早くもオトシ穴におちこんでしまう。(中略)
  では、ナマはどうか。
  これは絶対にホントだ。ナマ放送に映っているものがウソであるわけない!カメラは、われわれ自身の眼の代わりに現地へおもむいているのではないか。これが大方の常識であろう。
  むろん、現場に存在しないものを、ナマ放送は映し出すわけにいかない。その意味で、ナマ放送に映っているものはすべてホントのものである。では、当然のこととして、ナマ放送はホントを映すのか。困ったことに、かならずしもそうではないのである。ナマ放送に映っているものはすべてホントのものだが、にもかかわらずナマ放送はかならずしもホントを映すわけではない。

テレビから流れてくる映像は、否が応にも私たちの目に飛び込み、影響を与える。

特にナマのニュース映像は「今そこで起こっているホントのこと」という印象を与える。

しかし、ここに大きな落とし穴がある。

確かにそれらはホントのことを映しているのだが、それはある事実の断片を切り取った映像であり、当然全体像を映したものではない。

むしろ映像の性質として全体を俯瞰して映し出すことはできない。

映像を観るものとしては、その映し出された事実の断片としての映像をつなぎ合わせて全体像を想像するしかない。

しかし、もし、その断片がある一方的な偏った見方から切り取ったものばかりであったりしたら、当然全体像もゆがめられたものになってしまう。

ここに落とし穴がある。

本書は1985年に出版されたものであるが、当時話題となっていた「ロス疑惑」「かい人21面相」「豊田商事」事件等々について、メディアがいかにして世論を操作していったかを述べている。

そして、ある偏った映像によってテレビメディアというものが、世論をある一定方向に誘導していくという構図は今も全く変わっていない。

テレビの映像は事実ではあっても真実ではないということをいつも念頭において観る必要があるということだろう。

2012年3月27日 (火)

ジェームズ・ボンド 仕事の流儀/田窪寿保

C__docume1__locals1_temp_znp1d   チームワークは素晴らしい。誰もがそれは認める。
  ボンドも時にはチームワークで仕事をする。特にCIAのフィリックス・ライターは、共に助けあう親友という立場だ。だが、どちらかというとチームを重要視するアメリカ型スパイ活動と比べると、ダブルオー諜報部員は個人プレイがお好きのようだ。ミッションに関しても、チームにではなく、諜報員個人にミッションを託される。(中略)
  個人的に思うのだが、日本で言う「チームワーク」とイギリスで言う「チームワーク」とは、若干意味が違うようだ。イギリスでもチームはもちろん大切であるが、ベースとなっているのはやはり個人主義。個々の異なった楽器(人格)が集まり、優秀な指揮者の下に同じ音楽を奏でるオーケストラ、といったイメージだろうか。日本で言うチームワークは、逆に「集団行動」と意味が近い。つまり北朝鮮のようなマスゲーム的な世界である。村社会的な農村文化をベースに持つせいか、人と違うことをするのを嫌う文化がそこにはある。
  そんな中でのチームワークとは、やはり個性を消して、人から突出したことをしないこと。つまり出る杭は打たれないようにすることだ。
  ボンドの世界でのチームワークとは全く違う。英国発祥のスポーツ、ラグビーの有名な言葉「オール・フォア・ワン/ワン・フォア・オール」が、すべて表しているだろう。つまり個々がいかに自分の個性を持って、事に臨むかが大切なので、チーム自体が大切なのではない。特にミッションの遂行にとって、チームが邪魔な場合は、個人行動を優先させることも時には必要だ。

英国紳士の物の考え方、ファッション、嗜好、ユーモアのセンス、精神性、等々、これらは映画007シリーズのジェームズ・ボンドの立ち居振る舞いをみればよく分かる、というのが本書の主な内容。

ここではチームワークについての日本と英国との根本的な違いについて述べている。

確かに日本でチームワークというと、個を殺して集団行動をするというイメージが強い。

そこでは金太郎飴的な個が求められる。

しかし、英国のチームワークとはそれぞれ専門性を持つ個が、お互いその個人の特性を十分に発揮し、補い合い、ある時にはそれによって化学反応を起こし、シナジー効果を表し、結果として集団としてのパフォーマンスを最大化することを意味する。

同じ「チームワーク」ということばを使っておりながら、その内容は全く異なる。

どちらが成熟したチームワークかといえば、やはり英国型に分があるように感じる。

確かに日本的なチームワークも良い面はあるのだろうが、下手をすると個の力を殺してしまうことになりかねない。

そろそろ日本も英国型のチームワークへと脱皮する時にきているのではないだろうか。

2012年3月26日 (月)

坂本龍馬の魅力に迫る/折本章

C__docume1__locals1_temp_znp38   海援隊の任務は「運輸、射利、開拓、投機、本藩の応援」とされている。射利とは、利益を得ようと目論むことである。当時の武家社会においては、利を追求することは最も卑しむべきこととされていたが、それを堂々と海援隊の目的に掲げている。龍馬の先進的な新感覚がうかがえる。金銭を卑しきものとして蔑んだ武士が、金銭の欠乏に泣かされているというのが、当時の武士という皮肉な状況であった。
  隊の運営は原則として隊の収益によって賄うが、窮した場合は藩から補助してもらうことになっていた。隊員は航海、測量、医術、文、武、商などの職務を能力に応じてそれぞれに分担し、その身分は平等で事の決定はすべて合議で行われた。これによって各人が持ち味を十分に生かし、嬉々として活動することができた。
  封建制の下では希に見る民主的な運営方法であり、一切の身分差別を排除し方針決定はすべて合議制とした。龍馬の人間性が滲み出ている。運輸や商業行為のほか、政治・経済・航海・語学などの研究・研修活動や著作の出版などにも取り組んだ。単なる営利団体というだけでなく、能力を磨き人材開発をも念頭に置いた教育機関たる一側面も備えていた。古い仕来りに停滞することなく、時代を先取りする進取の精神がありありと窺える。

坂本龍馬といえば「海援隊」「薩長同盟」「船中八策」などの言葉が思い浮かぶ。

ここでは、海援隊について述べられているが、ここでもはっきりとみられるのが古い仕来りにとらわれない発想の柔軟さと現実主義である。

この当時の武士の仕来りとして、利を追求することは卑しい事とされていた。

それを堂々と利を得ようと目論むことを任務としている。

考えてみれば当たり前のことで、結局は経済的な基盤がしっかりとしていなければ、どんな高邁な理念を掲げても長続きはしない。

やはり、理想を追求するにしてもお金は必要である。

このことは多くのボランティアが結局長続きしないことを見るとよくわかる。

良いことを永続させるためにもやはりお金が必要なのである。

このことを龍馬はしっかりと理解していた。

そして海援隊の人材の活用法や教育法などは、そのまま現在の企業の人材活用や育成につながるもので、当時としては先進的である。

今から約150年まえにこんなことを考え実行していた人物がいたことは驚きである。

それと比較すると、自分を含めて、現代人はいかに器が小さくなってしまったことかと思ってしまう。

2012年3月25日 (日)

凡宰伝/佐野眞一

Bt000013085200100101_tl  小渕と別れて数日後の深夜、自宅の電話が突然鳴った。正月早々誰からかと思い受話器をあげるやいなや、小渕の声が耳に入ってきた。
「もし、もーし。小渕恵三でございます。いやあ、番組をみて感激しました。これからは三カ月間つづくそうですが、全部みます。みられないときはビデオにとって、あとからみます。これからも体に気をつけて頑張ってください」(中略)
  私は小渕からの電話を切ったあと、これは端倪すべからざる人心掌握術だな、と思った。小渕はこうした卓抜な手口を駆使することで、人の心をトリモチのようにからめとってきた。カイコが糸を吐いてすべてのものを繭玉にしてしまうように相手の気持ちをぐるぐる巻きにして入眠させてきた。最初のブッチホンの驚きは「表層的」だったが、二度目のブッチホンの驚きは「深層的」だった。小渕はカサにかかってきたのか。この男を見くびると大変なことになる。私はあらためてそう思った。

