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2012年3月28日 (水)

テレビ帝国の教科書/岡庭昇

Ek0036003   映っているものは事実か、映っているというだけで、それは事実であることを保証されているのか。テレビのホンシツを考えるとき、いちばん根本的な問題は、“映っているものははたして事実か”ということだ。わたしたちは、映っているだけでそれが事実だと思いがちである。そこから、早くもオトシ穴におちこんでしまう。(中略)
  では、ナマはどうか。
  これは絶対にホントだ。ナマ放送に映っているものがウソであるわけない!カメラは、われわれ自身の眼の代わりに現地へおもむいているのではないか。これが大方の常識であろう。
  むろん、現場に存在しないものを、ナマ放送は映し出すわけにいかない。その意味で、ナマ放送に映っているものはすべてホントのものである。では、当然のこととして、ナマ放送はホントを映すのか。困ったことに、かならずしもそうではないのである。ナマ放送に映っているものはすべてホントのものだが、にもかかわらずナマ放送はかならずしもホントを映すわけではない。

テレビから流れてくる映像は、否が応にも私たちの目に飛び込み、影響を与える。

特にナマのニュース映像は「今そこで起こっているホントのこと」という印象を与える。

しかし、ここに大きな落とし穴がある。

確かにそれらはホントのことを映しているのだが、それはある事実の断片を切り取った映像であり、当然全体像を映したものではない。

むしろ映像の性質として全体を俯瞰して映し出すことはできない。

映像を観るものとしては、その映し出された事実の断片としての映像をつなぎ合わせて全体像を想像するしかない。

しかし、もし、その断片がある一方的な偏った見方から切り取ったものばかりであったりしたら、当然全体像もゆがめられたものになってしまう。

ここに落とし穴がある。

本書は1985年に出版されたものであるが、当時話題となっていた「ロス疑惑」「かい人21面相」「豊田商事」事件等々について、メディアがいかにして世論を操作していったかを述べている。

そして、ある偏った映像によってテレビメディアというものが、世論をある一定方向に誘導していくという構図は今も全く変わっていない。

テレビの映像は事実ではあっても真実ではないということをいつも念頭において観る必要があるということだろう。

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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