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2012年4月14日 (土)

壊れる日本人 再生編/柳田邦男

C__docume1__locals1_temp_znp26   江口氏の人生を決定づけたのは、次男の出生時に医師が語ってくれた言葉だった。
  一九八二年のことである。江口氏はその頃、アメリカ西海岸にあるYKKU・S・A社のシアトル支社に勤務していた。その年の九月、シアトル市内の病院で、次男・裕介君が生まれた。シアトルに転勤する前のロサンゼルス時代に生まれた長男の俊介君はとくに障害もなく元気に育っていたので、次の子も無事生まれたことを、江口夫妻は心から喜んだ。しばらくして、医師は夫妻を前に赤ちゃんの診断結果を告げた。
  「残念ながら裕介君は、染色体検査の結果、ダウン症候群であることがわかりました。知的障害もあるのです」
  夫妻は大変なショックを受け、すぐには言葉も出なかった。体中の力が抜けた感じだった。しかし、医師は医学的な診断結果の説明をしただけでは会話を終わりにしなかった。倒れそうな夫妻の心を支えて、こう続けたのである。
  「あなた方は障害をもった子どもを立派に育てられる資格と力のあることを神様が知っておられて、お選びになったご夫婦です。どうぞ愛情深く育ててあげてください」・・・と。
  夫妻はこの言葉で我に返った。この子を自分たちが育てなくて、誰が育てられようか。この子の親として選ばれたからには、愛情をこめて育てなければならない。医師が言ってくれたように、自分たちには力があるはずだ。可愛いこの子のためなら、できないことはない。江口夫妻は医師の言葉によって勇気づけられ、思い直すことができたのだった。

言葉は重要だなと思う。

ひと言が人を絶望から救い出してくれることもあれば、人を絶望のどん底に投げこむこともある。

とくに医師が患者やその家族に対して使う言葉は重要である。

絶望のどん底だった江口夫妻にとって、医師の「あなた方は障害をもった子どもを立派に育てられる資格と力のあることを神様が知っておられて、お選びになったご夫婦です。」という言葉は、単なる慰めの言葉ではなかった。

「なんで私たちだけが」と、被害者意識に陥りがちな思考を、知的障害者の子を持つ親になるということの意味を考えさせ、前に向かって歩んでいく勇気を与える言葉だった。

人間、どんなに不幸に見舞われても、その意味を自分なりに自分の頭の中で自覚できたとき、前に進む勇気が得られるもの。

事実、江口氏はその後、勤務するYKKで、障害者でもできる仕事を請け負う特例子会社をつくることを提案し、設立の先導役を果たす。

今はその会社の社長を務め、障害者を積極的に雇用し、立派に利益を出しているという。

言葉は大切だ。

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