田中真紀子代議士から「凡人」と称され、アメリカからは「冷めたピザ」と揶揄された小渕恵三。

ところが、その実績は目を見張るものがある。

評論家の岩見隆夫は小渕内閣発足後約1年を経過した時点で、「小渕の五大決断」として次の事例をあげている。

①98年11月、中国の江沢民国家主席が訪日した時、中国側の謝罪要求などを頑として拒んだ。

②やはり11月、自民党内の強い抵抗にもかかわらず、自由党との連立政権樹立に電撃的に踏み切った。

③今年に入って、朝鮮民主主義人民共和国の工作船侵入事件で海上自衛隊に初の海上警備行動を命じる決意をした。

④大蔵省などの執拗な要求を抑えて「大蔵省」の看板を廃し「財務省」を採用した。

⑤急転、来夏のサミット開催地を沖縄・名護に決めた。

そのほか、新ガイドライン法、通信傍受法、国旗・国家法、国民総背番号制など国家と国民の命運を左右する重要な法案をまるで鼻唄を唄うような気楽さで次々と成立させ、戦後一貫してタブー視されてきた憲法改正にまで手をかけようとしてきた。

一つでも内閣がつぶれるほどの重要法案を、これほど易々と通過させてしまった総理大臣も前例がない。

これが「凡人」のなせる業だろうか。

政治は高邁な理念だけでは動かない。

数の力がどうしても必要。

敵を作らず味方や賛同者を増やす。

それに一役買ったのがブッチホンに代表される人心掌握術だったのではないだろうか。

最近の日本のリーダーに最も欠けた要素だ。

だから何も決まらない。

2012年3月24日 (土)

韓国芸能界裏物語/高月靖

Bt000014408000100101_tl   韓国は日本に比べてスポーツができない人が多い、という話がある。日本なら高校の部活でサッカーや野球などに明け暮れたという人は、いくらでもいるだろう。ところが韓国の高校でスポーツの部活に打ち込むのは、プロや国家代表として養成されるひと握りのエリートだけ。つまり過酷な学歴社会の韓国で学生時代にスポーツをするのは、真剣に将来それで生計を立てようと考えている人しかいないわけだ。こうしたエリート養成の発想が、いまはアイドル志望校にも及んでいる。

韓国は、過剰な競争社会だという。

スポーツや芸能の世界で活躍する人たちは、ひと握りのエリート。

躍進著しいサムソンや現代自動車なども、そこに入れるのはひと握りのエリート。

そして、そこに至るまでは、過酷な競争がある。

以前、韓国の大学受験の場面をテレビで見たことがあるが、日本人の私から見ると、ちょっと異様な光景のように感じた。

本書では、今、韓国で起こっている芸能人と事務所との間で頻発する契約問題、相次ぐ自殺やセックス接待の噂、ネットに潜む怪情報、ファン同士の確執、芸能人の整形事情、芸能界の疑惑を暴く「ネチズン」などが取り上げられている。

躍進する韓国企業やK-POP、韓流ドラマが光りの部分ならば、これは闇の部分と言ってよいだろう。

韓国はこのまま突っ走っていくのか、あるいはどこかでこれらのひずみが噴出し方向転換するのか、非常に興味深い。

2012年3月23日 (金)

日本は世界4位の海洋大国/山田吉彦

C__docume1__locals1_temp_znp1b   1991年に、5年間勤めていた銀行を退職し、顧客であった日本財団(財団法人日本船舶振興会)に転職した。日本財団とは、公営ギャンブルである競艇の収益金の一部を、社会に還元するための公益法人だ。私は、この組織で海と船に関する事業の部門に配属された後、三回目の人事異動で海洋問題にかかわる部門に移った。  本書のテーマ、すなわち海洋問題の専門家になったきっかけは、実は人事異動だったのである。
  日本財団は、そもそも国の基幹産業であった造船業の振興と、海洋問題への対処を主要事業としている。そのなかでも、私はマラッカ海峡の航行安全施設の維持管理を担当した。調査のためにマラッカ海峡の島々を小型船で回ったのだが、この海域にはいまだ海賊がいるということを知り、驚くとともに強い興味を抱いた。1998年のことである。
  そして、現代の海賊に関する資料や文献を集めていたところ、実際にマラッカ海峡において日本人が海賊に襲われる事件が発生した。そのとき、体系立てて現代海賊問題を話せるのが、日本では私一人だったこともあり、海賊問題、ひいては海洋安全保障の専門家となったのである。

本書の本題からは若干ずれてしまうかもしれないが、仕事柄、私としては海洋問題そのものより山田氏の専門家になった経緯に一番興味がわく。

元々銀行に勤めていた山田氏が海洋問題の専門家になり、このような本を書くまでになったきっかけは人事異動であったという。

あの人事異動がなかったならば海洋問題の専門家としての山田吉彦も誕生しなかったのだろうから、人生、何が起こるか分からない。

そして、個人のキャリア形成で大事なことは、偶然と思われる出来事をいかにプラスの経験として取り込んでいくのかということ。

今のような変化の激しい時代では、何が起こるかわからない。

「こんなことをやりたい」という、自分の描いた計画通りにいかないことの方が多いだろう。

それだけに偶然と思える出来事を取り込んでいくという姿勢は重要だ。

それにしても、小さいと思われている日本、実は世界4位の海洋大国だったとは。

今後、この眠っている海洋資源をいかに開発、発展させ、さらにこの領土を守っていくかは、重要な課題になってくることであろう。

ますます山田氏の活躍するフィールドは大きくなって行く可能性があるということだ。

2012年3月22日 (木)

不登校の解法/団士郎

9784166600854   新しく経験したシステム論に基づく家族療法の考え方は、長年児童相談にかかわってきた私にとっては革命的でした。
  子どもの問題解決に、両親や祖父母、兄弟などの協力を求めるのは、とくに新しいわけではありません。家族へのアドヴァイスは従来から行なってきたことでした。ではなにが新鮮だったかというと、家族をどのようなものだと理解し、それに対してどう取り組むかという点でした。中でも問題解決のために原因を探ることをしない視点は画期的でした。これは家族の中に問題の原因を作った犯人を探すのを止めることでした。
  それまで私たちは、問題解決には原因や真相の究明が不可欠だと考えていました。今考えると、『なにが(誰が)悪いのか』よりも『どうすればいいか』が役に立つというのはあたり前のような気がします。しかし問題解決にはやはり根本原因を明らかにして、それを取りのぞくところから始めるべきだという確信は強固なものです。これまで私たちが学んできた科学的、合理的な考え方は、ものごとには原因があり結果はそれに属しているという因果論です。この考え方は現在も私たちの日常を支配しています。それに実際、多くの現象はこの考え方で説明できるものだと思います。
  例えば同じ工場で、同じ材料で製造されたモノは、同じモノだと考えるのが理にかなっています。その前提で、問題の解決手段を講じていきます。しかし、同じ親のもとで同じように育ちながら、兄弟がまったく異なった人生を歩むことはよくあります。そこで私たちは、人間の行動や家族の選択は、因果論的に見れば非科学的で合理性を欠くこともしばしばあるという現実を認識するところからスタートしました。
  原因と結果では結びきれない現象が、子育て問題や家族の問題に数多くあるとしたら、その解決にも、因果論とは異なる新しい考え方が必要だったということになります。

物事には必ず原因と結果がある。

『「原因」と「結果」の法則』という本があるくらいだから、この考え自体間違ってはいないだろう。

ただし、家庭の問題、特に不登校やひきこもりの問題にこれをそのまま当てはめようとするとおかしくなってしまうことが多い。

なぜ、こんなことを言うかというと、私の家庭が、不登校の子を二人抱えているからである。

多くの場合、何か問題があると、その原因を探ろうとする。

ところが、家庭の問題でこのことをそのままやろうとすると、必ず犯人探しになる。

結果、夫婦の関係そのものがギクシャクしたものとなり、そのことがさらに悪い結果を生む。

まさに負のスパイラルに陥ってしまう。

ただ、何が真の解決法なのかというと、未だにこれといった方法は見つからない。

だが、このことを通して私自身は随分と謙虚にさせられたと感じている。

その意味では感謝しているのだが。

2012年3月21日 (水)

これだけで「組織」は強くなる/渡邊美樹、野村克也

C__docume1__locals1_temp_znp1c   壁にぶつかったとき、「もうダメだ」と簡単に諦めるのか、それとも、「どうすれば突破できるだろう」と必死で考えるのか。一流と二流の違いは、まさにそこにあると思います。
  成功のためには人一倍考え、人一倍努力すべきだという野村さんの御意見には、まったく同感です。
  野村さんは、プロの世界で這い上がるために、二十四時間野球漬けになって努力されたとおっしゃっています。
  一日は、誰にとっても二十四時間しかありません。遊んでも、酒を飲んでも、仕事や勉強をしても、二十四時間という一日の長さは変わらない。
  仕事で一流になろうと思うなら、他のことに時間を割いている余裕はないはずです。「二十四時間野球漬け」くらいに、ひとつのことに集中しないといけない。
  最近、「ワーク・ライフ・バランス(WLB)」という言葉をよく聞きます。
  読んで字のごとく「仕事と生活の調和」のことで、「充実した生活が仕事における生産性を高め、仕事での充実感が生活の質をさらに高める」という考え方です。
  このとおりに実現すれば、とてもすばらしいことだと思いますが、私は、人生には「ワーク=ライフ」となる時期も絶対に必要だと考えています。

最近、ワーク・ライフ・バランスということが、さかんに叫ばれるようになってきた。

確かに充実した生活があってはじめて良い仕事ができるというもの。

仕事のためにすべてを犠牲にして、結果、家族はバラバラ、本人も心身を病んでしまったということになったら悲劇。

「何のための仕事なのか」ということになってしまうだろう。

だが、私はこの言葉に違和感を感じるところがある。

もちろん、このことの趣旨は良く理解できるのだが、問題は最初からこれを守るべき規範のようにして働いて良いものだろうかという疑問である。

多くの「その道のプロ」と言われる人たちが、若かりし頃、寝る間も惜しんで働き、それこそ仕事漬けの日々だったことを語る。

少しは誇張も含まれていたとしても、プロになるためには、絶対量が必要だということは確か。

ところが、新卒で入社してすぐ、ワーク・ライフ・バランスを意識した働き方をして、その絶対量は確保できるのだろうか?

人生のある一定の期間、ワーク・ライフ・アンバランスでよいのでは、という気がしてならない。

これは暴論なのだろうか

2012年3月20日 (火)

ゴールは偶然の産物ではない/フェラン・ソリアーノ

C__docume1__locals1_temp_znp1d   選手の大まかな能力や才能を評価するのは、さほど難しいことではない。サッカー好きなら、スタジアムでプレーする選手を見ていれば事足りる。しかし選手を雇うとなると話は別で、その長所も短所も詳細にわたって見抜く訓練を受けた専門家の目が必要だ。どれほど多くの試合を見てきたとしても、ファンには専門家の評価方法を真似できない。そもそも両者の視点はまったく違うのだ。
  例えば、観戦するときファンはだいたいボールを追いかけるが、専門家はフィールド上のポジションや、ボールのないところでの選手の動きを見ている。そのため、両者の評価は大きく食い違う場合がある。ディフェンダーが相手のフォワードからボールを奪おうとして長い距離を猛然と走ると観客は拍手喝采するが、専門家はディフェンダーが持ち場を離れるという極めて危険な動きをしたことや、持ち場に戻るのにどれだけのエネルギーを浪費するかといった不満を抱くかもしれない。

FCバルセロナといえば、昨年のクラブW杯で勝利し、世界一の称号に輝いたことが記憶に新しい。

しかし、過去、FCバルセロナは経営の危機に直面していた。

本書は、その破綻寸前だったFCバルセロナをわずか4年で再生し、世界No.1クラブへと導いたソリアーノ氏の著書。

本書のタイトル「ゴールは偶然の産物ではない」も、サッカーのゴールという一見偶然性の占める割合が大きいと見られているものを経営に見立てており、絶妙。

つまり、サッカーのゴールは偶然の産物ではなく、戦略と戦術があり、きちんとしたお膳立てがあって初めて生まれる。

経営も同じなんだ、と。

偶然うまくいくなんてことはあり得ない。

赤字になるのも、黒字になるのも、必ずそのプロセスに原因があるのだというもの。

ここでは、そのプロセスの一つ、スカウティングと評価について述べている。

重要なのは、選手を正しく見る視点。

ソリアーノ氏は、ファンの見る目と、専門家の見る目は違うのだと言う。

ファンはボールを持つ選手のプレー注目するが、専門家はボールを持たない選手がどのような動きをするかに注目する。

派手なファインプレーや全力プレーに拍手喝采するのでなく、なぜそうしなければならない状況に陥ったのかを冷静に分析する。

そして、個々の選手を正しく評価し最適な役割を与える。

これなどは企業経営における採用、評価、配置、育成にそのまま生かせる内容。

企業経営にたとえるならば、社員を見る専門家の目を持っているか、ということ。

企業は社員の採用や評価の際は「ファンの目」つまり一般論に流されず、「専門家の目」つまり合理性に基づいた独自の視点を持つ必要がある、ということであろう。

2012年3月19日 (月)

即戦力は3年もたない/樋口弘和

C__docume1__locals1_temp_znp32  素直さを面接で見抜くために、私は応募者に「客観的な評価」で自分を語ってもらうようにしています。
  まずは「あなたのことをいちばんよく知っているのは誰だと思いますか?」と切り出します。その答えに続けて、こう尋ねるのです。
「その人にここへ来てもらい、あなたに代わって、ここに座っているものと仮定しましょう。  私はその人に対してこう聞きます。私は彼を採用したいと考えています。そうなった場合、私はどんな面で彼に苦労させられると思いますか?こっそり教えてください」
  こうした質問を受けた場合、えっ!?と答えにつまり、多少の間が空いてしまうものですが、これは健全な反応です。それは自己PRや志望理由のように準備された答えではないからです。それから少しの間を空けて、「たぶん、こんな感じで答えてくれるんじゃないでしようか」「・・・・・・いや、そうではなくてこうかな」と答えてくれれば、それでいいのです。
  自己認識がしっかりしている人は、自分の特徴や弱みもよくわかっていますから、言葉自体はとぎれとぎれになったとしても具体的な答えが出てきますし、それまで面接で聞いた話の内容にリンクすることが必ず出てくるはずです。要は客観的な評価を面接のようなオフィシャルな場でしっかりと語ることができる、ということこそ大事なのです。
  しかし、このように質問を展開されてもなお、「苦労させられる点はないと思います、と答えてくれるのではないでしょうか」と言って、やはり自己PRを続けようとする人がいます。このような人は自分自身を客観的に見ようとしたことがないので、人からどう思われているかという評価の基本が理解できていないのです。このような人材はどんなに現在の能力が高くても、そこから伸び悩む可能性が高いと私は判断します。

採用は難しい。

特に自社の戦力になる伸びる人材を見抜くのは難しい。

そのなかで、本書の著者、樋口氏は、本当に優秀な人材かどうかを判断するポイントとして、三つの資質をあげている。

その三点とは、「性格の素直さ」「思考のやわらかさ」「情熱(ハート)」。

何をもって優秀であると定義するのかは、時代や社会環境によって変わるもの。

ただ、これまでに出会ってきた多くの方々のなかから、とくに優秀であり、今の時代に非常にマッチした活躍をされている方たちに共通するポイントを抽出し、そこから導き出されたものがこの三点だという。

この三点というのは、それまでの生き方を通じて形成されてきたものであり、入社後の短期間で変えることが非常に難しい要素。

このように「入社後に教育できない」あるいは「困難を極め、教育コストがかかりすぎる」資質こそ、採用時にしっかりと見抜かないといけない。

上記は、そのなかの一つ、「素直さ」をどのようにして見抜くかということについて述べられている。

素直であると周りの意見を聞き入れ、受け入れることができる。

すると、自分の短所も正しく認識することができる。

社会人として成長していくためには、現状を正しく認識するという、このステージが欠かせない。

素直さが自責思考につながり、あらゆる問題点を自分を高めるエネルギーに変えていく力となる。

確かに、自分の長所、短所を正しく認識できない人材を育成するのは困難をきわめる。

2012年3月18日 (日)

シェア神話の崩壊/前屋毅

31nb46wt1wl__sl500_aa300_   こうして、高度経済成長期において、日本企業のシェア至上主義は加速され、定着していったのである。日本企業を牽引していく経営トップたちの関心は、シェア獲得に集中されていった。高いシェアを手中に収められる経営者だけしか、認められなくなったといってもいい。シェア至上主義は、高度経済成長期を経て急激に成長してきた日本の企業風土のなかから生まれた、唯一の経営ヴィジョンだったといっていいかもしれない。
  しかし、織烈なシェア競争のなかで、企業の社員たちはシェア獲得のために「ビジネス戦士」として酷使されていった。没個性の製品を背負わされて、より大きなシェア獲得のために、「戦士」たちは朝早くから夜遅くまで戦いつづけたのである。その結果が、「仕事中毒」とまでいわれ、仕事にしか生きがいをみつけられない、没個性の画一的なサラリーマンの群れだった。シェア至上主義の結果ともいえる。それが、日本人が追い求めた自らの姿だったのだろうか。それは、日本企業の「愚」の結果ではなかったのだろうか。
  その高度成長期も、すでに過去の出来事となってしまった。にもかかわらず、シェア至上主義だけは日本企業の体質として染みついてしまっている。

本書が書かれたのは1994年のこと。

この当時からすでにシェア至上主義では日本企業は行き詰まってしまうということを著者は言っている。

そして、おそらくそれは当時、多くの日本企業の課題でもあったことだろう。

ところが、20年近く経った現在、依然として多くの日本企業はシェア至上主義から抜けきれていない。

シェア至上主義、多く生産して多く売るスタイルを貫きとおそうとすれば、強引な売り込みや極端な値引きで無理やり消費者の購買意欲をかきたてるしかない。

同じスタイルで同じようなものを売るライバルが多ければ、それだけ競争も織烈化する。

まして、今は経済がグローバル化し、安売り競争だけでは、安い労働力によって安い商品を作ることのできる新興国に負けてしまうのは明らか。

結果、ビジネスのモラルは低下し、企業としての収益も伸びずに自らの首を絞めることにもなりかねない。

まさにシェア至上主義の「落とし穴」である。

今日、顧客ニーズは多様化してきている。

高度経済成長期のように、同質の市場に同質の商品を大量に提供するわけにはいかなくなってきている。

ここに、本書のタイトルにあるように「シェア神話の崩壊」がある。

従来のシェア競争のかたちに固執していては競争に勝ち残ることはできないだろう。

この20年間、日本企業は、シェア至上主義の呪縛から抜け出し、発想の転換を求められ続けてきたと言ってよい。

もし20年前から真剣に取り組んでいれば、日本企業を取り巻く環境は今とは違っていたかもしれない。

失われた20年と言ってもよいのではないだろうか。

2012年3月17日 (土)

日本人ほど個性と創造力の豊かな国民はいない/呉善花

C__docume1__locals1_temp_znpa1   ビジネスの世界でいえば、韓国人ならば、なにはともあれ企業のトップに立って采配をふるうことを夢見る。かの中国人ビジネスマンにしても、将来は独立して自分の会社をもちたいという。そこからさらに、世界的な注目を浴びる企業へと羽ばたくことを夢に描くのだ。そうした大きな夢があってこそ働くことができる、というのが中国人であり韓国人である。
  一方、多くの日本人はそのように夢を語ることをしない。第一線で活躍しているビジネスマンからすら、「社長になりたい」「経営トップを目指している」といった思いを聞かされることはまずない。
  「それではなんのために働いているのですか?」と聞いてみると、「家族のためにですよ」とか「食うためにかな」などと、実に現実的な発言に終始することが多いのである。いつも、なにかはぐらかされたような思いをもたされてしまう。
  日本人は、他人より上に立とうとする意志を表に出すことを恥とするから、実際にはそれぞれ内に秘めた夢があるのかもしれない。そうも思うが、中国人や韓国人からすれば、やはり日本人はことさら大きな夢をもつことなく一所懸命に働くことのできる、不思議な人たちに見えるのは確かである。
  日本人は心のどこかで、小さなことをコツコツと積み上げていけば、必ず立派なものになっていくということを信じている人たちだ。したがって、うまくいかないのはそうした努力が足りないからだと考えようとする人が多い。上海のビジネスマンたちもそうだったが、中国人はそういうことをほとんど信じていないし、韓国人もそれに次いでいる。理屈としてはわかっても、そうした方向に意識が向いていかないのである。

確かに日本人は中国人や韓国人と比較して、他人を蹴落としてまでトップに立つという意識は弱いのであろう。

逆に、外国人から見て、そのような野望を持つこともなく、まじめにコツコツ働く日本人は奇異に見えるようだ。

日本の代表的企業トヨタが得意とする「改善」も、まじめにコツコツという国民性が土台にあって始めて可能になる。

逆に外国の企業がトヨタをまねしようとしても、なかなかできないのはこのような国民性まではまねできないところにあるのではないかと思う。

ただし、今、日本は岐路に立たされている。

まじめにコツコツ働くだけでは、今のグローバルな競争社会では勝ち残っていけない現実が目の前にある。

日本人のよい部分は残しつつ、欠けている部分は取り入れる柔軟性が、これからは求められていくのではないだろうか。

2012年3月16日 (金)

伝える力2/池上彰

C__docume1__locals1_temp_znp58  私の文章も、中学校や高校、大学などの国語の試験問題に多数使われています。最初、入試問題に使われたときはショックでした。エッ、うれしかったんじゃないか、って!?いいえ、落ち込んだのです。入試問題に使われるほどわかりにくい文章なのか、と。
  わかりやすく、すらすらと頭に入ってくるような文章では、読解力を要求されませんよね。となると、出題者は問題を作りにくいということになります。
  いざ自分の文章が国語の試験問題に採用されて、その問題を解いてみると、今度は答えがわからないということもありました。
  たとえば「傍線部に関して、筆者が言いたいことを次の五つの中から一つ選べ」という設問があります。どれどれ、私の言いたいことは?と問題に当たってみると、う-ん、私が言いたいことはこの中にないんだけど・・・ということもありました。あるいは、三つぐらいは確かに全然違うな。でも、残りの二つはどちらも言いたいことなんだけど・・・ということも。
  しかし、問題の「正答」は存在しているわけです。それによって、点数が分かれ、合否も左右される。なんだか割り切れない気持ちになります。

分かりやすく伝えることの大切さは、池上氏が広めたようなものだろう。

本書は「分かりやすく伝えるスキル」について、それこそ、分かりやすく書かれている。

ここでは、入試問題に自分の文章が使われたことについて、述べている。

一つは、まだまだ自分の文章は分かりにくかったのだと知らされショックだったということ。

そしてもう一つは、著者本人も選択に迷うような問題が、択一問題として出題され、人の人生を左右する道具として使われたいたということについて。

そもそも、世の中に出れば正解などはないことの方が多いもの。

入試問題は、そもそもが振るい落とすための試験なので、致し方ない面も確かにあるが、一つだけの正解を求める教育が、いざ世の中に出たときどれだけ役に立つのだろうか。

日本の教育もそろそろ根本から変えるべきときにきているのではないだろうか。

2012年3月15日 (木)

いかにして自分の夢を実現するか/ロバート・シュラー

C__docume1__locals1_temp_znp71   この世でもっとも危険なのは、消極的な考え方をする専門家だ。我々はつい、専門家の言葉を無条件に信じて、夢を途中で捨ててしまいがちである。世間の評価に惑わされないで自分自身の耳で聞き分けることが重要だ。
  たとえば、消極思考型の専門家の愚かさを証明する例として、作家ハーバート・ベイヤーは、次の記事を挙げている。それは、建築評論家ジョーン・ドレイファスが、ある音楽評論家について『ロサンジェルス・タイムズ』誌に書いたものである。
  シューベルトの『未完成交響曲』を聴いた、ある音楽評論家がこう言った。
「12人のバイオリニストが同じ小節を弾いているのは、まったく無駄だ。もっと人数を減らすべきだ。それに、出番の少ない管楽器セクションに4本のオーボエは多すぎる。何人かを首にして、その不足分はオーケストラ全体で埋め合わせればいい」
  また、その優秀な評論家は、予想もできないようなことを言った。
「32分音符は繊細でむずかしすぎる。16分音符ぐらいにまとめてしまえば、もっと程度の低いオーケストラでも演奏できるじゃないか」
  調子に乗った彼は、こう続けた。
「弦楽器が演奏した部分を、管楽器が繰り返すのも馬鹿馬鹿しい。重複する小節を削除すれば、この曲の演奏時間は2時間から20分に短縮できるだろう」
  そして、とうとう彼はこんなことも言った。
「いや、まったくの話、シューベルトがこのことに気づいていたら、この未完成交響曲は完成していたかもしれないね」

専門バカという言葉がある。

専門家がすべてそうだとは言わないが、得てしてその深い専門知識の故に、物事を枠にはめて考えやすい。

特に豊富な情報と知識、経験をもった消極思考型の専門家は、ぶった知識人特有の横柄さで、例証と想像を交えながら、失敗する理由を数え上げていく。

それだけでなく、自分の正しさを確信し、他人にもそれを押しつけ、そのテーマ全体を否定しようとする。

このような彼らの行為は、進歩や発展をさまたげ、創造性を閉じこめ、前へ進もうとする歩みをストップさせる。

何か事故や事件が起こると、テレビ等のマスコミに、専門家と称する人たちが急に登場するようになる。

戦争が始まれば軍事専門家が、原発事故が起これば、その道の専門家が急に登場し、持論を展開する。

しかし、そのとき、その目の前にいる専門家が果たして消極思考型の専門家なのか、そうでないのか、はっきりと見分ける目を持ちたいものだ。

自分がそうならないようにという戒めとともに、そのような専門バカに耳を傾けることがないように、判断力を十分に養っていく必要がある。

2012年3月14日 (水)

「デキるつもり」が会社を潰す/香川晋平

C__docume1__locals1_temp_znp101   これは、京セラ創業者の稲盛和夫氏が、著書『成功への情熱PASSION』(PHP文庫2001年)で書かれていたエピソードです。稲盛和夫氏は、こんな言葉で締めくくっています。
「実際にはできないことを、できるようなふりをしてはいけません。まずできないことを認めて、そこからスタートするのです」
  本当に「デキる黒字社員」とは、一体どういう人なのでしょうか?
  私は、自分が「デキない」ということを、素直に認められる人ではないか、と考えています。
  これまで、私が思う「デキる」人を数多く観察してきましたが、共通して言えるのは、先ほどの稲盛和夫氏のように、つねに今よりもさらに「デキる」状態をめざして、自分は「まだまだデキない」という意識で仕事に取り組んでいる、ということです。

ここで、「できる黒字社員」になるためにということで、稲森氏の言葉が引用されている。

「まずできないことを認めて、そこからスタートするのです」、と。

こんなこと当たり前である。

しかし、ほとんどの人はこの当たり前のことがなかなかできない。

まず自分が「できないことを認める」ことがなかなかできない。

だから成長しない。

稲森氏といえば、破綻したJALの会長を無報酬で引き受け、見事に業績を回復させたことは記憶に新しい。

おそらく稲森氏はJALの幹部や社員たちにこの当たり前のことを徹底させたのではないかと思う。

逆にいえば、これまでその当たり前のことができていなかったのが、JALがおかしくなってしまった原因だったと言えよう。

2012年3月13日 (火)

仕事ができる社員、できない社員/吉越浩一郎

Bt000013567500100101_tl   千葉県柏市にある名戸ヶ谷病院は、「救急患者の受け入れを拒否しない」という姿勢を、開院以来25年間、守り続けています。
  この病院には法の規定を超える医師の数がそろえられ、医師は必ず各科に一人、病院から5分圏以内に住むことが決められているそうです。当直医は二人ですが、手が足りない場合はいつでも医師の呼び出しが可能だといいます。
  名戸ヶ谷病院を取り巻く環境は、救急患者の受け入れを渋りがちな他の病院とまったく同じです。しかし、「患者を拒否しないためにはどうすればいいか?」という問題に真正面から取り組んだからこそ、それを実現できているのです。
  仕事も同じではないでしょうか。
  上司が頼りなくても、会社がアテにならなくても、「何とかしよう」と思い、行動を起こしていく人が「成長できる人」であり、ひいては一流の「人間力」を持つ人になれるのです。

一頃、救急の患者が病院をたらい回しにされているということが社会的な問題としてマスコミに取り上げられたことがある。

この問題は、いまだに解決されたわけではない。

ところが、多くの病院が受け入れ拒否をする中で、名戸ヶ谷病院は「救急患者の受け入れを拒否しない」という姿勢を、開院以来25年間、守り続けているという。

おそらく患者を受け入れる設備や人的な環境は、他の病院とさほど変わらないのではないかと考える。

違うのは、自分たちの病院が何故にこの地に存在しているのかという使命感、

そして、それを具体的な行動まで落とし込み、徹底して実行していこうとする姿勢ではないだろうか。

人間、本気になって取り組めば、不可能と思えるような壁も乗り越えることができるもの。

問題は、最初からできないとあきらめること。

また、最初から、できなかったことの言い訳を考えてしまうこと。

よく「退路を断つ」というが、問題解決にはこのような姿勢が大事なのではないだろうか。

名戸ヶ谷病院の事例はこのことを教えてくれる。

2012年3月12日 (月)

すべては音楽から生まれる/茂木健一郎

Znp1a   人間は、生きていく上で様々な事態に出遭う。時には困難と向き合わなければならない。銀のスプーンをくわえて生まれてきたとしても、どんなに風光明媚な場所で暮らしていたとしても、難事の連続であるという人生の本質や、この世で生きることの辛苦から逃れることはできないのだ。
  だが、絶対的な座標軸ーーたとえば「喜びや美の基準」といつたものさしーーが自分の中にあれば、日々の難事や苦しみは、ずいぶんとやわらぐものである。
  これは、あくまでも自分のものさしだ、という点に強みがある。世評や人気といったような、他人を介在するものさしではない。浮世の表面的なこととは関係がない。自己の体験から生まれた独自の軸なので、揺らぐことなく自分を内側から支えてくれる。
  絶対的な座標軸の存在が、その人にとって、生きるということの決め手になるのだと思う。人生の苦しみを緩和し、さらには、世界の美しさや楽しさに目を向けさせてくれるような、生きる秘訣となるのではないだろうか。
  この世はままならぬことばかりである。自分の理想とはほど遠い現状に憤慨や焦燥、諦念を覚えることも少なくはない。だが、座標軸があれば、周りがどう思おうと関係ない、という潔い強さを持てる。「周りがどうあろうと、自分の中から光を発し続けていればいいのだ」という域に達することができるのだ。その光源たり得るものとして、音楽はある。
「美しい」「嬉しい」「悲しい」「楽しい」……。一瞬一瞬に生身の体で感動することによって、人は、自己の価値基準を生み出し、現実を現実として自分のものにできるのである。それが「生きる」ということである。だからこそ、本当の感動を知っている人は、強い。生きていく上で、迷わない。揺るがない。折れない。くじけない。
  音楽は、そんな座標軸になり得る。音楽の最上のものを知っているということは、他のなにものにも代えがたい強い基盤を自分に与えてくれるのだ。

本書は茂木氏の音楽に対するこだわりや思い入れの本といってよい。

だから、音楽を脳科学的なアプローチから解明することを期待して読むとがっかりする。

音楽が茂木氏にとっていかに重要なものであるか、それはこの文章を読むとよく分かる。

おそらく本書で茂木氏が言いたかったことはこのことだったのではないだろうか。

「座標軸」という言葉をここでは使っている。

誰が何と言おうが、自分だけがもっている喜びや美の基準。

これが生きていく上で重要だと言っている。

そして、それが茂木氏にとっては音楽だったということ。

しかし、座標軸となりうるものは、音楽だけではない。

人によっては一枚の絵画であるかもしれないし、一本の映画であるかもしれない。

あるいは、何らかの原体験かもしれない。

ひとそれぞれである。

大事なことは、自分なりの価値基準をもっているかどうかであり、その基となる座標軸をもっているものは強いということである。

2012年3月11日 (日)

だから、潰れた/山本ちず

51wgoso6bvl__sl500_aa300_   さて、転職雑誌の回覧といえば、この時期になってとうとう妻帯者の主任とチーフも、本格的に転職を考えるようになっていました。その証拠に、ウチの部署で流行っていたのは、いい証明写真をとってくれる写真館を探すことでした。値段と質と枚数のバランスを見ながら、あっちの店はいくらで何枚、こっちの店はヨボヨボのおじいさんが撮影するから、写りがイマイチ、などせっせと情報交換に勤しんでいました。
  それから、転職活動に必須の職務経歴書をまとめはじめたのもこのころ。普通の転職ならば、夜家でコッソリ書き上げるシロモノですが、私たちは場合が場合ですから、会社で堂々と書き進んでいました。記憶が曖昧な仕事に関しては、
「あの仕事やったのいつごろだったかなぁ~?」
「あ、それは去年の夏ぐらいだったと思いますぅ~」
  という風に、まるでテスト前の学生のようにお互い確認しながら、共同作業で仕上げていったのでした。

本書は、著者自身が入社1年目にして巻き込まれた、某アパレルメーカーの倒産劇。

新人OLであった著者が見た倒産までの顛末が赤裸々に書かれている。

なるほど、こうやって会社は潰れるのだな、と興味深く読んでしまった。

ワンマン創業社長と取締役“愛人”本部長、減り続ける宣伝費、わけの分からない新店舗出店…、そしてある日、債権者が会社に押し寄せる。

よく会社が危機的状況になると、「こんな時こそ全社一丸となって、この危機を乗り越えよう」とトップが呼びかけるものだが、ここまでくると、このような呼びかけはむしろマイナス。

通常、社員は自分たちのことしか考えない。

会社が危ないとなれば、次のこと、つまり転職を考えはじめる。

そして、自宅等を担保に取られている経営者は全てを失う。

「シビアなものだな」とつい思ってしまった。

2012年3月10日 (土)

人生を選び直した男たち/竜門冬二

Bt000012516500100101_tl   信長様が怒っているのは、「前田利家は、おれの立場を理解していない」ということらしい。そして、それも、「自分は、十阿弥の告げ口などによって、織田家の人事を左右していない。それを鵜呑みにして十阿弥を殺してしまった利家はバカだ」ということのようだ。
  利家は、こういう問題の煮詰めかたによって、初めて「トップの立場」というのを考え始めたのである。いままでは自分の立場すなわち「使われる者の立場」で、問題を整理してきた。「使う者の立場」など全く斟酌しなかった。が、どうもここがまずいようだ。そう思うと、柴田勝家が懇々と言ったことが、いくつも利家の頭の中に甦ってきた。特に、「おれは十阿弥の告げ口など聞いていないにもかかわらず、利家が十阿弥を殺したことによって、それが事実だということになってしまった」という信長の無念の言葉がクルクルと利家の頭の中でまわった。
  利家は、(おれが、信長様の立場に立ったらどうだろうか?)と考えてみた。これはいままでになかったことである。自分の立場を忘れて、相手の立場に立ってものを考えるなどということは、従来の前田利家の思考方法にはなかった。それをやってみると、皮が一枚一枚剥がれて、実がはっきり見えてきた。厚い雲に裂け間ができて、その上の青い空がみえたような気分だ。(中略)
  前田利家は、初めて事の重大性に気がついた。それは、「トップには、トップの立場があり、その立場を構築している論理がある」ということであった。

人は成長の段階で「一皮むける」経験をすることがある。

前田利家にとって、このときが「一皮むける」経験だった。

仕事上で壁に突き当たって、にっちもさっちもいかなくなった時、ふと視点を変えると、視野がパッと開けるような経験をすることがある。

利家の場合は、悶々とした中で、自問自答を繰り返していくうち、このことを体験した。

ある瞬間、「使われる者の立場」から「使う者の立場」に視点が変わったのである。

これは大きな経験である。

これを称して「一皮むける」という。

大事なことは壁に突き当たった時、逃げないということ。

そして、そこに立ち続けることによって考え抜くということ。

人が成長する過程でどうしても避けて通れないステップである。

2012年3月 9日 (金)

器に非ず/清水一行

Znp37 「うん。ずいぶんよく働いてきたと思っている」神山の胸に黒い不安の雲が、むくむくと沸き上がった。
「そんなことわかってるさ。だけどね、おれがどうしてあんたを社長にしないか、その理由をあんたわかっているの?どうもわかっていないらしいな。そんな感じがするんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうなんだい」
「理由なんて、じゃなにかあるのか」
  神山の胸が激しく締めつけられるようだった。五十島がつぎになにを言い出すかである。
「やっぱりそうなんだ、おまえさんはなにもわかってねえ」
「おれを嫌っているんだろう」
「ばかなこと言うな。そんなこと理由にならんよ」
「じゃなんだ」
  いまさらそんな理由など聞きたくなかったが、五十島に潮笑されている感じが口惜しかった。神山は五十島とはあらゆる点で対等であった。対等以上に神山は振る舞ってきた。
「わかっているだろう。おれはね、F1でシリーズ優勝できるようなクルマを、本州モーターズでつくりたい。それだけだよ」
「なに?・・・・・・」
「本州モーターズって会社は、昔もいまもこれから先も、おれが欲しがっているクルマをつくるための会社なんだ。おれ、一応はオーナーとかなんとか言われてるからな。それくらいのことは言わせてくれよ。おれが本当につくりたいと思っているクルマ、それができたらそれは間違いなくうんと売れるしさ、本州モーターズは世界一の自動車会社になっちゃうんだ。そうだろう。そういうふうにこれから先も会社をやっていきたいと思ってる。二十四年も一緒に仕事をしてきたんだから、おれのこの気持ち、わかってくれると思うけどね」
「・・・・・・・・・・」
「だってそうだろう。あんたじゃエンジンはつくれない。あんたをおれの後釜に据えないっていうのは、それだけなんだ。それ以外になんてなにもないよ。嫌いだとか好きだとか、女子ども相手じゃないんだ」
  おでこに皺を寄せ、五十島は手ぶりをまじえて神山に言った。
  ばかやろうと、神山は胸で思いきり怒鳴った。おれを社長にしないそんなはっきりした理由があったなら、もっと早く、こだわりのないように言えばいいのだ。神山は声に出して本当に怒鳴りたかった。情けなかったし、だが一方では改めて言葉がないくらいの、奇妙な安堵を感じていた。

本書に登場する本州モーターズのモデルは本田技研工業であり、社長の五十島は本田宗一郎、副社長の神山は藤沢武夫がモデルとなっている。

第一次石油危機の最中、ショッキングなニュースが人々を驚かせた。

ソニーと並ぶ戦後日本企業のエース、本田技研工業の社長と副社長が、そろって退陣を表明したのである。

社長の本田宗一郎は六十七歳、副社長の藤沢武夫は六十三歳。経営者としてはこれからが適齢期という年齢での突然の退陣表明だった。

人々は「後進に道をゆずるため」という発表を信じ、その引け際の見事さに惜しみない拍手をおくった。

ところが、一人だけ、その「引け際の美学」を信じなかった男がいた。

それが本書の著者、清水一行である。

藤沢武夫のような人物が、手を伸ばせば届くところまできている社長の椅子を、そんなに簡単にあきらめられるはずがない。

にもかかわらずあっさりと辞めてしまった背景には、なにかよほどの事情が隠されているに違いないというカンが働き取材を重ね、この小説を書いたという。

それだけに、登場人物の名前こそ実名ではないが、そこに書かれていることはほぼ事実に近い。

上記は、神山と五十島が最後の対話をする場面。

そこで五十島ははっきりと神山を社長にしない理由を述べる。

「本州モーターズって会社は、昔もいまもこれから先も、おれが欲しがっているクルマをつくるための会社なんだ。」「あんたじゃエンジンはつくれない。」

たったこれだけの理由。

しかし、決定的な理由。

それだけに神山も妙に納得してしまう。

つまり神山では「本州モーターズのDNAは残せない」ということなのだろう。

一見、非合理的のように聞こえるが、しかし、本質をついている。

今、多くの会社がおかしくなってしまったのは、会社のDNAを大事にしてこなかったからではないだろうか。

会社には「らしさ」というものがある。

そして、その「らしさ」を大事にしない会社は結局は永続できないということであろう。

2012年3月 8日 (木)

ブランド再生工場/関橋英作

Znp14   もともと日本式経済社会の素晴らしさは、丁寧なモノ作り、必要以上は作らない、使う人が喜ぶものを作る、この3点でした。こうした精神があったからこそ、日本の企業は世界に名だたる長寿企業として生き続けてきたのです。世界で250年以上続いている企業の約66%は、日本の企業。しかも、創業以来、lOO年以上続いている日本企業の約30%はこの不況下においても成長し、約47%は現状維持しているのです。
  この事実が示していることは何でしょうか。それこそが、ブランドの本質と私は思っています。企業というブランド、そして企業が作り出したブランドが、長い間、日本人の心に素晴らしいものとして根付いていたことに他ならないでしょう。
  そう考えれば、日本というマーケットにおいて、「ブランド」という受け止め方は最もなじみやすい方法。目新しいものを次から次へと消費し、使い捨てていくというあり方は、自分で自分の首を絞めているようなものです。「もったいない」という気持ちに代表されるように、モノを、ブランドを愛するのは、とても日本的なことだと私は思いました。

ブランドという言葉から多くの人は「シャネル」や「グッチ」といったいわゆるブランド品をイメージするのではないだろうか。

しかし、本来ブランドは人の心のなかで育つもの。

そして、人とモノとを強い絆で結びつける。

ブランドは、消費者との関係性の中で生まれる。

そう考えると、ブランドという概念は、最も日本人の特性にあったもののように思えてくる。

私たちの周りに、ブランド化できるものは山のようにある。

これから超高齢化社会を迎え、人口も減少していく日本。

ブランドというものを再考する必要があるのではないだろうか。

そんなことを考えさせられた。

2012年3月 7日 (水)

自分で決められない人たち/矢幡洋

Znp1a   さて、ここで指摘されているような、依存性性格者の他人の気持ちへの細やかな気配りというものは、日本人的な理想のコミュニケーションにほぼ一致しているのではないでしょうか。日本の伝統的な対人関係では、相手がはっきりと要求するよりも前に、相手の要求を的確に見抜いて対応すると「気が利くねえ」と高く評価されます。相手がしてほしいであろうような、痒いところに手が届くようなサービスを円滑に行って、そこに気まずさなどが生じないように上手に運ぶ「気配り」が対人関係のスキルとして重要視されてきました。これらは、依存性性格者が相手の欲求などを的確に見抜く能力が高いという前記の研究結果と符合します。これは「日本人は依存性が強く、お互いに阿吽の呼吸の世話焼きをしあうような対人関係を好む」と考えると、うまく説明できるのではないでしょうか。日本人に比べるとアメリカ人などの対人関係は、口に出してはっきりと示さない限りは、自分から相手に気配りして配慮するなどということは少ないのですが、これは彼らの社会が「相手の気持ちをくみ取る」ということを重視しない自立的な対人関係を基本としているからなのかもしれません。

依存性の心理をテーマとする本は欧米にはほとんどないという。

このこと一つをとってみても、依存性というものが日本人特有のものであることがわかる。

依存性は、日本人の最も典型的なパーソナリティーであり、日本社会解明のカギになるかもしれない。

「癒しブーム」「電車の中で化粧をする女性」「地べたに座り込む若者」「ウケ狙い」「たれパンダ」「脱力系キャラ」などの現代日本社会の現象も依存性と深い関係があるという。

逆に「おもてなし」や「気遣い」という日本特有のサービスも、ある意味依存性がプラスの面で現れた側面と考えられる。

しかし、今のような変化の激しい時代においては、「自分で決められない」「決断が遅い」「合議制」という依存性に基づいた日本人の特性はマイナスに働いている部分が多いように感じる。

やはり、こんな人ばかりでは社会は何も実現できないのではないだろうか。

2012年3月 6日 (火)

勝つ司令部 負ける司令部/生出寿

4404037678   対米戦について態度がアイマイになった山本が、こんどは対米戦にきわめて積極的となったかのように、昭和十六年一月七日付で、及川古志郎海相(大将、兵学校第三十一期)に、「真珠湾攻撃」を提案する手紙を書いた。
 骨子はつぎのようなものである。「日米戦争において我の第一に遂行せざるべからざる要項は、開戦劈頭に敵主力艦隊を猛撃、撃破して、米国海軍および米国民をして救うべからざる程度にその士気を沮喪せしむること是なり」
 航空部隊による真珠湾攻撃をやり、米戦艦部隊を徹底的に撃破すれば、米国海軍と米国民は戦意を喪失して、日本との戦いをやめるだろうというのである。

ロシア艦隊に完勝した東郷とアメリカ艦隊に完敗した山本。

明治と昭和の連合艦隊司令部はどこが、どうちがうのかという観点で本書は書かれている。

山本五十六といえば、真珠湾奇襲攻撃がどうしても思い出される。

ここで、山本はその案を手紙にしたためている。

最初の一撃で敵主力艦隊を猛撃、撃破すれば、米国海軍および米国民の士気をくじくことができる、と。

こんなこと本気で考えていたのか?

私にはどうしてもこれが理解できない。

少なくとも山本は米国留学の経験がある。

アメリカ人の気質を知っているはずだ。

アメリカに対して先制攻撃をして、たとえ壊滅的な損害を与えたとしても、それによって士気をくじくこができると本気で思っていたのか?

アメリカの西部劇などを見ても、アメリカ人の気質はよく分かる。

彼らは、強い相手であっても果敢に挑戦するヒーローを求める。

その気質がもっともよく現れていたのは映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマイケル・J・フォックスが扮した主人公が、相手から「腰抜け」と言われとたん、冷静さを保つことができなくなり、むきになって立ち向かっていった場面。

「これがアメリカ人なんだろうな」とつい思ってしまった。

事実、真珠湾攻撃は、日本の対米最後通告が攻撃開始よりも約一時間おくれたことも相まって全米国民を憤激させ、いっきょに対日戦に立ち上がらせてしまった。

ハワイの被害は見かけよりたいしたものではなかったとともに、全米国民を憤激させて、「リメンバー・パールハーバー」という合言葉で結束させるには十分であった。

その意味で、私自身としては山本五十六はあまり評価できない人物である。

2012年3月 5日 (月)

ディズニーの教え方/福島文二郎

Znp14   オープンして数年間、東京ディズニーランドで最も不人気なのがカストーディアルという部署でした。
  カストーディアルといえば、1日中パークの清掃をする「きつい、きたない」の2K職場とみなされて、アルバイトを募集しても、ほとんど集まりませんでした。
  いったん仕事を始めても、途中でやめる人が少なくありませんでした。(中略)
  それが数年後には、カストーディアルは、逆に人気職種になりました。
  アルバイトの採用募集にも、人が大勢つめかけるようになりました。
  正社員からも、カストーディアル課勤務を命ぜられて泣くような人は出なくなりました。
  私も、カストーディアル課に配属が決まった新人から、「カストーディアルの仕事に決まりました。教育担当の福島さんにいろいろ聞きたいことがあるので、よろしくお願いします」と笑顔で言われたことがあります。数年前には考えられないことでした。
  なぜ、このような変化が生まれたのでしょうか。
  その最も大きな力となったのは、上司・先輩が、後輩たちに力ストーディアルの重要性を繰り返し繰り返し伝えたことです。
  「カストーディアルというのは『清掃担当』という意味じゃないんだ。カストーディアルには、『管理する』とか『保護する』という意味があるんだ。
  カストーディアルは、自由にパーク内を動きまわることができるでしよ。だから、当然、困っているゲストを見つける機会も多くなる。
  そういうとき、そのゲストに声をかけて、困っていることを解消してあげる大切な役割を担っているんだ。清掃だけじゃないんだよ。
  つまり、力ストーディアルには、パークを清潔に管理する、ゲストを保護するという意味が込められているんだよ」
  こうして仕事の重要性について、上司や先輩が繰り返し、後輩や新人に伝えていると、しだいに、後輩たちの気持ちも変わっていきました。自分たちの仕事に誇りをもつようになっていったのです。

東京ディズニーランドでカストーディアルという職種がある。

単純に言えば掃除のお兄さん、お姉さんである。

しかし、彼らはものすごくモチベーションが高く、また、自分自身の仕事に誇りを持っている。

このことは、「仕事の意味や意義、使命を教えることがいかに大切なことか」ということを教えてくれる。

傍から見れば、2Kと思われるような仕事であっても、給料が低くても、人はやる気をもって、そして生きがいを感じつつ働くことができるのである。

今、雇用のミスマッチが問題になっている。

求人も大企業に限って見れば、確かに求職者を下回り就職難だが、中小企業は逆に求人難で募集しても人が集まらない。

また介護職なども求人しても人が集まらない。

しかし、ここは発想を変えてみるべきではないだろうか。

中小企業であっても、また不人気職種であっても、そこでやる仕事の意味や使命というものを本当に伝えることができればもっと優秀な人材が集まるのではないだろうか。

昔から「仕事に貴賎はない」とよく言う。

しかし、それは、仕事の意味や意義、目的、使命といったものがきちんと伝わった上でのことではないだろうか。

2012年3月 4日 (日)

黒澤明伝ー天皇と呼ばれた映画監督/三國隆三

51sfqy3h6vl__sl500_aa300_ 「私は、昼食もそこそこに、試験場に行って見たが、そのドアを開けてギョッとした。若い男が荒れ狂っているのだ。それは、生け捕られた猛獣が暴れているようなすさまじい姿で、しばらく私は立ちすくんだまま動けなかった」
  男は本当に怒っているのではなく、演技の課題として与えられた、怒りの表情を実演していたのだ。審査委員長は師匠の山さんで、投票による審査の結果、この男は落第と決まった。
「ちょっと待ってくれ」と、黒澤は思わず大きな声を上げた。労組の力が強かった当時、組合の代表が監督、俳優と同じ権利を持って投票に加わっていたことに、腹をすえかねたこともあった。結局、山さんが「監督として責任をもつ」と発言して、三船を補欠合格させた。

黒澤明監督と三船敏郎との出会いは衝撃的だ。

「人生は出会いで決まる」ということばがあるが、両者にとってまさに運命的な出会いと言ってもよいだろう。

もし、この時、黒澤明の目に留まらなければ、三船敏郎は試験に不合格となり、俳優としてデビューすることもなかったであろうから、出会いの不思議さを感じざるを得ない。

この後、黒澤明は世界的な映画監督となり、三船敏郎もやがて「世界のミフネ」と呼ばれるようになる。

多くの成功者と呼ばれる人が、「自分は運がよかっただけ」とよく言うが、確かに人生において偶然の占める領域は大きいように感じる。

それだけに「出会い」を大切にしたいものだ。

2012年3月 3日 (土)

これから「正義」の話をしよう/マイケル・サンデル

Sandel   アメリカ国民がボーナスーーまたは救済措置ーーに本当に反対するのは、それが強欲に報酬を与えるからではなく、失敗に報酬を与えるからなのだ。
  アメリカ人は、強欲よりも失敗に厳しい。市場主導の社会では、野心的な人間は精力的に利益を追及するものと思われているが、利己心と強欲の境界は曖昧だ。ところが、成功と失敗の境界はもっとはっきりしている。人間には成功がもたらす報酬を手にする権利があるという考え方は、アメリカン・ドリームの中核をなしている。
  オバマ大統領は強欲に軽く触れたものの、争いと怒りのさらに深い源泉が失敗への報酬であることを理解していた。政府の救済資金を受けた企業の幹部への報酬制限を発表した際、オバマは救済措置に対する怒りの本当の意味をはっきりと述べている。

ここはアメリカです。われわれは富を軽蔑しません。他人の成功を妬んだりしません。そして、成功は称えられるべきだと確信しています。しかし、人びとが当然にも憤慨しているのは失敗した経営者が報酬を得ていることです。その報酬を納税者がまかなっているとなれば、なおさらです。

本書は、NHK教育テレビで放送され話題となった『ハーバード白熱教室』の講師、マイケル・サンデル教授の著書。

金融危機、経済格差、テロ、戦後補償といった問題を、「正義とは何か」という哲学的なアプローチから論じている。

ここでは、2008年10月、米国の金融危機の際、大手の銀行や金融機関を救済するために国民の税金が使われたことを題材に、「正義」について論じている。

その際、特に批判が集まったのはAIGに対してだった。

この巨大保険会社は、金融商品部門によるハイリスクな投資のせいで破綻に追い込まれたにもかかわらず、当の部門幹部に1億6500万ドルのボーナスを支払っていた。

100万ドル以上のボーナスを受け取った社員は73人にのぼったという。

では彼らはなぜ批判されたのか?

「強欲」に対してなのか?

そうではなく、「失敗」に対して報酬が支払われたからだ、と論じている。

「人間には成功がもたらす報酬を手にする権利がある」という考え方は、アメリカン・ドリームの中核をなしている。

ところが、このケースでは「失敗」に対して報酬が支払われた。

これは明らかに「正義」に反する、というわけだ。

本書でサンデル氏が言っていることは、哲学は、机上の空論では断じてない。

現代世界を覆う無数の困難の奥には、つねにこうした哲学・倫理の問題が潜んでいる、と、いうもの。

何か事が起こると、「どのように対処するのか」と、現実的な対処法に目が向きがちだが、

時には、本質的な問題について考えることも必要だと思わされた。

2012年3月 2日 (金)

なぜ、詐欺師の話に耳を傾けてしまうのか?/多田文明

Bt000012957900100101_tl   私の友人に40代の男性がいる。一流企業に勤める彼は2人の子供をもうけ、幸せな家庭を築いている。2年前、すべてが順調だった頃の彼はこう言っていた。
「世の中には騙される人が本当に多いよね。でも、俺は絶対に騙されない。もともと疑い深いからね」
  順調な人生がそう言わしめていたのだろう。
  最近、私は久しぶりに彼に会った。彼の顔は憔悴しきっていた。
  私は聞いた。
「何かあったの?」
  彼は静かに頷き、暗たんとした表情で話した。
「実はここのところ、よくないことが続けざまに起きて・・・」
  彼の話によると、様々な不幸に見舞われたのだという。(中略)
  暗くうつむく彼の首を見ると、怪しげな数珠がかけられている。その数珠について尋ねると彼は答えた。
「占いを見てもらって、これ以上不幸が訪れないように、お守りとして買ったんだ」
  なんと彼は数万円も払ってその数珠を買っていた。さらに詳しく聞けば、自発的に買ったというより、不幸話を煽られ買わされたといった内容だった。

本書は詐欺師の様々な人をだますテクニックを紹介している。

オレオレ詐欺に引っかかったり、だまされて高価な絵画や壺を買ったりする人の話を聞くと、「なんであんなに簡単に引っかかってしまうの?」とつい思ってしまう。

だが、本書で紹介されている詐欺師のテクニックの数々を知ると、実に巧妙。

嘘を嘘と思わせないあらゆる手段を講じている。

詐欺師はミエミエの嘘はつかない。

必ずどこかに真実を盛り込む。

詐欺師はリアルとフェイクを混ぜ合わせ、何が真実か分からなくする。

ごちゃまぜにした中から真実だけを拾い上げ、正しさを証明する。

そうすると聞いているほうは相手の話がすべて真実に見えてくる。

嘘を真実に変えるカラクリである。

詐欺師の、その研究熱心さや努力たるや大変なものである。

詐欺師のテクニックは、少し改良すれば、人を動かす術として使えるものばかりである。

「自分は絶対大丈夫」と思い込むこと。

これが一番危ないということだろう。

2012年3月 1日 (木)

ザ エクセレントカンパニー/高杉良

200504000046   高木は、社長応接室で新聞を読んでいた。
「失礼します。川森を連れて参りました」「失礼します」川森は緊張し切って、顔が蒼ざめていた。
  背広の内ポケットから取り出した封書はカドが擦れて、丸承を帯びていた。
「この度は、わたしの至らなさから、重大な結果をまねきまして、まことに申し訳ありませんでした」
  高木の前に進み出たとき、膝頭がふるえ、封書をセンターテーブルに置く手もふるえた。
  高木は、新聞を畳んで、脇にどけ、封書を手に取った。
  そして、中の辞表を引っ張り出して、ちらっと目を走らせたが、封書と一緒に力まかせに二つに引き裂いた。
「辞める必要はない。こんなことで挫けるんじゃないぞ。いい勉強になったな。頑張ってくれ」
  高木はソファから腰を上げて、表情をゆるめ、川森にからだ躰を寄せて肩を叩いた。
  川森はこみあげてくるものを制することができず、肩をふるわせて、むせび泣いた。
  高木は、右手をあげながら、西村に目配せして執務室に入った。
  西村が、あわて気味に、「ありがとうございました」と大声を発し、低頭した。
  川森は、ひざまずいて、叩頭したが、声を出せなかった。
「川森、よかったな」た西村が川森を抱き起こしにかかったが、川森はしばらく起ち上がれなかった。
「もういいだろう。深井専務に電話をかけなければならないんだ」西村にささやかれて、川森はやっと体勢を立て直した。

この小説のモデルは「マルチャン」の即席麺でおなじみの東洋水産。

「サンマル」のブランドで知られる大手食品メーカー東邦水産は、サンマル・INCを立ち上げ、即席麺の米国市場に進出する。

長年悩まされた赤字からもようやく脱却し、第二工場も稼動を開始するが、セクハラ問題、ユニオン対策など、従業員の文化の違いに直面する・・・、といった形で物語は進行する。

これらは米国に進出した日本企業の多くが直面した問題であるだけに、リアリティがある。

また、今、多くの企業が中国をはじめとしてアジア各国に進出しようとしていることを考えれば、今後も日本企業が異文化の中で、これとはまた違った形で、争いに巻き込まれる可能性は多いにあり得る。

上記はこの小説の主人公、川森がセクハラ問題で窮地に立たされたあげく、会社が5万ドルの和解金を支払うことになった責任をとって、社長である高木に辞表を出すという場面。

ところが高木はこれを破り棄てる。

高木のモデルは東洋水産の創業者、森和夫。

著者、高杉氏によれば、これは事実だという。

この場面は、森和夫のエピソードが題材になっているという。

会社に5万ドルもの損失を与えれば、当然懲戒解雇である。

ところが、普通だったら懲戒解雇のところをクビにしない。

失敗した社員にもう一度チャンスを与える。

かつての日本の経営者にはこのような懐の深さがあった。

日本的経営と言えば、何か古くさいという印象を与えてしまうが、かつてそれが日本の強さの源泉になっていたという事実は確かにあったのではないだろうか。

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